神童VS神童・上
『――さあ! お待たせ致しました! クリーズ霊王も何とか復活されましたので、放送を再開します!』
『儂は正直もう帰って寝たい』
『そんなこと言わないで! ここまで全勝のスーパールーキー、エルヴィス=クンツ・ウィンザー2級とジャック・リーバー2級の対戦ですが、本試合の見所はどこでしょうか!?』
『ん~? そうじゃなあ……。やはりリーバーが【争乱の王権】に対してどんな対策を打ってくるかじゃろうなあ』
『【争乱の王権】と言うと、ウィンザー2級――〈傍観する騒乱のパイモン〉の精霊術ですね?』
『そうじゃ。〈パイモン〉っちゅう精霊は特殊でのう。分霊がおらん上に、王族にしか宿らんのじゃ。ただし、その精霊術の強力さは折り紙付き。プロの精霊術師でも相手にするのは躊躇うじゃろうな』
『ウィンザー2級の精霊術については、未だその全貌は明かされていません。霊王はその詳しいところをご存知なんですか?』
『まあ、長生きしとるからの。大体は知っとるわい。試合の展開によっては解説してやっても良いが、同じ2級の連中はもうおおよそわかっとることじゃと思うぞ。無論、リーバーの小僧もな』
『なるほど! では、リーバー2級の精霊術についてはどうでしょうか?』
『これはもう誰もが知っておることじゃろ』
『【巣立ちの透翼】ですか?』
『然り。重さを消去する精霊術じゃな。これ自体はそう珍しくもないが、リーバーの小僧の場合は制御力がずば抜けておる。空中跳躍ができるガキなんぞ初めて見たわ』
『その他、リーバー2級は相手の武器や身体、はたまた自分自身の重さを消去することで攻撃を無効化する、といった技も見せております。現状、彼に手傷を負わせるには炎や雷と言った非実体攻撃しか手段がないとも言われていますね』
『あれも一朝一夕でできることではない。おそらく師匠に冗談みたいな訓練をさせられたんじゃろうな。四六時中不意打ちを受け続けるとか』
『うわー。考えたくもありませんね』
『とにかく、リーバーは器用さで言えばすでに学院イチじゃろう。じゃが、出力の面には不安が残るな』
『【巣立ちの透翼】の限界重量は500キロとも言われていますからね。それだけの火力でウィンザー2級を下せるかどうか!
――さあ! お時間がやって参りました! 対戦者の入場です!!』
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
試合場の端と端から2人が姿を見せると、場内を割れんばかりの歓声が包み込んだ。
私は耳を塞いで、
「……もう! いつもいつも! 静かに見れないのかしら、この人たちは!」
「えー、いーじゃん。賑やかでさ。なあフィル?」
「じーくんがんばれーっ!!」
静かにしているのはガウェインさんとラケル先生くらい。
……まあ、ガウェインさんは静かというよりは厳かという感じだし、ラケル先生は外の出店で買ってきたらしいお菓子をぽりぽり食べているけれど。
私の視線に気付いて、ラケル先生は手に持った袋を差し出してきた。
「……食べる?」
「……ひとつだけ」
無碍にするのも悪いので、袋からひとつだけいただく。
クッキーだわ。……甘い。紅茶が欲しい。
ぽりぽりとクッキーを頬張りながら試合場を見下ろすラケル先生の様子を見て、私はそっと訊いてみることにした。
「ラケル先生は……ジャック・リーバーに勝ち目はあると思いますか?」
先生はちらっと私を見て、
「……今は、みんなの先生だから。どちらかに加担するようなことは言えない」
「あっ、そうですよね。ごめんなさい」
「でも」
かすかに。
どこか悪戯っぽく、ラケル先生は微笑んだ。
「ジャックは、ズルいよ。あなたが思っているより、もっと」
「……は……?」
ズルい?
強いじゃなくて……?
『両者、所定の位置につきました! カウントを開始します!』
私は慌てて試合場に目を戻した。
15メートルほどの距離を開けて、ジャック・リーバーとエルヴィスさんが向かい合っている。
『5! 4! 3! 2! 1―――
―――試合開始です!!』
瞬間、エルヴィスさんが精霊を出した。
いつもの初動。
そこから相手を大気圧攻撃で押し潰すのが、エルヴィスさんの勝利パターンの一つ――
『出たぁ―――っ!! 試合場に大きなクレーター!! 生徒たちの間では気圧による攻撃と言われている、ウィンザー2級の「クレーター・クリエイター」――あっと!?』
試合場にできたクレーターの中に、ジャック・リーバーの姿はなかった。
押し潰されるその直前、とんでもない速さで自ら間合いを詰めていた!
