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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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Welcome to Nightmare World ‐ Part2b


「……あ……?」


 無意識に零れた自分の声で、俺は気付いた。

 眼前の光景に。

 悪夢のような光景に。

 一瞬だが、完全に正気を破壊されていたことに、気が付いた……。


 永遠にも思えた『雨』。

 だがそれは、実際には十数秒の出来事だったに違いない。

 天井を見上げた瞬間は、無数に見えた首吊り死体。

 あれだって、実際には十数体に過ぎなかった。


 今の目の前に、転がっている。

 鎧を着た死体が、所狭しと。

 天井には、もう――

 ぶらぶらと揺れる生首しか、残ってはいなかった……。


「……だい……じょうぶ、か?」


 俺が仲間たちに声をかけられたのは、多少なりとも耐性があったかもしれない。

 こういう、悪夢みたいな世界に。

 5年間も閉じ込められた経験が、あったからかもしれない。


 5人の仲間たちは、誰もが顔面蒼白。

 しかし、かろうじて気を失わずに、俺の声に反応を示す。


「……こんな……こんなことが……」

「うっ……うううっ……!」


 フィルが口元を押さえた。

 俺はその肩を抱いて、背中をさすってやる。

 この光景を見れば、誰だってこうなる。

 11歳の女の子でなくとも、誰だって。


 この部屋は。

 この光景は。

 あまりに毒が強すぎる。

 みんなの心が死んでしまわないうちに、いったん距離を取らないと……!


「…………えっ…………?」


 いったん出よう、と俺が言う、その一瞬前に。

 アゼレアが天井を見上げたまま、硬直した。


「……えっ……えっ……?」


 彼女の目が徐々に見開かれていく。

 その視線を反射的に辿り――

 俺は叫んだ。


「よせアゼレア! それ以上見るな!!」

「だ、だって……だって……あれって……あれって……」

「見間違いだ。見間違いだから! いいからもう――」


「…………師範…………?」


 震えた声で。

 アゼレアは、自ら言ってしまった。

 認めてしまったのだ。


 自分の師匠。

 炎神天照流師範。

 アルヴィン・マグナンティの生首が、天井からぶら下がっていることを。


「あの顔……髪……師範よね……? なんで……なんで……」

「よせって!!」


 俺はアゼレアに駆け寄り、天井を見続ける目を塞いだ。

 ダメだ。

 これ以上見たらダメだ。

 一刻も早く、この部屋から逃げるんだ!

 心に毒が回る前に……!!


「大丈夫だ。大丈夫だから。見間違いだ。遠かっただろ?」

「でも……でも……!」


 俺は「大丈夫だ」と何度も囁きかけ、アゼレアの心を支える。

 だが、俺一人では、カバーし切れなかった。

 俺一人で対抗できるほど、この悪夢は小さくはなかった。


「……な……?」

「おい……嘘だろ……?」


 ガウェインとルビーが、続けて声を漏らす。

 この時点で、俺はもう、理解してしまった。


 そう……俺たちは元々、彼らに助けを求めに来た。

 彼らは全員、この部屋にいるはずだった。

 そこに、これほどの死体があったのだから。

 結論は、わかりきっていたのだ。


 デンホルム・バステード。

 ホゼア・バーグソン。


 ガウェインとルビーが、自分たちの師匠の首を見つけるのを、俺には止められなかった……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 悲嘆の声すらない。

 ただ、受け入れがたい絶望だけが、サロンに満ちている。

 

 俺はこの部屋を出るべきだと言ったが、耳を貸す者はいなかった。

 ぶら下がる生首の真下に転がった死体の傍で、3人のクラスメイトは、ただ呆然と座り込んでいる。

 かろうじて無事なのは、俺とフィル、そしてエルヴィスだけ……。


「じーくん……」

「大丈夫だから」


 何も見えないように、フィルの顔を抱き寄せながら、俺は中身のない言葉を吐く。


 一体、何が大丈夫だって言うんだ?


