第48話 巨獣と銃火躍る戦場
激突しつつある魔王軍と三国連合軍を、サミジーナは天空魔領より見下ろしていた。
彼方にあるのは生存の理由。
彼女が生きて息をしている目的そのもの。
だから、取り返さなければならない。
だから、失うわけにはいかない。
どこにも行かせはしない。
誰にも持っていかせはしない!
「―――返せ―――!!」
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「―――いいえ、あなたには返さない」
ダイムクルドが来たことを察したわたしは、誰にともなくそう呟いた。
あなたに返しても、ジャックは幸せにならない。
誰も幸せにならない。
「―――だから―――!!」
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「……お、おい……! 来たぞ、魔王軍が来た……!!」
処刑広場に集まる見物人たちにも、動揺が広がっていた。
ダイムクルドの襲来。
それは予告されていたことだったが、この場の多くが、心のどこかで楽観していた。
まさか、三国が結集して防備を固めているのに、突っ込んでくるなんてことはないだろう。
まさか自分が、そんな戦争に巻き込まれることなんてないだろう。
自分に都合のいい理由を探し、自分に都合のいい仮説を作り、自分の都合のいい現実を信じた。
そして今。
実際的な脅威が迫り、頭の端でようやく考える。
まさか、本当に、ここまでやってきたりは……。
「―――狼狽えるなッ!!!」
動揺する民衆を、力強い声が頭から押さえつけた。
人々は一斉に口を噤んで、声の方角を見やる。
処刑広場の端に設置されたVIP席の一つ。
櫓のように高く組み上げられた壇の上で、一人の女性が威風堂々たる佇まいで腕を組んでいた。
エヴェリーナ・アンツァネッロ。
『センリの魔女』。
「魔王を失った魔王軍がどれほどのものかッ!! 大陸を覇する我ら三国、その総力さえも凌駕するか!? 否ッ!!
それが証拠に―――見よ。我らは逃げも隠れもしないッ!!!」
センリ共和国大統領エヴェリーナが示したのは、処刑広場の三方に用意されたVIP席。
そこに泰然自若と座している、ラエス王国、ロウ王国の両国王だった。
「確かに、彼奴らには辛酸を舐めさせられてきた! しかしッ!! それも今日限りとなる!!
諸君、楽しむがいい! 今日という日を! ダイムクルドという史上最大の悪党が、断末魔を上げる記念日を!!
今日ッ! 諸君らは歴史の証人となるッ!!!」
エヴェリーナの声に乗った熱は、瞬く間に人々に伝播した。
巨大な歓声によって、処刑広場が揺れる。
それを全身に受けて、エヴェリーナは満足そうに笑みを浮かべた。
政治力、交渉力、判断力。
エヴェリーナを魔女たらしめる力は数多あれど、そのどれもが、彼女が持つ最大の才能には敵わない。
すなわち。
演説力である。
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外交都市スノーモー東方の丘陵地帯にて、戦端は開かれていた。
天空魔領から次々と飛び出し、天を埋め尽くす飛竜の群れ。
地上ではゴブリンやオークが名状しがたい鬨の声を上げ、この世ならざる銃火の音が戦場に飽和する。
そして、巨獣が空を覆っていた。
1体1体が国を焦土に変えるに充分な怪物ども。
それが7体揃い踏み、人を蹂躙せんと猛威を振るう。
天災めいたその暴威に対抗できるのは、同じく世の理を絶した力のみ。
「――――照現せよ、《天剣エクスカリバー》――――ッ!!!!」
空が黄金に輝いた。
一人の青年が振り上げた剣が、どんな松明よりも明るく世界を照らした。
四種の神器が一つ、《天剣エクスカリバー》。
その輝きが、七大巨獣の猛威を斬り裂く。
「おぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
邪神封印の神器を手にした当代最強の精霊術師、『霊王』たるエルヴィス=クンツ・ウィンザー。
虎に翼たるその力は、七大巨獣が7体掛かりでも、簡単に抑えきれるものではなかった。
その圧倒的な戦姿を見て、兵や騎士たちも発奮する。
逆に魔王の軍勢は士気を挫かれ、動きに精彩を欠いた。
対ワイバーン用に大量増設された対空投石器が止め処なく石をばら撒く。
矢や剣を通さない硬い皮膚を持つワイバーンも、人間の顔ほどもある石を何十とぶつけられては、まともに飛んではいられない。
史上初めて、魔王軍が劣勢になりつつあった。
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そして、彼女が命じる。
「ベニー。行きなさい」
「御意のままに」
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戦場を、ひときわ大きく長い銃声が切り裂いた。
しかし、そのときにはもう遅い。
混乱する戦場を正確無比に貫いた、一発の弾丸があった。
それは空中を自在に走り回り、七大巨獣との大立ち回りを演じるエルヴィスのこめかみを狙い澄ましていた。
過去形なのは、そのどちらもが過去のことだからだ。
銃声が響いた時点で、すでにして、弾丸はエルヴィスのこめかみに吸い込まれていた。
エルヴィスの身体が、ふらりと、横に揺れる。
―――しかし。
「その銃のことは……もう聞いてるッ!!」
エルヴィスのこめかみから、潰れた弾頭がぽろりと落ちた。
彼のこめかみを守るように、上下の反転した蜃気楼が小さく現出している。
高密度大気の壁によって、狙撃を防いだのだ。
そして、黄金の天に『王眼』が開く。
「―――いた! そこだッ!!」
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(―――防がれた! 移動!)
(―――了解!)
第14衛島の端にいたベニーとビニーの狙撃手兄妹は、狙撃を防がれたと見るや即座にその場を離れた。
直後、二人がいた場所の地面が、突如としてベコンとヘコむ。
エルヴィスの反撃である。
(くそっ! この銃なら気取られないって言ってたじゃないか、『科学者』どもめッ!!)
(毒づくのは後! 次のポイントに急ぐわよ!!)
精霊術【三矢の文殊】によって共有した精神でやり取りしながら、二人はすぐ傍に停めておいた飛竜車に飛び乗った。
目指すのは別の衛島。
次の狙撃ポイントだ。
(僕たちの役目は、少しでもエルヴィスの集中力を削ぐこと! そのためだけに、僕も帰ってくることを許されたんだから! わかってる!?)
(わかってるさ! これも陛下を取り戻すためッ!!)
(そういうことっ!!)
精神で交わされる会話は、いかな『王眼』とても盗聴不可能だ。
エルヴィスの天敵とも言える兄妹は、尊崇する主のために天を駆ける。
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「くっ……! 見失った……!!」
七大巨獣を押し留めながら、『王眼』で狙撃手の行方を追跡しようとしたエルヴィスは、早々に試みが失敗したことを悟る。
「本当に視えづらいな……! 狙いをつけられた瞬間ならギリギリわかるのに……!!」
エルヴィスの『王眼』は、何百メートル、あるいは何千メートルという遠間から狙いをつけてくる狙撃銃を感知するのが難しい。
ラケルから聞いてはいたが、実際相手にしてみるとやりづらいことこの上なかった。
ただでさえ巨獣相手に7対1。
別の精霊術師たちの援護こそあるものの、不利なのには違いない。
せめて七大巨獣に対抗できるレベルの術師が、もう何人かいれば……!!
(―――あれ?)
そこで、戦場の熱に浮かされて気付いていなかったことに、ようやく気が付いた。
「そういえば―――ガウェイン君はどこ行った……?」




