絶跡の虚穴
「チッ……ガキどもめ。ちょこまかちょこまかと……」
いい加減、アタシは辟易していた。
このアタシが――盗賊団『真紅の猫』が頭領『血まみれ雌豹』ことヴィッキー様が、あんなガキごときにこんなに手間をかけなきゃならないなんて。
もしこのまま逃げられるなんてことになれば大損だ。
『彼女』との取引は明朝。
それまでにとっ捕まえて、『加工』を済ませなきゃあならない。
こりゃあ今夜は徹夜になりそうだ。
イライラするねえ……。ああ、イライラする。
村の一つも潰してやらないと、このストレスは解消できそうにない。
あるいは――
ああ、そうだ、いいことを考えた。
前に、ずいぶんと目鼻立ちの整った王子様がいるって聞いたことがある。
歳はちょうどあの生意気なガキどもと同じくらいで、頭脳明晰な、いわゆる神童ってやつだそうだ。
再来年には、あの王立精霊術学院に入学するって話だ。
……気に喰わないね。
天才ってやつはすべからく気に喰わない。
才能のおかげで楽に生きられる分、苦労してもらわなけりゃあ不公平だ。
というわけで、次の獲物はそいつにしよう。
掻っ攫って、もてあそんで、身代金をたっぷりせしめて、それから売っ払っちまおう。
貴族連中の絶望的な顔が目に浮かぶぜ。
その想像だけで1樽分は呑めそうだ。
……おっと、その前に目の前の仕事を片付けなくちゃあいけねえ。
あのガキは一体何者なんだ?
ただのガキじゃあない。明らかに訓練を受けている。
『彼女』に攫ってこいと言われたときは深く考えなかったが……なんともきな臭いねえ。
ああ、やだやだ。
よくわからねえことには深く首を突っ込まない――
それが長生きする秘訣さ。
「……うん?」
アタシは耳をそばだてた。
『こいつ』は声が小さくていけないね。
「ああ……わかったわかった。そこにいるんだね?」
情報に従って移動する。
すると、遠目に10人くらいのガキが見えた。
連中だ。
「そろそろ年貢の納め時ってやつだよ、ガキども」
このまま追い立てれば袋小路だ。
あのガキはどうやら重さを消す精霊術を持っているようだが、他のガキども全員をまとめて浮かすことはできまい。
できるならとっくにやっているはずだからね。
それに、二度同じ手が通じるアタシじゃない。
もしまた飛んでいこうとしやがったら、アタシの【絶跡の虚穴】で打ち落としてやるさ。
アタシは乾いた唇を舌で舐め、廊下を歩いていく。
やがて出た中庭に、あのガキの姿を見つけた。
その傍にはもう一人、女のガキもいる。
……だが。
「おい、ガキ」
「なんだ、ババア」
「他のガキはどこ行きやがった?」
ここにいるのは、2人だけだった。
さっき見たときは、確かに逃げたガキ全員がいたはずだ。
そしてその全員が、こっちのほうに逃げてきたはず……。
クソガキは眉をひそめるアタシを見て、にやりと笑いやがった。
「さあな。瞬間移動でもしたんじゃないか?」
「…………」
こいつ……何か企んでやがるな?
ガキの青臭い脳味噌で何を考えたか知らねえが――
アタシは懐に手を突っ込み、ナイフを取り出した。
それを見て、クソガキの眉がぴくりと反応する。
「はッは! やっぱりなあ! お前の精霊術は自分が触れたものにしか使えねえんだな? だからこうして武器を使われると、攻撃を受けた瞬間に相手を浮かすことはできなくなる!」
ほんの少しでも触れた途端にふわふわ浮かされて、身動きが取れなくなる。
これほど厄介なことはねえ。対策させてもらったぜ。
あとはあの短い両腕にだけ気を付けておけばいい。
悪く思わないでほしいね。
プロは相手がガキだろうと手加減なんかしないのさ。
「……だったら、こっちも武器を使うだけだよ」
そう言って――
クソガキは、背中の後ろから一本の剣を持ってきた。
どこぞの倉庫から持ち出してきたか?
