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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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Welcome to Nightmare World ‐ Part1


 誰もが、呆然としたままだった。

 ステージの中央に出現した、霊王トゥーラ・クリーズの死体。

 俺もまた、その光景に現実感を抱けないでいた。


 これは、本当に現実なのか?

 悪い夢を見ているんじゃあないのか?

 実はまだ、俺はベッドの中で。

 すやすやと、健やかに、寝息を立てているんじゃあ……。


 無意識に逃避する俺の目の前で、現実はさらに現実味をなくし始めた。

 ステージ中央。

 串刺しになった学院長の周囲から。


 異形の怪物が、湧き出るように現れた。


 ゴブリン。

 オーク。

 ナーガ。

 ガーゴイル。

 スライム。


 臥人館でも出会ったものから――


 スケルトン。

 キマイラ。

 サラマンダー。

 グリフォン。

 トロール。


 絵本の挿絵でしか見たことのないようなものまで。


 それは異形の軍勢。

 モンスターの群れ。

 人間にとっての、脅威の塊。


 そうしたものが無数に湧き出して、観客席に押し寄せてくる……!


 あまりに現実感のない光景に、誰もが咄嗟には動けなかった。

 その間に。

 燃え盛るトカゲ――サラマンダーが、大きな火炎を発する。


 観客席の最前列にいたうちの一人が、炎上した。

 耳をつんざくような悲鳴が弾ける。

 火達磨になったそいつは、しばらく暴れ回ると、動かなくなった。


 後に残ったのは。

 真っ黒に焦げた、死体だけ。


 ようやく。

 認識が、現実に追いついた。


 これは冗談ではない。

 悪夢などではない。

 誰もがそう理解し――


 悲鳴が爆発する。


 迫るモンスターから逃げようと誰もが動き出し、結果、大混乱になった。

 俺たちもまたもみくちゃにされる。

 その無様さを笑うように、モンスターたちが異形の叫び声を上げた。


「なんなのこれっ、一体なんなのっ!?」

「わかんねー、わかんねーよっ!! クソっ、なんだあのバケモンは!!」

「【試練の迷宮】だ! 〈モロバク〉の【試練の迷宮】を使われたんだ!!」


 近くにいるはずのアゼレアやルビーたちにそう叫んだ。


「【試練の迷宮】だとッ!?」

「実在したのかよ、そんなもん!」

「……なるほどね」


 どこかから、ラケルの冷静な声が返ってくる。

 と思うと、混沌とした人の海から、その姿が舞い上がった。

 精霊術【神意の接収】によって模倣した【巣立ちの透翼】を使い、浮き上がったのだ。


「あの怪物には教師で対応する。あなたたちはひとまず逃げて」

「でも!」

「いいから早く!」


 一方的に言い置いて、ラケルはモンスターのほうへと飛んでいった。

 逃げ惑う観客に襲いかかるモンスターたちを、【黎明の灯火】による炎で焼き払っていく。


 同時、他の教師たちが、観客の避難誘導を始めていた。

 さすがは天下の精霊術学院だ、非常時の対応も素早い。

 その手際を見て、俺も即決した。


「ここは大人たちに任せよう! 避難するぞ!」

「うん!」

「わかったわ……!」

「へいへい!」

「承知した!」


 答えはあるが姿は見えない。

 この人波だ、わざわざ合流している余裕はない。

 教師陣の避難誘導のおかげで少しマシになった人波に身を委ね、闘術場の出口へと向かう。


 人数に対してあまりに狭すぎる廊下をどうにか抜け、広間に出ると、フィルやクラスメイトたちの顔を確認することができた。


「大丈夫か! 全員いるか!」

「だいじょぶだよ、じーくん。みんないるよ……!」


 フィル、アゼレア、ルビー、ガウェイン。

 全員の姿を確認できた。

 ひとまず安心だが、油断するにはまだ早い。


 ガウェインが闘術場のほうを振り返りながら、


