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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:神童集結編

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22/262

盗賊潰しと天才王子

「快勝だわ!」


 私は上機嫌だった。

 王立精霊術学院、戦闘科3級テスト――

 一門の先輩がたからは耳にタコができるくらい脅されたけれど、終わってみればなんてことはないわ。


 一身に視線を集める快感――

 遠慮なく実力を振るえる解放感――


 むしろ楽しかったくらいだもの。


 きっと誰もがその目に焼き付けたはずだわ。

 アゼレア・オースティンという稀代の精霊術師の姿をね!


 さて……あとは高見の見物といきましょうか。

 この私と同じ世代に生まれてしまった不幸な子たちの顔を、じっくりとね。


『第二試験場! ジャック・リーバー! 受験級位は――え』


「あら?」


 聞き覚えのある名前が聞こえてきたわ。

 ジャック・リーバー……。

 私の着替え中に窓から入ってきた、不潔な男の子じゃない。

 まああれは、窓を開けていた私も悪いのだけど。


 まあ一応、合格を祈ったのは確かだし、見ていてあげようかしら?

 せいぜい5級か6級の試験を見ても、得るものがあるとは思えないけれど。


 それにしても……。

 今、司会の方、彼の師匠の名前を読み上げるのを忘れなかった?

 確かラケルとかいう、聞き覚えのない術師に師事しているという話だったけど。

 そうでなくとも、推薦状を出したギルドメンバーの名前を読まなければならないはず。

 いずれにしても、なんて無礼なのかしら。


 まあ、誰にでも間違いはあるし、私がどうこう言うことでもない。

 私は観戦のため、観客席に上がっていく。


 ……あら?

 そういえば、彼の受験級位は?

 私、聞き逃したのかしら?


 観客席に上がると、来賓の方々が戸惑ったようにざわめいていた。


「どうした?」

「何かトラブルか?」


 口々に戸惑いの声を上げる方々は、一様に、試験場ではなく上のほうを見上げていた。

 上には空しかない。

 強いて言うなら、場内放送が聞こえてくるのは、上のほうからだけど……。

 放送で何かあったのかしら?


『……失礼しました。受験者の紹介が途切れてしまったことをお詫びします』


 そんな放送が不意に聞こえてきて、ざわめきは安心したように治まった。


『改めまして、第二試験場の受験者をご紹介致します』


 第二試験場といえば、あの彼のところじゃない。

 受験級位を聞き逃したんじゃなくて、放送が途切れていたのね。

 どうしてかしら?


 なんてことを、私は自分の席へと向かいながら考えていた。

 次の瞬間に、私はその理由を知る。

 放送が途切れたのは――

 ――用意された原稿に、放送者が目を疑ったからなのだと。


『第二試験場! ジャック・リーバー!

 受験級位は――――2級!!』


 しん、と。

 場内が静まった。

 けれど、それは束の間のこと――

 直後。

 観客席で、ざわめきが爆発する。


 私はその中で、呆然と立ち尽くしていた。

 ……聞き間違い?

 いいえ。こんなに大勢の人間が聞き間違えることなんて有り得ない。


「な……」


 2級受験者?

 あの彼が……私より上の!?


 私は観客席の一番前まで走り、手すりに身を乗り出して、叫んだ。


「なんっ……ですって――――――っっ!?!?」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『第二試験場! ジャック・リーバー!

 受験級位は――――2級!!』


 試験も自分の分は終わったし、そろそろジジイんとこ帰っかなー、と思っていたあたしは、その放送を聞いて気が変わった。


 第二試験場に立っているのは、いかにも金持ちのボンボンって感じのガキだ。

 でも、あたしにはわかった。

 匂うんだ……プンプンと。

 あの薄汚いスラムにうじゃうじゃいた、理不尽な絶望に晒されてきた人間の気配が……。


「面白そーじゃん」


 思ったよりつまんなそーなトコだと思ってたけど……やるじゃん、精霊術学院。

 あたしは席に腰を据えて、ジャック・リーバーって奴に注目した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『第二試験場! ジャック・リーバー!

 受験級位は――――2級!!』


 放送を聞いて、オレは片眉を動かした。


 ……2級受験だと?


