Battlefield of the Trinity - Part2
◆アゼレア/フィル◆
「おいおいおい。歯ごたえねぇなぁ」
辺り一帯に、焼け焦げた匂いが充満している。
「ようやく出番かと思ったのによォ。こんなガキが相手なんてがっかりだぜ」
白い煙が地獄めいて立ち上る遊歩道の真ん中で、男が歯を見せて笑っていた。
「ま、仕事が早く終わんのは好都合か。さっさと片づけて昼寝でもしますかねェ――」
獰猛に歯を剥き出した男を――
フィルが、ひょいっと上から覗き込む。
「……ねーねー。この人、まだ何かぶつぶつ呟いてるよ?」
私の炎で焼け焦げた遊歩道の真ん中で、霊力切れになって仰向けに倒れ伏している男を見下ろし、私は軽く髪を払った。
「放っておきなさい。私みたいなガキに瞬殺されたのが恥ずかしいのよ」
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◆ルビー/ガウェイン◆
「……なん……で……!?」
ガウェインにぶった斬られてエレメント・アウトになった女は、信じられないという顔をした。
「むしろこっちが訊きてーっつーの。あんた、それで八段なのかよ。ボスはあんなにやべーのに……その実力じゃ、この学院だとせいぜい3級ってとこだぜ?」
「よせ、バーグソン。敗者に鞭を打つものではない。……犯罪術師など、所詮はこの程度ということだ」
「お前のほうが鞭打ってんじゃねーかよ」
悪霊術師ギルドの女は、絶望の表情で意識を失った。
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◆ジャック/エルヴィス◆
「子供だからって舐められてたな」
戦いは一瞬で終わった。
九段と聞いて驚いたが、始まってみれば何でもない。
メイスが振り下ろされる前に、俺が『あかつきの剣』でひと太刀入れて終了。
あまりにも呆気なかったんで罠を警戒したが、そういうこともなかった。
「こんなお粗末な奴が番犬なんて、人手足りてなさすぎだろ」
「本物の実力を持っている術師はほんのわずかなのかもね。犯罪術師界に学院はないんだから」
きっと、これが『普通』なのだ。
これが一般的な精霊術師の実力で、学院という特殊な環境で鍛えられた俺たちは、彼らからすると異常なレベルなんだろう。
長らく学院生やプロ以外の術師とは戦ってこなかった。
知らないうちに、俺たちはとんでもなく強くなっていたのだ。
「九段でこれならたかが知れてるな」
「わからないよ。数を揃えてるかもしれない」
「なら集まられる前にさっさと行こう」
メイス女を放置して、俺たちは旧見張り塔へと急いだ。
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◆アゼレア/フィル◆
「どう? 誰かいる?」
旧見張り塔の入り口。
ネズミを使って中を探っていたフィルは、首を横に振った。
「んーん。少なくとも地上には」
「確か、地下って言ってたわよね。ラケル先生は……」
「地下への入口は見つけたよ。とりあえずそこまで行ってみようよ」
私たちは腐食した木扉を開け、旧見張り塔の中に入った。
カビ臭い。
窓から射した光に、空気中の埃がきらきらと輝いていた。
一人通るのがやっとなくらいの螺旋階段が、上へと上っている。
けど、目指すのは地下だ。
フィルは、塔に入ってすぐのところにあった扉を開けた。
どうやら、見張り役の控え室だった部屋みたい。
薄汚れたベッドや空っぽの本棚がそのまま放置されている。
私は何気なく、部屋の真ん中にあったテーブルの下を覗いてみた。
1枚、カードが落ちている。
ハートの8。
勤務中に遊んでいた不真面目な人がいたのかもしれない。
「こっちこっち」
本棚の前で、フィルが手招きした。
私は近寄って、本棚を見上げる。
手を伸ばせば、一番上の棚に届くかしら?