柄を両手で握り、正面に構えるクソガキ。
なかなか様になってやがる。素人じゃねえな。
大人用の剣だからガキには重いはずだが、それも精霊術があればお構いなしってわけか。
気に喰わないねえ。
こういう未来を約束されてそうなガキは――
――いっぺん、人生をめちゃくちゃにしてやらなきゃなあ!
「死ねっ……!!」
アタシはその場でナイフを鋭く突き出した。
――【絶跡の虚穴】。
虚空に開けた穴を通じて、クソガキの腹をぶっ刺す。
予定だった。
「消えっ……!?」
クソガキの姿がブレて消えた。
いや違う。
視界の端がかろうじて捉えている。
人影が、アタシを取り囲むようにして跳ね回っていた。
速い。
そして、鋭い。
物理法則をまるで無視して、鋭角なターンを繰り返している。
イカサマカジノのルーレットの玉だってもう少し自然に動くってもんさ。
これも重さを消す精霊術の使い方の一つってわけかい。
なるほど、よくお勉強しているようだ―――ねっ!
直上から振り下ろされてきたクソガキの剣を、ナイフで受け止める。
重い。
斬撃の瞬間だけ剣の重さを元に戻してやがる。
クソガキはかすかに顔をしかめると、アタシから間合いを取って再び高速機動を開始した。
確かに精霊術の扱いは天才的だ。
だけどやっぱりガキだね。筋力が足りない。
こいつがもし大人だったら、さすがのアタシも今の一撃は受け止められなかっただろうさ。
基本的に、重さってのは強さだ。
このガキの戦い方は、それを熟知して、利用している。
だからこそ発展途上。
体重も筋力も足りない今、こいつの戦法は完成形に至っていない……!
クソガキの軌道をよく見て、よく見て――
勘も合わせて、斬撃を迎撃する。
そう難しいことじゃあなかった。
速さだって、軌道がめちゃくちゃなだけで、野犬とそう変わりゃしない。
こちとら街に住めない日陰者でね。野生の獣が喧嘩友達なのさ。
もう何度目とも知れない交錯で、アタシはクソガキの目を見て笑う。
「どうした? 同じことばかりして、えらく悠長じゃないか。……何か待っていることでもあるのかい?」
クソガキはアタシから飛び離れた。
今度は高速機動には入らず、剣を構えたままじりじりと間合いを測り始める。
「はン。時間稼ぎかい? アタシの目を惹きつけときゃ、他のガキどもが逃げられるとでも?」
「かもしれないな」
「無駄だね。無駄無駄。お利口なお前なら気付いてんだろう? アタシはお前らの居場所をいつでも知ることができるのさ。それと【絶跡の虚穴】を合わせれば、どれだけ距離を稼いだところで無駄なことさ」
「だろうな。――ただし」
にやりと。
クソガキが、クソ生意気な笑みを浮かべた。
「その【絶跡の虚穴】とやらが、今も使えれば――の話だが」
……な、に……?
「やってみろよ。他の子供の居場所を調べて、瞬間移動で追いかけてみろ。まあ当然、俺は全力で止めるが、試すくらいなら自由だ。そうだろ?」
……こいつ、まさか……。
まさか……まさか……まさか……まさか……!
アタシの……アタシの秘密を……!!
「おい……。おい!」
アタシは後ろの――『あいつ』が隠れているはずの場所に向かって叫んだ。
「教えろ! ガキどもは今どこにいる!? ……おい、どうした? どこに行った……!? おいっ……! おいッ!!