 リーバーといえば、確かダイムクルドの領主か……。

 伯爵位を受けてはいるが、家としての歴史は決して長くなかったはずだ。


 現当主のカラム・リーバーは、かつて妻と共に名を馳せた精霊術師だが、個人として見ると決して優秀な術師ではなかったという。

 その息子が、2級を受験するだと?


 伝統を積み重ねたわけでもなく、優秀な血筋に生まれたわけでもない。

 だというのに、学院は2級の受験を許可したのか。


 ……ジャック・リーバー。

 その真価を見定めるべく、オレは第2試験場に目をやった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




『第二試験場! ジャック・リーバー!

 受験級位は――――2級!!』


「……へえ」


 ぼくは微笑んだ。

 第二試験場に立つ彼の姿を、自分の『眼』で観察した。


「……なるほど」


 ぼくはこっそりと、おそらくは誰よりも早く、真実を言う。


「強いね」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「2級受験だと!?」

「推薦人の名が読み上げられなかったということは、スカウトか?」

「リーバーだと……! あの田舎の若造のせがれか……!!」


 試合が始まる前から、会場は大騒ぎでした。

 それも当然です。

 2級の受験者はここ数年、一人だっていなかったのですから。

 お集まりのお貴族サマはみんな、まるでマークしていなかったリーバー家に『数年ぶりに2級受験者を輩出した家』という称号を取られたのが悔しいのです。


 おじさんたちが見苦しく嫉妬混じりの苦言を発するたびに、わたしのテンションはどんどん上がっていきます。

 これから彼らが一斉に黙り込むことになるかと思うと、楽しくて楽しくて。


 さあ、この世界に思い知らせてやりましょう。

 兄さん(・・・)が、一番すごくて、一番強くて、一番カッコいいんだってことを!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ジャック・リーバー。

 私の着替えを見て、まだ子供なのにチ……ちゅーをしているという、不潔な男。


 それが、数年ぶりの2級受験者……!

 しかも、推薦ではなくスカウト入学ですって!?


 それを……それを隠して。

 彼は、『6級にでも入れるのを祈っててあげる』なんてことを言っていた私と、話していたというの――!?


 私、馬鹿みたいじゃないの!

 勝手に勘違いしたのは私だけど!


 こうなったら、治まりがつかないわ。

 この私より上の級位に挑戦を許された実力がどれほどのものか、見せてもらおうじゃない。

 私のし……下着姿を見たんだから、あっちにも色々と見せてもらわないと不公平ってものだわ!


 第二試験場で、ジャック・リーバーと対戦相手の男性が向かい合っている。

 会場の誰もが、そこに視線を釘付けにしていた。

 そして――


『試合開始!!』


 合図と同時、対戦相手が間合いを詰めた。

 速い!

 さすが2級で凌ぎを削る学院生だけはあるわ……。

 直前まで少しも動きを悟らせず、完全に不意を打った。

 普通の人間じゃ、きっと一歩も動けない。


 対戦相手の手には、一本の剣がある。

 武器の持ち込みは自由なのだ。私には必要ないけど。

 ジャック・リーバーの腰にも、一振りの長剣があった。

 子供の身長と筋力では使いにくそうだけれど、あれを事前に抜いていなかったのは、彼の手落ちとしか言いようがないわ。

 今からでは、とても防御が間に合わない!


 銀色の刃が、まっすぐジャック・リーバーの頭に振り下ろされる。

 彼は鎧も兜も纏っていない。

 あれを受ければ、間違いなく一撃でエレメント・アウトになる――


 そう思った直後だった。

 ジャック・リーバーが、すっと右手を持ち上げて、剣を受け止めた。


 ……え?

 まるで対戦相手のほうが寸止めしたかのような、急停止。


 確かにここでは、結界の効果で人体を傷つけることはできない。

 しかし、あの勢い、あの剣速。

 手で庇ったくらいで防ぎきれるものじゃないわ。

 手の部位霊力が切れて、動かせなくなるはず……。


 だけど、ジャック・リーバーの右手は動いていた。

 振り下ろされた剣を、しっかと掴んでいるのだ。


 剣を握る学院生の表情が、変わる。

 そして何を思ったか、自ら剣を手放して、ジャック・リーバーから距離を取った。


 自ら武器を捨てるなんて!

 それほどの何かを感じたというのかしら?