「先生方はあの化け物どもをうまく押さえてくれているようだな……」

「でも、あの数をいつまでも相手できるのかよ?」


 ルビーが言いにくいことをあっさり言ってくれる。

 そう、おそらくモンスターの対応に当たっている教師は10人にも満たない。

 いずれも高い実力を持つ精霊術師ばかりだが、あれだけの数のモンスターを殲滅し切れるとは思えない。


 そもそも、モンスターの数に限りがあるとも限らないのだ。

 無限に、永遠に、化け物どもは湧き続けるかもしれない。


「ジャック! フィリーネちゃん!」


 不意に来た呼ぶ声に振り返ると、父さんと母さん、そしてポスフォード氏が駆け寄ってくるところだった。


「よかった、みんな無事だったか!」

「父さんと母さんも……!」

「おとーさん……!」

「フィル……! よかった……! 本当に……!」


 ポスフォード氏は涙ぐんで、娘を抱き締める。

 フィルは慰めるように、父親の丸い背中をぽんぽんと叩いた。


「合流できて本当によかったわ……。一体何が起こったのか……」


 母さんが困惑の表情で言う。

 俺は努めて冷静に告げた。


「……精霊術による攻撃です。精霊〈モロバク〉、【試練の迷宮】」

「【試練の迷宮】だと……!?」


 父さんは目を剥いた。


「まさか、実在したのか……!? いやしかし、そう考えれば納得はできる……」

「俺は会ったことがあるんです。この精霊術を使う術師に!」

「なに……!?」


 おい、とルビーが肩を掴んでくる。


「まさか、それ、この前、王子様と一緒の……」

「そうだ。お前に協力してもらったときの話だ」


 臥人館に潜入するため、ルビーにも協力してもらった。

 そのときに、軽くではあるが事情を話したのだ。


「誰なのだ、こんなことを起こした輩は!」


 義憤の籠もったガウェインの問いに、俺は苦々しい表情を浮かべた。


「詳しくは知らない。顔を半分仮面で覆った、30過ぎくらいの男だ。名前は、確か……そうだ、雇い主にはアーロンって呼ばれてた」

「アーロン……? 聞かない名だな。偽名か?」


 父さんが訝しげに呟く。

 偽名なのか、あるいは表舞台には出ていないのか。


「待って。いま雇い主って言った?」


 アゼレアが俺の言葉尻を捉えた。


「それって、誰かの雇われ術師ってこと? もしかして……貴族の……!?」

「……ああ」


 俺が頷くと、全員が深刻そうな顔つきになる。


「キナ臭せー話になってきたじゃねーかよ」

 ルビーが珍しくシリアスな声音で、

「なら、その雇い主とやらが、あの『悪霊王ビフロンス』とかいうふざけた奴の正体なのかよ? 一体誰なんだ、その雇い主ってのは?」

「――ラヴィニア・フィッツヘルベルト」


 簡潔に、短く答えると、大人たちが低くどよめいた。


「現職元老院議員の一人ではありませんか……!」

「黒い噂はいろいろと聞いていたが……」

「腐っても侯爵家の端くれです。まさかこのような暴挙に及ぶでしょうか?」


 ラヴィニアの思惑はわからない。

 だが、あの術師が関わっている以上、あの女が無関係とは思えない。

 ラヴィニアの身柄を押さえられればいろいろと――


「……あっ。そうだ、エルヴィス!」


 エルヴィスがラヴィニアを捕まえに行っているのを、俺はようやく思い出した。

 あいつは無事なのか?

 今まさに、首謀者と会っているところじゃねえか……!


「早くエルヴィスの無事を確認しないと――」

「――ぼくならここだよ、ジャックくん」


 声と共に、人混みの中からエルヴィスがまろび出てきた。

 勢いでよろけたところを、ガウェインが駆け寄って支える。


「殿下! よくぞご無事で……!」

「みんなこそ。ここにいてくれてよかった……。探してたんだ」


 エルヴィスはどこか、憔悴している様子だった。

 モンスターの軍勢を目の当たりにし、大急ぎで逃げてきた俺たちよりも、よっぽど……。


「そっちでも……何か、あったのか?」

「……あったよ」


 エルヴィスは暗い声で告げる。


「ラヴィニア・フィッツヘルベルトが死んだ」


 ……は?