どこ行った!! どこに行きやがったッ!! 出てこい! 出てきやがれッ! ベニィイィいいいいいいいいいッ!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「騙されたよ」
狼狽えてベニーの名前を――内通者の名前を喚き散らすヴィッキーに、俺は剣を向けたまま告げた。
「ベニーを拷問台に瞬間移動させたのと、索敵し終わったはずの廊下に突然現れたこと。この2つから、すっかり『こいつはどこにでも瞬間移動できるんだ』って思い込まされちまった」
でも、と俺は続ける。
「冷静に思い返してみると、おかしいんだ。その2つのどちらとも、俺たちはテレポートの瞬間を見ていない」
ベニーのときは、茂みの中に倒れ込んだ。
先回りされたときは、索敵をネズミに任せていた。
どちらとも、【絶跡の虚穴】によって消失し、あるいは出現するその瞬間を、目撃していない。
「偶然とも考えられるが、こう考えることもできる――『血まみれ雌豹』のヴィッキー様とやらは、人間を丸ごと瞬間移動させることはできないんだ、ってな」
【絶跡の虚穴】によって空間に開けられるワームホールの大きさは、術者の実力に比例すると言う。
おそらくヴィッキーが開けられるワームホールの大きさは、拳がやっと通る程度。
人間なんて、とてもじゃないが通せないんだ。
「な、……何を証拠に言いやがる……!!」
どんな証拠よりも雄弁な歪んだ表情で、ヴィッキーは俺を睨みつけた。
「人間を瞬間移動できないィ? だったらてめえの目の前でやってみせた拷問台への瞬間移動は? 廊下に現れたときは!? 【絶跡の虚穴】なしで一体どうやって――」
「小細工だよ」
「は?」
「その名も轟く『真紅の猫』の頭領とはとても思えない、セコい子供騙しだ。
……まあ、一時的とはいえ、それに引っ掛かった俺も、まだまだ子供だったってことだけどな」
「いやー、じーくんはすごいよー!」
フィルが場違いな明るさで言う。
「わたし、全然気付かなかったもん! 瞬間移動させられた前と後とで、ベニーくんの利き手が違ったなんて……」
……そう、それがこの説を思いつく端緒だった。
瞬間移動させられる直前、ベニーは右手で石を拾ってヴィッキーに投げていた。
だがその後――負傷者を支えるとき、あいつは左腕を使っていた。
さらにトドメに、ヴィッキーから逃げるとき、俺の腕を掴むために、あいつは咄嗟に左手を伸ばした。
瞬間移動させられたのを境に、利き手が変わっている。
両利きであることを除けば、この事実を説明できるのは――
「――ミラー・ツインズって言葉、知ってるか」
「なにィ……?」
「まるで鏡合わせのように、右利きと左利きで生まれてくる双子のことだ」
――双子。
極めてよく似た、しかし別の人間。
「お前に突き飛ばされて、ベニーは茂みの中に埋もれた。そのタイミングに合わせて、拷問台の二段目に潜んでいた双子が一段目に落ちる。そうすることによって、ベニーが瞬間移動したように見えた。
――たったこれだけの、あまりに簡単な仕掛けだったんだ」
文字通りの、子供騙し。
もっとも、ヴィッキーが騙したかったのは、子供じゃあなかったようだが。
「……んな馬鹿な……!!」
歯を剥き出しにして、ヴィッキーは俺を睨む。
「西の国でたまたま見た、クソドマイナーな芸人の芸をパクったのに……! お前みたいなガキが、どうして……!!」
「……あー」
不覚にも笑いかけた。
そっか。
この世界じゃ、奇術ってマイナーなのか。
精霊術があるんだもんな。
思わぬ知識が、思わぬところで役に立つもんだ。
「ついでに言えば、俺たちの位置を捕捉していたのもベニーとその兄弟だな」
「……チッ……!」
「一卵性の双子に精神感応能力があるなんてのはよく聞く話だ。おそらくは、双子間で念話でもする精霊術か。
まあ具体的な方法はどうだっていい。俺たちの位置を漏らしているのがベニーの兄弟だとわかったなら、説得して、懐柔して、やめてもらうだけの話だ。
お前の傍で連絡係をしていたんだろうベニーも、もうとっくに逃げ出してると思うぞ」
ヴィッキーは歯ぎしりしてナイフを振った。
警戒していた俺は、空間を越えてきた刃をバックステップで躱す。
「ックソガキが……!! 連絡係の一人や二人、いなくなったところでどうした!! てめえらみたいなガキが10人もぞろぞろ歩いてたら、小細工なんざなくても簡単に見つけられるんだよ……!!」
「確かにな。複雑怪奇なこの砦、道がわかってても移動するには時間がかかる。大人の足で追いかければ、全員脱出する前に追いつけるかもしれない」
「わかったらさっさと諦めて――」
「普通の道を行けばな」
ヴィッキーは続く言葉を呑み込んだ。
「――てめえ……クソガキ……!!」
「お前が【絶跡の虚穴】で自分自身を瞬間移動させられないのだとしたら、どうやって、誰もいないはずの廊下に突然出現できたのか?