接近戦を挑むのはあの大気圧攻撃の代表的な対策の一つ。でも――
『解説のクリーズ霊王! これはどういうことでしょうか? リーバー2級の【巣立ちの透翼】は重さを消し去る精霊術。仮に「クレーター・クリエイター」が生徒たちの中で出回っている説の通り気圧攻撃だとしたら、無効化、ないしは軽減できたと思うのですが……』
『仮にそれで勝てたとしても、精霊術の相性によるものということになってしまうからのう』
『それではいけないんでしょうか?』
『いけないんじゃろうな、あやつの中では。
……どうやらあやつは、エルヴィス=クンツ・ウィンザーという精霊術師を完全攻略しようとしておるようじゃ』
『完全攻略と言うと?』
『術の相性でたまたま勝てても、ウィンザーは一つ黒星がつくだけのことじゃ。
しかし、その精霊術を完全に攻略し、誰でも勝てるよう必勝法を編み出せば、あとの対戦相手もそれを真似してウィンザーに黒星をつけていく。
すなわち、リーバーの小僧は、ウィンザーを試合で負かすだけではなく、この級位戦という舞台そのものから蹴落とそうとしておるのじゃ』
『なんと! 試合後のことまで考えて、あえて有利を捨てた!?』
「そんなっ……!」
試合で負かすだけに飽きたらず、リーグ戦そのものから蹴落とそうとするなんて!
嫌ってるわけじゃないというあの言葉は嘘だったの……!?
「アゼレア、ちゃんと見てあげて」
「ラケル先生、でも……!」
「ジャックは、全力で戦ってるの。それが一番いいって、知ってるから」
全力で戦うのが……一番いい?
話している間に、試合は第2の局面に入っていた。
ジャック・リーバーが、徒手空拳で猛烈なラッシュを仕掛けている。
ジャック・リーバーに触れられると、その瞬間、重さを消されてしまってまともに動けなくなる。
そうして敗北した2級生が、これまでに何人かいた。
彼に指一本でも接触を許すということは、それだけ重い意味を持つのだ。
しかし。
『ウィンザー2級! 避ける、避ける、避けるぅぅ―――っ!! ウィンザー2級の「クレーター・クリエイター」に続く必勝技! 「カーテン・ダンス」です! まるで風に揺れるカーテンと踊っているかのような気分になることから、いつしかこう呼ばれるようになったこの技! 未だ破った人間は一人もおりません!!』
ジャック・リーバーの猛烈なラッシュは、一発たりともエルヴィスさんには届いていなかった。
まさに、風に揺れるカーテンを拳で貫こうとしているような――
そこに実体があるかどうかすら不安になるほどの、究極的回避。
『さて霊王! 先ほどウィンザー2級の【争乱の王権】について知識があると仰っていましたが、この「カーテン・ダンス」はどのような理屈から成り立っているのでしょうか? 私には、とても人間業には思えないのですが……』
『まあ言ってしまっても良いか。あれは「王眼」と呼ばれる〈パイモン〉の宿主に共通して表れる能力じゃ』
『「王眼」ですか?』
『言ってしまえば超絶的な知覚能力。万にも上る民衆の表情ひとつひとつを一瞬で認識できると言われておる』
『1万人もの人間の顔をですか!?』
『無論、伝説じゃがな。王族というもんは自分たちの力を大きく見せたがるもんじゃ。しかし、似たようなことは実際、できるじゃろうな』
『それほどの知覚能力を使って、相手の動きを先読みしていると?』
『「王眼」を持たない我々には、それが具体的にどういう感覚なのか、理解するのは難しい。儂が昔、術師に聞いたところによると、「情報」がそのまま流れ込んでくる感じじゃと言うておった。
例えば大きな岩があったとすれば、「重そうな岩があるな」ではなく、「ほにゃららメートル前方にこれこれこういう形と大きさで重さナントカキログラムの岩が1つ存在している」と感じられるのじゃ。
それほどに、通常の感覚器官とは得られる情報量が異なる。それをうまく利用することができれば、ちょっとした未来予知程度は簡単じゃというわけじゃ。
ここだけの話じゃが、精霊術の名前である【争乱の王権】の「争乱」は、本来、すべてのものを見るという意味の「総覧」だったんじゃ。それを昔の術師が隠すために、それっぽい別の意味の言葉に改竄して後世に伝えおったんじゃな』
『ほえー……。では「クレーター・クリエイター」のほうは一体?』
『「王眼」はあくまで【争乱の王権】の基本能力に過ぎん。術師によって千差万別の応用能力が別に存在する』
『二つの効果を持つ精霊術ということですか!?』
『いいや、一つじゃ。厳密にはな。
「王眼」は情報そのものを知覚すると言うたじゃろう? 【争乱の王権】の真骨頂とは、「王眼」によって知覚した情報を書き換えてしまうことなのじゃ。
例えばウィンザーの場合は、重さ――特に空気の重さを書き換えることを得意としておるようじゃな。
「王眼」によって、あやつには気圧の数値が具体的に視えておるはずじゃ。それを消して、もっと大きい数字に書き換える。それがあの気圧攻撃の正体じゃろう』