 呆気に取られたような空白が、その場を支配した。


「ぼくたちが第二貴賓室に踏み込んだときにはもう、全滅だった……。民主派の貴族やその護衛の死体が、血の海を作ってた」

「血の海、って……ほんとに……?」

「この目で見たぼくだって、まだ半信半疑だよ……。誰が死んでいたのか、詳しく聞くかい? きっと、もっと信じられなくなると思うよ……」


 ラヴィニア・フィッツヘルベルトに飽き足らず――

『神滅鬼殺』メイジー・サウスオール。

 それに王太子エドワーズ・ウィンザー。


 エルヴィスが見たと言う死体の名は、どれもこれも、あっさり死ぬとは思えないようなものばかり……。

 エルヴィスの言う通り、聞くたびに現実感が遠のいた……。


「はあ……」


 父さんが頭を抱え、重苦しい溜め息をつく。


「一体……何がどうなっているんだ……」


 何度目ともわからない問いかけだった。

 何もかもが唐突で脈絡がない。

 風邪のときに見る悪夢のように……。


 後手後手に回る、どころじゃない。

 俺たちは、完全に置き去りにされていた。


「……その話が、本当だとすれば……」


 一番冷静に言葉を発したのは、母さんだった。


「この闘術場内の結界が無効になっている、という話は、本当なのね……」


 本来、この学院の中では、結界によってあらゆる殺傷行為が無効化される。

 剣で斬りつけても、霊力と呼ばれるエネルギーを消費するだけで、傷一つ付きはしないのだ。

 王都の中でも、安全さにおいては随一だろう。

 だからテロの危険も気にすることなく、これだけの数の貴族が集まることができるのだ。


 だが、今や結界の加護はない。

 一刻も早くこの闘術場を出なければ、犠牲者は増える一方だ。


「押さないでください! 避難所にご案内します! 焦らないでください!」


 学院の教師が声を枯らして避難誘導を行っている。

 だが到底、大混乱の観客たちを捌き切れているとは言えなかった。


「た、……助けを求めるべきだわ!」


 アゼレアが少し震えた声で言った。


「いくら先生たちでも、人手が足りなすぎる……! サロンに師範がいるの! 師範に化け物退治を手伝ってもらえれば……!」

「そうだ……サロンにはバステード閣下もいる。他にも精霊術師が集まっているはずだ!」

「ウチのジジイもどっかにいるはずだぜ。そんであたしらも加勢すればさ、あんなバケモンなんて相手じゃねーだろ!」


 ガウェインとルビーもアゼレアの意見に賛同する。

 サロンは闘術場の中でも端のほうにある。

 もしかしたら、そこに集まっている術師たちは、まだこの事態に気付いていないのかもしれない。

 彼らの協力を得ることができれば、きっとこの混乱した状況も改善されるはずだ。


 反論は思い浮かばなかった。

 ……なのに。

 なんなんだ、このもやもやは……。


「君たちの言うことは尤もだ」


 大人を代表してか、父さんがそう言った。


「だが、あの怪物たちがどこにいるともしれない。子供だけに任せることはできん。私を含め、精霊術の心得がある大人を集めよう」

「それにどんだけかかるんだよ!? あたしらで行ったほうがはえーだろ!」

「ダメです! 子供だけで動くのは――」


 食って掛かるルビーを、父さんと母さんが二人掛かりで説き伏せようとした、そのときだった。


「きゃあああああああ――――っっ!!!」


 絹を裂くような悲鳴が、どこからか上がる。

 何事だ、と振り返った瞬間、原因が知れた。

 人間のものでも動物のものでもない、異形の鳴き声が、耳に届いたのだ。


 モンスターだ……!

 教師たちの手を逃れて、この広間まで追いついてきたのか!


