表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/262

幸福の痺れ


 ラケルと別れて風呂で汗を流したあと、自分の部屋に戻った。


「フィルー、起きてるかー? ……って、あれ」


 同居人のフィルは、どこにもいなかった。

 代わりに、机に1枚、書き置きがある。


『かくれんぼしよ! じーくんが鬼ね!』


「……いきなり何を言い出すんだあいつは……?」


 フィルの行動が突拍子ないのはいつものことだが。

 窓の外を見る。

 月明かりはあるが、日は完全に落ちている。

 こんな時間にかくれんぼって……。


「放っておくわけにもいかないしな……」


 仕方ない。

 ちょっと探してやるか。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 部屋の中と寮の中を一通り探してみたが、見つからなかった。

 外か?

 俺はロビーから寮の外に出た。


 さて……どこにいるんだ?


 さすがに、学院の外、ということはないだろう。

 学院を出るには許可がいるのだ。

 わざわざ里帰りする奴も少ないので、入学から卒業まで一歩も学院を出ないなんてことはザラである。

 俺も、この前の臥人館を除けば、学院を出たことはない。

 この辺、教師も似たようなものらしい。


 とはいえ、学院の敷地は広い。

 現代日本の大学をさらに大規模にしたもの、と言えばいいのか。

 学院というより、学院都市なのだ。


 闇雲に探すのは無謀だな……。

 だが、当てがあるわけでもない。


「…………」


 なんか。

 懐かしい。


 フィルと初めて会った、あの日。

 7歳の夏。

 今から……そうか、もう4年も前か。

 あのときも俺は、こうしてフィルを探していた。


 屋敷の中を探してもいなくて……。

 使用人たちから数々の悪行を伝え聞いて……。

 とんでもねえお転婆娘だな、と思ったものだ。


 それから、屋敷を出て……。

 敷地を囲う策に穴があるのに気付いて……。


「……森……」


 あのときは、森に行くと出会えた。

 木の上から落ちてきたんだ。

 彼女に引っ張られていくと、ラケルを見つけて。

 そこから、すべてが始まった――


 寮の近くにも、ちょっとした森のようなエリアがある。

 森というか、林という感じか。

 簡単に舗装された道を抜けると、原っぱのような場所に出るのだ。


 そこは……改めて考えると。

 フィルに連れられて、ラケルを見つけた――

 あの場所に、少し似ている気がした……。


「……行ってみるか」


 他に当てがあるわけでもない。

 俺は林のほうへと足を向けた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 冷たい夜風が、ざざあっと原っぱを波打たせる。

 丸く開けた空間を、中天に浮かぶ月が薄く照らし出していた。


 星々煌めく夜の空を、一人の女の子が見上げている。

 栗色の毛先が、肩の辺りで風に揺れていた。


「フィル、みっけ」


 一応、ルールとしてそう宣言する。

 フィルがこちらを振り返って、はにかむように笑った。


「ふへへ。見つかっちゃったー」

「ぜんぜん隠れてないだろ。何がしたかったんだ?」

「さあー……。ちゃんとわたしを見つけてくれるか、確認したかったのかも」


 ……?