答えは一つしかないよな――『俺たちが気付かなかった扉から普通に出てきた』だ」
俺はヴィッキーの一挙手一投足を見張りながら続ける。
「物置みたいな部屋に隠れたとき、違和感があった。
地図で見たときより狭く感じられたんだ。
たぶんどこの部屋に入っても、十中八九は同じ違和感を覚えたと思う。だって実際に、地図に描かれているのより狭いんだから。
……いや、地図の部屋が実際より大きく描かれている、と言うべきだな」
正しく描かれているように見える地図より、実際の部屋が狭い。
とすると、どうなるか。
「この砦には、部屋と部屋の間に、不自然なデッドスペースが大量に存在するんだ。いい加減な増築のせいになんかできないくらい大量にな。
それを知って、想像しないほうがおかしいだろ?
――この砦には、隠し通路が張り巡らされているんじゃないか、って」
隠し通路――秘密の抜け道。
言わば、人工の【絶跡の虚穴】。
「複雑怪奇なこの砦で、隠された近道なんか使えば、傍目にはほとんど瞬間移動に近い。
……これを利用して、お前は部下に、自分の精霊術師としての実力を過大に見せかけていたんだ。
『加工』のときに子供騙しのトリックを使ってみせたのも、自分への求心力を高めるためだったんだろ?」
女だてらに盗賊団をまとめ上げるための策。
自分を精霊術の達人に見せかけること。
やたらと『血まみれ雌豹』なんて異名を自ら口にするのも、きっとそういう理由からだ。
「お前は部下に、自分自身を瞬間移動させられないことを隠していた。
隠し通路の存在を、隠していた。
だとしたら、こう考えるのが自然ってものだ。
――隠し通路を逆利用すれば、誰にも見つからず、超安全にここを脱出できる、ってな」
思いついてからは簡単だった。
まず、フィルに大量のネズミを動員してもらい、ヴィッキーと遭遇したあの廊下を調べてもらった。
すると案の定、隠し通路の入口が発見された。
あとはネズミに通路内のマッピングを任せ、完了し次第、内通者であるベニーの兄弟に協力してもらってヴィッキーを誘導。
首尾よく誘き出せたら、俺が時間を稼いで子供たちを隠し通路で逃がすだけ。
ちなみに、隠し通路は要所要所を破壊してあるので、俺がヴィッキーを逃がしたとしてもそう簡単には追いかけられないおまけ付きだ。
「部下に隠し通路を教えておけば、今からでもあいつらを捕まえられたかもな。セコい小細工で自分を過大に見せてたツケだ、『血まみれ雌豹』」
「…………悪いか」
怨嗟を形にするように、ヴィッキーは呟いた。
「自分を大きく見せるのが、そんなに悪いかッ!! てめえみてえな才能のある奴にはわかんねえだろうけどなあ!! アタシがこれまでどれだけ、」
「悪くないし、さらに言えば興味もない」
剣先を寸毫たりとも揺らさず、俺は告げる。
「お前にどんな事情があろうが、どんな過去があろうが、どんな劣等感があろうが、知ったこっちゃない。
俺は、お前みたいな人を人とも思わない奴を、絶対に許さない。
――ブチ殺してやる。一人残らず」
ヴィッキーの顔の表面に、太い血管が浮くのが見えた。
ナイフを握る手が震え、
「――死ィねぇええぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!」
絶叫しながら、ナイフの切っ先を突き出した。
ワームホールを通し、空間を越えて刺突が襲い来る。
だが――
あまりに殺意を漲らせてしまったがゆえに、心臓を狙っているのが丸わかりだった。
俺は右手に持った剣でナイフを弾く。
全力を込めたがゆえの大きな反動で、ナイフはヴィッキーの手を離れ、地面の上を転がった。
「もう時間稼ぎの必要もないな」
丸腰となったヴィッキーを、俺が見逃すはずもなかった。
人を殺すことそのものに、今更抵抗はない。
だって、俺は身内を殺している。
たった一人の妹を殺している。
それが、俺みたいな悲劇を生む邪悪なら。
殺して除くことに、何の躊躇もない。
「……クソがっ……!!」
ヴィッキーは表情を左右非対称に歪め、俺を睨みつける。
その手にもはや武器はなく、俺の剣を防ぐ手段はない。
俺は剣を振りかぶり、力を込め、振り下ろす――と同時に、剣の重さを元に戻し、
「――――覚悟しろよ、クソガキ」
剣を握る手に強烈な衝撃が返ってきた。
――え?