 ジャック・リーバーは、自分の手の中に残った長剣を見る。

 そして、その柄を握った。

 敵の武器を利用するつもり?

 手に馴染んでいない武器を使うのは、リスクのある行為だと思うけれど。


 対戦相手の学院生は、腰に下がっていた鞘から短剣を抜く。

 武器を失ったときのことも考えてあったのね。


 あそこまで用意しているということは、あの学院生は根っからの近接型。

 精霊術も、あの目にも留まらぬ速度を出すのに使っているんでしょう。


 それはジャック・リーバーもわかっているはず。

 なのに、わざわざ相手の得意分野で戦おうと言うの?


 武器のリーチに差があるとはいえ、見たところ、学院生はジャック・リーバーより5つは年上に見える。

 当然、体格にだって埋め難い差がある。

 常識的に考えれば、そんな相手と接近戦をして勝てるはずがない。

 私なら炎の壁を張り巡らせて、絶対に相手を近づけさせないようにするでしょうね。

 基本的な戦力で勝る相手の領域に自ら入っていくなんて……一体何を考えているの?


 ジャック・リーバーは奪った剣を正面に構える。

 ふうん……。

 腰に自前の剣を佩いているだけはあり、素人というわけじゃあなさそう。


 学院生も腰を低くして短剣を構えた。

 さっきは自分から行ったから、今度は受けて立つつもりかしら。

 やっぱり、近接戦にはかなり自信があるようね。


 さて、どう出る……?


 私に限らず、きっと会場の誰もが、ジャック・リーバーの次の行動に注視した。

 じーっと。

 彼の一挙手一投足を見逃さないように。


 しかし。


「えっ?」


 ジャック・リーバーが、消えた。

 いいえ、正確には見えている。

 対戦相手の学院生の背後(・・)に立つ、彼の姿が。


 唐突に姿を消してみせた子なら、前にもいた。

 けれど今のは、根本的に違う。

 彼は別に、姿をくらまそうとしたわけじゃない。

 彼はただ……移動しただけなのだ。


 正面からまっすぐに走り、対戦相手を通り抜けて、背後へ。

 たったそれだけのことに……私の目が、ついていかなかっただけなのだ。


 近接戦を自分の分野と見定め、何年と修行してきたであろうあの学院生が見せた、恐るべき速度。

 ジャック・リーバーはそれを、軽々と凌駕していた……。


 ともすればその速度は、瞬間移動にも見えたかもしれない。

 そうではない、と私を含む誰もが確信するのは、『跡』が残っているから。


 彼の通り道に立っていた学院生の身体に、太刀を受けたことを示す赤い光芒が――


 1。

 2。

 3。

 4……!

 5……!?

 ろ、6……っ!?


 ――合わせて6本も、走っていた。


 ジャック・リーバーは、すれ違いざまの一瞬で、6度にも渡って太刀を浴びせていた……。


 こんなの、道理に合わない。

 もはや不条理の領域……。


 間違いなく精霊術によるもの。

 それも、極めて高度で複雑で、かつ精緻な。


 だというのに。

 私には、彼がどんな精霊術を使ったのかすら、わからなかった……!


 6度にも渡って斬り裂かれた学院生は、当然ながらエレメント・アウトになり、その場に崩れ落ちた。


『……し、試合終了! ジャック・リーバーの勝利!!』


 少し遅れて放送があると、ジャック・リーバーはすたすたと、倒れて動けなくなった対戦相手に近づいていく。

 そして、その腰の鞘に持っていた剣を戻すと、ぺこりと頭を下げた。


 ステージを降りていく彼の背中を見ていて、なぜか脳裏に浮かび上がった噂があった。


 ――辺境に拠点を移して悪さを働いていた盗賊団が、一夜にして壊滅した。

 ――壊滅させたのはたった2人の現地の子供。

 ――彼らは大人顔負けの精霊術使いで、目にも留まらぬ速度で台風のように盗賊団を襲い、あっという間に全員を倒した。

 ――その2人が今年、学院にスカウトされて入学するらしい……。


 辺境。

 スカウト。

 目にも留まらぬ速度。

 そして……2人組。


「そういうことだったのね……」


 ジャック・リーバーと、確かフィリーネと名乗った女の子。

 あの2人が、噂の……。


「……相手にとって不足なしよ」


 知っている?

