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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:神童集結編

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神童VS神童・中


 キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ!!!


 ……という、『王眼』をして擬音でしか形容できないノイズが、ぼくの頭の中をかき乱していた。


 ――なんっ……だ、これ!


 膨大なノイズをかき分けて、ジャック君の動きを何とか捉え続ける。

 けど――っくそ! ダメだ……!

 探しても探しても、彼の情報がノイズの海に呑まれてしまう……!


 なんなんだ、このノイズは……。

 観客の声の比じゃない。こんな爆音がそこら中に響いているって言うのに、みんな気にならないのか!?


 まさか――聞こえてない?

 この音は、ぼくにしか……『王眼』しか感知していないのか?


 今まで避けよう避けようとしていたそのノイズに、ぼくは『王眼』の焦点を合わせた。

 これは……!


 ぼくは『王眼』の焦点をさらに移動させる。

 頭上の空へと。


 ――くそっ……!

 ジャック君、やってくれたな……!


 大勢の観客による『王眼』の妨害は、ほんのついでに過ぎなかった。

 アレが本命。

 誰にも知られないままアレに巣を作らせるには、普段は使われないこの闘術場じゃなきゃいけなかったんだ……!


 ――空を、時間外れのコウモリが大量に飛び回っていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『ひひひひひっ! ひーっひひひひひひひひっ!!』


 放送で大師祖様が大爆笑していた。

 私たちには何が何やらわからない。


 ただ、なぜか。

 試合場の上空で、大量のコウモリが、日が沈まないうちから飛び回っていることに、戸惑っているだけで……。


『こ……コウモリ? コウモリです! 空を覆わんほどのコウモリが、試合場の上空を飛び回っています! こ、これは一体……』


『ひひひひっ! しばらく使っとらんうちに住み着きおったか! 仕方ないのう、仕方ないのう! 勝手に集まってきて勝手に住み着いてしもうたんじゃから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事故じゃ事故!! ひーっひひひひひひひひっ!!』


『超音波だらけに……? あっ、わたくし、聞き覚えがあります! コウモリは闇の中でも安全に飛行するため、目を使わず、耳に聞こえない音を使って周囲の状況を把握すると! もしや、コウモリの発する超音波を、ウィンザー2級の「王眼」が……!?』


『感じ取ってしまうに決まっとろう! まったく何の意味もない――しかも、人間の耳では捉えきれんほどの強力な音波じゃ! 耳障りな雑音でしかなかろうがな!!』


 嘘でしょ……!?

 まさかあのコウモリも、ジャック・リーバーが用意したものだと言うの!?

 一体誰が、どうやってそんなこと――


 そう考えた瞬間、私はすぐ傍にいる女の子を見た。


「フィ……フィル?」

「んー?」


 彼女は、いつにも増してニコニコしていた。


「そういえば……あなたの精霊術って、どういうのだっけ……?」


 思い返してみれば。

 結構な頻度で顔を合わせているにも拘わらず、私は、彼女が精霊術を使っているところを見たことがない。

 諜報科Aクラスに入れるほどの術がどんなものか、聞いたこともない。


 ふふっと、フィルは悪戯っぽく笑った。


「な・い・しょ♪」


 ――彼女だ。

 どうやってかは知らないが、彼女がこの闘術場に、あれだけのコウモリを呼び寄せ、巣を作らせたのだ。


 そして観客を無尽蔵に集め、試合会場をこの闘術場に変えさせた……!


 規則違反ギリギリ。

 いや、仮に違反だったとしても、証拠はどこにもない。

 咎められる恐れのない完全犯罪!


 だから、大師祖様があんなに笑っているのだ。

 あの爆笑は、自分を出し抜いてみせたジャック・リーバーとフィリーネ・ポスフォードへと送る、賞賛にして降参宣言。

 2人の策が、現役最強の精霊術師を上回った証……!


『つ、つまり……ウィンザー2級の「王眼」が、あのコウモリの群れによって封じられた、と……!?』


『無理に使い続ければあの通り、底なし沼でもがくが如しじゃ。それが嫌なら「王眼」に頼るのをやめる他にない――』


 ちょうど、大師祖様がそう言ったときだった。

 エルヴィスさんが――

 ずっと閉じていた瞼を、開く。


『――などということは、誰でも(・・・)予想できることじゃよなあ?』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 これ以上『王眼』に頼り続けたらダメだ。

