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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期・第2回:あなたがどれだけ汚れても

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第49話 誰が彼を幸せにするのか?


 わたしは宿を出た。

 連合軍の目も民衆の目も、今は外の戦いに向いている。

 動くなら、この機会しかない。


 わたしは【一重の贋界】で別人に変装し、浮き足立つ人々の流れに紛れ込んだ。

 そのまま処刑広場へと向かう。


【絶跡の虚穴】を使っていきなりジャックの前に飛び込むことだって、もちろん可能だ。

 でも、その場合、いきなり戦闘になってしまう。

 広場に集まっている人々が逃げる時間がない。


 ……彼らがジャックに石を投げているのはわかっている。

 助ける義理なんてない。

 気にする理由なんてない。

 それでも、きっと、ジャックは嫌がるだろうから……。


 処刑広場の中に入り、群衆の中に滑り込む。

 遠目にジャックの姿が見えた。

 無数の石を投げつけられて、身体じゅう痣だらけ……。

 精霊術を使えばそんな風にならなかったはずなのに、彼はそうしなかった。


 受け入れているのか。

 あるいは……痛みを拒む気力すらないのか。


 今、助けてあげる。

 たとえ、あなたがそれを望んでいなくても。

 無理やりにでも、わたしがあなたを―――!!


「―――おい、貴様」


 急に、手首を掴まれた。

 振り返ると、商人風の男が鋭い目でわたしを睨んでいた。

 なるほど。

 群衆に紛れ込んでいるのは、わたしだけじゃない。

 処刑広場を警備する兵士も、というわけだ。


 ちょうどいい。

 充分潜り込めた。


 ここらで、花火を上げよう。


 ―――ヴァヂィッ!!

 と、肩の跳ねるような音が、処刑広場に響き渡った。


「がッ……!!」


 男が白目を剥く。

 少し遅れて、周囲の群衆がこちらを見た。


 わたしは男を群衆に投げつける。

 それから、右手を空に掲げた。


【黎明の灯火】。

 蒼い炎を、頭上で炸裂させた。


「きゃああああっ!?」

「なんだっ!? なんだっ!?」


「魔王軍が来たぞ! 街の中に入り込んできたっ!!」


 わたしは声を張り上げて、動揺した群衆を混乱させる。

 人々は悲鳴を上げ、それがさらなる悲鳴を誘発し、一気に恐慌状態になった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げていく人々を見送り、わたしは鼻を鳴らす。


 最初から逃げていればよかったのに。

 命があることよりも、ジャックが死ぬのを見るほうが大事なの?

 もし、そうだと言うのなら。

 ―――わたしも、遠慮はしない。


 さあ、人払いは済んだ。

 わたしは縛りつけられたジャックを目指して走り出す。


「ほう……! 魔王を倒した英雄! 噂のエルフかい!」


 どうしてか悲鳴の渦を押しのけて、女性の声が聞こえてきた。

 VIP席から、わたしを見ている人がいる。

 ……あの人が、話に聞く……。

『センリの魔女』エヴェリーナ・アンツァネッロ。


「はっははは! 愚かだねえ! 世界を敵に回すつもりかい!?」


「回す」


 わたしは確然と答え、大統領を指弾した。


「首を洗っておきなさい、エヴェリーナ・アンツァネッロ! この公開処刑を画策したのはあなたでしょう……!!」


「それを言うなら、彼を捕らえたのはあんたじゃないかい! くっくくく! まったく! エルフってやつは、どいつもこいつも見た目ばかりで、脳味噌がヨボヨボだよ!! クリーズ――あの学院長もそうだったなあ!?」


 一瞬、頭に血が上りそうになったけれど、かろうじて耐えた。

 ……『センリの魔女』の武器は言葉だ。

 聞けば聞くだけ損をする……!


