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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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Welcome to Nightmare World ‐ Part3


 アゼレア、ルビー、ガウェインの3人は、立ちふさがるモンスターたちを次々と薙ぎ払った。

 復讐に燃える彼らを、もはやモンスターごときがどうこうすることはできない。

 放送室に辿り着くのに、おそらく10分とかからなかった。


 ガウェインが扉を蹴破ると同時に、俺とフィル、エルヴィスは3人に追いつく。

 雪崩れ込んでいった3人に続いて、放送室に入った。


「これはこれは! 皆さんお揃いで!」


 瞬間。

 明朗快活な声が、俺たちを出迎えた。


 放送室は、バルコニーのようになっている。

 真ん中に放送者用の机と椅子があり、そこから試合場を見下ろせるようになっているのだ。

 異種様々なモンスターと、それを攻撃する教師たちの姿が、手すりの向こう側に見えた。


 放送者用の机の手前に、一人の女子生徒がいた。

 俺たちより5つは年上。

 ショートカットの、明るい雰囲気を持つ女子だ。


 机の傍には、縄で縛られた大人の女性がいた。

 確か、教師だ。

 音系の精霊術を持っていて、放送関係を担当している人だったはず。

 あの人がいなければ、場内に放送を流すことはできない。


 どういう状況だ?

 俺がそれを確認する前に、ルビーが一歩踏み出した。


「……てめーだな。ビフロンスとかいうふざけた奴は……」

「ええー? わたしが? 悪霊王様? まさかまさかぁー! そんな畏れ多いっ!」


 女子生徒は唐突にくるっと回ると、ビシッとピースサインを決めた。


「第37期支援科Bクラス、エミリー・オハラでーっす! 名前だけでも覚えて帰ってね!」


 エミリー・オハラ……?

 その名前には聞き覚えがある。

 よく段級位戦の実況を担当している生徒だ。

 俺とエルヴィスが初めて戦った試合も、確かこの人が実況していた。


 この人が、あの放送を流したのか?

 確かに、加工されてはいたが、若い女の声ではあった……。


「覚える気などない」


 硬い声でガウェインが告げた。


「ビフロンスとやらはどこだ。答えろ」

「えー? どうしましょーかー」

「答えなさいッ! さもないと――」


 アゼレアが手のひらに炎を灯した瞬間、


「おーっと! ストップすとーっぷ!!」


 エミリー・オハラの右手が動いた。

 その手にはレイピアが握られていた。

 その鋭い切っ先が。

 何の躊躇いもなく、縛られた教師の太腿に突き刺される。


「がッ! ぁあぁああああぁぁっ!!」


 教師が苦悶の声を上げるが、エミリー・オハラは気に留めた風もない。

 ぐりぐり、ぐりぐり。

 耳掃除でもするかのように、教師の太腿をレイピアでほじくる。


「実況への攻撃は反則ですよぉー? 守らないと、この人死んじゃいますからねっ!」

「卑怯よッ!! その先生を解放しなさいッ!!」

「この学院に卑怯の2文字はありませぇーん! それはよぉーくご存知では?」

「くっ……」

「ってことで! わかったら大人しく――」


「知ったこっちゃねーよ」


 ルビーが。

 ナイフを手に、エミリー・オハラの目の前に踏み込んでいた。


「そいつが死のうが、どーだっていーんだよッ!!」

「うわっと……!」


 エミリー・オハラは慌ててレイピアでナイフを防ぐ。

 ルビーは間断なくナイフで攻め立て、エミリー・オハラを防戦一方にした。

 これは……チャンスだ!


 俺は縛られた教師のもとへと走った。

 エミリー・オハラがルビーの相手で手一杯になっているうちに助け出す!

 教師の傍に辿り着くと、精霊術でその体重を消した。

 縄をほどくのは後だ。

 まずは安全な場所まで運ばなければ……!


「ごめんね……。あなたたちを守るべき教師が、こんな……」


 抱え上げたとき、教師がそんなことを言った。

 返事をしている余裕はない。

 すぐに取って返す。


「あっ! ダメですよそれはっ! このぉっ―――!」


 エミリー・オハラが教師を運んでいる俺を見つけ、レイピアを投げ放ってきた。

 俺は不意を打たれる。

 斬り合ってる真っ最中に武器を手放すのかよ……!?

