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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期・最終回〈上〉:小さいころ夢に見た

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第78話 間違いだなんて言わせない - Part4


 怪鳥の魔物――ガルーダの背に乗って、ビニーは次の狙撃ポイントに向かう。

 戦況は優勢のまま推移していた。このまま行けば勝てる――そのはずだったが、彼女の表情には徐々に焦燥が滲んでいた。


 想定以上の長期戦になっている。

 あらかじめ用意していた狙撃ポイントが尽きそうな勢いだ。

 そろそろ……そろそろ決着をつけないと……。


(落ち着け、ビニー。焦るんじゃない)


 わかってるわ、兄さん。でもこっちには弾丸の限りもある。


(だから焦るなって言うんだ。つまらない照準ミスで貴重な弾丸を浪費する気か)


 わかってるわ……わかってるわよ……。


 集中が乱れる。

 雑念が混じる。


 ビニーにとって、ラケルは母親のようなものだった。

 奴隷として育った二人には、家族と呼べるものは誰もいない……。だから、一緒になってジャックを支え、そしてこの気持ち(・・・・・)に気付かせてくれたラケルこそは、ただ一人、親と呼べる存在だった。


 だからこそ、許せなかったのだ。

 ジャックがようやく踏み出した一歩を認めず、去ってしまった彼女のことが。


 ――今更、どのツラを下げて。


 今までジャックを支え続けたのは、(ワタシ)たちだ。

 あなたはいなかった。

 彼のそばに、いなかった。

 彼を見捨てたあなたに、彼の前に立つ資格なんて、もうありはしない――!


 スコープ越しに、ラケルの姿を捉えた。

 引き金を引く。

 衝撃が肩に伝わる。

 ――数百メートル向こうで、血飛沫が散る。


 当たった。

 肩だ!

 これでラケルは【癒しの先鞭】を使わざるを得ない。

 しばらくの間、3枠の精霊術すべてが埋まり、圧倒的な優位を得ることが――


(逃げろビニーッ! おかしい!)


 え?


(|弾丸に吹き飛ばされない《・・・・・・・・・・・》! 【()()()()()()()使()()()()()!!)


 兄の思念が、共有精神に響き渡ると同時。




 スコープ越しの視界を、赤黒い鉛玉が埋めた。




「え?」


 カンッと、軽い音を立てて、それはライフルの銃口の縁に当たる。

 混乱も束の間。

 ――ヴヴァヂィッ!! という炸裂音が耳元で弾けた。


「…………ッ!?!?」


 衝撃。痛み。どちらともつかない感覚が全身を駆け抜ける。

 筋肉という筋肉が壊れたかに思えた。

 手足が急に動かなくなり、ビニーはビルの屋上の硬い床に倒れ伏した。


「……? …………!?」


(………………っ!!!)


 わからない。何が起こったのか。混乱する。ベニーのほうも沈黙。衝撃が伝わった? 痛覚のハウリングはない。痛みさえも麻痺して……!!


 目の前の床に、ころん、と丸いものが転がった。

 赤黒い……おそらくは血に染まったそれは、弾頭。

 ついさっき、ビニー自身が撃ち放ったもの。


 撃った弾が、戻ってきた。

 そして、それを媒介にして、【雷霆の軍配】が発動した……?


「……わたしは結局、人の猿真似しかできない、どこまでも中途半端な人間」


 鉛玉の向こうに、靴を履いた足が現れた。


「これは以前、別の世界で、とある【不撓の柱石】のスペシャリストが、あなたたちを倒すために使った方法……。それを真似すれば勝てるって、最初からわかってた」


【不撓の柱石】――金属を操る精霊術。

 まさか……身体に埋まった弾丸を、傷口を抉り、取り出して、元ある場所へ戻したと……?


「問題は、わたしの身体と、アーロンの監視。

 ガウェインに比べると、わたしの身体は細い。弾丸はあっという間に貫通してしまう。だから、弾を身体の中に堰き止めるためには、肉が貫かれる端から【癒しの先鞭】で治していく他に方法がなかった……。

 しかも、その繊細すぎる作業を、一発勝負で成功させなきゃならない。そうしないと、あなたたちはわたしのやろうとしていることに気付くでしょう?

 だからまず、弾丸に身体を貫かれる感覚を覚えなきゃいけなかった。散々、数え切れないほど死んだけど、銃殺された経験だけはなかったから……」


 もしや、わざとだったというのか、今までの被弾が。

 思い出してみれば、ラケルが弾を受けた場所は、腕や肩など、致命傷にならない部分ばかり……!!


「そしてもちろん、身体の中に弾丸を留めるためには、【巣立ちの透翼】で質量を消すわけにはいかない……。わたしが【巣立ちの透翼】を3枠のスロットから外していたら、きっと監視しているアーロンにはすぐにわかったはず。何せ【巣立ちの透翼】を使っている間は、足音がほとんどしないから……。

 だから先んじて、アーロンとあなたたちとの連絡を絶っておく必要があった。精神を共有し、スナイパーとスポッターを兼任するあなたたちを同時に、かつ無傷で無力化するのには、【雷霆の軍配】が最適だったから、その術を選択している理由をカムフラージュするのにも都合がよかった」


 ……すべて、手のひらの上だった……。

 こちらが考えることなど、彼女は全部、お見通しだった。


「ベニー……聞こえている? 電気ショックの衝撃は、精神を共有しているあなたにも届いている……。痛みがハウリングしてしまうあなたたちは、きっと相方の痛覚を無視するのにも慣れているのでしょうけど、脳の運動野に直接叩き込まれた衝撃だけはどうしようもない……。正確な狙撃なんて、きっと不可能でしょう」


(く……そっ……!!)


