級位戦
第四闘術場には大勢の観客が詰めかけていた。
だが実力試験のときとは違い、それらは全員学院関係者。
来賓の客は一人もいない。
俺たちはその最前列にいた。
ルビーとガウェインを除く戦闘科Sクラス3人とフィル、そして副担任であるラケルの5人だ。
「まさか、1回戦からクラスメイト同士で当たるなんて……」
「リーグ戦だからね。いつかは当たってしまうのはしょうがない」
アゼレアの呟きに、エルヴィスが返した。
これからルビーとガウェインの試合が始まるのだ。
俺たちはラケルに召集され、授業の一環としてそれを観戦することになった。
「……それにしても、新入生の試合の割には観客が多くないか?」
俺は会場を見回して言う。
試合は他の会場でも同時進行しているはずだ。
1級や2級の試合もやっているはずだが……。
「数年ぶりのSクラス同士の試合だから、否が応にも注目度は高い」
ラケルが淡々と言った。
「それに……この試合は、今年度初めて、新入生が出る試合だから」
……なんでそれで注目度が上がるんだろう?
疑問に思ったが、ラケルはそれ以上は口を開かなかった。
『――さあ! 3級リーグ戦第1回戦、次は注目の一戦です! 数年ぶりに配置された戦闘科Sクラス! そこに所属するスーパールーキー同士の対決! 会場にはこの一戦を一目見ようと、学院中から観客が詰めかけております!!』
空からテンションの高い声が降ってきた。
来賓もいたので少し堅い雰囲気だった実力テストとは違い、級位戦には実況がつくらしい。
『実況はわたくし、第37期支援科Bクラスのエミリー・オハラがお送り致します! そして解説にはなんとこの方! 本校の学院長にして現役最強の精霊術師! 第102期戦闘科Sクラスの担任も勤めておられる、トゥーラ・クリーズ永世霊王をお呼びしております!!』
『あー、頭いた……。すまんがちょっと声を小さくしてくれんか』
『おや? どこか具合でも?』
『いやー、昨日ちょっと飲み過ぎての。はて、何やらこっぱずかしいことを口走っていた気もするが……』
二日酔いかよ。もう夕方だぞ。
それに、ラケルに向かって延々ノロケ話をしていたことは綺麗さっぱり忘れているらしい。
『霊王にお聞きします。これから戦うルビー・バーグソン3級とガウェイン・マクドネル3級について、担任としてどのように思われますか?』
『そうさなあ。とりあえず、バーグソンのほうは無礼じゃな。超無礼。師匠にそっくりじゃ』
『師匠と言うと、ホゼア・バーグソン八段のことでしょうか』
『「屑拾いのバーグソン」などと呼ぶ輩もおるの。あやつはとにかく貴族が大っ嫌いで、およそ渡世術というもんを知らん男なんじゃがな……精霊術師としての実力は本物じゃ。でないと八段まで上がることはできん。そしてもちろん、才能を見る目もずば抜けておる』
『では、ルビー・バーグソン3級は、そのずば抜けた審美眼が認めたダイヤの原石なのですね!』
『じゃろうな。あやつはスラム出身の奴を大成させて貴族に嫌な顔をさせるのが三度の飯より好きじゃからの』
めちゃくちゃいい性格してるな、ルビーの師匠……。
『では、対するガウェイン・マクドネル3級については?』
『礼儀はわきまえておるが、頭が固いな。バーグソンとは真逆じゃが、師匠にそっくりなところはおんなじじゃ』
『「鉄の将軍」デンホルム・バステード九段ですね! 現状、わずか4人しかいない九段保有者の一人です!』
精霊術師界最高の称号は学院長が30年も独占している『霊王』だが、『九段』はその次に当たるものだ。
通常の段位戦では取得できず、王国に対して何らかの功績を示した者にのみ与えられる。
『あやつも頭が固くてのう。ちょうど儂がこの学院の改革を進めておった頃に教師をしとったんじゃが、何度口答えをされたことか。やれ伝統がどう、やれ血筋がどう……ああ、いやじゃいやじゃ』