そのくらいの大きさだった。
「もしかして、これの下とか?」
「ごめーとー!」
「埃だらけじゃない。これを動かせって言うの?」
「燃やしてもいいよ?」
「私たちも一緒に燃えるわよ!」
仕方ない……。
背に腹は代えられなかった。
フィルと協力して、どうにかこうにか本棚をどける。
うっかり倒してしまって、床に積もっていた埃が盛大に舞った。
「けほっけほっ! ああもう……! 髪も服も汚れちゃうじゃない!」
「お風呂入りたーい!」
寮の大浴場が恋しいけれど、贅沢を言っている場合じゃない。
本棚の下には、扉が隠されていた。
開けてみると、闇の底へと続いていく階段が姿を現す。
「偵察お願い」
「りょーかーい」
フィルがネズミを5匹ほど送り込んだ。
それから、約10分後――
ネズミは1匹だけ帰ってきた。
「……うん。……うん。ごめんね、ありがとう。怖かったね……」
フィルがネズミの身体を気遣わしげに撫でる。
私には動物と会話する能力なんてないけれど、そんな私ですら、ネズミがひどく怯えていることがわかった。
ネズミを放してあげると、フィルは少し厳しげな声音で言った。
「ここから下……またダンジョンになってるみたい」
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◆ルビー/ガウェイン◆
上の控え室にあった古いベッドを分解して、即興の松明にした。
狭い階段をガウェイン、あたしの順番で降りていく。
地上の光なんてもうとっくに届かなくて、何度も足を踏み外しそうになった。
「転げ落ちるなよ。オレが巻き込まれる」
「女の一人や二人、受け止めてみせろっての。騎士サマならよ」
「婦女扱いされるのは不服ではなかったのか?」
暗いところにいると、嫌なことを思い出す。
たとえいけすかねー奴でも、話し相手がいると気が紛れた……。
「……む。階段が終わったな」
細い廊下が伸びていた。
ガウェインを盾にするようにしてそれを進んでいくと、徐々に道幅が広くなっていく。
4人並んで歩けるくらいの幅になった頃、前方に灯りが現れた。
篝火だ。
観音開きの扉を挟むようにして、篝火が二つ、置かれていた。
「……誰かが先にここに来たということか?」
「結界を無効化したのはビフロンス側の連中だ。ここを守ってねーはずがねー……」
それに、この雰囲気……。
第一闘術場の中と似ている気がした。
「もしかすっと、ここもダンジョンになってるのかもな」
「……有りうるな。油断するなよ」
「誰に言ってんだ」
あたしたちは、観音開きの前まで移動する。
扉にはこんな文章が刻まれていた。
『お前たちは、地獄の釜の蓋を自ら開ける』
「上等だ」
見せてもらおうじゃん。
地獄の釜とやらの煮え具合を。
……このあたしの怒りに比べりゃ、ずっと温いだろーよ。
鍵はかかっていなかった。
あたしとガウェインは、二人掛かりで扉を開く……。
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◆ジャック/エルヴィス◆
扉の向こうは、広い空間だった。
いくつもの燭台に灯りが点っていて、松明も必要ない。
いくつもの彫像が、まるで俺たちを出迎えるように整然と並んでいた。
彫像には、人型のものもあれば獣型のものもある。
何なんだかよくわからないものもあった。
一見、何の共通点もないが……。
俺たちはすぐに、その正体に思い当たる。
「これ……精霊……?」
そう、それは精霊を象った彫像だった。
右側に36体。
左側にも36体。
合計、72体の彫像が、俺たちを歓迎するように壁際に並んでいる。
俺は右側の、手前から8番目に佇む彫像に近づいた。
巨大な孔雀だ。
精霊序列65位――〈尊き別離のアンドレアルフス〉。
俺に宿る精霊である。
「なんだここ……学院の地下に、こんな場所があったのか」
「地下神殿……って言えばいいのかな。相当古い場所のようだけど、まったく放置されてるって感じでもない……」
……きなくせえ。
この学院も学院で、何か秘密を抱えていそうだ。
