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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
真実の輪廻期:奪い取られた初恋を

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第71話 輪廻VS転生 - Part2


 ――1回目。


 72の精霊像に見守られ、わたしとそいつは意外なほど静かに対峙する。

 互いに時間を使う意図はない。

 むしろ少しでも無駄な時間を減らすべきだと知っている。


 ゆえに、初手は最短だった。

 走って間合いを詰めるなんて無駄は、決して許さない。


 選択する精霊術は【絶跡の虚穴】と【黎明の灯火】。

 手のひらから迸った蒼炎を、空気に触れるよりも早く虚空に開いたワームホールに呑み込ませる。

 入口1個に対し、出口は13個。

 13倍に膨れ上がった炎が、突如としてルビーの姿をした少女Xの周囲に湧き起こった。


「――ふふ」


 淡い笑みをかすかに捉える。

 蒼炎に矮躯が消え失せるけれど、この程度で倒せるほど甘い相手じゃない。

【一重の贋界】だ。

 薄い異空間の膜の中に自分を隠し、炎を凌いだ。

 こうなったルビーは一種の無敵状態。

 けれど、攻撃の瞬間には必ず姿を現す。

 さあ、どこから来る――?


 辺りを見回したとき、衝撃が脳天を叩いた。

 仰げば一面の亀裂。

 ステンドグラスのような蜘蛛の巣模様。

 天井が爆発して崩れ落ちてくる――!


 あらかじめ爆発物を仕掛けていたのか!

 こんな古い地下空間で、なんて大胆な……!


「こんなもの……!」


 降り注ぐ瓦礫に向けて手をかざし、蒼炎で薙ぎ払う。

 大小の瓦礫がおしなべて塵と化した。


 けれど。

 その瞬間、首筋にちりっと怖気が走る。


「――あは♪」


 手を持ち上げたことで開いた脇腹。

 ほんのコンマ数秒に過ぎないその隙に、鋭い銀閃が突き刺さる。

 まるで鍵穴に鍵を挿すような気軽さで、わたしのお腹の中にナイフが食い込んでいた。


「……っ!」


 痛みより先に、痺れが全身に巡っていくのを感じる。

 毒。

 ナイフに塗られた。


 視線を下ろせば、少女Xの目が笑っていた。

 わたしもまた淡く笑う。

 ちゃんと――覚えたから。



 因果続行。



 セーブポイントまで戻りまったく同じ行動をして神器殿地下にやってくると、少女Xが現れて同じ台詞を繰り返す。


「さて、手早く始めましょうか――どうせ何度もやるんですからね」


 ――2回目。

 わたしの炎を少女Xが躱し、天井が爆発して降り注ぐ瓦礫をやはり炎で焼き払った。

 そのとき。

 背後の虚空から飛び出した腕を、身を捻って掴み取る。


「――――――」


「……ふふ」


 わたしと少女Xの視線が交錯した。

 掴んだ手を起点に蒼炎を発する。

 1秒とかからず、猫の耳と尾を持つ身体が火達磨になり、黒いシルエットになった。


 そして、すぐにぼろりと崩れ去る。


 ……っ!!

【一重の贋界】で作ったハリボテ!

 さっきは確かに本物だったのに――1回やり直しただけで偽物にすり替わってる!


 向かって左の虚空からナイフが飛来した。

 わたしは後ろに仰け反りながら、それをバックステップで躱す。

 1歩、2歩――3歩。

 ちょうどその瞬間、足元からカチッと音がした。


 地雷。


 爆発も衝撃も感じる間もなく、凄まじい炎に全身が吹き飛ばされる。

 悔しさに舌打ちをする暇すら与えられなかった。


 因果続行。


「さて、手早く始めましょうか――どうせ何度もやるんですからね」


 ――3回目。

 ハリボテのルビーを燃やした直後、飛んできたナイフを避けながら、その発射位置に肉迫した。

 ナイフを投げてみせた以上、今この瞬間だけは、【一重の贋界】は物質の行き来を許可している……!

 不可視の『贋界膜』に手を突っ込み、その向こうにある少女Xの首を掴んだ。


「……ふ、ふ、ふ」


 手のひらに掴んだ喉が、かすかに震える。


「何度、やり直したって……無駄です」


 わたしに強く掴まれたせいで声を詰まらせながら、少女Xは不可視の膜の向こうでせせら笑った。


「あなたが、勝利を手にすることは――絶対にない」


 ザクッ。

 と。

 軽い衝撃があった。


「ぁっ……っぐ……!?」


 背中の真ん中が焼けるように熱い。

 次いで、覚えのある痺れがじわりと広がっていく。

 どういう、仕掛け……?

 さっき投げたナイフが、戻ってきたの……!?


