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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:才能胎動編

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7年ぶりの生存闘争

 体調は最悪だ。

 痛いし、力入らないし、とにかく気持ち悪い。

 今すぐにでも吐き散らかしたい。


 けど、それをぐっと呑み込んで。

 俺は、剣を握り締める。


 現実的なことを言えば、フィルを連れてとっとと逃げてしまえばいい。

 だが、この女盗賊はそれを許してくれるだろうか?

 ……無理だろうな。

 手段があるとかないとかじゃなく、こいつは絶対、それを許さない。


 俺を殺すこと。

 俺を排除すること。

 それが自分の人生を幸せに変える唯一の手段だと、心から信じ切っているような目で、俺を見ているんだから。


 きっと――

 俺も、妹を殺すとき、あんな目をしていた。


 だから殺し合いだ。

 生きるか死ぬかだ。

 これは、俺にとって、およそ7年ぶりの――


 ――生存闘争。


 俺は血と唾液の混ざったものを地面に吐き出すと、服の袖で口元の血を拭った。


 さあ、考えろ。


 体格でも筋力でも劣り、もしかしたら精霊術の扱いでも後れを取っているかもしれない俺が、唯一ヴィッキーと対等なのは頭脳だけだ。

 前世から持ち越した、この魂だけだ。


 あいつは一体、何をした?

 どうやって斬撃を弾き返し、高速機動中の俺を捉えた?

 見逃すな――どんな些細な情報も。


「…………ッ!!!」


 自分の重さを消す。

 そして地面を蹴る。

 慣性消去機動。

 物理法則を完全に無視し、一歩目からトップスピードに入る。


「ッハァ!!」


 ヴィッキーが拳を繰り出した。

【絶跡の虚穴】によって開かれたワームホールを通じ、拳が空間を越える。

 今までなら、間違いなく俺のスピードに置き去りにされていた。

 だが。


「くっ……!」


 当たる。

 横腹に一撃。

 さすがに二度目だ。今度はもろには喰らわない。

 自分の質量を消して受け流した。


 吹っ飛ばされ、壁に激突し、そのままスーパーボールのように跳ねた。

 壁から壁へ。壁から壁へ。

 縦横無尽に跳び回り、ヴィッキーを攪乱する。

 右へ左へと顔を動かすヴィッキーが後頭部を見せた瞬間、俺は鋭角にターンして剣で背中を狙った。


「――こっちかァ!!」


 一瞬遅れ、ヴィッキーがこちらに気付く。

 チッ! 歴戦の勘ってやつか?


 剣を振り下ろした。

 拳が繰り出された。


 ギィイィイイインッ!!


 という音がして、俺の剣が弾き返される。


「――ッくそ!!」

「はッ!! もう少し鍛えてきなクソガキ!!」


 俺は距離を取り、再び慣性消去機動に入る。

 ヴィッキーが追撃の拳を繰り出してきたが、今度は外れてくれた。


 この高速機動も、ラケルの冗談みたいな基礎メニューをこなしてきたおかげで余裕を持って続けられるが、疲れないわけじゃない。

 たぶん、ヴィッキーもそれはわかっている。

 だから焦って攻撃はせず、自分の体力を温存しているんだ。


 俺は慣性消去機動を維持しながら、右手に握る剣を見た。

 ……刃こぼれしてる。

 ヴィッキーに弾き返されたからだろう。

 恐るべき拳の威力だが――

 怯える前に、俺は気付いた。


 刃は、全体的に(・・・・)こぼれている。

 一部分じゃない。全体的にだ。

 これはつまり、斬撃を弾き返されるとき、刃全体に対して衝撃が加えられているということ――


「――そういうことか……!」


 ヴィッキーの攻撃のカラクリに思い至った。

【絶跡の虚穴】は、ワームホールの入口と出口を作る精霊術だ。

 入口から出口まではゼロ秒で移動できるから、離れた場所に出口を置けば瞬間移動が可能になる、という理屈である。


 だが、例えば。

 出口を複数作れるとしたらどうだ?


 入口一つに対して、出口が複数。

 そんなワームホールに拳を通せば、拳が分裂する(・・・・・・)ことになる!


