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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期・第2回:あなたがどれだけ汚れても

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第46話 集結する王と魔女


 その日。

 魔王ジャック・リーバーの移送は、隠密裏に行われた。


 監獄から処刑場までの間に中間地点をいくつか設け、その間を【絶跡の虚穴】によって移動させる。

 珍しい【絶跡の虚穴】の術者――それも人を一人運べるほどの――を探し出すのは一苦労だったが、その効果は絶大だ。

 速やか、かつ動線を一切悟られない。

 いかな魔王軍――あるいはそれを圧倒したラケルであっても、妨害は不可能に等しかった。


 しかし、それも移送中に限ったこと。

 処刑は公開制である。

 移送経路は秘密にできても、処刑場を秘密にすることはできないのだ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ジャックの処刑場所は、エルヴィスやヘルミーナたちによる度重なる調整の末、外交都市スノーモーに決定していた。

 列強三国の国境が重なる位置から、ほんの少しラエス王国の領土に入ったところにある都市だ。


 魔王の公開処刑には見返りもあるがリスクもある。

 そのリスクを背負いたがらなかった三国が、処刑場の譲り合いという名の押しつけ合いを繰り返した結果、ジャックの離反と暴走を止められなかった責任を取る形で、ラエス王国の領土内に決まったのだった。


 スノーモーは、完全な同盟国とも敵対国とも言いがたい三国が、貿易などの際に便利に使う特殊な都市だ。

 外国人の出入りが比較的容易で、だから世界中から見物人を集めるのにはうってつけ。

 魔王の最期を多くの人々が看取り、その光景を世界中に広めるだろう。


 その性質上、スノーモーは普段から各国のスパイがうようよとひしめき、水面下の戦争を繰り返しているらしい。

 けれど、今日ばかりは、彼らも休業しているようだった……。


 わたしは宿の窓から落ち着いた街を眺める。

 嵐の前の静けさ……。

 わたしにはそう見えた。


 このナイーヴな時期にあって、わたしという存在は三国ともに刺激的すぎる。

 だからわたしは、今日、この街への出入りを認められていなかったけれど、そこはエルヴィスがうまく取り計らってくれた。


 わたしも学んだのだ。

 わたしがむやみに精霊術を使うと、あまりに未来が動きすぎる。

 強力すぎる力は、及ぼす影響も膨大なのだ。


 だから今はこうして、宿の中でじっと息を潜めていた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ラケルが宿で時を待つ一方。

 エルヴィスとヘルミーナは、スノーモーの外交館にて、張り詰めた緊張感の中にいた。


(これって……一体何年ぶりのことなんだろう……)


 直立不動の姿勢のまま、エルヴィスは目の前の光景にそう思う。

 今、この場に、三人の人物が一堂に会していた。


 一人は、豪奢な衣装に身を包んだ老人。

 ラエス王国国王エリアス4世。

 エルヴィスの実の父親でもある。


 一人は、礼服の下に屈強な筋肉を覗かせる壮年紳士。

 ロウ王国国王ヒルデブラント4世。

 ヘルミーナの父親だ。


 そして最後の一人―――


「ハハハ! まぁだくたばってなかったかい、二人とも! エリアスは老衰で、ヒルデブラントは戦争で、とっくにおっ死んでるもんかと思ってたよ! 結構結構!」


 二人の国王に対し、あまりにも不躾に声をかけたのは、漆黒のスーツを鎧のように纏った女性だった。

 一見20代にも見える覇気の溢れた美貌だが、その実、彼女の年齢は40を超えている。

 それでいて少女のようにあどけなく笑い、しかし、その眼光は群れを率いる狼のように鋭く老獪だ。


 かつて、センリ共和国はセンリ王国と呼ばれていた。

 それが革命によって倒され、共和国となったが、王族に代わって実権を支配した革命政府は、かつての王国をも上回る悪政を敷いた。

 そうして混乱した国内を、その辣腕によって治めてみせた一人の女傑―――それが彼女。


 センリ共和国第二代大統領エヴェリーナ・アンツァネッロである。


 人呼んで『センリの魔女』。

 本来ならば打ち首を免れない先ほどの暴言にも、誰一人驚かず、そして動かない。

『魔女』に対する畏怖が、騎士たちの手に剣を握らせないのだ。

 そのカリスマ性を思えば、あるいは魔王に最も近いのは彼女なのかもしれなかった。


「いやあ、今回はまったく災難だった。あたしとしても初めてのことさ――まさか、まだ20歳にも行ってないガキにここまで翻弄されるとはねえ。……くっく。惜しい惜しい。ウチで預かって育ててみたかったよ」


 くつくつと笑うエヴェリーナを、エルヴィスは気付かれないように睨みつける。


(……真っ先に公開処刑を提案してきたくせに、よくもぬけぬけと)


 魔女の面の皮の下に何が隠れているのかはわからないが、ろくでもないことを考えているのは間違いないと思えた。

 今回、公開処刑に三国の首脳が集まることになったのも、センリ共和国――エヴェリーナの発案なのだ。


 曰く、その方が権威付けになる。


 確かにその通りではあるが、サミジーナ・リーバーによる奪還宣言があった中で、国の心臓たる首脳が三人とも姿を見せるというのは、あまりに危険なことだ。

 普通なら何を世迷い言をとはねつけるべき提案。

 しかしエヴェリーナは『逃げるのか?』『民衆はそう思うだろうなあ』『まあ最悪、あたしは辞職するだけで済むが、あんたたち王族はどうなるだろうな?』などと巧みに二国を煽り、二人の国王をスノーモーまで引きずり出したのだった……。