 ラケルがビニーの手から零れ落ちたライフルに近付き、それを拾い上げる。

 世界最高の冶金技術で製造された精密な金属兵器が、見る間にどろりと溶けて、丸い金属の球体になった。【不撓の柱石】だ。

 ラケルはそれを適当に放り捨てる。かつてライフルだった金属球は、ゴトリと重い音を立てて床に跳ねた。

 その様子を無力なまま見届けて、ビニーは痺れる口を無理やりに動かした。


「……あなたはっ……! 今更、やってきて、どういうつもりですかっ……!!」


 憤りを、そして悲しみを、喉の奥から絞り出す。


「陛下は、たとえ絶望の歩みでも、生き方を見いだした……! それを無神経に否定したあなたがっ、今更……今更……っ!!」


「それじゃあ、ジャックが幸せになれないの」


 目の前で、ラケルがしゃがみ込んだ。

 懐かしい顔を、今日初めて近くに見た。

 そこにあったのは、かつて自分たちと共にジャックを支えていた頃と同じ――いや。

 あの頃よりもずっと暖かな、微笑。


「ねえ、ビニー、それにベニー。このままで、ジャックは本当に、幸せになれると思う? フィルが隣にいたときのように……笑っていられると思う?」


「……っ!」


 答えられないのは痺れのせいではなかった。


「それじゃあ、ダメなの。綺麗事で言ってるんじゃない――それじゃあ、わたしが幸せになれないの」


「……けっきょく……じぶんの……!」


「そう、自分のため。何か悪い?」


 くすりと、ラケルはどこか艶然と微笑む。

 ビニーはハッとした。

 ――この人、こんな顔、できたんだ。


「わたしは、自分のために、ジャックが――あなたたちを含めた誰も彼もが幸せになれる世界を目指す。だからね――ジャックには、魔王なんてやめて、本当にやりたいことをしてほしい」


「……そんなもの……誰が、知ってるって……言うんですか……」


「わたしが知ってる」


 確然とした声で。

 そして、何か思い出すような声で、ラケルは言う。


「昔に――本当に大昔に、あの子が叫んだ言葉が真実なら。――ジャックには、魔王なんかよりも、ずっとずっと相応しい肩書きがある」


 瞬間、ビニーとベニーの脳裏に、同時に蘇った記憶があった。


「きっと、あなただって見たいはず。――それになったジャックをね」




 ――うん、そうだ。俺たちは■■■■■だ

 ――お前らを全員、ここから連れ出してやる




 盗賊が巣食う、古い砦の暗い檻。

 怯える子供たちに向けて、突然現れた彼と彼女が、果たして何と名乗ったか。


 ――覚えている。

 ――覚えているに決まっている。


 だって、(ボク)は。

 だって、(ワタシ)は。




 正義の味方(・・・・・)

 そう名乗った彼に、憧れたんだから。




「ビニー、ベニー。……お願い」


 ラケルが、手を差し伸べてくる。

 あのときの彼と彼女のように、助けるためではなく。

 あのときの自分たちのように、助けを求めるために。


「わたしを、手伝ってくれる?」


 ――ああ、知らなかった。

 かつて大人だと思っていた、かつて仲間だと思っていた、この人が。

 こんなにも我が侭で、こんなにもズルい人だったなんて。


 あのとき憧れたジャックが、もし戻ってくると言うのなら。

 そんなの――手伝わないわけには、いかないじゃないか。


 ビニーは痺れる手を、ゆっくりと持ち上げた…………。





「そうはいかねえな」





「――――ッ!?」


 ラケルが不意に頭上を見上げ、その場から飛び離れた。

 直後、目の前の床が押し潰される。


 巨大なハンマーが振り下ろされたのかと、最初は思った。

 次に、ゴーレムの攻撃を疑った。

 ビルの屋上の硬い床を一撃で割り砕く方法はそのくらいだと思ったからだ。


 しかし、どちらも不正解だった。

 ラケルを狙って、ビニーのすぐ目の前に振り下ろされたのは、肥大化した腕だった。


「……アー……ロン……さん……?」


 オークのそれをさらに巨大化したような腕の根元に、くたびれた男の姿を見つける。

 異形だった。

 身体は――胴体は見慣れたアーロン・ブルーイット。なのに右腕だけが、ぶくぶくと肥大化したそれに置き換わっているのだから。


「誰も彼もを幸せに? ……困るんだよ、それじゃあ」


 アーロン・ブルーイット――否、かつてその名で生きた男の残像は。

 自嘲的な笑みを口元に刻み、魂のない虚ろな瞳で告げた。


「――悪党は、きっちりバッドエンドで終わらなけりゃあな」


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― 新着の感想 ―
(|弾丸に吹き飛ばされない 《・・・・・・・・・・・》! こうなってますよー‥‥‥‥‥。 もしかして、私の携帯のほうがおかしいんでしょうかね?
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