『あのー……貴族社会を敵に回すような発言は控えていただきたいんですけどー……』
『ヘーキじゃヘーキ。いま偉そうにふんぞり返っとるジジイはみんな、ハナタレ小僧じゃった頃から知っておるからのう! ちょっと昔話をするだけですぐ黙りおるわ! ひひひひ!!』
うわー……あの人に弱味握られると一生ネタにされるのか……気をつけよう……。
『さて! これ以上本校が貴族界に目を付けられないうちに進めてしまいましょう!! 対戦者の入場です!!』
円形の闘術場の両端にある扉が開き、2人が入場してくる。
ルビーはいつもの着崩した制服だったが、ガウェインは鎧を着込み、盾と剣を持っていた。
「うわー。つよそー。かたそー」
フィルがガウェインの格好を見て言った。
装備だけ見れば、軽装のルビーのほうが不利に見える。
だが、精霊術師の戦いは装備だけでは決まらない。
『さあ! 両名が所定の位置で向かい合います! 両者、実力試験のときと同じ装備ですね』
『いつもの装備なんじゃろうな。あの歳で自分の戦法を持っておるというのは、それだけで大したものじゃ』
しかし、と学院長の声が続けた。
『果たして、それだけでどれだけやれるかのう?』
試合開始の時刻が迫る。
2人が向かい合う闘術場に、緊迫感が張りつめた。
『試合――――開始です!!』
実況がそう告げた直後。
ルビーの姿が消える。
「また!」
実力テストのときと同じだ。
目を離していないはずなのに、姿を見失った……!
『バーグソン3級の姿が消えました! 霊王、これはいったい!?』
『なんかの精霊術じゃろ。闘術場から出たら失格じゃから、見えないだけでどっかにはおると思うぞ』
学院長がそんな適当なコメントをしている間に、ガウェインが動いた。
左手に持っていた盾を、床に落としたのだ。
瞬間。
盾が液状化した。
銀色のゼリーのようになった盾が、闘術場に広がっていく。
『これはぁーっ!? マクドネル3級が落とした盾が、溶けて水のように広がっていく!? 一体どうしたことだぁーっ!!』
『ふむ。なるほどのう。盾は不要と見たか。捨てて索敵に使ってしまう気のようじゃ』
『索敵ですか?』
『よう見てみい。――すでに引っかかっておる』
学院長の言うとおりだった。
液状化して広がった銀色に、点々と足跡がついている。
『あーっと! なるほど! これで姿を消したとしても足跡は残ってしまうわけですね!』
『代償として、マクドネルの奴は自分の精霊術を明かすことになってしまったがな』
『鉄の盾――すなわち金属の液状化現象! これは金属を司る精霊〈ベリト〉の【不撓の柱石】ですか!?』
『十中八九そうじゃろう。もし違ったら大した策士じゃ』
ルビーの足跡は、広がったゼリー状の金属から逃げ出そうとする。
ガウェインはそこにさらに追い打ちをかけた。
身に纏った鎧まで液状化したのだ。
盾の何倍もある金属がさらに追加され、闘術場を覆い尽くす。
ルビーに逃げ場はなかった。
『さあ! バーグソン3級、逃げ場がなくなった! どうするー!?』
『当然、攻めるじゃろう。相手の居場所を探し出した代わりに、マクドネルは大幅に防御力を失った』
『確かに! マクドネル3級はあれほどの重装備をほとんど手放し、現在は制服と剣のみとなっております!』
実況解説は対戦者たちには聞こえていないはずだが、果たして、学院長の言うとおりになった。
ルビーの足跡が急速にガウェインに接近する。
――速い。
まるでちょこまかと走り回るネズミだ。
ガウェインの巨体とあの大振りな剣では、とてもじゃないがこの速さを捉えきれない……!!
透明になったルビーが、ガウェインの背後を取った。
おそらくその手には、実力テストのときにも使っていた短剣が握られているだろう。
彼女にとって、目の前にあるガウェインの背中は、恰好の獲物に違いない……!
