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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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Battlefield of the Trinity - Part1


◆アゼレア/フィル◆


「ちょっ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと――――っ!?」


 私は刻一刻と近付く地面を見て慌てた。

 離れてしまったせいか、ジャックの精霊術はすでに切れている。

 このままだと地面に激突しておしまいなんだけど……!?


「任せてっ!」


 かろうじて手を繋いだままでいられたフィルが言い、甲高い指笛を鳴らした。

 するとすぐさま、大きな鷲が2羽、どこからともなく飛んでくる。

 その力強い脚で私たちの肩を掴むと、鷲たちは忙しく翼を羽ばたかせ、私たちを軟着陸させてくれた。


「たっ……助かったぁぁぁ……」


 ぜはぁ、と私は四つん這いになって息をつく。

 地面に足を着けていることの素晴らしさを知った気がした。


「だらしないなー。こーしょきょーふしょーなの?」

「こっ、高所恐怖症でなくても! 誰だって怖いのよっ! あんなのっ! あんたは大好きな旦那様にしょっちゅう空の旅に連れてってもらって慣れてるんでしょうけどっ!」

「えっ? 見られてたの? えへへ~」


 嬉しそうにはにかむフィル。

 この色ボケ女……。

 あんたたちが学院の空でよくデートしてるのは周知の事実よ。


 フィルの色ボケに付き合っているとこっちが疲れてしまう。

 私は立ち上がって、周囲を見回した。


 学院中がお祭りのようになっていたはずだけれど、人っ子ひとり見当たらない。

 もぬけの殻になった出店が軒を連ねているだけ。

 第一闘術場の異変を察して避難した?

 それとも、外でも何か……?


「あっ、第三闘術場が見えるよ!」


 フィルが丸い屋根を指差して言った。


「……そうね。北東の辺りかしら?」

「みんなとずいぶん離されちゃったね」


 私たちが脱出してきた第一闘術場は、学院の真ん中にある。

 今いるのは、そこから北東に進んだところだった。


「まったく違う方向に飛ばされてしまったし、合流は無理そうね……」

「じゃあどうするの?」


 いくつかの建物の向こう側に、一際大きな塔が見えた。

 旧見張り塔。

 私たちはそう呼んでいる。

 学院が今よりずっと物騒だった頃、侵入者を見張るために建てられた塔らしい。

 学院の外縁部に全部で3棟あるけど、今は使われてないみたい。


 ひと気がないのも気になるけれど……。

 私たちには、先生に託された使命がある。


「ラケル先生は、旧見張り塔に行けとだけ言ったわ。どこの、とは言わなかった」

「うん。たぶんどこでもいいんだと思うよ。地下で繋がってるのかも。どこか特定の旧見張り塔じゃなきゃダメなんだったら、ししょーならちゃんとそう言うもん」


 さすが弟子なだけはある。

 ラケル先生のことをちゃんと理解していた。

 ……羨ましい。

 私は師範のことを、こんな風に信頼できていただろうか……。


「ばーんっ!!」

「げほっ!?」


 フィルがいきなり私の背中を思いっきり叩いた。

 私は息を詰まらせて咳き込む。


「いっ、いきなり何するのよっ!!」

「くらーい顔してたから。ただでさえじーくんと離れ離れになって落ち込んでるのに、そんな顔されたら気が滅入っちゃうよー」


 ……暗い顔?

 私、顔に出てた?


「……というか、落ち込んでる? あなたが?」

「そだよ! なんでじーくんじゃなくて髪の赤い人なのかなー」

「だからその呼び方やめてって……」


 何だか毒気が抜ける。

 どうしてこの状況でもいつも通りでいられるのかしら。

 出会ってからというもの、フィルという女の子は、私にとって一番不思議な存在だった。


「早く行こうよ。旧見張り塔の地下に行けば、きっとみんなと合流できるよ! じーくんにも会える!」

「じーくんじーくんって、そればっかりね。……あなた、もしかして、もう子供の名前考えてたりしない?」

「えっ? たくさん考えてるよ?」


 何を当然のことを、と言わんばかりに首を傾げるフィル。

 本当にジャックのことで頭がいっぱいなんだな、と私は感心してしまった。

 それに伴って、なぜか私の気持ちはどんどん沈んでいく。


「またくらーい顔。嫉妬してもじーくんはあげないよ?」

「いらないわよっ!」


 この気持ちは、間違っても焼きもちなどではないのだ。

 そんな……いいものじゃない。


 私たちは旧見張り塔を目指して歩を進め始める。

 ……他のみんなは大丈夫かしら……?




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




◆ルビー/ガウェイン◆


「掴まれっ!!」

「おっ、おい!?」


 地面が間近に迫ったとき、ガウェインの奴があたしの肩を掴んで、強引に抱き寄せやがった。


 だっ、やっ、なっ、このっ、ほんと図体でけえなこいつ!!


 自分の身体がガウェインの胸に子供みたくすっぽり収まっちまったことに不覚にも動揺しているうちに、衝撃があたしを襲った。


 ドン!

 バン!

 ガン!

 ゴン!


 と、あたしを抱きすくめたガウェインが、路上に激しく転がる。

 あたしは何ともなかった。

 何十メートルも上から落ちてきた衝撃を、ガウェインが全部引き受けちまいやがったからだ。

 鎧で身体を守っているとはいえ、いくらなんでも……!


 衝撃が治まると、あたしは身を起こして鎧の上に跨り、ガウェインの顔を見下ろした。


「おい! 生きてるか!? おいっ!」


 頬を叩くと、感触が妙に硬かった。

 これは……鱗?

