デレ
――気付くと、俺はリビングにいた。
ここは……そう、前世での俺の家。
そして、まだ普通の暮らしをしていた頃。
俺は部活から帰ってきたところで、エナメルの鞄を肩から提げていた。
両親は共働きで、この時間じゃまだ帰ってこない。
だから――夕飯の支度は、いつもあいつの役目だった。
『――――♪』
鼻歌が聞こえる。
制服の上にエプロンを着た妹が、台所に立っていた。
包丁でまな板を叩くリズムに合わせて、ふんふんと歌っているのだ。
俺は口元を緩ませて、その背中に訊いた。
――ずいぶんご機嫌だな。何の歌だっけ、それ?
『アルプス一万尺ですよ。歌詞はオリジナルですけど』
――いや、鼻歌じゃ歌詞はわかんねーだろ。
『ふふ。いつか歌詞も教えてあげます。兄さんにだけ特別に』
目の前の景色が、その『いつか』にシフトする。
カーテンの閉め切られた薄暗い部屋。
床に這いつくばったまま動けないでいる俺。
縛られたまま転がされた後輩の川越と――
――T字状のコルク抜きを手に携えた、妹。
『♪ せっせっせーのよいよいよい ♪』
『♪ 健気な振りして 色目を使った ♪』
『♪ アバズレ女を さあ殺しましょっ ♪』
『♪ ラーンラランランランランランラン ♪』
『♪ ラーンラランランランランラン ♪』
『♪ ラーンラランランランランランラン ♪』
『♪ ランランランランラ…… ♪』
――ブチュッ!