「くそっ!」


 気付いたときには、身体が動いていた。

【巣立ちの透翼】で浮かび上がり、人混みの頭上を飛び越える。

 すると、廊下から異形の怪物たちが溢れ出しているのが見えた。


 腰に右手を添える。

 そこには、鞘に納められた『あかつきの剣』があった。

 朝焼け色の刃を抜き放つ。

 純ヒヒイロカネ製のそれを、俺はモンスターどもの頭上から叩きつけた。


 一瞬だけ解放された超重量が、莫大な衝撃を生んでモンスターたちを吹き飛ばす。

 そこらに転がったモンスターたちは、床に染み込むようにして消滅した。

 だが、焼け石に水だ。

 廊下の奥から、モンスターが次々と湧いて出てくる。


「ジャック! どいてッ!!」


 後ろからアゼレアの声が聞こえて、俺は反射的に飛びずさった。

 直後、紅蓮の炎が目前を埋め尽くす。

 何匹ものモンスターが火達磨になり、この世のものとは思えない悲鳴を弾けさせた。


 行く手を阻んだ炎の壁に、モンスターたちは慄いて一歩後退る。

 その瞬間だった。

 廊下を塞ぐような形で、突然壁が出現する。

 あたかも最初から廊下などなかったかのように、モンスターたちの姿と声は壁の向こうに消えた。


「一丁上がりっと」


 すぐ傍の虚空から、ルビーが突然出現する。

【一重の贋界】で壁の幻影を作り、廊下を塞いだのか。


「言っとくけど、長くは保たねーからな。贋界膜はただ実体があるだけの幻影だ。ばんばんどかどか殴られたらそのうち壊れる」

「避難する時間を稼げるなら充分だ」


 ひとまずモンスターの姿が見えなくなったおかげか、観客たちは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 この調子なら、避難完了は遠くない。


 人混みの中から、フィルとエルヴィスとガウェインが追いついてきた。


「じーくん! だいじょうぶー!?」

「やれやれ。ぼくたちの出る幕がなかったね」

「貴様ら! 勝手に先走るな!」

「あー? いーじゃねーか、結果的にみんな助かったんだから」

「いいか、教えてやる。貴様のような奴がいると――」

「そーこーまーでーっ!! 喧嘩してる場合じゃないわよ!!」


 ルビーとガウェインのいつもの喧嘩を、アゼレアが一瞬で仲裁してくれる。

 ありがたい。

 ほんと、こいつがいないとどうなっていることか。


「ルビー。俺たち全員を贋界膜で透明にできるか?」

「6人はちょっときちーな。全身を隠せるのはいいとこ2人までだ」

「そうか。じゃあフィル、索敵はできるか?」

「だいじょぶ。今『お友達』を集めてるとこ」

「よし。エルヴィスの王眼と併用すれば、かなりの精度で索敵できるはずだ。位置がわかるならモンスターはそこまで怖くない」


 臥人館で得た経験則だ。

 モンスターの強さ自体はそれほどじゃない。

 怖いのは不意打ちだ。


「ガウェインはしんがりを頼む。防御力はお前が一番高い」

「貴様に指示されるのは些か腑に落ちんが……承知した」

「エルヴィスは真ん中。王眼での索敵に集中してくれ」

「了解。狭い廊下で蜃気楼の剣を振り回すわけにもいかないしね」

「わ、私は……!?」

「アゼレアは露払いだ。邪魔なモンスターの殲滅にはお前が一番適してる」

「わ、わかったわ」

「俺も一緒に先陣を切る。万が一接近されたら、お前だけじゃ対処しにくいだろ?」

「だっ、大丈夫よっ! あんたの出番なんてないわ!!」


 アゼレアは若干テンパっている様子だったが、大丈夫と言うなら信じよう。

 なんとなく流れでリーダー的な立ち位置に収まり、指示を出し終えた頃、大人たちが追いついてきた。


「ジャック! よせ! 危険だぞ!!」

「大丈夫です! モンスターの強さは左程ではありません! 父さんと母さんは、ポスフォードさんと一緒に避難して!」


 なおも引き留める父さんたちの声を無視して、俺たちは事前に決めた陣形でサロンを目指した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この話以降のネタバレ注意です↓ [気になる点] 3巻発売を受けて読み返してたんだけど、 モブが【試練の迷宮】を精霊〈モロバク〉って言ってるの何なん? アーロンの精霊は〈外なる偶像のモラ…
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