表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
黄金の少年期:才能胎動編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/262

廃砦の逃走劇

 複雑怪奇な廃砦内を迷いなく走っていく。


「はあっ……はあっ……!」


 ベニーが息を切らしていたので、【巣立ちの透翼】で重さを消して、片手で抱え上げた。


「あ……ありがと……」

「いいよ。毎日やってるんだ、こういうの」


 ラケルに弟子入りした頃は、こうして術を使いながら走るとすぐにふらふらになっていた。

 だが今となっては、息が上がることすらない。

 フィルも俺と同じような体力強化メニューをこなしているから、息を切らす気配もない。


 こうして図らずも実戦を経験することで、ラケルの訓練の的確さが肌身に染みて理解できた。

 ラケルと出会えたことは、もしかするとルーストとして生まれたこと以上の幸運だったかもしれない。


「……あれっ? じーくん、降りないの?」


 地下への階段をスルーすると、フィルが首を傾げた。


「牢屋の鍵がない。扉から子供たちを解放するのは無理だ。地上の窓から引っ張り上げる」

「窓、……って……。窓には確か、鉄格子が……」


 ベニーの呟きに、俺は笑みで返した。


「まあ見とけって」


 小さな中庭のような場所に出る。

 その壁際の地面近くに、まるで体育館の換気窓みたいな感じで、鉄格子の入った窓があった。

 ベニーに自分で立ってもらうと、俺はその前にしゃがみ込み、鉄格子を右手で握る。

 そして同時に、左手で窓の上の石壁に触れた。


「よっ……と」

「えっ……!?」


 ベニーが驚愕の声を漏らす。

 ボコッと――まるでジェンガのように。

 鉄格子が、周囲の石材ごと引っこ抜けたからだ。


「なっ……なんで……!?」

「こういう石の壁が堅いのは、石が重いからだ」


 俺は石材の付いた鉄格子をひらひら振りながら言う。


「だからその重さが通用しない衝撃には弱い。地震とかな。特に俺の精霊術は重さを消してしまえるから、こんな壁、藁で作ってあるのと大して変わらないんだ」


 窓の上方にある石材の重さをまとめて消し、鉄格子を固定している石材にかかっている圧力をなくしてから引っこ抜いた。それだけだ。

 そんなことをしたら壁が丸ごと分解してしまうように思えるが、『そのままの状態でい続けようとする力』であるところの質量は消していないので、そうはならないのである。


「す……すごい……」

「ふふーん!」


 ベニーの横で、なぜかフィルが胸を張っていた。

 ……まあいいけど。


「おい! 助けに来たぞ!」


 呼びかけると、子供たちが驚いた顔でこっちを見上げた。

 よし。全員いるな。


「一人ずつ引っ張り上げる! 腕を伸ばせ! 動けない奴には手を貸してやってくれ!」


 そうして、10人ほどの子供たちを牢屋の中から引きずり出した。

 こういうときも、重さを消す精霊術は便利だ。


「これから、ここを脱出する」


 小さな中庭に勢揃いした子供たちに、俺ははっきりと宣言した。


「落ち着いて、俺の指示に従ってくれ。何があってもまず俺の声を聞くように。いいか?」


 子供たちは一様に頷いた。よしよし。素直だ。


「動けない奴は重さを消すから、動ける奴が運んでやってくれ。移動するぞ」


 フィルが片腕を失ってバランスを取れない少女に肩を貸す。

 ベニーも片足を切られた少年を左腕で支えていた。

