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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第32話 カタストロフ・ポイントⅡ


 ロウ王国王女、ヘルミーナ・フォン・ロウは、王城のバルコニーから空を見上げていた。


 いまだ、赤く染まった浄化の太陽は中天にある。

 しかし、ついさっきのことだ。

 分厚い黒雲の切れ間から、黄金の光が射した。

 まさに伝承にある通りの現象。

 天剣が真の姿を現したとき、天が黄金に染まる―――


「エルヴィス様……!」


 だから、彼女は確信した。

 彼が勝ったのだと。

 魔王は倒されたのだと。

 世界は―――救われたのだと。




 それからほんの数分後。


 浄化の太陽が、ピカッと光った。




 轟音も。

 衝撃も。

 何もかもが破壊に遅れる。

 唯一先んじたのが光であり。

 だからヘルミーナには、『光った』としかわからなかった。


 大地がめくれ上がる。

 河が、森が、山が、街が。

 空から降り注いだ光と風に押し潰される。


 ヘルミーナは、最期まで信じていた。

 エルヴィスが勝ったのだと。

 彼が帰ってくるのだと。

 彼と結ばれるのだと―――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 同じことが。


 あらゆる場所で起こった。


 すべては一瞬。


 たった一度の、閃光のうちに。


 分厚い黒雲は消え散った。


 雨音は凪ぎ、星々が顔を見せた。


 こうして、夜は取り戻され。


 しかし。


 それを、地上から見上げる者はいない。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ダイムクルド惑島(プラネット)の片隅。

 魔王の後宮たる旧リーバー伯爵邸が建つ一帯に、大きな地割れが走っていた。


 かつて、ジャックとフィルとラケルが修行に使い、マグマによって燃え尽きた森も、地面ごとバラバラになって崩れ落ちる。

 地割れはとりどりの花々で彩られた庭園にも及び、そのすべてを呑み込んだ。


 依って立つ地盤を失った屋敷は、急激に安定を失い、ぶるぶると震えながら崩れ始める。

 梁や柱が次々と砕け、倒れる中で、一人の少女が泣きながら叫んだ。


「な、何よお……!! なんなのよおっ!! 誰かっ……!! 誰かああああああっ……!!」


 降り注ぐ瓦礫を躱しながら、ヴラスタはその声のもとへ走る。

 命からがら辿り着くと、声の主――デイナは、パッと顔を輝かせた。


「ヴラスタっ!! た、助けにっ……助けに来てくれたのねっ!?」


「……はい。そうですよ~、デイナさん……」


「ああっ……!」


 抱きついてくるデイナを、ヴラスタは強く抱き締める。

 逃げ場などないことを、ヴラスタは知っていた。

 助かりなどしないことを、ヴラスタは知っていた。

 それでも彼女は、デイナの背中を優しく抱く。


「大丈夫ですから~。あっちがついてますからね、デイナさん……」


「よかった……! よかったわ。わたくし、どうなることかと―――」


 ヴラスタは最期まで、真実を告げなかった。

 用済みになったら、自分たちは始末されてしまうことを。

 魔王が後宮にいろと言ったのは、後始末に都合がいいからだということを。


 ありもしない夢を。

 ありもしない希望を。

 彼女なりに愛した少女に、抱かせたまま―――



 瓦礫が降り積もる。

 悲鳴の一つも、残りはしない。



 地面ごと瓦解して、旧伯爵邸もまた、遥か地面に消えてゆく。

 正妻室に安置されていた棺も。

 その中に保存されていた、とある少女の遺体も。


 ―――何もかもが、死の世界に打ち捨てられた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 静寂が満ちる―――


 村は潰れていた。


 街は壊れていた。


 国は終わっていた。


 文明のすべてが、今ここに潰えた。


 天空に浮かぶ、ほんの少しの島々を例外として。


 ―――人類は滅亡した。


 ―――世界は終了した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 いきなり雲海が消え散ったと思うと、地上はすでに死亡していた。

