臥人館の謎その2【解答編】
俺は腰の扉に刻まれた碑文を何度も読み返していた。
必ず……必ず、ヒントがあるはずだ。
……我ら血族……。
……鉄より固し……。
……間者を疾く……。
……雨上がりに……。
「……雨上がりに?」
雨上がりにまた会おう?
「どうしてわざわざ、雨上がりなんて書くんだ……?」
何気なく読み飛ばしていたが……。
「問題が片付いた後、って意味の比喩じゃないのかい? ほら、間者がいるなんて大問題じゃないか」
エルヴィスが言った。
確かにそういう解釈もできる。
だが、わざわざ比喩にするほどのことでもないような気がする。
雨上がり……。
雨上がりと言えば、なんだろう?
もし、これがヒントだとすれば、それは、血の色に――色に関係するもののはずだ。
そこまで考えた時点で、答えは自明だった。
「――虹だ!」
「虹?」
「ああ。たぶん、『間者』を除く『血族』の血の色は、虹に含まれている色なんだ」
現代日本の常識で言うと、虹と言えば七色である。
だが、国や時代によっては、六色とも五色とも言われていたらしい。
彫像は6体あり、うち1体は『間者』なのだから、今回は五色。
赤。
黄。
緑。
紫。
青。
「あれ……? だったら、おかしくないかい? 黄色や緑の血を出したモンスターなんて、いなかったと思うけど……」
「そう、だな……」
モンスターの血の色を思い出す。
確かこうだ。
ナーガ:オレンジ
ガーゴイル:赤紫
スライム:紫
ミノタウロス:茶色
マンティコア:ピンク
人間(俺):赤
この中で虹の色は、スライムの紫と人間の赤くらいだ。
七色であれば、オレンジと赤紫も含まれるんだろうが……。
考え方が間違っているのか?
いや……そうは思えない。
方向性は合っている。
そんな感覚があった。
なら、もうひと捻り必要なんだ。
答えを導くための工程が、あと一つある……。
そのためのヒントも、きっと示されているのだ。
俺は意味もなく辺りを見回した。
特に何もない。
マンティコアと戦いを繰り広げた部屋と、6体の彫像、そして腰の扉があるだけだ。
相変わらず一面真っ赤なので、目に悪いったらないが……。
ここを出てもしばらくの間、風景が赤く見えそうだ。
『原初、海はあらゆる生命を抱き、真紅に染まっていた』
そんな碑文が、入口にあったことを思い出す。
あのときはよくわからず、スルーしたが……。
どこもかしこも真っ赤なのは、つまり、ここがその原初の海だと言いたいのか。
海ねえ。
本当にそうだったら、俺たちは息もできないはずだが……。
「あ」
閃きがやってきた。
ここが……海だったら。
ここが、赤い海だったら?
「そうだ、エルヴィス……ここは海なんだ。真っ赤な海なんだよ」
「え? ……ああ、そういえば、書いてあったね、そんなことが。入口のところに」
「そうだ。あれもこの謎解きのヒントなんだ」
「本当!?」
俺は頷いた。
「想像してみろ。ここは海だ。真っ赤な海だ。でもなぜか呼吸はできる」
「うん」
「そんな中で俺たちは戦っている。水の抵抗で動きにくいけど、何とかモンスターを倒した。モンスターから血が噴き出して、辺りに撒き散る」
「うん……」
「その血の色は?」
「――あ」
ハッとした表情になって、エルヴィスは手のひらを叩いた。
「混ざってる……! 海の色と混ざってるよ!」
「そういうことだ。俺たちが見ていた血の色は、海の色――つまり赤色と混ざった状態だったんだ!」
俺は歩き出した。
『間者』の彫像へ向かって。
「俺たちが見た血の色から赤を引けば、それが本当の血の色になる」
いくつかの彫像の前を通り過ぎていく。
「ナーガのオレンジから赤を引けば、黄色。
ガーゴイルの赤紫から赤を引けば、紫。
スライムの紫から赤を引けば、青。
ミノタウロスの茶色から赤を引けば、緑。
人間の赤から赤を引けば――当然、赤に赤を混ぜても赤のままだから、赤」
そして、俺はそいつの前で立ち止まった。
獅子の身体にサソリの尾。
そして、人面。
「マンティコアのピンクから赤を引けば――白だ」
俺はマンティコアの彫像にそっと触れる。
「虹に白は含まれない。――『間者』は、お前だ」
【巣立ちの透翼】を使用しながら押すと、マンティコアの彫像は呆気なく、後ろの穴に落ちた。
直後。
腰の扉に刻まれた碑文が光を放って消滅する。
続いて、観音開きが重々しく開いていった。
「正解だ……! すごいな、ジャック君! ぼくはもう、何にも思いつかなかったよ……」
「ふふふ。褒めろ褒めろ」
こいつには普段、苦渋を舐めさせられているからな。
この機会に思う存分優越感を味わうぜ。
「……それにしても」
エルヴィスと共に腰の扉を通りながら、俺は思った。
「間者が最後の門番やってたのかよ。……やられたい放題だな」