 わたしは歯を食い縛り、意識を手放しそうになるのを堪えながら、顔の見えない彼女に言い返す。


「……それ、はっ……! あなたも、同じ……でしょう!?」


「さて――どうでしょうね?」


 因果続行。

 4回目。


「あなたは何度でもやり直す。そうすれば、いつかわたしに勝つことができる。そういうつもりなんでしょうけれど、もし勝つ方法がなかったらどうするんです?」


 5回目。


「0パーセントは何度やり直しても0パーセントです。今は大した回数じゃないから元気があるだけで、敗北の記憶が積み重なれば、その数だけ心に傷が刻まれる」


 6回目。


「ゲームと同じですよねえ――クリアする方法はあるかもしれない。いや、きっとある。けれど、自分の手では届かないかもしれない――そう思い始めた瞬間、コンティニューは自分を苛む刃になるんです」


 7回目。


「時間を戻れるようになった時点で、肉体の生死は争点ではなくなったんですよ。わたしとあなた、どちらの心が先に折れるか。勝敗はその一点でしかつき得ない」


 8回目。

 9回目。

 10回目。


「……あら? ふふふ。もしかして、わたし、何回か前に、何か話してました?」


 11回目。

 12回目。

 13回目。


「どうやら、ついに気付いてしまったみたいですね。あなたが勝てない理由に。わたしが用意した必勝法に」


 14回目。

 15回目。

 16回目17回目18回目19回目20回目――


「わたし――前回の分の記憶しか引き継いでないんです」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……ここまで、ですね」


 もう何回目なのかもわからなくなった頃。

 戦いが始まる前に、少女Xが言った。


「タイムアップです――よく粘りました。褒めてあげましょう、泥棒猫さん」


「……え……?」


「わたしとあなたの戦いは、現時点から数えて3時間7分21秒に渡って続きます。そしてついに、ロウ王国の衛兵に気付かれてしまうんです。それはわたしにとって不都合なこと――ここは撤退の一手です」


「…………ぁ……」


「ふふ。喜ばないんですか? 引き分けとはいえ、勝ちみたいなものでしょうに」


 そんな……そんな気分になれるものか。

 何回目かに、彼女は自分の勝算を語った。

 まるでわたしの心をいたぶるように。


 彼女は、前回の分の記憶しか引き継がない。


 すべての記憶を積み重ねるわたしとは違って、1回分の記憶しか持たない。


 ……だから、心が折れることがない。

 わたしのように、何回も何回も敗れてなお立ち上がる、精神力を必要としないのだ。


 心が折れたほうが負け。

 より多く相手の心を傷付けたほうが勝ち。

 そういう勝負なのに――彼女の心は、傷付けたそばから全回復してしまうのだ……。


「……いいですねえ」


 唇を吊り上げるようにして、少女Xはにたりと笑った。


「どうやら、わたしの必勝法に気付いていただけたようで。適度な情報開示は絶望の促進剤です。勇者を一人譲る価値もあろうというものですよ。ね?」


「……たとえ、どれだけ不利でも……わたしはもう、止まらない」


 繰り返された戦いと苦痛と死。

 自分の心がとっくに悲鳴を上げているのがわかる。

 それでもわたしは、強く彼女を睨みつけた。

 わたしが自分で歩みを止めることは……もう二度と、ない。


 少女Xは厭わしげに眉をひそめた。


「……だったら、ご自由に。あなたがどれだけ頑張っても、わたしは覚えちゃいませんけどね――」


 くすくすくす……という嘲笑だけを残し。

 少女Xは、空間の裏側に隠れたように、その場から姿を消した……。


 何十回。

 何百回。

 ずっと進みたかった道が、ようやく開く。

 大広間最奥の観音開きを見やり、わたしは深呼吸をした。


 呼吸を整えて、歩き出す。

 観音開きを抜け、地下通路を通り、勇者ロウが眠る祭壇の間に辿り着いた。


 石の祭壇の上に眠る野性味のある男性を見下ろし、わたしは夢の世界でのことを思い出す。


 ……彼は、現実では自分を起こすな、と言った。

 邪神の封印は自分たちが眠っていることで機能するから、と。


 だから、わたしは彼には触れないまま、〈オロバス〉の精霊術で殺傷無効化結界を張った。

 自分の戦闘でこれを使うと、霊力切れ(エレメント・アウト)になって気絶し、タイムリープのタイミングを失ってしまう危険性があるけれど……元より眠っている彼を守るためなら、これ以上に安全な手段はない。


「……まず、ひとつ」


 呟いて、自分の胸をかきむしるように掴んだ。

 ……どれだけ、戦っていたのか。

 何ヶ月?

 あるいは、何十年……?


 エルフのわたしだったから、かろうじて耐えられた。

 これが100年にも満たない寿命の人間だったなら、あっさり発狂していたかもしれない……。


 ――ああ。

 だから、この役目がわたしであってよかった。

 もし、これをジャックがやることになっていたらと思うと……。


 途方もない長さの戦いの記憶に、彼がおかしくならずに済んだことを…………わたしは、心から感謝した。


「……よし……」


 適度な情報開示は絶望の促進剤。

 彼女はそう言った。

 しかし、彼女は大いなる勘違いをしている。


 確かに不利かもしれない。

 確かに絶望的かもしれない。

 積み重なる記憶に潰されたほうが負けの戦いで、最低限の記憶しか積み重ねない――それは確かに、この時間遡行戦闘の必勝法ではあるのだろう。

 けれど……必勝法であるのと同じくらいに、それは必敗法でもあるのだ。


 過去をなかったことにできても、あったことをなかったことにはできない。


 老師のその教えを、わたしは知っていて、彼女は知らなかった。

 それが、違い。


 それが、わたしの勝算だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 前回の記憶しか引き継げないって言ってるけど前回の自分は前々回の記憶を持ってて前々回の自分は前前々回の記憶を持ってて前前々回の自分は.........って永遠に続くから結局全部の記憶を引き継い…
[一言] 妹がわざわざ情報開示してくれたのが疑問に感じてしまう。 どうせ気付くのなら今教えても一緒ってことなのか、ブラフなのか。
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