 レイピアの切っ先が目の前に迫り――


「させんッ!!」


 ――間に割って入ったガウェインが、鎧で弾き返した。

 レイピアはカランカラン、と音を立てて床に転がる。

 命拾いした……!


「悪い、ガウェイン……!」

「オレのほうこそ。……貴様の行動を見て、少し目が覚めた」


 冷静になってくれたか!

 ガウェインの護衛のおかげで、俺はエルヴィスたちの傍まで教師を運ぶことに成功する。

 入口の横の壁際に座らせて、縄をほどいた。


「ひどい出血だ……! 早く止血しないと! 誰かハンカチ持ってる!?」


 エルヴィスが教師の応急処置をし始める。

 ひとまず任せて、俺は振り向いた。


 丸腰になったエミリー・オハラは、殺意に支配されたルビーに圧倒されている。

 5歳年上で、体格にも差があるとはいえ、武器なしでルビーの相手ができるはずがない。


 ルビーは、彼女を手すりまで追いつめる。

 喉にナイフを突きつけ、静止した。

 それ以上行けば、10メートルは下の試合場まで真っ逆さまだ。


 前にはナイフ、後ろには虚空。

 前後の死でエミリー・オハラを挟みこみ、ルビーは暗く重い声で尋ねた。


「答えろ。ビフロンスはどこだ」

「ひひ……ひひひひ……」

「答えろッ!!」

「ひひひひひひ―――ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!!!」


 引き攣ったように笑いながら。

 エミリー・オハラは、背中から倒れ込むようにして、空中へと身を乗り出した。


「なっ、おいっ―――!」

「我らが命は、悪霊王様の愛がため!!」


 伸ばされたルビーの手は――届かない。


「以上、実況はわたくし、エミリー・オハラがお送りしましたああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――」


 エミリー・オハラの姿が――

 手すりの向こうに、消えた。

 直後、どさっ、という音。


 ルビーが下を覗き込み、

「くそっ!!」

 と苛立たしげに手すりを殴りつけた。


 俺たちは慌てて手すりまで駆け寄って、下を覗き込む。

 そこには、頭からおびただしい血を流した、エミリー・オハラがいた。


 高さは10メートル以上。

 しかも、頭から落下した。

 助かる、はずがない……。


「なんなんだよッ、くそッ!! 普通落ちるか!? 死ぬってわかってただろッ!! おかしいだろッ!!!」


 何度も何度も手すりを殴りつけるルビーの腕を、ガウェインが捕まえた。


「バーグソン、落ち着け!」

「離せよッ、離せッ!! あたしは落ち着いて――」


 バシンッ!!

 唐突に、ガウェインが、ルビーの顔を両手で挟み込んだ。

 驚いて白黒している彼女の目を、ガウェインが正面から見据える。


「落ち着いたか」

「お、おう……」

「本当だな?」

「ほっ、本当だから! もう離せって!」


 ルビーがガウェインの手を振り払う。

 結構な勢いで叩かれたせいか、彼女の頬は少し赤くなっていた。


「でも……やっぱり、おかしいのは本当よ……。こんな……自分から……」


 アゼレアが、エミリー・オハラの死体を見下ろしながら、言う。

 彼女は、落ち着いた、というより、意気消沈したような様子だった。


「これも、ビフロンスの精霊術なのかな……」

「だとしたら、間違いなく、史上最悪の精霊術だな」


 エルヴィスの呟きに苦々しく応じたとき、


「あれっ?」


 フィルが背後を見て、首を傾げた。


「ねえ、みんな……さっき助けた先生、どこに行ったの?」


 えっ? と。

 全員揃って、背後を振り向く。


 入口のすぐ横の壁に座らせたはずの教師。

 その姿が、どこにもなかった。

 代わりとばかりに――

 貫かれた太腿から垂れたのだろう血の跡が、放送室の外へと続いている。


「そんな……! あんな怪我で、一体どこに!?」

「追いかけるぞ!」


 俺たちは慌てて、開けっ放しの扉から廊下に出た。




 その。

 瞬間の。

 ことだった。




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