「さあ兵たち! あのエルフを取り押さえろッ!! 骨董品の出番は終わりだ。世界はとっくにあたしたち人間のもんだってことを、よおく教えないとねえ!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「《ロビエール》陥落!!」

「《キメラ・リメア》陥落!!」

「残る巨獣は5体です!!」


 魔王城の大指令室に切羽詰まった報告が飛び交う。

 天剣を何の遠慮もなく振り回すエルヴィスは、あまりに埒外な戦力だった。

 魔王軍の誇る七大巨獣が、次々と両断されてゆく。


 しかし、サミジーナの声が揺れることはなかった。


「こちらの損害はもういい。あちらに与えた損害を報告なさい」 


「奏上します! 右翼、左翼、正面ともに未だ交戦中ですが、〈ブエル〉による回復が効いてきております! あちらの損害は現時点で1割ほど。市内に控えられていた予備戦力を引き出すことに成功しております!」


「そうですか」


 それだけ言って、サミジーナは大指令室に背を向けた。

 そこに声をかけられるのは、今この場には一人しかいない。


「行くのかい?」


 アーロン・ブルーイット。

 会議にもろくに顔を出さないが、有事においては魔王軍の将となる男。

 魔王軍の戦力のうち大きなウェイトを占める魔物たちも、彼の精霊術【試練の迷宮】によるものだ。


「はい」


 サミジーナ・リーバーは振り返らないまま答えた。


「夫の帰りを出迎えるのは、妻の役目ですので」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 わたしは立ち塞がった兵士たちを蹴散らしながら進んでいく。

 精霊術に通じた兵も少なくなかったけれど、今のわたしを止めるには足りなすぎた。


 ……けれど、思ったより時間がかかる。

 ただ蹴散らすだけなら簡単だ。

 出力を全開にすれば、彼らは簡単に消し飛ぶだろう。

 でも、それじゃあ殺してしまう。

 命まで取るのは、できれば避けたいことだった。


「おや。魔王を退治した英雄サマは、人殺しがお嫌いかな?」


 エヴェリーナが遠くから煽ってくる。

 ……わかってやっているくせに……!


「これは存外時間がかかりそうだ。巻きで行こうじゃないかい! 刑吏っ!」


 エヴェリーナが声をかけると、ジャックの傍にいる刑吏がすぐに動いた。

 まだ時間じゃないのに……!


「不測の事態だ。臨機応変に行こう。さあ、バーベキューだッ!!」


 ジャックの足元に積まれた藁に、火種が投げ込まれる。

 それは瞬く間に広がって、ジャックの足を炙り始めた……!


「ジャックっ!!」


 四の五の言ってられない……!

 わたしは術の出力を強めにし、より急いで邪魔な兵士を薙ぎ払った。


「アンツァネッロぉ!! このような状況では、目論み通りの効果は得られんぞ!!」


 ロウ王国のVIP席からヒルデブラント王が叫ぶ。


「いやいやいや! 充分だとも! 民衆は思う存分、石を投げつけた! 正義という名のヤクをキメにキメたさ! だったら、あとは結果だけがあればいい! 彼らはもはや我々の共犯者なのだからね!! 存分に我々の雄姿を讃え広めてくれることだろう!!」


 エヴェリーナは、空恐ろしいほどよく通る声で、燃えつつあるジャックに告げた。


「さあ、礎になれ、魔王ジャック・リーバー! あたしたちの世界のために!」


 何が世界のためだ。

 なんでそんなもののために、ジャックが犠牲にならなきゃいけない?

 いいえ、わかってる。

 ジャックはやりすぎた。

 これは当然の報い。


 それでも。

 それでも!


 たとえ彼が、救いようのない悪なんだとしても。

 わたしは、彼に幸せになってほしい。


「―――それを、悪いとは言わせないっ―――!!!」


 邪魔な兵士が消えた。

 あとはジャックまで一直線!

 彼の身体が、燃えてしまう前に……!!




