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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:貴族決戦編

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臥人館の謎その1【出題編・下】

 廊下を歩いて、次の扉に辿り着いた。

『黄泉の間』。

 めちゃくちゃ不穏な名前だな……。


 扉を開けた瞬間、身体が固まった。

 驚愕で。


 部屋の中央に、ぬっと、巨大な影が佇んでいた。

 頭はほとんど天井にくっついている。

 3メートルを優に超える身長。

 それを形容するのは、巨人、という言葉でしか有り得なかった。


 目が開かれる。

 顔のほぼ半分を占める、巨大な一ツ目が。


 一ツ目の巨人は、俺たちを見つけるなり、手に持った巨大な棍棒を振り上げた。


「やばっ……」


 俺たちは急いで横に逃げる。

 巨大棍棒は、俺たちのいた場所をしたたかに打ちつけた。

 ズンッ……!! と床が揺れる。

 とんでもない威力だ。

 床に罅一つ入ってないのが信じられない。


 っていうか。


「どうやって倒すんだよ、こんなデカい奴!」


 泣き言を言っている暇はなかった。

 薙ぎ払うように振るわれた棍棒が襲いかかってくる。

 俺はこれを飛び上がってかわしたが、エルヴィスがどうしたかまでは確認する余裕がない。


 3メートル超の巨体はどこを見ても筋肉だらけ。

 鉄の棍棒なんかで打ち据えても、内出血一つできないだろう。

 だったら、狙うべきはどこだ?


 俺の視線は、自然と巨人の大きな一ツ目に吸い寄せられた。


「どうせそこが弱点だろ……!!」


 俺は虚空を蹴る。

 最短距離で巨人の一ツ目を目指しながら、鉄の棍棒を振りかぶり――


「――うおっ」


 轟然と迫り来た巨大棍棒に打ち返された。

 俺は野球のボールみたいにかっ飛ばされ、床にワンバウンドしてから壁に叩きつけられる。


「ジャック君!?」


 エルヴィスの呼びかけに、俺は手を挙げることで応えた。

 自分の質量を消していたから無事だったのだ。


 しかし、なんて反応の早さと正確さだ……!

 デカい分ノロそうだと思ってたが大きな間違いだった。

 無策で突っ込めば、まず間違いなく迎撃される。


 エルヴィスと二人で同時に行けば、どちらかは迎撃をかい潜れるかもしれないが……。

 衝撃を受け流せる俺はともかく、もしエルヴィスのほうがあの棍棒にやられたらシャレにならない。


 考えている間にも、一ツ目巨人は再び棍棒を振りかぶっていた。

 くそっ、考えてる余裕がない!


「……エルヴィス! 撤退だ! いったん撤退!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 というわけで、いったん廊下まで戻ってきた。


「……どうする?」

「うーん……」


 あの一ツ目巨人を避けて通ることはできない。

 どうにかして倒さないといけないのだが……。


「あの目玉が弱点っていうのには、ぼくも同意するよ。目玉を攻撃されて痛くない生き物なんていないと思う」

「問題はその方法だな……」

「ぼくたちは飛べるから、まだ何とかなりそうな気がするんだけどね……」


 しかし実感としては、飛んであの目玉まで近付くのは無謀だ。

 辿り着くまでにぶっ飛ばされるかぶっ殺されるか、二つに一つだと思う。

 ってことは……。


「……近付かないで目玉を攻撃すべき、だな。論理的に考えれば」

「弓矢があればそれも選択肢だったけど……」

「弓矢か……弓矢……遠距離攻撃……」


 カン、カン、カン。

 鉄の棍棒で壁を叩いてリズムを作りながら、俺は考えた。

 カン、カン、カン。

 ……ん?

 俺は自分の手の中にある鉄の棍棒を見る。


 ……えーっと。

 確か、この鉄の棍棒を手に入れたとき……。


「……んん?」


 いける……か?

