宣戦布告
霊王戦の開会式は、順調に進んでいた。
「――と、挨拶はここまでにして、そろそろお待ちかねの予選ルール発表と行こうかのう!」
壇上の学院長がそう宣言すると、観客たちがにわかに興奮を帯びた。
観客席に混ざっている俺たち出場者には、反対にピリッとした緊張が走る。
パチンッ! と学院長が指を弾いた。
すると、その背後に4枚の大きな紙が幟のように立ち上がり、360度どこからでも見えるよう四角形を形作る。
その紙にはいずれにも、『サバイバル』と大書されていた。
「今年の霊王戦出場者は例年に比べて極めて多い。トーナメントやリーグ戦でこれだけの人数を捌くのは不可能に近い!
というわけで、諸君には4つのグループに分かれ、この学院を舞台にサバイバル戦をしてもらう!
霊力切れになった者から順に退場して、生き残った8人が明日以降の決勝トーナメントに進めるというわけじゃ!!」
サバイバル戦……。
また大味なルールを。
「共闘も裏切りもすべて自由!! 法に触れぬ限りであれば、生き残るために何をしても構わん!! 持てる手管のすべてを用い、最強の称号を目指せッ!!!」
歓声が沸き起こった。
俺はそれを、未だ緊張した心地で聞く。
……霊王戦賭博が開始されるのは、予選ルールの発表と同時だという。
そこにエルヴィス率いる摘発隊が踏み込む手はずなのだ。
今頃、学院のどこかにある賭場で、王権派と民主派による代理戦争の火蓋が、切って落とされているのだ……。
「……頼むぞ、エルヴィス……」
歓声に紛れ込ませるようにして、俺はそう呟いた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
密偵によれば、今年の賭場は第一闘術場上層階、開会式を見下ろせる位置にある第二貴賓室らしい。
ぼくは選りすぐった少数精鋭の先陣を切り、慎重にそこを目指した。
第二貴賓室までの廊下には警備の精霊術師が何人かいた。
とはいえ、あまりあからさまに警備を敷いては部外者に不審がられてしまう。
だから、数も少なく、装備も大したことはない。
迅速かつ静かに無力化するのは、そう難しいことではなかった。
だが……民主派についたことが確認されている有力な術師が、何人も開会式に姿を見せていない。
賭場の警備に駆り出されているのかもしれない。
完全に賭場を制圧するまで、安心することはできなかった。
第二貴賓室の扉の前まで来ると、ぼくは一度振り返り、10人の摘発隊に頷きかけた。
速攻をかけよう。
摘発隊が頷きを返してくるのを確認してから、ぼくは宣言する。
「突入」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ラヴィニア・フィッツヘルベルトは、第二貴賓室のガラス張りの壁から、霊王戦の開会式を見下ろしていた。
傍には顔の半分を仮面で隠した男、アーロンが佇んでいる。
「ほう。グループごとに8人指名するのですな」
「当たった人数が多いほど配当は多くなるようですぞ」
「8人全員当てれば……ほう! 100倍! これは腕が鳴りますなあ……!」
霊王戦賭博はすでに始まっていた。
莫大なカネと欲望、スリル、そして大金を動かすことへの愉悦とが、葉巻の煙と共に渦巻き、豪奢な部屋に充満していく……。
今日、この部屋で動くカネだけで、一体、民が何人、何年暮らしていけるだろう。
一般人が喉から手が出るほど欲しがる富も、彼らにとっては、積み木にも似たオモチャに過ぎない……。
「サウスオール九段に100だ!」
「わしは300!」
だが、予選突破者予想など、ここではオードブルに過ぎない。
メインディッシュは、優勝者予想。
たった一人の正解を言い当てる愉悦を、貴族たちは山のような財貨をベットすることで引き立てる。
今のところは順当に、『神滅鬼殺』ことメイジー・サウスオールに人気が集まっているようだった。
「賭けにはご興味ございませんか?」
ワインに口をつけながら喧噪に浸っていたラヴィニアに、話しかける声があった。
豪奢な礼服に身を包んだ、長い金髪の男。
エドワーズ・ウィンザーであった。
「これはこれは、王太子殿下。このような場所にいらっしゃられて構いませんの?」
「はて。異なことを仰いますね、フィッツヘルベルト卿。ここはただの貴賓室……王太子がいて何の不思議がありましょう」
ラヴィニアは微笑んで、ワイングラスを差し出す。
それにエドワーズが、自分のグラスを軽くぶつけた。
書類上、この部屋はただの貴賓室。
賭場など開かれてはいないのだ。
エドワーズはラヴィニアの隣の椅子に座った。
「贔屓の術師はおいでですか、フィッツヘルベルト卿?」