 ――――ふわり。




 静かだった。

 この狂乱の現場にあって、彼女は静かに現れた。


 もはや何の障害もなかったはずの、わたしの正面に。

 黒いドレスを着た少女が、羽のように舞い降りた。


 わたしは、彼女の顔を知っている。



「お迎えに上がりました……陛下」



 サミジーナ・リーバー。

 魔王の第一側室。

 そして、その代理を務める、天空魔領の最高権力者―――!!


「……なんだ、あの子は……?」

「一体どこから紛れ込んだ!?」

「いや、俺、見た! さっき、空から……!」


 喪服のような、あるいはウェディングドレスのような黒衣を翻し、サミジーナは戸惑うわたしたちを睥睨した。


「――――未だ地上に縛られた哀れなお前たちに告げる」


 瞬間。

 わたし以外の誰もが愕然とした。


 その一言で、気が付いたのだ。

 彼女が。

 10歳程度にしか見えない、その少女が。

 天空魔領の魔王代理たる、サミジーナ・リーバーなのだと。


「後悔し、懺悔し、贖罪せよ。我が夫に石を投げたことを……!!」


 強い語調で告げ、サミジーナは懐から棒状のものを取り出した。

 バンッ! と展開されたそれは―――


 ―――鉄扇!?




「 地割れよ走れ 果てまで走れ 」


「 星がその身を 焼き切る前に 」




 幼い唇から、澄み渡った歌が零れだす。

 この……歌。

 この歌詞。

 あの扇!


 処刑広場に、二筋の地割れが走った。

 わたしとサミジーナ、そして燃えようとしているジャックを切り取るように。

 その底から、紅蓮の炎が噴き出す。

 あたかも壁のようになって、有象無象を遠ざけた。


『紅焔』……!

 トゥーラの技!

 どうして、あの子が……!?


「これで……あとは、あなただけ」


 わたしを見据えるサミジーナの背後に、陽炎のような姿が揺らめき立っていた。

 馬のような、ロバのような、奇妙な動物の化身(アバター)



 精霊序列第4位――〈迷える星のサミジーナ〉!



 今のわたしが模倣できる精霊は、〈シャックス〉自身を除けば67種類だ。

 残るは4種類。

 どれも実在さえ不確かな、伝説級の精霊ばかり。


 序列第1位にして精霊たちの長〈バアル〉。

 精霊の中で唯一、悪と見做される〈アスモデウス〉。

 7年前の惨劇を引き起こした〈ビフロンス〉。

 そして、歴史の表に姿を現さない〈サミジーナ〉!


 術の詳しい効果はわからないけれど、確か〈サミジーナ〉は魂を司る精霊だったはず。

 だとしたら……まさか。


「あなた……死者の能力と技術を再現できるの……!?」


『紅焔』は、本来音を操る精霊術である【清浄の聖歌】を、震動を操る精霊術にまで昇華した永世霊王トゥーラ・クリーズ独自の能力。

 そして、それを歌を使って操るのも、トゥーラ独自の技術だ。


 その両方を、彼女は使った。

 おそらくは、トゥーラの魂を一部呼び出すことで……!


 どうして……。

 どうして、わたしの前にばかり、あなたは姿を現すの?

 トゥーラ……たった一人の、わたしの師匠……!


「くっ……!」


 わたしもまた鉄扇を取り出し、【清浄の聖歌】で迎え撃つ構えを取った。

 でも、67種類の精霊術をルースト級の出力で扱えるようになったわたしにも、どうしても克服不可能な弱点が一つだけ残っていた。


 術は模倣できても、技術は模倣できない。


 わたしが模倣できたトゥーラの技は、『空震』の一つっきり。

 けれど、おそらくトゥーラの技術をも模倣した彼女は、他の技も問題なく使用できる……!