 分裂した拳を同じ物体に重ね当てすれば、当然、威力は何倍にもなる。

 剣を弾き返すことだってできるし、刃こぼれさせることもできるだろう。


 さらに、拳という『点』をいくつも並べれば、それは『面』になる。

 いわば狙撃とマシンガンの違いだ。

 狙撃で獲物を捉えられなくとも、マシンガンで適当に銃弾をばら撒けば、当たる確率は飛躍的に上がる。

 それが高速機動中の俺を捉えたカラクリなのだ。


 だとすれば、どうすればいい?

 弱点――というか、リスクならすぐに思い浮かぶ。

 拳の分裂は、攻撃力が上がる分、自分への反動も同じだけ上がるということだ。

 見かけ上は分裂していても、実際には同じ拳なのだから、分裂した分だけ被ダメージが上がるのが道理だ。

 敵全体に30ダメージ与える魔法があるとして、対象が1体だけなら総ダメージは30で済むが、3体なら3倍の90になる。それと同じだ。


 その問題が顕在化していないのは、俺の攻撃力が足りないからだ。

 ゼロに何を掛けてもゼロだからな。

 だが、ほんの少しでも与えるダメージを増やすことができれば、それは何倍にも膨れ上がってヴィッキーを襲う。


 そのためにはどうする? 何をすればいい?

 真上から攻撃することができれば、重力が乗る分、攻撃の威力が増すと思うが、生憎ここに天井はない。

 逃げるなら頭上が開けているほうがいいが、戦うとなると、閉鎖空間のほうが都合がいいのだ。


 どうする?

 どうやって火力を上げる?


 高速機動しながら考える俺の耳に――不意に、音が届いた。

 この音は――

 俺は音源をちらりと見やった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 笑え。

 笑ってさえいりゃあ、アタシは冷静だ。


 蠅みたいにブンブン跳び回りやがるクソガキを、アタシは頭んなかを目一杯冷やして捉え続ける。

 さっきみたいにカッとなったら終わりだ。

 冷静に対処し続けていりゃあ、向こうが勝手に潰れてくれる。

 それからゆっくりと甚振ってやればいいだけの話だ。


 しかし。

 この小賢しいガキが、本当にこのまま体力切れで終わるのか?


 ついさっきアタシ自身が言った通りだ。

 勝てると思った。勝ったと思った。

 それを慢心と呼ぶ。


 ガキだからって油断はしねえ。

 丁寧に丁寧に、冷静に冷静に。

 何をやってこようと、きっちり対処してやる――


「……ん?」


 高速機動中のクソガキが新たな動きを見せた。

 上へ向かったのだ。

 一体なんのつもりだ? その先には空しかねえぞ。


「おいこらクソガキィ!! 女見捨てて一人で逃げるつもりかァ!?」


 地上には女のガキが取り残されている。

 逃げるつもりなら、こいつも連れていくはずだ。

 もし本気で見捨てるつもりの腰抜けだったら、構うことはねえ、アタシが一発どついて叩き落してやるよ。

 そう思って拳を握った瞬間、


「心配しなくても―――」


 真っ黒な夜空へ向かって上昇していたガキが――

 突如として、停止した。


「―――逃げねえよ!!」


 瞬間、反転。

 上昇から下降へ。

 アタシには、それは――

 空を蹴った(・・・・・)ようにしか、見えなかった。


 真上から、一人のガキが。

 山肌から剥がれ落ちた岩塊のように、まっすぐ落下してくる!


「おぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」


 いっちょまえに咆哮を迸らせながら、クソガキは剣を振り下ろしてきた。

 落ち着け。冷静だ。

 やることは変わらない。

 分裂させた拳で『面』を作り、剣を弾き返すだけ……!!


「ぐっ……!?」

「ぉああっ……!!」


 拳から肩にかけて、衝撃が突き抜けた。

 剣を弾き返すことには成功するも――

 アタシもまた、同じくらい仰け反ってしまう。


 そういうことかい……!

 だからこその垂直下降!

 重力を余すことなく使える分、威力が上がってやがるのか……!


 クソガキはアタシが仰け反っている間に、地面に足を着けた。

 苦々しげに表情を歪めるアタシを見上げ――

 ふっ、と。

 頬を緩めやがった。


 ――冷静だ。

 頭に血を上らせるな。

 何をされてるかわかんねえときは特に……!


 クソガキは地面を蹴り、再び空へ。

 まさか――またか!