 こうなってしまった以上は、防備を固めて対策とする他にない。

 今ちょうど、三国の主力がこの街に集結し、警備体制を敷いているところだった。

 ラエス、ロウ、センリの三国が、仕方なくとはいえ手を取り合って戦うのは、もしかすると遙か古の建国期以来のことかもしれなかった。


「……陛下。ぼくは軍の指揮がありますので、これで」


「……うむ」


 エルヴィスが父親に小さく囁くと、老齢の王はゆっくりとうなずく。


「お父様。わたくしも兵たちを激励して参ります」


「ああ。思い切り背中を叩いてきてくれ」


 時を同じくして、ヘルミーナも父親にそう言って、会見室の出口に足を向けた。


「……おやおや。仲が睦まじいねえ」


 肩を並べて退室しようとするエルヴィスたちに、エヴェリーナが意味ありげな視線を送る。


「救世合意も不発に終わった今、君たちの婚約にももはや何の意味もなくなった、と、あたしは思っているんだが。さて。もしかすると、何かあたしの知らない意味があったりしてね……?」


(……嫌味な人だ)


 エルヴィスがこう思うのもきっと計算ずくなのだろうが、だからこそエルヴィスははっきりとこう答えた。


「愛する女性と結婚するのに、どのような打算が必要でしょうか?」


 隣でヘルミーナの顔が朱に染まる。

 それを見るなり、エヴェリーナは目を丸くした。


「ハッハッハ!!」


 呵々と笑うのは、ヘルミーナの父親であるヒルデブラント王だ。


「今更婚約破棄などしようものなら、我々が追い落とされることになろうとも! いや、蹴り落とされると言うべきか? 馬に蹴られる、とも言うのだしな!」


「……いやはや、眩しいね。独り身のババアには堪えるよ」


 エルヴィスは一礼すると、そっとヘルミーナをエスコートしながら、会見室を辞した。

 廊下に出るなり、ヘルミーナが抗議するようにエルヴィスの礼服をぐいぐいと引っ張る。


「え、エルヴィス様……! 何もあのような場で、あのようなことっ……!」


「既成事実だよ。大統領の言う通り、ぼくらの婚約はすでに大義名分をなくしたんだ。あのくらいやっておいて損はないさ」


「ううう……! 顔から火が出そうです……」


 頬に手を当てたヘルミーナを可愛らしく思って、頭を撫でようとしたエルヴィスだったが、髪が乱れるといけないと思って堪えた。

 代わりに肩に軽く手を置きつつ、話題を転換する。


「そっちの戦力はどうなってる?」


「……ブレイディアの戦いでの損耗もありますし、本国の防備にも残していかねばなりませんでしたから、決して多くはありません……。二個旅団ほどとお考えください」


「二個旅団か……。傭兵は?」


「ありません。彼らには古くから裏社会に通じている者もおりますから、ダイムクルドの工作員を紛れ込ませる危険性があると判断しました」


「うん。ぼくも傭兵を使うのは避けた方がいいと思う」


 ダイムクルドは犯罪組織である悪霊術師ギルドを吸収している。

 その地盤を使って、地上の裏社会にも影響力を及ぼしている可能性は高い。


「こっちの戦力やセンリの戦力も合わせたら、この規模の街を守るには充分すぎるくらいだけど……」


「相手はダイムクルドです。……戦力は、いくらあっても足りません」


 ブレイディアを実質攻め落とされたヘルミーナの言葉には重みがあった。


「……せめて、他の四種の神器を投入できたらな」


 腰に佩いた『天剣』の柄をそっと触りながら、エルヴィスは呟く。


「お恥ずかしながら、今のロウ王国には『地盾(ちじゅん)』を使いこなせるほどの勇者は存在しません……。かと言って」


「うん。ラエス王国の――例えばガウェイン君とかに『地盾』を使わせられるほど、今のぼくたちの国は仲良くないね」


 四種の神器。

 それは、遥か古の時代、列強三国の祖である四人の勇者たちによって、邪神封印に用いられた異界の武具。

 今ではそれぞれが、三国の国宝となっている。


 ラエス王国国宝『天剣』。

 ロウ王国国宝『地盾』。

 センリ共和国国宝『陰弓(いんきゅう)』。

 そして、かつて存在した第四の国の国宝であり、今はどこかに遺失してしまった『陽杖(ようじょう)』。


 ラケルの話では、『前回』、エルヴィスたちとジャックが戦っていた際、天が黄金に染まったという。

 それは『天剣』が真の力を解放したときに特有の現象だ。

 そしてその力をもって、エルヴィスはジャックに勝利した。

 四種の神器には、魔王をも圧倒しうる力があるのだ。


 もし三国がそれらを持ち寄れば、魔王軍を撃退することも容易だったかもしれない。

 しかし、神器は使い手を選ぶ。

 7年前に多くの実力者が世を去った今、神器を使いこなせるほどの実力者は、精霊術学院の生き残りと新・精霊術師ギルドを擁するラエス王国にしか存在しないだろう。

 古来より伝わる国宝を、ラエスだけに供出できるほど、今の三国のパワーバランスは安定したものではない。


「三国が友好的な関係だったら、もっと簡単だったのに……ままならないな」


「今、できることをするしかありません」


「そうだね。たらればを言ってる場合じゃない。お互いに頑張ろうか」


「はいっ」



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