ガウェインの制服の背中が、裂けたのが見えた。
短剣が刺さったのだ。
……だが。
『おおーっと!? マクドネル3級、健在! 背後のバーグソン3級を捕らえようとしましたが、バーグソン3級、かろうじてこれを躱すーっ!!』
「ど、どうして!? 今、刺さったわよね!?」
アゼレアが動揺して叫ぶ。
俺は考えながら言った。
「……刺さったのは心臓の位置だ。本当に刺さってたら、ガウェインは一撃でエレメント・アウトになってる」
「だ、だったらどうして……」
「だから、刺さってないんだろ。……止められたんだ」
「えっ……?」
アゼレアはぱちくりと瞬きした。
何を言っているのかわからないという顔だ。
「じーくん、どゆこと? 制服の下に何か着てるってこと?」
「いや、そんな風には見えない。だけどあいつには、制服の下にもう一枚、鎧があると思う」
「もう一枚、鎧……?」
フィルとアゼレアが首を傾げる中で、エルヴィスだけがわかっている顔だった。
「実力試験のときに気付いたんだね、ジャック君」
「ああ。気付いたっていうか、引っかかったって感じだけどな」
「ちょっとちょっと! どういうことなの! 2人だけでわかった風にならないで!」
アゼレアが今にも暴れ出しそうな感じだったので、俺は仕方なく説明する。
「実力テストのとき、ガウェインが相手の攻撃を全部真っ正面から受け止めてたのは知ってるか?」
「ええ。盾や鎧がすぐに直っているのが見えたわ。いま思えば、あれは金属を操る精霊術によるものだったのね」
「そう。盾や鎧がすぐ直る。でもそれだけじゃ、あの耐久力は説明できない。鎧や兜は身体を守ってくれるが、衝撃まで遮断することはできないからだ」
「……? まあそうね。どんなに丈夫な兜でも、重い剣で何度もガンガン殴られたら死んでしまうわ」
「ってことは、だ。ガウェインは鎧の下にさらに、衝撃吸収用の鎧を着てる――そう考えるしかないだろ」
「???? だから、鎧を着てるようには見えないって話じゃかったの?」
アゼレアがまだ納得いかなげな顔をしていたので、エルヴィスが口を挟んできた。
「単純な消去法だよ。現象から見て、ガウェイン君は鎧を二重に着ていた。だけど、鎧らしきものはどこにもない。
――だとしたら、考えられるのは一つだ。彼は鎧を着ているわけじゃない。彼の身体そのものが、鎧なんだ」
「身体そのものが、鎧……?」
俺はエルヴィスに訊く。
「お前も見えたか、エルヴィス」
「目はいいほうでね。――制服の背中が裂けたとき、赤茶けた鱗が見えた」
「鱗ですって!?」
「お魚さん?」
アゼレアとフィルが二者二様の反応をした。
まあ、お魚さんというのも、当たらずとも遠からずだが――
はっきり理解したのは、アゼレアのほうだった。
「鱗のある人間……ガウェインさんは竜人族だったの!?」
竜人族。
かつて竜と結ばれた人間たちの末裔。
最大の特徴は、身体の至るところに鱗があることだ。
「ああ――それも銅竜の血筋だろうな。銅竜はその名の通り、銅の鱗を持ってるんだろ?」
「だね。銅――つまり金属だ」
アゼレアはハッと気付いた顔になった。
「自分の鱗を――銅の鱗を、金属を操る【不撓の柱石】で鎧に変えている……?」
「鱗の位置を移動させているだけなのか、それとも量を増やしているのかはわからないけどな。
――とにかく、ガウェインは一見無防備に見える場所にも、しっかり鎧を纏っているんだ。あいつの鎧には、およそ隙間というものが存在しない」
「えっ……!? そ、そんなの……」
闘術場では、同じ展開がしばらく続いていた。
姿を消したルビーがちょこまかと動いて、攻撃を仕掛けては弾かれる。
ガウェインが彼女を捕まえようとして、ルビーがかろうじて逃げおおせる。
だが、誰の目にも明らかだった。
この試合、どちらに勝ち目があって。
どちらに、勝ち目がないのか。
「……こんなの……ただの相性じゃないっ!!」
アゼレアがいきり立って立ち上がった。
「たまたま組み合わせが悪かっただけで……運が悪かっただけで……! 最初から、ルビーに勝ち目なんか……!!」
「アゼレア」
淡々とした声でアゼレアを呼んだのは、今まで黙って試合を見ていた、ラケルだった。
「ラケル先生……?」
「あなたは、プロになって、現場に出ても、同じことを言うつもりなの?」
「えっ……?」
ラケルは、一言一句丁寧に、しっかり相手の心に伝わるように、言葉を紡いでいく。
「相性が悪いから。組み合わせが悪いから。運が悪いから。仕事で苦手な相手と戦う羽目になったら、そう言って大人しく殺されるの?