 クソガキが、夜空の中央を、蹴る。


 重力を味方につけて落下してくるクソガキを、今度はまともに相手しない。

 大きく横に跳び、落下攻撃を回避した。

 だがクソガキは、攻撃できそうな隙すら見せず、跳ねるようにして再び跳躍する。


 ああ、嫌だ……だから嫌なんだガキは!

 慣れてきてやがる。

 おそらくは初めて試したんだろうこの戦法に、早くも……!


 地上と夜空を行き来するたびに、クソガキのキレが増していく。

 以前は岩塊に例えたそれは、今や豪雨。

 間断なく降り注ぐ、剣の豪雨だった。

 雨を避けることなんざできやしねえ。

 アタシは何とか拳で弾き返し――

 そのたびに、腕へのダメージを蓄積させていった。


 なんなんだ、こいつは……!

 どうして空を蹴れる!?

 空を蹴るのも、こいつの精霊術なのか?

 いいや違う。

 だったらもっと早くに使っているはずだ。


 最初からこの戦法を取らなかったのはなぜだ?

 時間がかかるから。

 準備が必要だったから。

 準備?

 空を蹴るのに必要な準備といえば、当然――


 足場。


 アタシは剣の豪雨を防ぎながら、夜空に目を凝らした。

 いや……いや、いや、いや!

 違う!

 あれは夜空じゃない!!

 あれは――


 ――空を埋め尽くすほどの、カラスの群れ……!!


 気付かなかった。

 夜空の黒に、黒いカラスが紛れ込んでいやがったのだ……!!

 クソガキは、あのカラスを足場にしていやがるんだ!!


 偶然なんかじゃない。

 こんなこと、誰にできる?

 アタシは覚えていた。

『加工』のとき、虫の息だったイノシシが突然起き上がって暴れ始めたのを。

 あれも精霊術の仕業だと、想像はついていた。

 そう。

 クソガキと一緒にいた、女のガキの精霊術だ。

 動物を操る精霊術……!!


 アタシは横目で、そいつを見た。

 戦いに巻き込まれない場所に避難し、しかし、アタシに敵意ある眼差しを向けている、そいつを見た。


「あンのッ……メスガキィいぃいいいいいぃぃ!!」


 頭上からの剣を弾き返した直後。

 痺れと痛みの走る右腕を無視し、アタシはカラスを操っているメスガキを睨み据えた。


 アタシの【絶跡の虚穴】は、見える範囲にしか『穴』を作れない。

 だが見える範囲でさえあれば、どこにだって拳を届かせられる……!!


 左の拳を振るった。

 クソガキの剣に比べりゃ笑っちまうほど軽い感触がして、メスガキが小さく悲鳴を上げて横に倒れる。


「フィルっ!!!」


 頭上からそんな声が聞こえてきた。

 アタシはほくそ笑む。


「――フィルに何してんだ、クソババアッッッ!!!!!」


 真上から剣を振り上げたガキが迫る。

 だが、アタシは笑った。

 笑っていた。

 笑ってさえいりゃあ、アタシは冷静だ。


 ――だが。

 お前は、キレちまってるようだな?