 試す価値はありそうだな……。


「エルヴィス。一つ手立てを思いついた」

「本当?」

「ああ。だからいったん、最初のところまで戻ろう。ゴブリンやらデュラハンやら石人形やらがいたところまで」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 それから決して少なくない時間をかけて、準備を終えた。

 そして再び、一ツ目巨人が待つ『黄泉の間』に戻ってくる。


「扉、開けるぞ」


 エルヴィスの了解を取ってから、扉を開けた。

 広い部屋の中央に、3メートルを遙かに超える威容が佇んでいる。


 ……扉を開けても、部屋に入りさえしなければ、襲いかかってはこない、か。

 しかし……。


「……ダメか。瞼を閉じてやがる」

「部屋に入らないといけないね……」

「お前は外で待っててくれ。たぶんそのほうが楽になる」


 俺は準備してきた武器を握りしめ――

 部屋の中へと踏み入った。


 直後、巨大な一ツ目が開かれる。

 その瞬間を狙った。


「――喰らえッ!!」


 右手に握り締めていた()を、全力で投擲する。


 この槍は、最初の廊下にいた石人形のモンスターが持っていたものである。

 あの石人形、粗末な木の棍棒しかなかった頃は身体が硬すぎて太刀打ちできそうになかったが、オークから鉄の棍棒を手に入れたことで倒せるようになったのだ。

 俺たちがいま手に入れられる武器の中で、これが一番投擲――すなわち遠距離攻撃に適している。


 まっすぐに飛翔した槍は、瞼を開けたばかりの一ツ目を――

 ――捉えなかった。


「げっ」


 槍は巨人の顔の横を通り過ぎて、遙か向こうの床にからんからんと虚しく転がる。

 当然ながら、槍を投げた経験なんてないので、ぶっつけ本番で当たるはずがない。


 巨人が棍棒を振り上げた。


「――戦略的撤退ッ!!」


 俺はすぐさま廊下に戻り、扉を閉める。

 ズゥンッ……!! という振動だけが、扉越しに伝わってきた。


 ふくく、という忍び笑いが聞こえる。


「見事な外しっぷりだったね、ジャック君」

「やかましい。いいんだよ、織り込み済みだから」


 俺は廊下に山と積み上げられたそれを見る。


「今のを何度も繰り返せば、いつか当たるだろ」


 それは、石人形を倒しまくって手に入れた、大量の槍だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 8度目のトライで、見事目玉の真ん中に的中した。

 3メートル超の巨体が力なく倒れ伏し、例によって生首だけが残る。

 胴体の位置に現れた血文字は『サイクロプス』だった。


「あー、サイクロプス……。いたなあ、そんなのも」


 俺だってこの世のありとあらゆるモンスターの名前を暗記しているわけじゃない。


 代わりばんこ、という約束だったが、サイクロプスの首はかなりの大きさだったので、二人で台座に運んだ。

 精霊術で重さを何とかできても、あまりにデカいと持ち運びづらいのだ。

 鍵が開いた扉から、『黄泉の間』を後にする。


 サイクロプスが使っていた巨大棍棒も残されていたが、さすがに気軽に持ち運べるサイズじゃあなかった。

 威力はすごそうだけどな。

 一応、戸口を通して外に持ち出すことは可能なようだ。ギリギリだけど。


 廊下を歩き、次の扉の前まで来る。

『波の間』。

 いくつあるんだよ、これ。


「ジャック君。さっきみたいに強そうな奴だったら、すぐに撤退して作戦会議しよう」

「了解」


 扉を開けた。

 だだっ広い部屋。

 その中央には、巨大なトカゲのようなものがいた。

 というか――

 ドラゴンだった。


「…………」

「…………」


 俺たちを見た瞬間、ドラゴンは大きく口を開けた。

 スウウ――――ッと。

 深く深く息を吸い込み始める。

 それはすさまじい勢いで、俺たちまでもが鯨に食われる小魚みたいに吸い込まれそうなくらいだった。


 ドラゴンの口の奥に、紅蓮の炎が垣間見えた。

 瞬間、俺は扉を閉じる。

 ゴオオオオッ!! というすさまじい音が、扉の向こうから聞こえた。


 はい、撤退。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 もう要領は掴んでいる。

 サイクロプスの巨大棍棒を最初の廊下まで持っていって、そのすさまじい威力でデュラハンを叩き潰した。

 そうして、デュラハンの持ち物である鎖付きトゲ鉄球をゲット。

 トゲ鉄球はかなりの大きさだ。

 直径は馬車の車輪くらいあると思う。

 こんなもん喰らったら、普通の人間なら死ぬどころか弾け飛ぶ。


 それを持って、ドラゴンが待つ『波の間』に舞い戻る。

 エルヴィスが扉の取っ手を握った。


「スリーカウントで開けるよ」

「おう」

「1、2、3!」


 扉が開いた。

 部屋の真ん中のドラゴンが、俺を見て口を開ける。

 スウウ――――ッという深い呼吸が始まった。


 その呼吸に乗せるように。

 俺は、鉄球を投げ込んだ。


 俺の精霊術によって一時的に重さを奪われた鉄球は、風船のように簡単に――

 スポッ、と。

 ドラゴンの口に収まる。

 穴に栓をしたような形だった。


 あとは何もしなくていい。

 ドラゴンの喉奥には、解き放たれるときを待つ火炎が、すでに膨大な量、渦巻いているはずなのだから。


 ブオウンッ!!