 そう判断して瞼を上げた瞬間――

 ぼくは、自分が手のひらの上にいることを知った。


『王眼』から通常の五感へと、感覚を切り替えるその瞬間。

 ほんのわずかに、しかし確かに生まれる、知覚の空隙。

 ジャック君は、それをこそ待っていた。


 直前まで、かろうじて捉えていたはずの場所に、彼はいなかったのだ。


 完全に虚を突かれる。

 ほんの一瞬、思考が空白に染まる。


 相手を見失うなんて、もう思い出せないくらい、久しぶりのことだったから。


 だから、それは。

 超感覚なんて贅沢なものではなく。

 直感なんて大層なものでもなく。

 単なる――偶然だった。


 後ろに振り向くと、そこにいた。


 彼は、腰に下げていた鞘から、剣を引き抜いていた。

 今まで試合中は決して抜かなかった、あの剣を。

 そして頭上に振りかぶり、


「あっ……!?」


 ――ぼくは、陽炎のように揺らめく、巨大な孔雀を見た。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『えっ……!?』


 実況に限らず、誰もが驚きの声を漏らした、その直後だった。


 闘術場が、震える。


「きゃっ――――!?」

「うお――――っ!?」


 衝撃波が観客席の奥まで吹き抜けて、いくつも悲鳴が重なる。

 轟音はひどく重々しいもので、地の底に沈んでいくかのようだった。


「なっ……何よ、この威力っ……!?」

「……やっぱり使っちゃった」


 ラケル先生が溜め息をつくように呟いたのが聞こえた。

 使っちゃった? 一体何を……!?


 ジャック・リーバーは、試合のときにいつも下げている剣を抜いて、エルヴィスさんに向かって振り下ろしたように見えた。

 ……いえ。

 正確には、見えたのはそれだけじゃない。


 剣が振り下ろされる寸前。

 彼の背後に、大きな孔雀が現れたような……。


『な、なんという威力―――っ!! ついに振るわれたリーバー2級の剣! それがこれほどの威力を持つとは! 想像の埒外です!! い、いや、それ以前に、あの、何か見えた気がしたんですけど!! 私の気のせい!?』


『ひーっひひひひっ!! ラケルめ、儂にまで隠しとったな!? ひっひひひひひ!!』


 試合場を包み込んだ粉塵が、徐々に晴れていく。

 二つの人影がうっすらと、粉塵のカーテンに浮かんできた。


 二人は、停止している。

 どちらとも倒れないまま――


『両者とも健在のようです!! ですが……あっ……!?』


 観客席にざわめきが広がっていく。

 粉塵が散り、全貌が明らかとなり。

 二人以外(・・)の姿が、白日の下となったからだ。


 一つは、エルヴィスさんの背後に立つ、華奢で中性的な、頭に豪奢な王冠を乗せた人間の姿。


 ――精霊序列エレメンタル・カースト第9位。

 ――〈傍観する騒乱のパイモン〉。


 そして、もう一つは――

 ステンドグラスのように色とりどりの翼を持つ、巨大な孔雀。

 それは、まるで見守るようにして、ジャック・リーバーの背後に立っていた。


 この場の人間が。

 多少なりとも精霊術に関わっている人間が、その正体に思い至らないわけがない。


 ――精霊序列エレメンタル・カースト第65位。

 ――〈尊き別離のアンドレアルフス〉!


『せっ……精霊の化身(アバター)ぁああ――――っ!? な、何よあれ何よあれ!? ジャックきゅんって「本霊憑き(ルースト)」だったの!?』


『証拠があるな。見よ、あの剣を!』


『剣? って……ああっ!?』


 ジャック・リーバーの剣を見て、私は驚愕する。

 刃の銀色が……剥がれ落ちてる!?

 銀色は塗装だったっていうの!?

 塗装の奥から覗いているのは、どこか清涼な、まるで朝日のような……。


「あの輝きは!」


 ガウェインさんが表情を変えて立ち上がった。

 ただ二人、フィルとラケル先生だけが、片や得意げに、片や困ったように、平然とその光景を見ていた。


『あの輝きはまさしく、世界最重の金属ヒヒイロカネ! 仮にあの剣がすべてヒヒイロカネでできているのだとしたら――っひひひ! 1トンに届いておるのではないかあ!?』


『いっ、1トン!? 【巣立ちの透翼】の限界重量の2倍もあるじゃないですか!!』


『だからあの小僧は普通の術師では有り得んのさ。72柱の精霊、その1柱をその身に宿す者――

 ――〈尊き別離のアンドレアルフス〉の「精霊の止まり木(ルースト)」!!』


 ルーストですって……?

 ジャック・リーバーも、エルヴィスさんと同じ……!?


『い、1トンもの重さの剣を受けてはひとたまりもありません! ではウィンザー2級はなぜ……!?』


『だからそこは――あやつも普通ではない、ということじゃ』


 よく見ると、振り下ろされたヒヒイロカネの剣は、エルヴィスさんの目前で止まっていた。


 寸止め……?

 いや……。


 私は目を凝らす。

 エルヴィスさんと、ヒヒイロカネの剣の間の空間が――

 そこだけ、逆さまになっているように見えた。


『棒状に成形された超高気圧。それによって生まれる光の屈折』


 逆さまの空間は――エルヴィスさんの手から、まるで剣のように伸びている。


『さしずめ、蜃気楼の剣(ミラージュ・ソード)といったところか!』




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 目の前に、なぜか逆さまになった空間が横切っている。

 その正体に、俺はすぐに思い至った。


 気圧差による光の屈折。

 蜃気楼――!