例えば――あなたの炎を全部かき消してしまえるくらいの、【原魚の御手】使いと遭遇したときに」
「そ、それは……」
実力テストのとき、アゼレアは相性が悪いはずの水使いに対して圧勝した。
だがそれは、彼女の精霊術の出力がたまたま、相手を大幅に上回っていただけのことなのだ。
『――さて、この試合を見ている新入生諸君。そろそろおぬしらは、「こんなの相性が悪いだけじゃん運悪かったなー」などと思っておる頃じゃろう』
放送を通じて、学院長が笑い含みの声で言った。
『喜ぶがいい。おぬしら自身の初戦でも、同じことが起こるぞ。何せ新入生が初戦で勝利する確率は、例年、1割にも満たんのじゃからのう!!』
『今年も説明しなかったんですか、学院長? 毎年のことながら、意地が悪いですよねー』
『身をもって学ばねばわからんこともあるのじゃ。どいつもこいつも多かれ少なかれプライドをこじらせておるからのう。ひひひ!』
観客の一部がざわめいていた。
おそらくは戦闘科の新入生たちだ。
『新入生諸君! おぬしらは、ここまで相性の悪い相手と当たることはそうそうあるまい、と思っていることじゃろう。じゃが、甘い。あまりに甘い考えじゃ。
精霊術の相性差がさほどではなくとも、同じことが起こる。
おぬしらは弱点を突かれ、苦手に付け込まれ、何もできんまま惨敗することじゃろう!
なぜなら! おぬしらが入学したその瞬間から、同じ級位に属する在学生は、おぬしらを観察しておるからじゃ!
おぬしらの精霊術を、おぬしらの戦法を、解析し、分析し、攻略法を練っておるからじゃ!
見よ! この闘術場に集まった観客を!
ほとんどの者は気付いておらなんだじゃろう。今日、この試合を見に来ておるのは、そのほとんどが諜報科の生徒じゃ!!』
「えっ……!?」
アゼレアが慌てた様子で周囲を見た。
もちろん、その程度で見分けがつくはずもない。
だが、誰が諜報科なのかなんて――
|誰が他の生徒の偵察なのか《・・・・・・・・・・・・》なんて、そうそうわかるはずもない。
『彼を知り、己を知れば百戦危うからず。古き賢者の言葉じゃ。
おぬしらはそれぞれの師匠のもとで、「己を知る」ことに時間を使ってきたことじゃろう。もちろん、通常授業では、儂ら学院もおぬしらがおぬしら自身の力を知り、磨くことを全力で支援する。
しかし、この級位戦では「敵を知る」ことを覚えてもらう。儂らは何もせん。おぬしら自身がその方法を考えるのじゃ。
この学院の戦闘科に所属する多くの生徒は、非公式じゃが、諜報科や支援科の生徒と徒党を組んで級位戦を戦っておる。
それは、おそらくおぬしらがこの学院での生活として想像してきたような、「強くなる」ための行動ではない。
あえて言おう。
強いのは当たり前じゃ! それはこの学院において、当然のステータスなのじゃ!!』
喝破するような学院長の声が、会場内に響き渡った。
『おぬしらは自分の強さを発揮する方法を学ばねばならん。相手の強さを発揮させない方法を学ばねばならん。
すべては勝つために。1勝でも多く稼ぎ、1分でも勝率を上げるために。
そして1秒でも、命をながらえるためにじゃ』
手段を選ぶな、と。
学院長はそう言うのだ。
『敵の情報を探り、対策を練り、万全の準備をもって試合に臨め。
敵に対策を練られたら、さらにその対策を編み出せ。
周りに合わせて変化せよ。立ち止まるな。常に進み続けろ。
それができん者は、この学院では1年と戦うことはできん。
ゆえに。新入生たちよ、おぬしらは、1年以上この学院で戦ってきた先輩たちに、惨敗を喫することになるのじゃ』
目に浮かぶようだった。
学院長が、その幼い顔に嬉しそうな笑みを刻んでいるのが。
『先日、クラスで懇親会をしたことじゃろう。大いに語り合ったことじゃろう。友誼を結んだ者もいよう。
じゃがそやつらは、今日から全員敵じゃ。
思う存分―――腹を探り合うがよい』