 俺はいざというとき動かなきゃならないから、負傷者を運ぶのには協力できない。

 心苦しいが、あの牢屋での日々を共に耐え忍んだ彼らに任せよう。


 俺が先陣を切り、扉から顔を出して周囲を確認する。

 たぶん一番見つからないのは屋根の上を行くルートだが、10人もの子供たちを連れて歩くにはあまりに危険だ。廃砦内を突き進むしかない。


 誰もいないのを確認して、後ろの面々に手招きする。

 全員で廃砦の廊下に出た。


「ここからは喋らないように」


 そう告げて、俺たちは走った。

 子供たちに気配を消せと言うのは無理な相談だ。

 できるだけ早く脱出するしかない。

 壁を突き破って本当の(・・・)最短ルートを行くという手もあるにはあるが、思いっきり痕跡を残していくことになるから、さすがにリスクがありすぎるだろうな……。


「(フィル。何か動物に先行させろ。索敵のタイムロスをできるだけなくしたい)」

「(りょーかい)」


 フィルの命を受けたネズミが前を走っていく。

 やがて角を曲がり、姿を消して、チュチュチュっと泣き声が聞こえた。


「(だいじょーぶ)」


 俺はそれを信用し、足を緩めずに角を曲がる。

 情報通り、敵の姿はない。


 この調子で、俺たちは素早く廃砦内を移動した。

 盗賊とはなかなか遭遇しない。

 もともと盗賊の人数に比してこの廃砦が大きいというのもあるが、それ以上に、俺たちの誘導にうまく引っかかってくれたらしい。

 このまま何事もなく脱出してしまえ……!


「(だいじょーぶ)」


 フィルの声を聞いて、走る勢いのまま再び角を曲がり、


「見ぃつけた」


 女盗賊ヴィッキーが、前に立ちはだかっていた。

 俺は慌てて足を止める。後続の子供たちも急停止させる。


「えっ……なんで……?」


 フィルが戸惑いの視線でヴィッキーの姿を見た。

 索敵役のネズミは、その姿の後ろにある。


 ――そうか。しまった……!

 ネズミの索敵が終わった直後に、ヴィッキーが瞬間移動してきたんだ!

 なんて間の悪い……!


「悪いガキどもだ。勝手にどっか行っちゃいけねえって、親に習わなかったのかあ?」


 にたりと笑い、ヴィッキーは拳を握り締めた。


「とはいえ、こっちも人に説教できるほど善人じゃあないんでね。――お仕置きは、優しくしといてやるよっ!!」


 握り締めた拳が振りかぶられる。

 牢屋で鉄格子越しに俺とベニーを吹っ飛ばした遠隔攻撃――

 もうネタは割れてるんだよ!


 腹部に拳の感触が走った瞬間、俺は【巣立ちの透翼】を発動した。

 この攻撃はおそらく、拳のみの瞬間移動だ。

 自分の手元にワームホールの入口を作り、攻撃したい場所に出口を作る。そしてワームホール越しに殴る。

 まるで届いていないように見えるヴィッキーの拳は、今この瞬間、確かに俺に届き――触れている(・・・・・)のだ。


「おっ……!? なんだいこりゃあ……!?」


 ヴィッキーの足が床から浮いた。

 拳が腹に触れた瞬間、ヴィッキーの質量を消したのだ。

 当然、俺は吹っ飛ばされたりはしない。

 質量ゼロの物体がぶつかったところで衝撃はゼロだ。


 ヴィッキーがばたばたと宇宙遊泳をしている間に、俺は間合いを詰めた。

 お返しとばかりに、腹に渾身の跳び蹴りを決める。

 直後、質量を元に戻されたヴィッキーは、吹っ飛ばされて廊下の壁に背中から激突した。

 着地した俺は、しかし、顔をしかめる。


「硬って……! なんて腹筋してんだあの女……!」


 ヴィッキーの腹筋は、鋼鉄のように硬かったのだ。

 こんなの、子供の筋力じゃいくら殴っても意味なんかない!