霊王戦に手駒の術師を出場させているか、という意味だ。
ラヴィニアは後ろに控える半仮面の男に視線をやった。
「彼がそうですわ。ギルドには属しておりませんが、とても優秀ですの」
「ほう……。興味深いです」
「王太子殿下にもどなたか?」
「ええ……ご紹介申し上げたいのですが、どうも自由な方でして」
「呼んだか、大将?」
突然、会話に割り込んできたのは、女性だった。
髪を紫に染め、お腹を惜しげもなく晒した大胆なスタイルの女性である。
両耳にはいっそ冒涜的なほどに、じゃらじゃらとアクセサリーがぶら下がっていた。
「あら」
ラヴィニアは面白がるように笑みを深める。
「メイジー・サウスオール九段……今ちょうどあちらのほうで人気になっている方ではありませんの」
優勝者予想に熱を上げていた貴族たちが、ラヴィニアらのほうを見て驚いた顔をしていた。
今の今まで、メイジー・サウスオールの存在に気付かなかったのだ。
あるいは、今まさに、この場所に出現したのか。
「誰の下にもつかないお方だとお聞きしていましたが、どのようなご関係で?」
「大したことはありません。彼女が世間で言われるようなバーサーカーではなく、友誼に篤い女性だったというだけの話ですよ」
「おうよ。大将とはダチなのさ」
メイジーはにやにやと笑いながら言った。
あからさまな出任せだが、ラヴィニアは詮索しない。
何らかの利害の一致があった……それだけのことだろう。
しかし、優勝候補筆頭たる『神滅鬼殺』が王太子エドワーズについた、というニュースは、貴族たちには無視できないものだ。
この場の貴族たちがそれほど動揺していないのは、取りも直さず、エドワーズがこの賭場にいる、という事実による。
この賭場は娯楽である以上に、民主派貴族の結束感を高めるためにある。
違法賭博というスリルを共有することで共犯関係を構築し、『ここにいる人間は仲間だ』と、互いに信じ込む――
そのための場所でもあるのだ。
だから、今この場にいるエドワーズは、仲間であり味方。
彼が霊王の称号を手中に収めたとしても、悪いようにはされないはず。
特に何の約束もないのに、貴族たちにはそう思えてしまうのだ……。
「そういえば、殿下の弟さんも出場なさっているのでしたわね?」
ラヴィニアは話題を転じた。
エドワーズは弟の名を出された瞬間、ほんの少し硬直する。
「……ええ。戦うことにしか関心のない、野蛮な弟で。やはり血筋でしょうか」
第三王子エルヴィスの母親は、かつて王国と争い、敗北した国の王家から、半ば献上品のような形で嫁いできた側室である。
その国は『戦闘民族』とも称された強力な軍事国家で、かつての大戦で王国が制した国の中でも、特に苦戦した一国だ。
その怪物めいた戦いぶりから、かの国の人間を『野蛮人』と呼ぶ者も少なからずいる。
エドワーズもその一人であるらしい。
高貴な王家の血筋と『野蛮人』の姫……その合いの子。
なんというアンバランスさ。
ラヴィニアの琴線に触れるには充分すぎるほどだった……。
「王太子殿下……わたくし、弟君にたいへん興味がありますわ」
「……興味、と申しますと?」
「右腕と右足はご遠慮しますので、それ以外を譲ってくださらない?」
あまりにも直截な申し出だった。
仮にも王太子に、仮にも弟を、右腕右足切断の上で差し出せと言うのだ。
これにはエドワーズも、しばらく呆気に取られた。
しかし、ものの5秒ほどで平静を取り戻す。
そして臆面もなく、
「――ええ、お譲りしましょう。我々の変わらぬ友誼の証として」
実の弟を玩具として差し出すことを、約束してみせるのである。
ふふ、とラヴィニアは妖艶に微笑んだ。
「嬉しいですわ、王太子殿下。きっと末永く、仲良くしてゆけることでしょう」
「ええ……」
頷きながらも、王太子の瞳は静かに揺れている。
それは弟を差し出すことへの罪悪感――
などではない。
それは、嫉妬だった。
またしても、自分ではなく弟が求められている。
その事実に、昏く静かな嫉妬の炎が、ゆらゆらと揺れていた……。
「――ん」
黙っていたメイジーが、不意に振り返った。
「どうしました、サウスオール九段」
雇い主に問われ、メイジーは好戦的な笑みを浮かべる。
「どうやら、お客さんみたいだぜ」
部屋の外が、何やら騒がしかった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「突入」
ぼくの指示と同時、摘発隊は第二貴賓室に踏み込んだ。
内部には高段位者を含む精霊術師が幾人もいることがわかっている。
混乱のうちに一気に制圧すべく、ぼくは精霊術を発動しようとし、