 デンホルム・バステードは4人しかいない九段の一人。

 アルヴィン・マグナンティも、ホゼア・バーグソンも、王国を代表する最強級の精霊術師だ。

 それが、こんな風に。

 無残に、あっさりと、嘲るように殺されていて。

 一体、何が大丈夫だって言うんだよ……。


「ジャックくん……あの人、知ってるかい」


 エルヴィスが、天井からぶら下がる生首の一つを指差して、訊いた。

 俺は記憶を検索する。


「……は」


 笑った。

 笑うしかなかった。


「『武闘紳士』じゃん」

「そう。『武闘紳士』ブラッドリー・モグリッジ九段……」


 4人しかいない九段が、こんなところで、2人。

 怪獣映画のモブみたいに、何の脈絡もなく殺されてるって?


 ああ、そういえば。

 確か、エルヴィスが言ってたな。

 メイジー・サウスオールも殺されてた、って。


 4人しかいない九段とか。

 優勝候補がどうとか。

 精霊術とか。

 戦略とか。

 代理戦争とか。


 そんなことを言っていたのが、馬鹿らしくなってくる。


 この感覚を、正確に表現する言葉を探した。

 それほど苦労はしなかった。

 これは。

 そう。


 世界観を――殺された。


 精霊術。

 段位。

 強さ。

 そういう、俺の今までの世界観を構築していたものが、あっという間に、何もかも蹂躙されて、無価値に堕した。


 いつまでそんなおままごとをやってるの?

 能力とか段位とか、馬鹿じゃないの?

 いいかげん大人になったら?


 そんな声が、聞こえてくるかのよう……。


 俺は拳を握り締めた。

 唇を噛んだ。


「……やられてばっかで……!」


 たまるか。

 今まで信じてきたものを、こんなにもコケにされて。

 黙っていられるか……!!


 俺たちは、未だ追いついていない。

 敵であるはずのものと、同じステージにすら立っていない。

 ただひたすら、上から目線で嬲られているだけだ。


 まずは、追いつかなきゃいけない。

 頭を働かせろ……!


 俺は絶望が漂うサロンを、注意深く観察する。

 ぶら下がる生首までは、かなりの高さがある。

 しかし……。

 そうだ、踏み台の類がない。

 どうやって首を吊った?


 俺は天井を見上げる。

 このサロンの天井は、こんなに高くはなかったはず……。

 おそらく、ダンジョン化によって変質したのだ。

 つまり――


「――ダンジョン化の瞬間に、首に鎖を巻いておいた」

「え?」

「ダンジョン化に応じて、このサロンの天井は高くなった。その天井の上昇によって、あの高さまで死体が吊り上げられたんだ……」

「だとすると……」

 エルヴィスが思案深げに言う。

「……犯人は、今日あの瞬間にダンジョン化が起こることを知っていた人物、か……」


 そうだ。

 つまり、あの半仮面の男、もしくはその仲間……。


 あの男の雇い主であるラヴィニアは、ビフロンスとの繋がりがあった。

 おそらくあの男は、その繋がりでビフロンスからラヴィニアのもとにやってきたのだ。

 元々は、ビフロンスの部下か何かだったということになる。


「『悪霊術師ギルド』……悪霊王ビフロンスとやらは、そんなことを言ってたな」

「……その名前、話には聞いたことがあるよ」

「本当か?」


 エルヴィスは頷いた。


「要するに、闇社会における精霊術師ギルドだよ。犯罪精霊術師に仕事を斡旋するんだ。実態はほとんど掴めてないけど、精霊術師ギルドよりもずっと組織だった行動をする機関だって話もある……」

「……今回の件は、そいつらの攻撃ってことか」

「たぶん……。でも、まさか、これだけの面子を、誰にも気付かせないまま殺害するなんて、そんなこと……」


 俺は近くの死体を調べた。

 鎧の留め金を外し、死体の状態を検分する。


「……首以外に外傷はない……」


 他の死体もいくつか調べてみたが、同様だった。

 外傷は重さで引き千切られた首だけだ。

 争った形跡もない……。


「殺してから鎖を巻きつけたんじゃないのか……?」

「睡眠薬や毒薬で無力化されたってこと? これだけの数の猛者が、みんな一斉に?」

「……いや」


 俺は再び天井を見て、首を振った。


「ぶら下がってる首をよく見てみろ」

「え……?」

目が開いたままだ(・・・・・・・・)