 という、聞いたことのない音が響きわたった。

 腹の中に自分の火炎放射を炸裂させたドラゴンは、ほんのかすかに悲鳴をこぼして横に倒れる。

 そして、至極あっさりと、生首だけを残して消滅するのだった。


 それを確認してから、俺たちは初めて『波の間』に入る。

 大きく記された『ドラゴン』の血文字を見下ろしながら、エルヴィスは複雑な表情をしていた。


「……いいのかな? あんな強そうなのがこんなに簡単で」

「俺たちが成長したんだと思え」


 あんなもん、こんな狭いところでまともに相手できるわけないだろ。


 ドラゴンの頭部もとんでもなく巨大なので、【巣立ちの透翼】を駆使しつつ二人で台座に運んだ。

 もうこの生首運搬作業も慣れつつあるな……。


 鍵が開いた扉から、『波の間』を後にする。

 ……そういや今度は、新しい武器が手に入らなかったな。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 またしても現れた廊下を、俺とエルヴィスは歩いていた。


「いつまで続くんだこれ……」

「ほんとに終わるのかな……?」

「お前、怖いこと言うなよ……」


 よくあったけどさあ、ゲームに。

 クリア後に挑めるひたすら敵を倒しまくるだけのダンジョン。


「さすがにもうそろそろ終わりだろ。だってドラゴンだぞ? これ以上何が出てくるんだよ」

「そうだといいけど……」


 話している間に、次の扉が現れた。

『貝の間』とプレートにはある。


「気の抜ける部屋の名前だな……」

「『波の間』にドラゴンがいたんだから気は抜けないよ」


 わかってる。

 ただでさえここは敵の屋敷の中なのだ。

 いつだって油断は禁物である。


 俺はダレかけていた思考を切り替えた。

 集中しよう。

 だが、過敏になる必要はない。

 ドラゴンにさえああして対処できたんだから、もう何が出てこようが怖くはないはずなのだ。


「よし……行こう」


 そう声に出して、俺たちは第5の扉を開いた――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 扉を開けてから程なくして、俺は怪訝に眉根を寄せた。


 何も……いない……?


 少なくとも入口から見える範囲には、何かがいるようには見えない。

 もちろん、部屋は暗いので、闇に紛れているのかもしれないが……。


 俺たちは慎重に部屋の中へと入っていった。

 やっぱり……何もいない。

 感じられるのは、すぐ傍のエルヴィスの気配だけだ……。


「エルヴィス……『王眼』はどうだ?」

「……何もいない。少なくとも、視える範囲には……」


 どういうことだ……?

 俺たちはそろりそろりと歩を進めていく。

 何もいない、と感覚は言っている。

 だから、これは妄想だ。

 闇の向こうで、無数の目が、ただ無言のままに、俺たちのことを覗いている……。

 何も起こらないことが、むしろ逆に、そんな妄想を助長してしまっていた……。


 そんな張り詰めた精神状態だったから。

 前方に何かの影が見えたとき、俺は不覚にも、心臓を跳ねさせてしまった。


「あれは……台座か?」


 床から細長く伸びる、長方形のそれ。

 出口の扉を開くための鍵となる台座だった。


 ……なんでもう出てるんだ?

 いつもはモンスターを倒してから出てくるのに。


 不審に思って、台座に向かって歩きだしたとき。


「じゃ……ジャック、君」


 エルヴィスの震えた声に振り向いた。

 声どころか、指まで震えている。

 台座を指している、指まで。


「……あ、あれ……」


 あれ?

 どれだ?