 よくわからんな。

 俺はフィルの傍まで近付いた。

 そして、原っぱをざっと見回して、


「……ここさ」

「んー?」

「ちょっと、似てるな。ダイムクルドのあそこに」

「へへー。わかった?」


 フィルは嬉しそうに笑う。

 行き倒れていたラケルを見つけた原っぱ。

 ラケルとの修行では拠点にもなっていた。

 故郷であるダイムクルドの中でも、思い出深い場所だ……。


「ここに俺を呼びたかったのか?」

「かもね。……うん。そうかも」

「曖昧だな……」

「自分でもよくわかんないの。じーくんに話したいことがあって、どこで話そうかなーって思ってたら、ここにいたんだ」

「話したいこと?」

「うん。……あ、でもどうかなー。どっちかと言うと話してほしい気もするなー。わたしじゃなくてじーくんのほうから」


 いや、何をだ。

 まったく話が見えません。


「ね、じーくん。わたしたち、これからどうなるかな?」


 フィルは、普段とまったく変わらないトーンで、そんなことを言った。


「どうなるって? 将来の話か?」

「霊王戦があるでしょー? じーくんが優勝するでしょー? すっごくえらくなるでしょー?」

「いやいや」


 当たり前のように優勝を前提にしないでください。

 できるだけ頑張るけども。


「それでー……」


 フィルはほんのかすかに、トーンを下げた。

 神妙に。

 真剣に。

 これは冗談じゃないよ、と念を押すように。


「……結婚、するでしょ?」


 顔色を窺うような視線が、俺へと向けられた。

 口元にはかすかな微笑。

 その微笑にどんな意味があるのか、すぐにはわからなかった。


「……そう、かもな」


 貴族としては何もおかしくない。

 もう11歳なのだ。

 この前、エルヴィスも婚約者候補がいると言っていた。


 でも、俺の場合――

 相手はもう、決まり切っているだろう。

 はっきりと、公式に、本気で約束したわけじゃないけど……。

 父さんや母さんも、完全にそのつもりのはずだ。


 当然、俺も。

 ……フィルだって。


「結婚してね、子供を――そうだなー、3人くらい作って、ダイムクルドのあのお屋敷で、一緒に暮らすの。Sクラスのみんなもときどき遊びに来てくれてー……」


 未来を語るフィルの声は、夢見るようで。

 同時にどこか、不安も滲んでいた。


「そんな未来があるんだって、わたし、わかってるの。わかってるんだよ? わかってるんだけど……。

 ……なんでかな。考えれば考えるほど、それが、すごく遠いもののように思えて……。手の届かないもののように思えて……」


 月の下に佇むフィルの姿が、どうしてか儚く思えた。

 するっと、指の間をすり抜けていってしまいそうな……。

 だから俺は、躊躇う。

 手を伸ばして、彼女を抱き寄せることを、躊躇う…………。


「……だから、じーくん。言葉が欲しいの」


 台詞は懇願のように見えて。

 しかし、声音には芯があった。


「無粋なくらい、はっきりした言葉で。わたしを……わたしのことを、好きでいてくれるなら。わたしのことを、捕まえてくれるなら」


 フィルは願うのだ。

 決闘に挑む勇者のように、決然と。




「――わたしに、プロポーズをしてください」




 風が吹いた。

 葉擦れの音が広がり、草の匂いが辺りに満ちる。

 月が俺たちを見守るように、光を降り注がせていた。


 ……フィルのことなら何でも知っていると思っていた。

 いつも元気で。

 いつも無邪気で。

 人の懐に入るのがうまくて。

 意外と頭が良くて。

 甘えたがりで。

 甘えてもらいたがりでもあって――


 でも、俺は。

 今まで、見たことがあっただろうか。

 フィルの、こんな――真剣な表情を。


 今まで――

 4年も一緒だった俺にすら見せなかった一面を、見せるということ。


 その意味を、俺は。

 正しく……理解した。


 もう他人ではいたくない、と。

 一心同体になりたい、と。

 これから先の人生を――

 これから先の自分自身を――

 ――何もかも共有しよう、と。


 彼女は――覚悟を示しているのだ。


 ならば。

 ならば、俺は――


「……あー」


 がりがりと、俺は頭を掻いた。


「なんていうか、これ……俺、かなりダサくないか?」

「じーくんはカッコいいよ?」

「そりゃどうも」


 フィルはくすくすと笑った。

 俺も微笑を浮かべる。


 それから――顔を引き締めた。


「フィル」

「うん」


 いろんな言葉が頭を過ぎった。

 前世を含めて、様々な記憶が、走馬燈のように駆け巡った。

 何を言うべきなのか。

 俺はフィルに、何を求めたいのか。

 それを探して、探して、探して――

 ――見つけ出す。




「俺と同じ人生を生きてくれ」




 前世――妹によって断ち切られ。

 今、いろんな人に助けられて続いている、この人生。


 奇跡でしかないこの道を。

 もし、一緒に歩いてくれる人がいるのなら――


 フィルは微笑んだ。


「……わたしでいいの?」

「フィルがいいんだ」


 そう言うと、フィルは――

 目に大粒の涙を溜めた。


「そっかあ……わたしがいいんだ……そっかあ……」


 俺は苦笑して、ぼろぼろと涙を零し続けるフィルを抱き寄せる。


「そんなに泣くなよ。申し訳なくなってくる」

「ありがと……じーくん……ありがとね……」

「それはこっちの台詞だろ」


 こつん、と。

 フィルの額に、自分のそれをぶつけた。


 間近に、涙を流したまま笑っているフィルの顔がある。

 鼻先がちょっと触れて、熱い息が唇にかかった。

 流れ続ける涙を、親指で拭ってやる。


「フィル」

「うん」

「愛してる」

「わたしも」


 唇が触れ合った。

 柔らかい感触と甘い感覚が、脳の奥底まで貫いていく。


 ……たぶん。

 今、全身を駆け巡る、痺れのようなものが。

 幸福、と呼ばれるものなのだろう。


 今度こそ幸せな人生を、と願って始めた第二の生。

 その一つの到達点を、明るい月が静かに見下ろしていた……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 翌日。

