臥人館の謎その3【出題編】
「あー、ホッとする……」
「気を抜いちゃダメだよ、ジャック君。気持ちはわかるけど」
目に悪い真紅の内装から解放され、俺は一息ついていた。
目が疲れないって幸せ……。
だが、エルヴィスの言うとおり、あまり気を抜いてはいられない。
ここは敵地なのだ。
見つかったら何をされるかわからない。
エルヴィスのようにアソコを執拗に揉みしだかれるかもしれないのだ!
未来の嫁であるフィルのためにも、それだけは避けなければならない。
腰の扉を抜け、脚館に入ってからというもの、まっすぐな廊下が延々と続いていた。
疎らに設置された壁掛け燭台の明かりが、ずっと先まで点々と続いている。
モンスターが出てくる気配はまったく感じられなかった。
「……これほど何もないと、逆に不気味だな……」
「何もないはずないよ。きっとこのダンジョンは、侵入者を排除するためのものなんだろうから……」
おそらく、【試練の迷宮】の術者が、夜の間だけ屋敷をダンジョン化させているのだろう。
そうして、本来は潜入に適している夜間に屋敷に入れなくしているのだ。
「ん? あれ、なんだろう」
エルヴィスが前を指さした。
俺も見つける。
燭台の明かりの中に、ぼうっと浮かび上がるそれは――
――銅像?
俺たちは警戒しつつ、その銅像に近寄った。
一見ただの銅像に見えても、突然動き出して襲いかかってくる、なんてことがあるかもしれないからな。
だが、実際にはそんなことにはならなかった。
本当にただの銅像だ。
形は……なんだこれ。
「筋骨隆々のゴブリン……?」
「に、見えるね……」
プロレスラーみたいな筋肉と、2メートルほどもある身長。
しかし、顔は確かにゴブリンだった。
「台座に何か書いてあるよ。題名かな……?」
見てみると、『ミュータントゴブリン』と書いてあった。
なるほど、ミュータント……。
「……一応覚えておこう。何が手がかりになるかわからないからな」
「うん」
もう3度目だ。
さすがに要領は掴めている。
俺たちはミュータントゴブリンの銅像の前を通り過ぎ、奥へと進んだ。
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しばらく進むと、また銅像があった。
「なんだこれ。キモっ」
「顔が7つもある……」
エルヴィスの言うとおり、胴体から首が7つも生えている鳥の銅像だった。
台座には『七面魔鳥』とある。
「こんな動物、本当にいるのかな?」
「いや、いないだろ。森とかで突然こんなのが出てきたら失神するかもしれん」
竜だったら首がいっぱいあるのもカッコいいが、鳥だとこんなに気持ち悪いんだな……。
と思ったところで、そういえば某ゲームに顔がいっぱいある鳥のモンスターがいたな、と思い出した。
つまり、単にデザインの問題らしい。
「この先で本物が出てこないのを祈るばかりだな」
「やめてよ……。そんなこと言ったら本当に出てきそうだ」
しまった。
フラグを立ててしまったか?
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七面魔鳥の銅像からしばらく進むと、また別の銅像が現れる。
「今度のはずいぶんと可愛いね」
「妖精……か?」
頭に大きな百合の花を咲かせた妖精だ。
台座にある名前は『バンシーリリー』。
「敵として出てこられたらちょっと斬りにくいかな……」
「案外、ドラゴンとかよりこういうののほうが厄介かもな」
俺も、仮にも女の子の姿をした妖精を鉄の棍棒でタコ殴りにはできない。
「もし本当に出てきたらどうする?」
「まあ……捕まえるか追い払うかだろ」
「捕まえるって、どうやって?」
「……網で?」
「虫じゃないんだから……」
虫カゴに閉じ込められた妖精っていう図もなかなか趣があると思うけどな。
真面目な答えは本当にそのときが来たら考えることにして、俺たちは先を急いだ。
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「また銅像か……」
「何体目だっけ?」
「4体目だな」
でかい鳥である。
鷹よりも鷲よりも、遥かに大きい怪鳥だ。
魚どころか、イノシシくらいなら空に攫っていけるんじゃないか。
「上に乗って飛べそうだね」
「それは楽でいいな。結構疲れるんだ、空中跳躍」
「だよね。自分でやってみて思ったよ」
「しれっと言いやがってパクリ野郎が」
あはは、とエルヴィスは笑って流した。
案外図太いんだよな、こいつ。
「名前は……『大ガルーダ』か」
エルヴィスが台座に刻まれた名前を読んだ。
「小ガルーダもいるのかな?」
「いるんじゃないか? ただの鳥になりそうな気がするが……」
ただの鳥でも人間を狙って襲ってきたら滅茶苦茶怖いけどな。
修行中、フィルに散々けしかけられたことを思い出す。
「そういえばお前、フィルのこと好きみたいだけどさあ」
「うぇっへえぇ!? な、なに!? いきなり!」
「いや、お前、王子だろ? 許嫁とかいないの?」
「……候補はいるらしいよ。会ったことはないけど」
「へえ」
「だから諦めてるんだよ、最初から……。きみもいるし」
「はっはっは! いい判断だな!」
「普通そこで笑う!? この件になるとすっごく性格悪くなるよね、きみ!」
「自分の恋人に人気があるってのはそこそこ気分がいいんだ。何より王子に勝ったというこの優越感」
「……普通にムカついてきたよ」
ケリは次の段位戦で付けることにして、俺たちは先に進んだ。
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5体目もあった。
今度は髑髏に小さな翼が生えただけの奇妙な奴だ。
台座に刻まれた名前は『サレコウベ』。
そのまんまだな。
「一体なんなんだろう、この銅像」
「現時点ではわからない。まあたぶん、あそこまで行けばわかるんだろうな」
ここまで、モンスターによる妨害は一度もなかった。
モンスターを必要としないエリアなのだ、ここは。
ここまで来て、俺はようやくそれを理解した。
30メートルほど先で、道が二つに分かれている。
その真ん中の壁に、何か文章が刻まれているのがわかった。
ここは、モンスターと戦って強さを試すダンジョンじゃない。
突きつけられているのは、純然たる知恵比べ。
余計なものは一切省き、謎掛けだけで勝負しようと言うのだ。
俺たちは分かれ道に辿り着いた。
真ん中の壁には、このような文章が刻まれている。
・些か当たり前な話をしよう。
・魔物は無数で、脅威で、不明なる存在であり、ゆえにこそ魔物と呼ばれた。
・だが名前がある。つまり誰かが名付けた。
・そんな難行を、さて、何の道標もなくこなせるものだろうか?
知らねーよ。
と、思わず突っ込んでしまいそうになった。
正直な話、文章の内容自体には欠片も興味を見いだせない。
しかし……。
右と、左。
闇を湛えた分かれ道が、2本、先へと伸びている。
昼間、執務室に連れられていったときには、こんな分かれ道はなかった。
つまり、どちらかの道が、ダンジョン化に当たって付け加えられた偽物だ。
執務室に行くには、本物の道を行かなければならない。
そして、わざわざこんな設問があるということは、きっと間違った道を行けば戻っては来られないのだろう。
「……どうする? ジャック君」
「…………」
俺は口元に手を当てて考え込んだ。
このエリアにはモンスターがいない。
障害はただ一つ、この分かれ道とこの設問。
この文章の意味はなんだ?
俺たちはどっちに進めばいい?
――ヒントは、もう出尽くしているはずだ。