 俺は再び、台座に目を戻した。

 それで、気付く。


 いつもは空白のままに出現する台座。

 毎回、倒したモンスターの首を置いている台座。

 その上に。


 もう、何かが乗っていた。

 丸い……ちょうどスイカくらいの大きさの、何かだった。


 一歩、二歩と台座に近付く。

 目を凝らせば、かろうじて、その造作を見て取れた。


 それは。

 台座の上に置かれていたのは。


「……っ!」


 手で口を押さえる。

 せり上がった吐き気を、堪えたのだ。


 台座の上に置かれた丸いモノ。

 それには、毛が生えていた。

 それには、凹凸があった。

 それには、耳があった。


 それは――

 ――人間の、顔だった。


 人間。

 人間の、生首。

 それが、台座の上に置かれている、スイカのような丸いモノの正体。


 そして、その下。

 生首が置かれた台座には、まるでこれが身体だとでも言うかのように、真っ赤な血で文字が記されている。


『ニンゲン』――と。


「…………」

「…………」


 俺たちは無言だった。

 ……誰だ?

 一体誰が、こんなことをした?


 疑問が、俺の足をさらに進ませた。

 すると、台座に置かれた顔の詳しい造作まで見えてくる。


「あっ、あの顔……!」


 エルヴィスが声を上げた。


「闇商人だよ。ぼくたちをここに連れてきた……」

「え?」


 俺は改めて顔を詳しく観察した。

 決して気分のいい観察ではなかったが……なるほど、得心する。


「本当だ……。あのおっさんだ。なんで……?」

「たぶん……密偵だったんだろうね、彼も」


 密偵?

 フィッツヘルベルト邸への?


「それって……俺たちと同じ、ってことか?」

「そういうことになる、ね」


 つまり。

 俺たちも、バレたらああなるってことか?


 殺されて。

 首を斬られて。

 あんな風に、まるで活け花みたいに飾られると?


 もし、俺がそんな風にされたら……。

 フィルとラケルは、どんな風に思うだろう。


 全身が震えた。

 それは、あまりにも気分の良くない想像だった。


 俺たちは警戒を切らさないまま、生首の乗った台座を通り過ぎ、出口の扉まで辿り着く。

 鍵は開いていた。

 最初から台座に首が乗っているからか。


 慣れてきたと思っていた、生首の運搬作業。

 しかし今回、その作業の必要がなかったことを、俺は心から安堵した……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……雰囲気が変わったな」


『貝の間』を出ると、これまでの廊下とは少し違っていた。

 幅が少し広いし、天井も高い。

 ようやくおしまいか?


 道なりに歩いていくと、扉が姿を現した。

 今までのものの2倍くらいある大扉だ。


「これ……もしかして、『首の扉』かな?」

「だろうな……」


 ここ、臥人館は三つの館に分かれている。

 頭館、胴館、脚館だ。

『首の扉』は、頭館と胴館を繋ぐ唯一の扉がある。


 目的地である執務室があるのは脚館の最奥。

 これでようやく3分の1かと思うと気が滅入るばかりだったが――

 どうやら、まだ胴館には行かせてもらえないらしい。


『首の扉』には、こんな碑文が刻まれていたのだ。



『正しき首を据えてこそ、世界は真なる姿を見せる。

 すべての世界が取り戻されし時、この扉は開かれる』



「なんだろう、これ……。謎かけ?」

「ちッ……」


 俺が小さく舌を打つと、エルヴィスが振り返った。


「この文章の意味がわかるのかい、ジャック君?」

「たぶんだけどな。これまで、5つの部屋を通り抜けて、5つの首を台座に置いてきただろ?」

「うん。最後の一つは最初から置いてあったけど」

「たぶんだけどな。それが『間違ってる』状態なんだ」

「間違ってる……」


 エルヴィスは再び碑文を見やり、「あっ」と声を上げた。


「これまで通ってきた『愛の間』、『壊死の間』、『黄泉の間』、『波の間』、『貝の間』――

 そしてその中にある台座に置いた、ゴブリン、オーク、サイクロプス、ドラゴン、ニンゲンの生首――

 それらを、正しい部屋の正しい台座に設置し直す。

 ……そうしないと、この扉は開かないんだ」


 つまり、また生首を持って運ばないといけないってことだ。

 しかも今度は、ニンゲンの生首も含めてな。

 嫌がらせレベルはマックスだな、このダンジョン。


 ……さて。

 どの部屋に、どの生首を置くのが正しいか?


 その答えは、今ある情報から必ず導き出せるはずだ――


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