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 フィルが殴られたのが見えた瞬間、頭の中が熱くなった。

 思考が何もかも吹っ飛んで、ヴィッキーをぶった切ることしか考えられなくなった。

 だから、当然の結果。

 何度も何度も、ラケルに口すっぱくして教えられていた。


 ――戦場では、冷静さを欠いた奴から死ぬ。


 目の前に星が舞った。

 痛いと思ったときには、もう、俺は地面に倒れ伏していた。

 遅れて、直前の記憶が再生される。

 拳が、全方位から迫ってきたのだ。

 分裂した拳によって、俺は、全身を釣瓶打ちにされた。

 そして俺は、攻撃のことばかり考えてしまっていて――

 相手の攻撃を受け流す準備を、これっぽっちも、していなかった……。


「……奥の手を出したってのに、ここまで手間取るとはね」


 ヴィッキーが、倒れ伏した俺を見下ろしている。


「認めてやるよ。お前は強い。おかげで右手がこのザマさ」


 まるで何度も何度も岩に打ちつけたかのようになっている右手を、ヴィッキーはぶらぶらと振った。


「……惜しいね。その歳にしてそこまでの戦闘力。変態の金持ち野郎のコレクションにしちまうには、あまりに惜しい。

 どうだい? 『真紅の猫』に入るってのは? ウチの連中はどうにも馬鹿ばっかりでね、お前みたいに頭のいい奴が一人いてくれりゃあ大助かりなんだが」


 俺はわずかに残った余裕をかき集め、皮肉げに笑ってみせる。


「……光栄なお誘いだな。だが、あんたの盗賊団には、決定的に足りないものが3つばかしある」

「へえ? 後学のために聞いてやろうじゃねえの」

「その1、知性。

 その2、品性。

 その3、若い女の子」


 告げると、ヴィッキーは耐え切れなくなったように、ぷっと吹き出した。


「はっはっはっ!! ガキのくせにイカしたジョークを知ってやがる!! ますます惜しくなってきたねえ!!」

「……ほざけよ。俺への殺意が全然隠し切れてないぜ。嫌いなんだろ、俺のこと」

「ああ、嫌いだね。お前みたいな才能溢れるガキは。盗賊団ってのは落伍者の集まりだ。お前みたいに黙ってるだけで贅沢な人生が手に入るような奴を入れる隙間なんざねえさ」


 黙ってるだけで……か。

 本当にそうだったらいいんだが。


「どうやら覚悟はできてるようだね。つまらねえ」

「『加工』をするつもりか?」

「もちろん。お前は商品だ。商品を自ら壊す商人はいねえ」

「商人? そんな頭よさげなもんじゃねーだろ」

「その小生意気な舌を切り落としてやりたくなってきたよ。

 ……でも、それよりもいい場所がある」


 ヴィッキーは俺の手から剣を奪った。

 そしてその先端で、俺の右手首をつんつんとつつく。


「手だ。お前の手を両方斬り飛ばしてやる。勤勉に鍛えてきたんだろう精霊術も、これでたいそう使いにくくなるだろうさ」

「……それは困るな」


 平静な声で返しながら、俺は思考をフル回転させていた。

 何かないか。

 何かないか。

 何かないか。

 状況を逆転できる一手は、何かないか。


 身体は……まだ、かろうじて動く。

 だが今動いたところで、ヴィッキーを倒す術はない。

 やはり、火力。

 攻撃力だ。

 ヴィッキーの拳を正面から捻じ伏せるほどの、圧倒的な攻撃力……!!


「さあて、とっとと済ませちまうか。夜明けには『彼女』に引き渡さなきゃあならないんでね」

「『彼女』……?」


 引き渡す……?

 仲買人(ブローカー)みたいな奴がいるのか?

 ヴィッキーは「チッ」と舌を打った。


「……口が滑ったか。アタシも慢心してるようだね。まあいいか」


 投げやりに呟き、俺の下腕を足で押さえつける。

 あたかも、木材にノコギリを入れるときのように。


「暴れるなよ? 手元が狂ってミスったら、余計に痛い思いをしなきゃならなくなるからね」


 下腕を踏みつけた足には、分厚いブーツがある。

 これじゃあヴィッキーを浮かばせることはできない。

 どうする?

 どうする?

 どうする!?


「せーのっ――!」


 ヴィッキーが剣を振り上げて、


「じーくん! 上!!」


 フィルの声が聞こえた。

 上?

 俺は振り上げられた剣の遥か先を見た。

 ヴィッキーもまたフィルの声に反応し、遥か頭上を見上げた。


 俺の足場になっていたカラスは、もはやどこにもいない。

 だが、その代わりに。

 無数の鷲が、編隊を組んで夜空を飛んでいた。




 その足に括りつけられた縄に。

 1本の、剣をぶら下げて。




 縄から、剣が外れる。

 それは重力に従って、まっすぐに――

 ――ちょうど俺とヴィッキーのいる場所に向かって、落下してきた。


「なっ……!」


 驚いたヴィッキーは、俺の下腕から足をどけて退避する。

 自由になった俺も、大急ぎで地面を転がった。

 直後、墜落してきた剣が地面に触れ、




 ズッッッッンンンンンンンンンンンンンンンンンンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ―――――――――――――!!!!!!!!!




 地面が、爆発した。

 まるで爆弾でも落ちてきたかのように粉塵が舞い上がり、すぐ傍にいた俺は衝撃に煽られてごろごろと転がされる。


 なんだ、これ……!?