 炎を燃え上がらせるには、手頃な薪が必要なのよ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「ふー……」


 会場を出た俺は、ようやっと力を抜いて息を吐いた。


「焦った~……」


 最初の、開始直後に相手が突っ込んできたとき。

 思ったよりもずっとスピードが速くて、防御がギリギリだった。

 結局1年半ずっと続いた不意打ち対処訓練が、矢を受けたとき以来に役に立った形だ。


 相手が早々に剣を手放して間合いを取ってくれたのも運がよかった。

 間合いを取らず、至近距離を保って短剣で近接戦を挑まれていたら、さてどうなっていたか。

 まあ俺は、その気になれば打撃・斬撃の類を全部受け流すことができるから、防ぎ切れずに負けるってことはなかったと思うが。


 結局のところ、相手が俺のことについて何も知らなかった、というのが大きな勝因だろう。

 最後のだって、傍目にはめちゃくちゃなスピードに見えるらしいが、それは錯覚だ。


 人間はあらゆる動作の前に予備動作が入る。

 それは誰もが知っている事実。

 疑いようのない情報。

 だから多くの人間は、相手の動きを見極めようとするとき、無意識に予備動作を探してしまう。


 だが俺だけは、【巣立ちの透翼】による慣性消去のおかげで予備動作をカットできる。

 ありもしないものを探しているうちに事は終わってしまっているわけだから、少なくとも初見では、瞬間移動めいた超スピードに見えるのだ。

 相手に俺の手の内に関する知識があれば、ああ簡単には行かなかっただろう。


 まあ、何はともあれ、勝ったのだ。

 テストは間違いなく合格だろう。

 はあ~、帰ろ帰ろ。


 と気を抜いて廊下を歩いていると、前から金髪の少年が歩いてきた。


「お疲れさま」


 少年はすれ違いざまにそう言って、会場のほうへ向かっていく。

 他の新入生か。これから試験らしい。

 すでに終えた身なので、ちょっとした優越感があった。

 ……やっぱり、ちょっと見ていくか?


 唐突に気が変わって、俺は控え室へ向かおうとしていた足を翻し、ちょっとだけ後の受験者の様子を覗いていくことにした。

 それは、試験直後の緩みから来るただの気まぐれだったが――

 結論からすれば、大正解だったことになる。


 この直後に起こった『事件』を、見逃さずに済んだのだから。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 俺は第一闘術場への入口から、一番近い試験場を見ていた。

 円形のステージの上に、さっきすれ違った金髪の少年がいる。

 こうして見ると、独特の雰囲気の少年だった。


 アゼレアみたいに派手ってわけじゃない。

 むしろ、静か。

 森の奥でひっそりとせせらぐ泉のような、静謐さすら感じる。

 なのになぜか、目を惹きつけられてしまうのだ……。


『第二試験場! エルヴィス=クンツ・ウィンザー!!』


 それがあの少年の名前らしい。

 ……待て。

 エルヴィス=クンツ……ウィンザー(・・・・・)


 それに、推薦人の名前が読み上げられなかった。

 つまり俺と同じ、スカウト組。


 続いて放送は、彼の受験級位を読み上げる――



『受験級位は――――2級!!』



「なっ……」


 俺は壁につけていた背中を思わず浮かせた。

 2級だって!?

