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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
真実の輪廻期:奪い取られた初恋を

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縁/ヘルミーナ・フォン・ロウ


 ヘルミーナ・フォン・ロウ。

 ロウ王国の第一王女にしてエルヴィスの婚約者である彼女とは、繰り返した時間を見渡しても、ほんの少しの期間しか交流する機会がなかった。


 だけれど、さすがはあのエルヴィスの婚約者というべきか……そのほんの少しの期間で、彼女は、わたしの在り方をすっかり見抜いてしまったのかもしれなかった。


 あれは、初めてのタイムリープでのこと。

 ジャックの公開処刑が迫る中、列強三国に順繰りに滞在していたわたしは、ロウ王国滞在中に、ヘルミーナにひとつの問いを投げられた。


 勇猛果敢と音に聞くロウ女らしく、ズバッと一言で。

 あたかも、槍で心臓を貫くように。


『――ラケルさんは、ジャックさんのことがお好きなんですの?』




◇◇◇―――――――◇◇◇―――――――◇◇◇




 ――え?


 と、当惑したことを覚えている。

 そのときのわたしは、どうすればジャックを救うことができるのか、それで頭がいっぱいだった。

 だから急に俗っぽいことを尋ねられて、とっさに頭がついていかなかったのだ。


 ――……好きかどうかでいえば、もちろん、好きだけど。


 今やただ一人の、可愛い弟子なのだ。

 アゼレアやエルヴィスたち他の教え子と比較しても、ジャックに特別な愛情があるのは、当たり前のことだった。


『そういうことじゃなくて……』


 ううん、とヘルミーナは悩ましげにこめかみを押さえる。

 何かおかしな答えだっただろうか。


『そうですわね……。少し、わたくしの話をしてもよろしいでしょうか』


 そう言ってヘルミーナが語ったのは、彼女とエルヴィスの馴れ初めだった。

 学院崩壊事件から約1年後に、二人は初めて顔を合わせたそうだ。

 そのとき、ヘルミーナを囮に使って、センリのスパイを撃退したのだそうだ。


 エルヴィスのやりそうなことだった。

 最初こそ手のかからない優等生だったはずなのに、いったい誰に影響されたんだか、いつの間にか独断専行に走りがちな子になってしまったのだ。

 それでなんとかなってしまう能力を持ち合わせているから、なおさらタチが悪い。


『見ていなければ――と、思ったのです』


 大切な宝物の箱を開くときのように、ヘルミーナは穏やかな表情で言った。


『誰かが、この人を傍で見守り、支えてあげなくては――と。そうしなくては、この人はいつか、ガラス細工のように砕け散ってしまうんじゃないか、と』


 それは……共感のできる話だった。

 思えば、わたしも、ジャックに似たような感覚を持っていた。

 どこか放っておけないような……自分の見ていないところで、あっさりと壊れてしまいそうな。


 ……そして、実際。

 彼は、わたしが見ていないほんの少しの間に……致命的に、壊れてしまったのだ。


『そして――願わくば』


 ヘルミーナの声に、力強さが籠もる。


『この人を支える役目は、わたくしのものであってほしい――と。もしその役目を与えられたなら……きっと、わたくしは、何もかもを捧げてでもそれをまっとうしたい、と』


 少し驚いてヘルミーナを見ると、彼女は声と同様の力強さを秘めた眼差しでわたしを見つめていた。


『ラケルさん……あなたはどうですか?』


 ……ジャックを支える役目が、自分のものであってほしいかどうか。

 そのために、自分の何もかもを捧げられるか、どうか……。


 わたしはしばらく、考えた。

 何十秒か、何分か……もしかすると、何十分も経っていたかもしれなかった。

 黙考の後に、わたしはこう答える。


 ――…………捧げるような、自分がない。


 わたしの答えを聞いたヘルミーナは、急に困った子供を見るような微笑を浮かべた。


『それは果たして……どうでしょうね?』


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