「どうやっても、まともな戦いにはならないと……あのとき、あなたは言っていましたね」


 展開した鉄扇を、サミジーナはわたしに向けた。


「これでも、同じことが言えますか。

 これでも、自分が最強だと、断言できますか―――!!」


 ああ……前言を翻そう。

 精霊術戦なんて、もう成立すらしない――なんて、おこがましい考えだった。

 上には上がいる。

 どれだけ強くなっても、無敵なんて有り得ない。


 ……同時に使える精霊術は3つまで。

 残りの2つの上乗せで、なんとかするしかない。


 炎の壁に仕切られた即席の闘術場で、わたしたちは鉄扇を構える。

 幸い、周りを気にする必要はなくなった。

 全力で。

 全開で。

 ―――誰が、彼を幸せにするのかを決めましょう。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 3体目の巨獣を倒したタイミングで、ようやく束の間の余裕ができた。

 狙撃に気を払いながらも、エルヴィスは『王眼』を戦場全体に向ける。


(ガウェイン君……! 一体どこに行った……!? 君がいないと……!)


 戦場にガウェインの姿は感じ取れない。

 ならば市壁のほうか、と思ったが、そちらにも見つからない。

 なら、さらに後ろ……?

 エルヴィスはスノーモー市内を『王眼』で走査し、


「―――え?」


 発見した。

 その瞬間、戦に関するすべての計算が吹っ飛んだ。


「すっ……少し頼んだっ!」


 動揺しながらも、かろうじて味方の術師に言い残し、エルヴィスは戦場を離れる。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(―――あれ? エルヴィスが離れてく……)


(本当だ……。まだ巨獣は4体いるのに)


 狙撃のタイミングを測っていたベニーとビニーは、エルヴィスの行動に首を傾げていた。


(もしかして、陛下の奪還が成功した?)


(んーん。まだそんな感じじゃないんだけど……)


 彼らにも、エルヴィスの行動の理由がわからない。

 これは、()()()()()()()()()()()()()()ことを意味していた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ―――そして。

 エルヴィスは、()()()()()でそれを発見した。


 首から血を流して倒れ伏した、親友の変わり果てた姿を。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ラケルとサミジーナが激突しようとした、その寸前。

 彼女たちから幾分か離れた場所で、不意に鮮血が舞った。


「え?」


 唖然と、それだけを零したのは、ヘルミーナ。

 彼女の父親の首から、勢いよく血が噴き出していた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 そして、そのわずか数秒後。

 ラエス王国のVIP席でも、同じことが起こる。


「ぐっ……!?」


 老齢の王の口からぐぐもった声が漏れた。

 そのときにはすでに、その喉はパックリと裂け。

 老いた王の命は、この世には存在していなかった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ―――そうした、突然の出来事を。

 ただ一人、笑みをもって眺めている女がいる。


「―――ブラヴォー!!」


 センリの魔女が、快哉を上げた。


 そして――――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「はい、どーもー! こーんにーちはー☆」


 わたしとサミジーナが激突する寸前、場違いな声が割り込んできた。

 わたしは視界の奥を見やり、サミジーナは背後を振り返る。


 今まさに燃えようとしているジャックの傍に、小柄な影があった。


 猫の耳。

 猫の尻尾。

 そして、右手には血の滴るナイフが握られている。


「え……?」


 どうして……彼女が、そこに?


 ―――どうして、ルビー・バーグソンが、そこにいるの?


「いやぁ、絶好の戦争日和ですねー! 皆さん、人殺し、しちゃってますかぁー!? ……おやおや? 返事が聞こえませんねー?」


 明るく喋る声は、確かにルビーの声色だった。

 でも。

 でも、違う。


 ルビーはそんな、笑っているのに笑っていない顔をしない。

 ルビーはそんな、開いているのに開いていない目をしない!


 わたしは、その表情を知っていた。

 その存在を知っていた。

 たった一度だけ、見たことがあった!


「おまったせしましたぁーっ!! ヒーローは遅れてやってくる! まあちょっと遅刻しちゃう女子も可愛いですよね?

 どーもー! 少女Xでーっす!! なーんちゃって☆」


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― 新着の感想 ―
[一言] これもう転生よか怨霊では?
[一言] じ、地獄か?
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