受け止められた、という感じじゃない。
弾き返された。
体勢を崩した俺は、どうにか地面を蹴ってヴィッキーから距離を取る。
その身体には、傷一つ見受けられない。
だが、一つだけ違いがあった。
拳だ。
握り締められた指に――銀色に光るものが嵌められている。
あれは――メリケンサック……!?
まさか、あれで剣を弾き返したのか!?
そんな馬鹿な……!
いくら子供の筋力とはいえ、長剣の重量を拳で跳ね返すなんて……!
「…………まさか、ガキ相手にこれを使うことになるとはなァ…………」
ヴィッキーはメリケンサックを嵌めた拳を、ゆらりと胸の前に構える。
「すんげえ疲れるから、あまり使いたくなかったのにねえ……。
屈辱だよ――本ッ当に屈辱だッ!!!」
ヴィッキーが拳撃の予備動作を見せた瞬間、俺は慣性を消去した高速機動に入った。
これであいつは俺を捉えられな――――――――――
「――――――いッ………………!?!?」
メキメキメキ、と嫌な音がした。
その音の出所は――
自分の、肋骨だった。
「げぅ」
自分でも聞いたことのない声が喉の奥から零れた瞬間、俺は吹っ飛ばされる。
地面に跳ねて、壁に叩きつけられる。
ぐったりと――倒れ伏す。
「じーくんっ!!!」
フィルが駆け寄ろうとしてくれるのが見えて、俺は何とか、手で制する。
腕に力が入らない。
それでも無理やり身を起こすと、
「う、げぇえぇぇっ……!」
口の中から血の塊が出てきて、地面にびちゃびちゃと撒き散った。
痛……ってぇ……。
苦しい……。
これ、内臓やられてるんじゃないか……?
っていうか……。
死ぬ……?
「さっきは言いたい放題、ナメた口を聞いてくれたじゃないか。ええ?」
女盗賊が、さっきまでとは打って変わった怜悧な視線で、這いつくばった俺を見下ろしている。
「思った通りに現実が進むのは楽しかったか?
大人を翻弄して、馬鹿にして、優越感に浸れたか?
勝てると思ったか? 勝ったと思ったか?
こいつは自分より弱いって侮ったか?
大人として、お前に一つ教えてやろうか。
そういうのを『慢心』って言うんだ。知ってたかい?」
その場から一歩も動かず。
自分に有利な間合いを、決して手放すことなく。
女盗賊、『血まみれ雌豹』、ヴィッキーは告げる。
「立て、クソガキ。第二ラウンドだ。
――大人の恐ろしさを教えてやるよ」
俺は定まらない足取りで立ち上がりながら――
薄く、頬を緩ませた。
……ああ。ぜひ教えてくれ。
俺が、与えられた反則に溺れる前に。
俺が、二度と無力を嘆くことのないように。
――俺の人生の礎になれ、『血まみれ雌豹』。