 赤茶けた鱗が、首のほうから這い上ってきたように、頬を覆っていた。

 竜人族の末裔である証――銅の鱗だ。


「……叩くのはよせ……不埒者が」


 ガウェインは薄っすらと瞼を上げた。

 目を見る限り、意識はしっかりしているようだ。

 驚かせやがって。


「闘術場の外に出たからか……結界が効いているようだ。普通なら骨が何本もやられている。助かったな……」

「お前、なんで……」

「……ふん」


 ガウェインは仏頂面で鼻を鳴らし、


「婦女を守るのは、騎士の務めだ。それがたとえ、貴様のような浮浪児でもな」

「誰が浮浪児だ、誰が……」


 助けてもらった身だからか、いつもより文句が言いづらかった。

 あたしにも恩を感じるくれーの常識はあるんだ、いちおう。

 たとえいけすかねー騎士サマが相手でもな!


 あたしはばつが悪くなって顔を逸らした。

 ガウェインの身体の上からどく。

 それから、ガウェインが鎧を慣らしながら立ち上がった。

 手足を動かして調子を確かめ始める。


「少々霊力が削られたようだが……回復にはそうかかるまい」

「チッ。頑丈でよーござんしたね」

「拗ねるな。いつもオレに苦戦しているからと言って」

「してねーよ! 仮にしてたとして、そんなあたしに勝率5割も持ってかれてるお前はなんなんだっつーの!」

「貴様がとんでもない武器を次々持ち込むからだ! 試合場に爆弾を仕掛けた人間は学院の歴史上貴様しかおらんのだぞ!」

「知るかっ! ルールに『爆弾なし』って書いてねーほうが悪い!」


 いつもならこの辺りでお嬢様が割って入ってくるんだが、今はあたしたち二人しかいねー。

 なんだか虚しくなってきた。


「はーあ。なんでよりにもよってこの石頭と一緒なのかね……」

「貴様がもう片方の手をしっかり握っておかなかったからだろう」

「お前の握力が強すぎて痛かったんだよ。そんなんじゃいざ待望のおっぱいに触れても女の子に嫌われちまうぜー?」

「貴様……まだその話を引っ張るか」

「引っ張ってんのはお前じゃねーの? あたしの手を精一杯握ってたのだってさ、あんときの胸チラを忘れられなかったからだったりしてー。男子ってさいてー」


 けらけらと笑ってやると、ガウェインは苛立たしげに息をついてかぶりを振った。


「……よそう。今はこんな不毛な会話をしているときではない」

「ん……それもそーだな」


 あたしたちは周囲を見回した。

 ここは……第一闘術場から北西の辺りか。

 丸い屋根の大きな建物――第四闘術場の向こう側に、旧見張り塔が見える。


「飛ばされた方角から考えて、他の皆もそれぞれ、他の旧見張り塔に向かうはずだ。オレたちもあそこに向かおう」

「指図すんなっつーの。あたしもそう考えてたし」

「ならばさっさと動け」

「だーかーらー」


 文句を言い募ろうとしたとき。

 ザッ、と。

 あたしたちのものじゃない足音がした。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




◆ジャック/エルヴィス◆


 俺たちは【巣立ちの透翼】で体重を消し、難なく着陸した。

 周囲を見回し、第一闘術場から南東方面に大きく飛ばされてきてしまったことを確認する。


 幸い、目に入る範囲に旧見張り塔の一棟があった。

 他の4人もそうしていると信じ、旧見張り塔を目指すことにして――


 歩き出した、そのときのことだ。


「へぇ~? ぜんぜん堪えてないじゃん。ふっしぎだなぁ~」


 俺たちの前に立ち塞がるように、女が姿を現した。

 自分の背丈よりずっと巨大なメイスを肩に担いだそいつに、俺は見覚えがある。


「お前は、さっきの……」

「あたいの『流星砕き』をまともに喰らったのにさ、なぁ~んでバラバラになってないわけ? ふしぎふしぎ摩訶不思議!」


 けらけらと笑いながら、女は巨大なメイスをぶんぶん振り回す。

 あのメイス……重さが消されているようには見えない。

 だとすれば、純粋に筋力で?


 ズズンッ―――!!

 と、女がメイスを地面に降ろした。


「悪霊術師ギルド所属っ、メリンダ・マッコール!」


 そして、唐突に名乗りを上げる。


「段位は九段! 命令だから、別に命令じゃなくても、あんたらをバラッバラのグチャッグチャにしちゃうよっ!!」


 俺とエルヴィスは反射的に臨戦態勢を取った。

 ――段位は九段。

 アーロンやルクレツィアが名乗った『終段』とやらが最高位だとしたら、その次に当たるだろう段位……!!


「――命令、と言ったね」


 臨戦態勢を取ったまま、エルヴィスが静かに問いかける。


「一体、何を命令されてるんだい?」

「んー? そんなの決まってるじゃん。あたいらは掃除係。第一闘術場から出てきた奴を全員ぶっ殺す役目だよ!」

「あたい……()?」


 俺が問い返すと、メリンダと名乗った女はにこにこしながらメイスを持ち上げる。


「さすがに一人で全部は無理だからさ~、手分けすることにしたんだよ。今頃、他の2組のとこに行ってるはずだよ~。

 ……でも、まさか、こんなちっこい子供ばっかりだなんてねぇ。3人掛かりでなんて、ちょっと大人げなかった?」


 ……まだ他にもいやがるのか。

 ひと気のないことといい、この学院は第一闘術場に限らず、完全に陥落してるってことだ……。


「あ~あ、勿体ないことしたな~」


 巨大なメイスが、高々と振り上げられる。


「手分けなんてしなきゃ、6人もペチャンコにできたのに――さあッ!!」


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