 エルヴィスは、限界まで増幅させた気圧で、俺の『あかつきの剣』を受け止めたのだ……!!


「この剣を使うのは……しばらくぶりだよ」


 俺の本能が危険を察知した。

 試合場の床を蹴り、一気にエルヴィスから距離を取る。


 あの剣……リーチはどれほどだ?

 くそっ! ゆらゆらと揺れてていまいち掴めない!


 俺が20メートルほども距離を開けて着地した、その瞬間だった。


 ゴッ!! と。

 エルヴィスの手に握られた剣状の蜃気楼が、横薙ぎに振るわれる。


 同時、逆さまの空間が俺のすぐ横に現れていた。


「このっ……!」


 俺はとっさに【巣立ちの透翼】を発動する。

 こんなもの、質量を消してしまえば――


「――っ!?」


 ま。

 ……間に合わないっ……!?


 暴力的な衝撃が、全身を横殴りに貫いた。


 足が床を離れる。

 ボールみたいにかっ飛ばされて、観客席の下の壁に叩きつけられた。


『ちょっ……直撃ぃ――――っっ!!! 試合場の壁に激突しました! ですが……立っている!! 立っています!! リーバー2級、エレメント・アウトを免れた!!』


『蜃気楼の剣を無効化しようとしたが、間に合わないと悟って自分の重さを消すほうに切り替えおったな。おかげで衝撃の多くを受け流せた。……ま、それでも充分なダメージじゃと思うがのう?』


 本来、試合場には聞こえないようになっている実況解説が、壁を伝って聞こえてきた。

 仰るとおりだよ、学院長……。

 今の、質量消去の対象を切り替えるのが一瞬でも遅れていたら、それで終わりだった……。


 威力で言えば、あかつきの剣による全開質量攻撃と同等か、それ以上。

 あまりに馬鹿げた……これが、天才王子の隠し玉ってわけかよ……!


「ははははは!!!! 久しぶりだねアンドレアルフス!!!! こんなところで会うとは思わなかったよ!!!! キミ、相変わらず数字いじりが趣味なの!!!!!?」


 エルヴィスの精霊〈パイモン〉が、バカでかい声で俺の精霊に話しかけてきた。

 だが、俺の精霊〈アンドレアルフス〉は言葉を話したことなんてない。


「あまり耳元で喋らないでくれ、パイモン。今は通常五感のほうを主感覚にしてるんだから」

「おっと!!! こいつは失敬!!!! ボクもお仲間に会えたのは久しぶりでさあ!!!! ちょっと高ぶっちゃったよ!!!!!」

「だったらこれから、いくらでも楽しめると思うよ。……そうだろう?」


 ……そうだな。

 俺はあえて笑みを浮かべ、壁から離れた。

 やはり衝撃を逃がしきれなかったのか、横腹がじんじんと痛む。


 おそらく、二度目はない。

 今のはエルヴィスも俺が反応できるとは思っていなかったから倒し損ねたに過ぎない。

 次はあの蜃気楼の剣と壁とで俺を挟んで、そのまま押しつぶしてくるだろう。


 一撃必殺。

 だがそれは、こっちだって同じこと。

 如何にエルヴィスといえども、このあかつきの剣の超重量を受ければ、エレメント・アウトは避けられない。


 すなわち。

 全力勝負だ。


 第一歩目を踏み出すその寸前、俺の背後に佇む〈アンドレアルフス〉が、啼いた。

 初めて発してみせたその声は、その姿と同様、教会の鐘めいた荘厳な響きを持っていた。


 その啼き声に背中を押されるようにして、走る。

 蜃気楼の剣を構えるエルヴィスのもとへと、一直線に。


 正体は空気とはいえ、あれだけの大質量、常に手に保持していられるわけがない。

 いわんや振り回すなんて、到底有り得ないことだ。


 ならば、答えは一つしかない。

 剣を持っているような仕草はただのパントマイム、もしくは術発動のためのルーティンだ。

 実際には、対象にぶち当てるときと防御に使うときくらいしか質量を与えていない。

 つまり、俺のあかつきの剣とほとんど同じ。

 ただ、精霊術の作用のベクトルが正反対なだけだ。


 俺は普段から精霊術を使っていて、邪魔なときだけ切る。

 エルヴィスは普段は自然な状態で、必要なときだけ術を使う。


 俺もあいつも、攻撃力や防御力なんて上等なものを持っているのは、ほんの一瞬だけ。


 その、ほんの一瞬を。

 どちらが、どれだけ、掴み取れるか。




「「―――勝負だッ!!!」」




 朝焼け色の剣と、蜃気楼の剣が――

 ――正面から、激突した。



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