『あの……恐縮なのですが、それは普通の精霊術と何が違うのでしょう?』
『【争乱の王権】は情報そのものに直接干渉する。ゆえに、妨害されることもなければ射程距離も存在しない。
普通の精霊術はたいてい、手で触れたり目で見たりして現象を発生させる対象を決定する。ゆえに、手を何かで覆わせたり、目隠しをしてしまったりすれば、術の発動を妨害できる。
が、【争乱の王権】にそれは通用せん。「王眼」を使っておるからな』
『素人考えなのですが……妨害すらできないのなら、それは無敵なのでは?』
『ひひひ! それはどうじゃろうなあ? 何せ今日はこの人出じゃからのう……』
『人出? それは一体どういう―――ああっ!?』
実況の方が叫ぶと同時、観客席からもおおっという声が沸き上がった。
ジャック・リーバーが鋭く突き出した手を――
エルヴィスさんが、初めて、腕で防いだのだ。
『ふっ、防いだぁああ――――っっ!!! 今まで徹底して回避を続けていたウィンザー2級! 初めて! そう、初めて!! 対戦相手と接触しましたぁああ――――っっ!!!』
服の上からだったから【巣立ちの透翼】による無重力状態にはならずに済んだ。
けれどその後も、エルヴィスさんはジャック・リーバーの手をすべては避けきれず、腕による防御を織り交ぜていく。
『こっ、これは一体!? なぜ「カーテン・ダンス」に乱れが生じたのでしょうか!?』
『ひっひひひ! よう考えてもみい。いくら高性能な「目」を持っておってもなあ、得た情報を処理する頭のほうには限界があるわけじゃ』
『はあ。確かに。そうですね。はい』
『だというのに、この観客の数、この騒がしさ――
言ったじゃろう? 「王眼」は情報そのものを感じ取ってしまう。儂らにとっては「騒がしい声」の一言で済む音も、ウィンザーにとっては――』
『ああっ! まさか!』
『そう。ウィンザーには、その声のひとつひとつが、どこの誰がどんな顔で出しているかまで、しっかりはっきりわかってしまうのじゃ。
前の試合まではもう一回り小さな闘術場で、観客もこれほどではなかった。だが学院始まって以来と言っても良いほどの、この観客の数――
多少、集中力が乱れても、それほど不思議なことではない』
『いや、集中力が乱れる程度で済んでいるのが信じられませんよ!』
『そうじゃなあ。並の人間なら一瞬で頭がぶっ壊れるかもしれんな。ひひひ!』
『しかし……もしかしてなんですが。これがリーバー2級の策だなんてことは……』
『さて。どうじゃろうのう。ノーコメントじゃ。まあ、水面下でやたら煽っておった連中はおったようじゃが?』
「かーっ! ジャックの奴、これが狙いだったのか!」
ルビーが悔しいんだか嬉しいんだが判断に困る様子で膝を叩いた。
ガウェインさんが渋い顔で、
「このような嫌がらせめいた……卑怯ではないのか?」
「卑怯もクソもねーだろ。これだから頭の堅い騎士サマは」
「なんだと?」
「逆に訊きてーんだけど、だったらあんたがあたしにやったことはなんなんだよ? 事前に相手を調べて、対策を練って、実行した。これは卑怯か?」
「……いや」
「ジャックがやってんのだってそれと同じことだろ。むしろあの王子様なら、怒るどころか喜ぶだろうぜ。自分一人倒すためにここまでしてくれるなんてコウエイだー、ってよ」
ガウェインさんはしばし瞑目して、
「……そうだな。貴様の言うとおりだ。オレが間違っていた」
「お? お、おう。なんだよ、素直じゃねーか」
「間違えば謝罪する。当然のことだ。たとえ相手がスラム出身の野良猫だろうとな」
「ああん!? やっぱやるか!?」
「いつでも来い。わざわざ来期の級位戦まで待たずとも受けて立ってやる」
むしろ……怒るどころか、喜ぶ?
エルヴィスさんのその姿は、確かに、簡単に想像できた。
全力で潰し、潰されながら――
ゆえにこそ、相手のことを認めている。
これが、私にわかってほしかったことなの……?
「しかし」
ガウェインさんが厳しい目で試合場を見下ろしながら言った。
「これはそうそう使える手ではあるまい。今回の特殊な条件が揃って初めて可能となったこと。
殿下に誰でも勝てるようになるよう完全に攻略する、というリーバーの目的にはそぐわないように思えるが……」
「ふっふーん!」
そこでなぜか、フィリーネが小さな胸を張った。
「まだあるんだなー、実は!」
そのときだった。
観客が一斉に、大きくざわめいた。
『ああっ!? こっ、これはっ――!?』
試合場に目を戻した私は、「あっ!」と声を上げる。
ジャック・リーバーの拳が――
エルヴィスさんのお腹に――
――深々と、突き刺さっていたからだ。
『ひっ……ヒットぉおおおおっ――――!!!! ウィンザー2級! ついに! ついに! ついに!! 初! ダメェエェエエエェジッッ!!!』