「撤退だ!」


 ヴィッキーの質量は戻したが、重量はまだゼロのまま。宇宙遊泳状態だ。

 術の効果がある間に、俺はフィルたちのもとに戻り、来た道を引き返した。

 走りながら、記憶した地図を脳内に広げる。


「――よし。あそこだ。あの部屋へ入るぞ!」


 しっかり室内を索敵してから、子供たちを全員、中へ引き入れる。

 ここならこの大所帯でも充分に隠れられる広さがあるはず――


「……なんだ? 思ったより狭いな……」


 物置のような場所で、ごみごみと色んなものが置かれている。

 そのせいか? 地図から想像したのより狭い気がする。


「いったんここに隠れる。俺がいいって言うまで顔を出すな。声も出しちゃダメだ。いいか?」


 こくりと子供たちが頷くのを見ると、俺は彼らを隠す場所を見繕った。

 俺自身はフィルと一緒に、腐食した木箱の中に隠れる。

 暗闇の中で、お互いの息遣いと鼓動の音だけが耳朶に響いた。


「(ふへへ)」

「(なに笑ってんだ)」

「(ゆうべみたいだね)」

「(……チューはしないぞ)」

「(わかってるよ~♪)」


 そう言いながら、フィルは俺の首筋に顔をうずめるようにして身体を密着させた。

 もうすっかり色ボケっていうかマセガキっていうか……。

 ……俺もだけど。


 リズムの早くなった鼓動から意識を外し、外から聞こえてくる音に耳をそばだてる。

 ……足音だ。

 この部屋の外からだろう、一人分の足音が聞こえてくる。


「~~~~♪」


 鼻歌……?

 俺は顔をしかめる。

 ……鼻歌にはいい思い出がない。

 足音が近付いてくるにつれ、鼻歌も明瞭になってくる。


「――――っせーのよいよいよい♪」


 ……は?




「♪ 俺たちゃ盗賊 泣く子もうーばう ♪」


「♪ 選り取り見ー取り 目当てはど・れ・だ ♪」


「♪ ラーンラランランランランランラン ♪」


「♪ ラーンラランランランランラン ♪」


「♪ ラーンラランランランランランラン ♪」


「♪ ランランランランラ…… ♪」




 そんな。

 そんな馬鹿な。

 この歌は。

 この歌は、馬鹿な、嘘だ、有り得ない、そんなわけが――

 ――いも、


「(――じーくん? どしたの?)」


 フィルの声で、俺はハッとした。

 遠くから、鼻歌が聞こえてくる。

 だけど、それは――


「俺たちゃ盗賊、泣く子も黙る♪」


 ――アルプス一万尺の、メロディじゃない。

 俺は深く息をついた。

 バクバクと鳴っていた心臓が治まって、それからようやく、フィルが心配そうに俺の顔を覗き込んでいるのに気付く。


「(だいじょーぶ……? すごい顔してたけど……)」

「(ああ……大丈夫だ。ごめんな)」


 フィルの背中に手を回して、ぽんぽんと叩いた。

 ……ダメだな。こんなときにトラウマにやられてるようじゃ。

 あいつは死んだ。

 俺が殺した。

 もう――いないのだ。


 足音と鼻歌は、この部屋を素通りして遠くへ消えていった。

 ……今の声、よく聞いたら男だったな。

 ヴィッキーはどこに行ったんだ?


 それからしばらく様子を見て、俺たちは木箱から出た。

 ベニーたちも出てこさせる。

 狭く暗い室内で、俺たちを身を寄せ合わせた。


「じーくん、どうする?」


 フィルの単刀直入な問いに、俺は顎に手を当てて考え込んだ。


「……ヴィッキーに気付かれたのはかなり厄介だ。瞬間移動なんてされたら、どれだけ走っても逃げ切れない」

「隠れて逃げるしかないかな?」

「それはそうだが、そもそもあいつはどうやって俺たちの場所を突き止めたんだ? 俺たちの居場所が正確にわかってないと、あんなドンピシャで現れたりできないだろ」

「うーん。そだね……。どうやってるんだろ?」


 監視カメラや発信機があるわけでもない。

 フィルみたいに動物を操れるのでもない限り、俺たちを捕捉するには人の目を使うしかないはずだ。

 盗賊の誰かがそういう精霊術を――例えば千里眼みたいな――持っているのか?


 ……くそ。これ以上考えても益はなさそうだ。

 今わかるのは、どこにどう逃げてもヴィッキーに先回りされる可能性が高いということだけ。


「……やっつける、しかないのかなあ? あのとーりょーさんを」

「それも非現実的だと思うけどな……。今の俺たちじゃ火力が足りない」

「ひきつけることくらいならできるかも?」

「だとしても、囮だと気付かれた時点で瞬間移動で逃げられて終わりだよな」

「うーん……。ねえ、じーくん」

「ん?」

「その『しゅんかんいどう』って、どうやって行き先を決めてるの?」


 鋭い質問だな。

 俺は少し考えた。


「……俺が読んだ本じゃ、そこまでは書いてなかった。師匠も【絶跡の虚穴】は持ってないみたいだし……。憶測になるけど、行き先を正確に想像すれば、とかか?」

「怖くないのかなあ? うっかり壁の中に入っちゃったりしたら、って」

「いや、それは起こらないはずだ。【絶跡の虚穴】は、正確には離れた場所と場所を繋ぐ『穴』を開ける能力なんだ。だから開けられる穴の大きさによって、移動させられるものの大きさが決まる」