「あっ……!」


 天井からぶら下がる生首は、いずれも、例外なく。

 カッと、目を開けたままだった。


「意識を失ってから死んだのなら、目が開いてるのはおかしいだろ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 でも、力尽くで拘束されたのなら、争った形跡がないとおかしい。

 だとしたら……」


 俺には。

 可能性は、一つしか思い浮かばなかった。


「――集団自殺(・・・・)……」


 エルヴィスが呟いた。

 ……そう。

 はっきりとした意識で。

 しっかりとした意思で。

 彼らは全員、自らの死を選んだ。

 そう考えるしか、ない状況だった。


「……第二貴賓室も、そうだったんだ……」

「第二貴賓室? 賭場になってた?」

「うん。首なし死体が、輪っか状に並んでて、首がころころ転がってた……。死体の手には、みんな、剣が握られてて……。

 あれは、きっと……円陣を組むみたいにして並んでから、一斉に、同時に、隣の人間の首を斬り飛ばしたんだ……。

 あれもやっぱり、集団自殺だったんだ……」


 円状に並んで、一斉に隣の人間の首を……!?

 ……まともじゃない。

 そんな死に方、まともじゃない。


 しかし――

 このまともじゃない死に方に、俺は、覚えがあった。


「ジャックくん、これ、やっぱり……」

「ああ……あのときと、同じだ」


 俺とフィルが誘拐した、盗賊『真紅の猫』。

 連中の最期は――


「『真紅の猫』も、最後は、全員自殺した。

 ……やっぱり、全部、ビフロンスの仕業だったんだ……!

 本物なんだ、悪霊王とか名乗ったあのビフロンスは!」


 こんなことをできる奴が、2人も3人もいるとは思えない。

 おそらくは、悪霊王ビフロンスが持つ何らかの精霊術。

 奴は、盗賊だろうが九段だろうがお構いなしに、人間を自殺させることができるのだ……!


 そんな恐ろしい精霊術に、覚えはない。

 そもそも、自由に人間を自殺させられるなら、モンスターに俺たちを襲わせなくたっていいはずだ。


 どういう効果だ?

 何が条件だ?

 俺たちと自殺した彼らで、一体何が違うって言うんだ……。


 こちらがいざ探そうというタイミングで自ら出てきたことといい、あまりに不気味だった……。


「…………ビフロンス」


 暗い暗い、声があった。

 俺たちがハッと振り返ると、ゆらり、と、ルビーが立ち上がるところだった。


「……あの放送の奴なんだな……? これをやりやがったのは……」

「…………許せない……。許せない、許せない、許せない…………」

「………………………………」

 

 続いて、アゼレア、ガウェインが立ち上がる。

 彼らの瞳には。

 真っ黒な憎悪と、真っ赤な憤怒が、両方燃え盛っていた。


「放送室だ。まだいるかもしれねー」

「……閣下の仇、逃がしてなるものか」

「ま、待て! お前ら、いったん落ち着――」

「どいてッ!!」


 アゼレアに力尽くで押しのけられる。

 その隙に、3人はサロンを飛び出していった。


「まずい……! あいつら、完全に冷静さを欠いてる!」

「危ないよ! 追いかけよう!」

「フィル、走れるか?」

「う、うん……。だいじょうぶ」

「よし……!」


 俺たちはサロンを飛び出し、3人を追いかける。

 確かに、放送室にはあの放送をしていた奴がいるかもしれない。

 だが……。

 不安は拭えなかった。


 俺たちはまだ、ビフロンスのステージに追いつけていないのではないか。

 悪霊王の手のひらの上で、踊っているだけなんじゃないか……。


 俺にはなぜか、そんな気がした……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 強そうな個性あるキャラが........
[一言] 一気にダークな展開になって いい意味で裏切られました
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