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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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臥人館の屹立

 頭館、胴館、脚館の関門を抜けて、俺とエルヴィスは真っ暗な道を進んでいく。

 すると、いつの間にか、廊下が見覚えのある内装に変わっていた。

 ダンジョンではなく、昼間に見た臥人館のそれに。


 俺たちは息を潜め、足音を小さくする。

 俺たちが入れられたコレクションルームも、ダンジョン化の前後で内装が変わらなかった。

 人がいる場所は変わらないようになっているのかもしれない。

 これまで以上に、細心の注意を払う必要があった……。


 一つ……二つ……三つ。

 壁掛け燭台の明かりの下を、何度も通り抜ける。


 四つ……五つ……六つ。

 かすかに響く足音の数を、何度も確かめた。

 俺とエルヴィス、二つ分だ。


 七つ……八つ……九つ。

 燭台の数が10を数えようとしたとき、扉が見えた。

 執務室だ。

 俺たちは頷き合い、周囲を警戒しつつ、その扉に近付いた。


 鍵は……かかってるか。


「(どうする?)」

「(コレクションルームのときと同じだよ。壁から行こう)」


 了解。

 俺は壁の煉瓦を外し、まずは中の様子を窺った。

 灯りはない。

 誰かいるようには見えなかった。


 俺は煉瓦を外していき、扉の横に穴を作った。

 二人で通り抜けてから、元通りにしておく。

 俺がいればいくらでも密室殺人ができそうだな。


「(書類を探そう)」

「(ああ。あの棚だな)」


 昼間に目星をつけておいた棚を、俺たちは漁り始めた。

 主に探すのは会計書類。

 人身売買を裏付ける証拠が、どこかに必ず残っているはずだ。


「(ちょうどぼくらを買ったばかりのはず……。手前のほうにあると思うんだけど)」

「(これはどうだ?)」

「(見せて)」


 証拠として有効かどうかの判断はエルヴィス任せだ。

 エルヴィスは俺が次々と渡す書類を、『王眼』で確認していった。

『王眼』ならどれだけ暗かろうが文字を読めるんだろう。


「(――ん)」


 俺がある書類を渡したとき、エルヴィスが反応を示した。


「(……これだ。近くを探してみてくれ。関係書類がまだあるはず)」


 程なく、合計3枚の書類を見つけ出した。

 エルヴィスはそれらを眺めて頷く。


「(充分だよ。これなら王権派のお歴々を頷かせられる)」

「(よし。じゃあさっさとずらがろう)」


 窓から出られないものかと思ったが、窓の外は星の光すら見えないのっぺりとした闇で埋められていた。

 窓を開くこともできない。


「(……あのダンジョンを戻るしかないのか)」

「(仕掛けはもう解いてあるんだ。そんなに難しくはないはずだよ)」


 そう考えることにしよう。

 再び壁の煉瓦を外し、廊下に出た。

 瞬間、違和感が足を止める。


「おい……」

「ジャック君……気付いた?」


 俺は頷いた。


「ここ……さっきの廊下じゃない(・・・・・・・・・・)


 絨毯の踏み固められ具合。

 壁掛け燭台の数。

 そんな、微妙な差異だ。

 だが、そのすべてが、ここはさっき通ってきた廊下ではないと告げていた。


「どうなってんだ……」


 戸惑いつつも、進むしかない。

 道は一つしかないのだ。


 燭台によって疎らに照らされた廊下を進む。

 やがて、広い部屋に出た。

 おかしい。

 こんな部屋は、胴館まで行かなければなかったはずだ……。


「――少し、侮ったか」


 突然、声が聞こえた。

 俺の声でもエルヴィスの声でもない。

 大人の、男のもの。

 その声には聞き覚えがあった。

 ラヴィニアの傍にいた、半仮面の――


「ガキ相手なら、謎解きでもさせるのがちょうどいいレベルだと思ったんだがな。少し易しくしすぎたらしい」


 前方の闇から、滲み出すように。

 一人の男が、現れる。


 顔の右半分を仮面で覆った、30過ぎほどの男。

 その奇妙さは、この夜の臥人館にあって、むしろ自然に見えた。


「……わかっていたのか。俺たちのことを」

「顔を誤魔化した程度じゃあ、鍛えた精霊術師の気配は消せねえよ。お前ら、学院のガキだな? 何の目的かは知らねえが――こうして戦場で相対した以上、学生もプロも、高段位も低段位もねえ。そのくらいはあの学院で習っているはずだ」


 俺たちは身構え、臨戦態勢に入った。

 ……やり過ごせる相手じゃない。

 級段位戦で鍛えた強敵への嗅覚が、明敏に反応していた。


「いい構えだ。これはもう一段、難易度を上げてもいいかもな」


 半分だけ仮面に隠れた唇が、嬉しそうに吊り上がる。


「俺のダンジョンは、常に挑戦者にも攻略可能なように作っている。それが対等。フェアってもんだ。上から目線で手前勝手に試練を押し付ける神じゃあなく、挑み、受けて立つ、対等な対戦者であるからこそ、ここまで規模のでけえことができる」


 それがルーティンなのか。

 あえて能力を制限することで、術の威力をより高める……。


「さて――ガキども。お前たちに、このダンジョンをクリアできるかな?」


 半仮面の男が闇に溶けた。

 その直後、足元がぐらりと揺れる。

 なんだ?

 地震?

 違う、とすぐに悟った。

 なぜなら――


 床が。

 急速に。

 後ろに傾いていったからだ。


「なっ……!?」

「うっ……!?」


 俺たちは遥か背後に滑り落ちていく前に、宙に浮かび上がった。

 俺は体重を消し、エルヴィスは高気圧の足場を作って。


 なおも傾きは止まらない。

 床はやがて、壁になった。

 まるで屋敷全体が、垂直に立ち上がったかのような――

 寝転がっていた巨人が、立ち上がったかのような。


 この屋敷の名は、臥人館。

 横臥した人間の館。

 ならば――

 時には、立ち上がることもあるということなのか。


「ジャック君……! 下! 何か来る!!」


 エルヴィスの警告で、俺は真下を見た。

 あるのは、深い闇を湛えた奈落。

 その奥から。

 その底から。

 何か――巨大な何かが、やってくる。


 ぞるぞるぞる。

 ぞるぞるぞるぞるぞる。

 ぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞるぞる。


 タコの足のようなものを大量に壁に張りつかせ、這い上ってくるそれ。

 一見すれば、チアリーダーが応援に使うポンポンにも見えた。

 でも、そんなに可愛いものじゃない。

 俺たちに向かって、闇の底から一直線に上ってくるそれは――


 ――超巨大な、触手の集合体だった。



「―――さあ、始めようぜ、ガキども。楽しい楽しいボス戦をな」



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