 穴の大きさは術者の実力によるようだ。

 ずぶの素人だと、指先を通すのがやっとってところらしい。

 ベニーや自分自身を丸ごと通せるほどの穴を開けられるヴィッキーは、かなりの実力者ということになる。


「うーん……そっかあ。行き先を決めるやり方によっては、『しゅんかんいどう』されなくて済むかなーって思ったんだけど」

「まあ例えば、物理的に入れない狭い場所ならあの女も瞬間移動はできないだろうけどな」


 子供しか通れないような狭い道があればよかったんだが。

 この廃砦に通風孔なんてものはない。


 話し合っても具体的な策は出ない。

 やっぱり何とかして、俺たちの居場所を捕捉した方法を調べるしかないのか……?

 そう思ったとき。


 ――コン、コン。


「入ってますかー? ――ってなァ! ここかガキどもォ!!」


 ヴィッキー!? 見つかったのか!

 どうやってここに俺たちがいるって知ったんだ……。

 やっぱり、何らかの方法で俺たちの位置を捕捉している!


「くそっ!」


 ヴィッキーが鍵を開けるのに手間取っている間に、俺は室内にある木箱やらガラクタやらを動かして扉を封鎖した。


「開けろッ!! クソガキが!!」


 ドンバンガン!! と何度も扉が震える。

 あの冗談みたいな筋肉だ、このバリケードも長くは保たない!


「奥へ行くぞ!」


 そう言いながら俺は、奥の壁に駆け寄った。

 当然、出口なんかない。

 ただ石組みの壁が立ちはだかっているだけだ。

 しかし。


 俺は両手で、石の壁をぐっと押した。

 たったそれだけで、壁がばらばらと分解される。

 俺にとって、石の壁なんて藁で作ってあるのと変わらない。


「来い! 早く!!」


 負傷者から順番に、子供たちを逃がしていく。

 扉のバリケードが崩れ始めていた。ヴィッキーが入ってくるのは時間の問題だ!

 残り3人、残り2人――


 ――バンゴンガンガガガッ!!


 という崩壊の音は、残り1人になったところで聞こえた。

 女盗賊が、戸口に立って笑っている。


「逃がすかぁあああああッ!!」


 迫るヴィッキーに歯噛みしながら、俺は最後の1人――ベニーに腕を伸ばした。


「腕を伸ばせ!」

「うん……!」


 重さを失い、ふわふわと空中に浮かんだままの石材の間を縫って、俺が伸ばした右手と、ベニーが伸ばした左手が――


 ん?


 ――重なり合い、俺はベニーをこちら側へ引っ張り込んだ。

 直後。

 そこらに浮かんだ石材に、重さを戻す。


「チッ……!!」


 ヴィッキーが忌々しげに舌打ちした。

 重さを取り戻した石材が、女盗賊の上に降り注ぐ。

 すぐそこにまで迫っていた脅威は、すっかり瓦礫の中に埋まってしまった。

 ……だが、この程度で大人しくしてくれる奴じゃあないだろう。


「じーくん!」

「ああ!」


 俺は子供たちを連れて、再び走り始める。

 と同時に、チラッとベニーの顔を見やった。


 ――さっきのは。

 ――そういえば、あのときも……。


 ほのかな違和感が、過去へと遡る足掛かりとなる。

 点と点を繋ぐ線。

 それをもとに、自分の記憶を再解釈。


 ――もしかして。

 もしかして……そういうことか?


 俺たちの位置を正確に捕捉してくるヴィッキー。

 精霊術【絶跡の虚穴】。

 女盗賊『血まみれ雌豹』。

 複雑怪奇な廃砦。

 拷問台。


「(――フィル)」

「(んー?)」


 俺はこっそりと――他の誰にも聞こえないように――フィルに言った。


「(ネズミを使って、この廃砦を調べてくれ――隅々まで、詳しく)」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