 早速、使いを手配して、ダイムクルドの両親に婚約を報告した。

 万が一反対されても婚約を取り下げるつもりはなかったが、返信は驚くほど早く来て、しかもこっちが引くくらい祝福された。

 フィルの親も同様だ。

 あの大人たち、このときを待ってたんじゃなかろうか。


 双方の親族が、ちょうど霊王戦で王都に集まることになっていたので、正式な報告と挨拶はそのときにすることになった。


 あとは、まあ一応、戦闘科Sクラスの面々にも報告しておくことにした。


「ってことで、フィルと婚約したから」


 あんまり仰々しくってのも何やら恥ずかしいので、さらっと発表してみたところ、反応も「ふーん」って感じだった。


「つーか、まだ婚約してなかったのかよ」

「オレも、すでに婚約は済ませているものと思っていた」

「報告っつーから、子供でもできたのかと思った。ハハハ!」

「……11歳の、それも女性とは思えん品のなさだな、バーグソン」


 まあ、そうなるよな。

 普段から関係を隠そうともしてないしな。

 特にフィルが。


「でも、ま、中には心穏やかじゃねー奴もいるかもな? なー、王子様にお嬢様!」

「えっ?」

「はっ!?」


 ルビーがエルヴィスとアゼレアに馴れ馴れしく肩を組む。


「いや、ぼくは別に……わかってたことだし……」

「私がなんだって言うのよっ!? ジャックが婚約しようが何しようが、私には何にも関係ないでしょっ!?」

「まあまあ。強がんなくてもいいって。ヤケ食いなら付き合うぜ? お前らの奢りで」

「強がってなーいーっ!!」


 そんな感じだ。

 いつも通りとも言う。


 そして、もう一人。

 最後に、ちゃんと報告しとかなきゃいけない人がいた。

 俺とフィル、両方の師匠であるラケルだ。


「……そう」


 婚約を報告すると、ラケルは短く、それだけ言った。

 俺はなんとなく恐縮して、


「ご……ごめん……?」

「なんで謝るの」

「えーと……弟子のくせに先を越したから……?」

「…………」

「いだっ」


 無言でチョップされた。

 でも、ダイムクルドでの修行時代の折檻に比べればずっと優しい。


「……おめでとう、二人とも。心から祝福する」


 ラケルは笑みを浮かべて、そう言ってくれた。

 Sクラスの奴らも、祝福はしてくれたけど……。

 やっぱり、彼女から言われる『おめでとう』が、一番嬉しかった。


「あ、師匠。もう一つあるんだけど」

「なに?」

「まだ先の話になるんだけど……式で仲人やってくれないか?」

「…………」


 超渋い顔をされた。


「……独身がやるものじゃないでしょ、仲人って。学院長に頼んだら?」

「それも考えたんだけどさ、フィルとも話し合って、やっぱり師匠しかいないかなって。な?」

「うん! じーくんとこんなに仲良くなれたのは、ししょーのおかげだから」


 初めてキスしたのだって、ラケルと一緒に寝たときだしな。

 ラケルは知らないけど。


「……大勢の前で喋るのって、得意じゃないんだけど……」

「知ってるけど、そこをなんとか」

「…………はあ」


 ラケルは諦めの溜め息をついた。


「……わかった。これも師匠の務めだと思っておく」

「ありがとう!」

「ありがとー!」


 二人で感謝を述べると、ラケルは悪くなさそうな表情を浮かべるのだった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 そんなこんなで、婚約関連の諸々をひとまず片付け。

 ついに、この日がやってくる。


 霊王戦。


 最強の精霊術師を決める戦いが、ついに始まる―――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 1個前の話から嫌な予感がぬぐえないんだけど‥‥ これもしかして、妹、分身してないよね? ラケルもフィルも前世は妹みたいな‥‥ 同時に存在‥‥というか偏在しているとか、もはや神の御業だと思うか…
[一言] 頼むから、頼むから、妹よ…。
[一言] 師匠にメスの顔させた数十分後に婚約とかマジかよ....。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