 どうして剣が落ちてきただけで、これほどの衝撃が!?


 何はともあれ、助かりはした。

 俺が苦労して立ち上がるのに成功した頃には、粉塵もだいぶ薄くなっていた。


 地面には、隕石でも墜落したかのようなクレーターが形成されていた。

 その中央に――さっき落ちてきた剣が、深々と突き刺さっている。


 異様な剣だった。

 刀身の鋼は、緋色とも金色ともつかない不可思議な色。

 例えるなら、よく晴れた日の朝焼けのような、スーッと目が覚めていくような色だ。

 よく見れば、刀身だけじゃなく、柄の拵えにも同じ金属が使われているように見える。

 なんだ、あれは……?

 あんな金属、見たことがない。


「おい……おいおいおいおい……マジかい? なんだいありゃあ……!」


 俺の疑問には、ヴィッキーが答えてくれた。


「あの朝焼け色……間違いない。世界最重(・・・・)の金属、ヒヒイロカネじゃあねえか! 金の100倍の値段が付く超貴重金属……!! それが……おいおいおい、一体何百キロあるんだ? カネ有り余りすぎだろ!!」


 盗賊の性分か、さっきまでの戦いなんてすっかり忘れたかのように、ヴィッキーはテンションを振り切らせていた。


 何百キロ……って言ったか?

 それに、世界最重とも言っていた。

 あの剣、単なる長剣に見えるのに、そんなに重いのか?

 確かに、落下の際の衝撃を思えば、頷けはする。


 だがあの剣は、鷲がぶら下げて持ってきたのだ。

 編隊を組んで重量を分散していたとはいえ、何百キロもの剣をぶら下げて飛べる鷲が、一体どこの世界にいる?


 可能性は一つ。

 あの剣の重さを、できる限り消して軽くした。

 そして、鷲に命じてそれを運ばせた。


 そんなことができるのは、一人しかいない。

 他者の精霊術を模倣できる精霊術【神意の接収】――

 それによって、俺とフィルの術を併用できる、ラケルしか。


 俺の脳裏に、昨日のラケルの言葉が蘇る。


 ――あなたに、わたしから一つ、プレゼントがある

 ――これからもっと強くなるためのもの


 もっと強くなるための、プレゼント。

 まさか。

 これが?


 俺はクレーターの中に入っていって、地面に深々と突き刺さった剣の前に立った。


 朝焼け色の刀身。

 透き通った刃。

 その佇まいは、まるで――

 王の訪れを待つ、聖剣のようだった。


 俺は。

 剣の柄に、手を伸ばす。


「はッ!!」


 女盗賊が鼻で笑った。


「そいつを引き抜いて振り回す気かい? 冗談にしちゃつまらないねえ!

 見なよ! 上から落っこちてきただけでこの惨状だ! その剣が一体どれだけ重いのか、わかったもんじゃない!!

 いくらお前に重さを消す精霊術があったってねえ、限度ってもんがあるだろう? そいつは観賞用の役立たずさ!

 ま、さっきみたいに上から落とせば、武器にならなくもないかもね。

 残念だったなあ、当たらなくて!!」


 俺は聞いちゃいなかった。

 朝焼け色の剣の柄を、両手で掴む。

 そして。


「――――あ?」


 ヴィッキーの嘲りが、途切れた。

 なぜなら、見たからだ。

 俺の背後に、まるで守護霊のように現れた、それを。


 夜闇に広がるのは、色とりどりの翼。

 ステンドグラスを纏ったような、極彩色の巨鳥。

 孔雀の姿をした――精霊。


「…………精霊の……化身(アバター)…………?」


 唖然とした声で、ヴィッキーが呟いた。


「…………〈尊き別離のアンドレアルフス〉だって…………?

 そんな……そんな……そんなことが……!!