異様な空気に包まれた会場の中で、ルビーは、ガウェインに対して惨敗を喫した。
動き続けてバテ始めたところを捕まり、床に組み伏せられて、喉を突き刺された。
勝敗を分けた要因は、明らかだ。
ガウェインは、ルビーの戦法を分析し、対策を用意していた。
そしてルビーは、それを怠った。
これが精霊術学院の級位戦、その本質。
精霊術の優劣を競うのではなく。
如何に相手を調べ、分析し、対策するか――
すなわち。
熾烈なまでの、情報戦なのだ。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
控え室まで迎えに行くと、ルビーは座り込んでうなだれていた。
「ルビー……」
「……悪い」
アゼレアが近づいて話しかけようとすると、ボソッと、普段の騒がしさが嘘のような声で、ルビーが呟く。
「ちょっと、一人にしてくんねーかな……」
それ以上は、アゼレアも何も言えなかった。
ガタン、と音がする。
同じ部屋にいたガウェインが立ち上がる音だった。
彼は無言で、控え室を出ていこうとする。
「ガウェインさん!」
アゼレアが呼び止めると、一度だけ、ガウェインは足を止めた。
彼は、うなだれたままのルビーを横目で見やる。
しかし――
このときばかりは、何も言うことはなく。
そのまま無言で、部屋を立ち去った。
俺たちもルビーを一人残して、部屋を出る。
しばらくして、エルヴィスが言った。
「じゃあ、ぼくもこの辺で」
「ああ」
俺が軽く答えると、エルヴィスは一人で去っていった。
これで残ったのは、俺とフィルとラケル、そしてアゼレア。
「……私も……」
実力テストのとき、誰よりも目立って、誰よりも自信に満ちていたのが、嘘のような小さな声。
「私も……今日は、この辺で」
「ああ。また明日な」
「……止めないのね」
少し恨みがましい目が、俺を射た。
「あなたは……わかっていたのね? 最初から……級位戦で、何をすればいいのかを」
「……まあな」
「あの懇親会……私……すごく、楽しかったのよ? 同世代のお友達なんて……今まで、全然いなかったから……。
なのに……なのに……あなたは……いえ、エルヴィスさんも、ガウェインさんも……あのとき、もう、私やルビーのことを、敵として見ていたのね?
重要な情報をぽろっと出さないかって、期待しながら話していたのね?」
「…………否定はしない」
俺がそう言うと、アゼレアは俯いた。
「男の人って……そんな、淡泊な……」
「男とか女とかは、関係ないだろ。
ただ……俺は、この学院に、プロになるために来た。精霊術師として、名を上げるために来た。
お前だってそうだろ、アゼレア。みんな同じ目的のはずだ」
「あなたの言うことは正しいわ。でも……!」
顔を上げかけて、アゼレアはふいっと横を向いた。
「……ごめんなさい。こんなことを言っても、仕方がないわよね」
「アゼレア……俺たちは、お前やルビーのことが嫌いなわけじゃない」
「わかってるわ。わかってる……」
それじゃあ、と。
顔をこっちに向けないまま、アゼレアは一人で立ち去った。
多少は空気を読んだのか、フィルも彼女の悪口を言うことはなかった。
「……子供には残酷なシステムだわ」
ラケルがぽつりと言う。
……確かにな。
毎年、大勢の退学者が出るという話も頷ける。
一年中、四六時中、机を並べた仲間と腹を探り合わなければならないのだから。
でも、俺はこうも思うのだ。
腹を探り合い、化かし合い、騙し合うことと、友達として仲良くすることは、決して、両立しないわけじゃない……って。
「行くか、フィル」
「うん」
歩き出した俺とフィルを見て、ラケルが何気なく訊いた。
「そういえば、あなたたち、いつから組んでるの?」
ほとんどの戦闘科の生徒は、諜報科や支援科の生徒と徒党を組んでいる。
俺とフィルは、二人でいたずらっぽく笑った。
「さあ?」
「いつからだろーね?」