大体、殺傷無効化結界だって、どういう理屈でできてるのかよくわからんしな。
「ジャックくん。ちょっとこれ見て」
前のほうに行っていたエルヴィスが、ある彫像の前で俺を呼んだ。
あの彫像は……1……2……手前から数えて27番目。
序列順に並んでいると考えると、46位の精霊か。
46位――
つまり、〈正体不明のビフロンス〉。
それは奇妙な彫像だった。
いや、彫像……というか。
台座がなければ、ただの岩に見える。
「これ……炎、か?」
「かな?」
強いて解釈するとすれば、それは揺らめく炎を模った彫像だった。
近いのは、人魂だ。
不定形で、捉えどころがなく――正体不明。
「〈ビフロンス〉の姿はどんな本を読んでも『正体不明の姿』としか書いてない。それを形にしようとしたらこうなるってことなのかな……」
「さあな。あるいは本当にこんな姿なのかもしれないが」
精霊の姿は本当にバリエーション豊かだ。
〈アンドレアルフス〉みたいに獣の姿を取っているものもあれば、鎧を着た騎士のような姿もあるし、32位の〈忌まわしき唇のアスモデウス〉に至っては扇情的な格好をした美少女の姿だ。
人魂みたいな姿をした精霊がいたって、何も驚きはしない。
「ジャックくん……悪霊王ビフロンスに宿ってる精霊は、〈ビフロンス〉だと思うかい?」
「どうだろうな。俺たちの常識で言えば、自分の精霊の名前を自ら名乗るなんてことは普通、ない。精霊術に関する情報はできる限り伏せるのが基本だからな。
だけど……悪霊王を名乗るあいつに、俺たちの常識が通じるとは……はっきり言って、まったく思えない」
悪霊王の正体が、あの妹なのかどうか。
それはまだわからないが、俺たちの常識なんかじゃまるで計れない相手であることは間違いない。
「下手の考え休むに似たりだ。どっちにせよ、〈ビフロンス〉の精霊術がどんなものなのかも俺たちは知らない。今はとにかく行動を起こすべきだ。そうだろ?」
「うん……そうだね」
俺たちは前方を見る。
72体の彫像に見守られながら進んだ先――
そこには、再び扉があった。
「方角的には、第一闘術場があるほうだな」
「真ん中に向かっていけば、他のみんなと合流できるかもね」
「『王眼』は?」
「闘術場のときよりはずいぶんマシ。範囲で言うとこの部屋がなんとか全部入るくらいかな」
80メートル四方ってとこか。
「『王眼』に制限がかかっているってことは、やっぱり、ここも【試練の迷宮】の影響下か……」
「魔物に気を付けていこう。もう二度目だ。侮ってはくれない」
今度は暗号クイズを解けば進めるようなヌルいものではないだろう。
俺は腰から『あかつきの剣』を抜いた。
朝焼け色の刀身が、燭台の炎に照らされて輝く。
俺たちは三度、ダンジョン攻略を開始した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
◆???/アーロン◆
「彼らが地下神殿に入りました」
入ってきた情報を報告すると、アーロンさんはソファーに座ったまま足を組んだ。
「予定通りだ。連中を向かわせろ」
「大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「あの人たちはまだ三段ですが」
「妥当だろ?」
……んー……。
私は、ちょっと役者不足かな、って思うんだけど。
だって……相手はあの人たちなんだよ?
「黙って命令を遂行しろ。ダンジョンのことは俺が仕切る」
「……わかりました」
『三姉妹』に出撃命令を送る。
アーロンさんがこのダンジョンに設置することを許した術師の数は5人。
これですべての枠を使い切ったことになる。
あえて不利になるようなやり方だけれど……アーロンさんに言わせれば、これが『フェア』なんだろう。
「さて……」
アーロンさんは楽しそうに笑った。
「今度はどう攻略してくれるのかな」
……うーん。
私はその横顔を見て首を捻る。
よくわからないなあ。
フェアってなんだろう?
殺したほうが勝ちでしょ?
あのとき、あの人たちがやったみたいに。
申し訳ありませんが、
明日から5日間お休みします。
再開は土曜日予定。