 『本霊憑き(ルースト)』だっていうのかい……! お前はっ……!!」


 俺は【巣立ちの透翼】によって重さを消し、柄を握った手に力を込める。

 当然、剣はあっさりと抜けて、その朝焼け色の刀身を惜しげもなく晒した。


 俺は何度か、朝焼け色の剣を振り回す。

 特に問題はなさそうだった。

 数百キロもの重さの剣も、【巣立ちの透翼】にかかれば枝切れと変わらない。


「……天才が……」


 怨嗟を込めて呟いたヴィッキーを、俺はまっすぐに見据えた。

 身体の調子はあまりよくない。

 チャンスはたぶん、一度だけ。


「この…………天才がァアァァぁああああアああああああああぁああああああぁあああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!」


 咆哮と同時、ヴィッキーが拳を振りかぶる。

 その一瞬前に、俺は動いていた。


 慣性消去移動。

 初速からトップスピード。

 分裂した拳による『面』を、ワンテンポ早く動くことによって丸ごと回避する。


 地上を走り、壁を蹴り、そして空へ。

 そこにはもちろん、言わずともフィルが用意してくれた足場があった。


 カラスを蹴って、一直線に下降する。

 刀身の朝焼け色が、夜闇を流星のように斬り裂いた。


 ヴィッキーはすでに俺に気付いている。

 迎え撃たんと、拳を握り締めている。

 関係ない。

 捻じ伏せるだけだ……!!


 分裂した拳が、空間を越えて迫り来る。

 朝焼け色の剣が、重さを取り戻して夜気を裂く。


 交錯は一瞬だった。

 振り抜かれたヴィッキーの右腕が――


 跡形もなく、弾け飛んだ。


 遅れて、ズッフゥゥゥウウン……!! と、衝撃波が円状に広がる。

 俺は、何事もなく着地していて。

 ヴィッキーは、憤怒に表情を歪めたまま――


「――ぁ」


 女盗賊の頬が、ぴくりと動く。


「アタシ…………笑って、ねえ…………」


 腕を失った肩口から、真っ赤な鮮血が噴き出した。

 ヴィッキーがぐらりと揺れ――

 ばしゃり、と、血だまりに倒れ込む。


 白目を剥いたその顔に。

 もはや、魂の存在は感じられなかった。


「痛……ってぇ……」


 直後、剣が手から零れ落ち、地面に浅くめり込む。

 顔をしかめて見てみれば、手首が紫色になっていた。


「じーくん! だいじょーぶ!?」


 フィルが駆け寄ってきてくれた。

 俺は強がって笑いながら、


「大丈夫だ。攻撃するために一瞬重さを戻したときに、ちょっと捻っただけだ」

「えー……? すっごく痛そうだけどなあ……」

「いって! ちょっ、触るのはやめろ!」


 それでなくても身体中ヤバいんだから!

 でもこうしてフィルと話していると……実感する。


 俺の勝ちだ。

 これは慢心じゃないよな? 『血まみれ雌豹』さんよ……。




「まだまだね」




 声が聞こえた。

 俺とフィルは、揃って頭上を見上げた。

 そこに一人の、ローブを纏った少女の姿があった。


「師匠……」

「ししょー!」


 空からやってきたラケルは、ふわりと柔らかに地面に降り立つ。

 そしてボロッボロになった俺を――特に紫色に腫れ上がった手首を見て、言い放つのだった。


「剣の重さを完全開放するんじゃなくて、適度に加減して重さを調整すればそんな風にはならない。まだまだ扱い方が雑」

「開口一番言うことがそれかよ……。俺たちの無事を喜んだりはしてくれないんですかねー?」


 ラケルは唇をきゅっと引き結ぶと、つかつかと俺たちに近付いて――


「だっ!」

「いたっ!」


 俺とフィルの頭に、チョップをかました。


「心配したに決まってるでしょっっっ!!!!!」


 聞いたこともない大声で叫んで――そして。

 ぎゅっと、正面から、俺たち二人を抱き締める。


「2人とも、無事でよかった……。ほんとに……ほんとに……」


 ほんの少し震えたラケルの声を耳元で聞いて……俺は、嬉しいやら申し訳ないやら、わけのわからない気持ちになった。

 だからだ、きっと。

 わけがわからないから……涙になって、頬を伝うんだ。


「気を付けてってあんなに言ったのに……。他の子を助けようとか余計なこと考えてるし……」

「……ごめん、師匠」

「ごめんなさい、ししょー……」

「ほんとに、反省して。心の底から反省して」


 そう言うと、ラケルは俺たちから身を離して立ち上がった。


「さあ、帰ろう。あなたたちが逃がした子供たちは、今ごろ外で保護されてるはずだから――」


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2022/07/09 22:30 退会済み
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