 観客席もざわめいている。

 しかしそれは、俺のときみたいに戸惑い混じりじゃない。

 どこか納得するような、『さもありなん』と言うかのような……そんなざわめきだった。


 ……ああ、そうか。

 そういえば言ってたな、アゼレアが。


 ――ウィンザー。

 その家名は、この国ではある家系を意味する。


 すなわち、王族。


 あの金髪の少年こそが、アゼレアの言っていた『天才王子』――

 王族始まって以来の神童――


 ――第三王子、エルヴィス=クンツ・ウィンザー。


 ざわめきはすぐに治まる。

 誰に言われるまでもなく、誰もが思い出したのだ。

 王族の面前で噂することの恐れ多さを。


 試験が始まってから、こんなにも会場が静まり返ったことはなかった。

 その静寂の中心で、天才王子は泰然と佇んでいる。


『試合―――開始ッ!!』


 常とは少し調子の違う放送で、試合の開始が告げられたその瞬間。

 静寂は破られることになる。

 エルヴィス=クンツ・ウィンザーが示した、その光景によって。


「あっ……!?」


 俺は唖然と瞠目した。

 きっと会場の誰もが、俺と同じようにした。


 金髪の少年の、その背後。

 そこに、まるで陽炎のように揺らめいた、人間が現れたからだ。


 男とも女ともつかない、華奢で線の細い体格と美貌。

 作り物めいていると思ったのは、たぶん、当然のこと。

 世の芸術品のほとんどは、きっと、『それ』を模ることを目的として、創り出されたのだろうから。


 頭にはキラキラ光る宝石が大量に散りばめられた王冠。

 そして背には、小さいながらも、人ならざる者であることを示す翼があった。


 ――精霊の化身(アバター)


 ついに。

 とうとう。

 出会ってしまった。


 俺以外の、『精霊の止まり木(ルースト)』に。


 人間に近い姿をした精霊の化身は、きょろきょろと辺りを見回した。

 そして、


「――おやおや!!!! これはずいぶんと賑やかだねえ!!!!!!」


 うげっ……!?

 なんだこの馬鹿でかい声……!!

 っていうか――精霊が喋った!?


 すぐ傍の精霊が、観客のざわめきをすべて合わせたものよりでかい声を発したにも拘らず、天才王子は耳を塞ぐ様子もなかった。


「……パイモン。説明しておいただろう? 今日は学院の実力試験だよ」

「おっと!!! そうだったそうだった!!!!! じゃ、ちゃっちゃと片付けようか!!!!!!」


 瞬間だった。




 ッッッズン!!!!!!




 と、地面が突き上げられるように揺れた。

 地震――ではない。

 これは単なる、衝撃の余波。


 エルヴィスが立つ第二試験場に、クレーターができていた。

 そしてその中心に、彼の対戦相手である2級の学院生が倒れ伏している。


 一体……何が、起きた……?

 まったく、わからなかった。

 わかったのは、ただ一つ。

 今のほんの一瞬で、戦いは終わってしまったということ……。


『し……試合、終了……。エルヴィス=クンツ・ウィンザーの勝利……』


 放送が告げると、華奢な人型の精霊が嬉しそうに手を叩いた。


「やった!!!!!! キミの勝ちだってさ!!!!!」

「わかった、わかったから。少しでいいから声を抑えてくれないかな」

「はいはい、お役御免ってね!!!!! ボクはこれで消えますよーだ!!!!!!」


 そうして、精霊は姿を消した。

 エルヴィスもまた、試験場を降りていく。

 誰もが何も言えないまま、その姿を見送った。


 ……途轍もなく大きな声の、性別不詳の人型を取る精霊。

 これほど特徴的なのはそうはいない。



 ――精霊序列エレメンタル・カースト第9位。

 ――〈傍観する騒乱のパイモン〉。



 俺はラケルに、ルーストであることがバレないようにしろと厳命された。

 バレれば何が起こるかわからないから、と。

 だがあの王子は、自分の実力を隠そうとはしなかった。

 まるで、逃げも隠れもしないと宣言するかのように……。


 天才王子、エルヴィス=クンツ・ウィンザー。

 その佇まいにはすでに、王たる者の風格が宿っていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 程なく全新入生の試験が終了した。

 後日、宿に泊まっていた俺のもとに、精霊術学院2級の合格通知と、戦闘科Sクラスへの所属を指示する書簡が送られてきた。


 Sクラスとは、特に優秀な生徒が入学してきたときにしか配置されないクラスで、数年に1度程度しか存在しないらしい。

 そこに今年は、俺を含めて数人の生徒が所属する運びとなったのだ。


 フィルにも書簡が届き、諜報科Aクラスに所属することになったらしい。

 案の定、諜報科のテストでトップレベルの成績を取ったようだ。


 そして、これから本格的に始まる授業に備え、俺とフィルは移動した。

 これから何年にも渡って寝泊りすることになる、学院の寮へと。


 ――こうして。

 俺の学園生活は幕を開けたのである。


明日より18時更新に変更になります。

まあ戻すかもしれませんが、ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
ホントどこにでもいるのね・・・ そして、他の読者たちの絶叫よ笑
なんかいたきがする(震え)
うああああああああああああ きちゃったああああぁぁ
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