 見渡す限りに広がるのは、世界の亡骸だった。

『王眼』を有するエルヴィスは、ゆえにこそ、他の3人よりも正確に、その事実を理解する。


 誰もが死んだ。

 父たるラエス国王も。

 婚約者たるヘルミーナも。

 もはや、地上には誰も生き残っていない。


 彼の手から、天剣が零れ落ちた。

 翅のように透き通った薄い刃が、嘘のように簡単に砕け散る。


(―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――)


 彼という存在が、ただただ停止した。

 悲嘆に暮れるでもなく。

 絶望に咽ぶでもなく。

 それが、本当に打ち砕かれた人間の末路だった。


「仕上げだ」


 魔王が告げる。

 勇者たちは動かない。

 黄昏色の剣だけが、無慈悲に振るわれた。


 ガウェインの盾が両断される。

 鎧が割り砕かれる。

 彼の巨体が袈裟懸けに斬り裂かれ、真っ赤な飛沫を大量に散らした。


 どうっと倒れる。

 血だまりが広がってゆく。


 断末魔さえも、ありはしなかった。

 ガウェインは動かない。

 動かない。


「ぁぁ……ぁあぁあああああぁぁ……!!!」


 ルビーが呻き声とも泣き声ともつかない声を上げて、倒れ伏したガウェインに駆け寄った。

 揺する。

 揺する。

 ガウェインは動かない。


 それでも揺すり続ける、彼女の胸から。

 黄昏色の切っ先が生えた。


 ルビーの心臓を、黄昏色の剣が背中から突き刺していた。


「あの世でなら、少しは素直になれるだろう」


 ルビーは、ガウェインに折り重なるようにして倒れる。

 彼女は動かない。

 ガウェインと同じように。

 動かない。


「……ジャ……ック……」


 アゼレアが、ふらふらと立ち上がった。


「……ジャック……ジャック……!!」


 譫言のように魔王の名を呼びながら、手を伸ばす。

 もう、そこにはいないと知りながら。

 愛した少年の名を求めて、手を伸ばす―――


 そのお腹に、黄昏色の剣が突き刺さった。

 彼女の赤いローブに、さらに赤い染みが広がった。

 それでも、彼女は進む。

 剣が深く食い込むのも厭わず、魔王の顔に手を伸ばす。


「…………ジャッ、ク…………」


 指先が。

 魔王の頬に触れた。


 魔王は眉一つ動かさない。

 ただ、無言で。

 剣を引き抜く。


 アゼレアの足元に、大量の血が流れ落ちた。

 その中に沈むように。

 彼女はくずおれる。



 そして、たった一人が残った。


 血に沈んだアゼレアを一顧だにせず、魔王は勇者の側で剣を振り上げた。



「……じゃあな」


 最後に紡がれたのは。

 きっと、ジャック・リーバーの断末魔。


「お前たちとの学院生活は……本当に、楽しかった」


 黄昏色の刃が振り下ろされる。

 勇者エルヴィスの首から上が、呆気なく宙を舞う。

 それが、ころころと地面を転がって、止まってから。

 頭部を失った身体が横倒しになった。


 エルヴィスは動かない。

 動かない。


 もう、永遠に。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 こうして―――

 勝利を収めた魔王は、かつて居城があった場所から、世界を見下ろした。


 世界とは、かつて数々の国々が栄えた地上のことではない。

 天空を浮遊する複数の島から成る世界。

 ダイムクルド。


 今日よりこの国が、世界であり宇宙となる。

 ゆえに惑島(プラネット)

 ゆえに衛島(サテライト)

 二度と人の住むことのない大地を恒星と見立てれば、それが自然な命名であった。


 魔王は、最後まで自分に残ったものを確認する。

 拾える限りの命は拾った。

 あとは、わずかに残ったこの人類が、緩やかに朽ちるのを見届けるのみ。


 人としての尊厳も、幸福も、もはや必要ない。

 魔王という機構として、彼は世界を運営する。

 やがて来たる、真の終末の時まで。



 これが、ジャック・リーバーの選んだエンディングだった。




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[良い点] うーんやはりエヴァみあるな…
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