縁/アゼレア・オースティン
アゼレア・オースティンのことは、もちろんよく知っている。
しっかり者で、勉強家で、努力家で。
戦闘科Sクラスの中では、ガウェインと並んで常識をわきまえている子でもあった。
クラスの音頭を取るようなことも率先してやってくれて……もしSクラスに彼女がいなかったらと思うと、それだけで頭痛がしてくる。
反面、いかにもお嬢様っぽい容姿をしているのは、あるいは彼女の鎧なのかもしれなかった。
自分を強く見せるための鎧。
自分の弱さを隠すための鎧。
ジャックやエルヴィスという同世代の天才たちと比べられることで彼女が密かに苦しんでいたのは、副担任であるわたしもそれとなく察していた……。
優しくて頑張り屋の優等生。
アゼレアに対するわたしの印象はそういうものだった。
だから、あのときの彼女の行動は、本当に予測できなかったのだ。
公開処刑にされかけたジャックを連れ出し、魔王軍の追跡を振り切って逃げた、あのとき。
いくらジャックのためとはいえ――好きな人のためとはいえ、世界すべてを敵に回すようなことを彼女のような優等生がするとは、にわかには信じられなかったのだった……。
◇◇◇―――――――◇◇◇―――――――◇◇◇
アゼレアと記憶喪失になったジャックが束の間の住処とした、森の奥の家でのこと。
しばらく二人の暮らしぶりを見せてもらうことにしたわたしは、ふとジャックが席を外した折りに、アゼレアに尋ねていた。
――……いいの?
『何がですか?』
――国の……家族とか。
『ああ……』
納得の声を上げつつ、彼女は苦笑する。
『エルヴィスさんのパーティに加わることになった時点で、遺書は書いてきましたから……。仲のいい家族でもありませんでしたし。
……でも、お別れくらいは、したかったかもしれません』
そういえば、アゼレアの家族については、あまり知る機会がなかった。
オースティン家は侯爵の位を持つれっきとした上級貴族だ。兄弟も結構な数がいたはず。
確かに貴族の家族関係というものは、暖かいばかりではないと聞くけれど……。
――帰らなくても、いいの……?
『帰りたいですよ。できることなら。……でも、それより、ジャックのほうが大切なんです』
衒うことなく。
揺れることなく。
アゼレアは、そう断言した。
『ジャックのためなら、自分で積み上げたものを全部捨てるくらいのこと、どうってことない。……不思議ですよね。不思議なくらいあっさりと、そう思えるんです』
そのとき、わたしが思い出したのはヘルミーナの言葉だった。
彼女が言ったように……アゼレアもまた、自分の何もかもをジャックに捧げられるのだ。
アゼレアはそれを、言葉だけじゃなく、実践してみせたのだ……。
それは……ああ、迷う余地もなく、ひとつの言葉でしか表せなかった。
愛だ。
アゼレアは、紛れもなく、ジャックを愛しているのだ。
わたしは、最後に聞いた。
どこか、恐る恐る。
大切なものに指で触れるように。
――……それで……幸せ?
アゼレアはにっこりと笑って、即答した。
『もちろん』




