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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第25話 あの日の扉を開くために - Part1


 粘質な液体が満たされた棺の中で、ガウェインがゆっくりと身を起こしたのは、本来の太陽が東の空に高く昇った頃だった。


「ガウェイン……!」


「うっ……ぐ……」


 ルビーに背中を支えられて、彼は軽く頭を押さえる。


「大丈夫か? あたしがわかるか!?」


「ルビー……バーグ、ソン……?」


「ああ……そうだ……そうだよ……」


 ルビーは深々と息をつく。

 胸と足に穿たれていた穴は、もうすっかり塞がっていた……。


 徐々に意識がはっきりしてきたのか、ガウェインは周囲を見回した。


「ここは、一体……? オレは……」


「覚えていないのかい?」


 エルヴィスは自分の胸の真ん中を指さした。


「撃たれたんだよ。胸を。その後、自分で傷口から弾丸を抉り出して……」


「撃た、れ……」


 茫洋としていたガウェインの瞳が、急激にエルヴィスに焦点を結んだ。


「殿下! ご無事でしたか!?」


 身を乗り出したガウェインに、エルヴィスは苦笑で応える。


「こっちの台詞さ。痛みはないかい?」


「はい……。むしろ調子が良いほどです」


「はッ! 頑丈で命拾いしたな!」


 吐き捨てるように言ったルビーを見て、アゼレアがによによと笑った。


「感謝してあげなさいよ、ガウェインさん。ルビーがつきっきりで看病してたんだから」


「……? そうなのか、バーグソン?」


「ばッ……!! 他にやる奴がいなかったからだろ!? 勘違いすんな!!」


 ルビーはかすかに顔を赤くして、ふいっとそっぽを向く。

 ガウェインはそんな彼女を真摯な目で見つめた。


「感謝する。おかげで命を拾ったようだ」


「……フン」


「素直じゃないんだから。本当に猫みたい」


「にゃにおう!?」


 ピーンと立った猫の耳と尻尾は、しかし、すぐにしおれていく。


「……大体、命の恩人ってなら、もっと感謝するべき奴がいるだろ」


「そう、ね……」


「む……? 誰のことだ?」


 エルヴィスたちは、ガウェインが気を失ってからのことを説明した。

 外套の男に応急処置を受け、魔王城の治療室にたどり着き、そこでメッセージを聞いて――


「……ああ……」


 ガウェインはうつむいて、軽く頭を押さえる。


「覚えている……その声……そうか、先生が……」


 ガウェインは厚い胸板に深く息を吸い、頭上を仰いだ。

 そうして――

 ようやく気が付く。


「ここは……どこだ?」


 そこには、天井がなかった。

 話によれば、魔王城地下の治療室であるはずなのに。

 広がるのは真っ黒な曇天。

 降りしきる雨が、透明な天井に当たって弾けていた。

 黒雲の下でも、浄化の太陽は超然と君臨し――


「――なっ!?」


 ガウェインは目を見張った。

 今まで気付かなかったのが愚かしく思える、それは変化だった。


 雨の中に輝く、浄化の太陽が。

 血のような真紅に、色を変えていたのだ。


「おそらく、タイムリミットが近いんだ……」


 エルヴィスも同じように赤く染まった浄化の太陽を仰いだ。


「一晩丸々。ぼくたちはラケル先生が最後に張ってくれた【一重の贋界】に隠れて、体力を回復することができた……。今いるこの場所は――自分の目で見たほうがいいよ」


 ガウェインは液体で満たされた棺の中で立ち上がり、正面に広がる光景を見据えた。


 ようやくたどり着いたはずの惑島(プラネット)――剣山のような城下町と魔王城の威容は、雨の向こうに霞んでしまっている。

 その手前には、あたかも整列するように、5つの衛島(サテライト)が連なっていた。


 サテライト一つ一つに、それぞれ巨大な影が守るように侍っている。


 ひとつは、空を泳ぐ巨大な鯨。


 ひとつは、天に屹立する黄金の巨人。


 ひとつは、漆黒の巨躯と白い双眸を持つ狼。


 ひとつは、全身が極彩色に光り輝く怪鳥。


 ひとつは、大きな一つ眼が開いた球状の要塞。


「……七大巨獣……」


 それらこそは、魔王軍が操る魔物の中でも頂点に君臨する最強の7体。

 そのうち、エルヴィスたちが倒した2体を除くすべてが、道を塞ぐようにして待ちかまえているのだった。


「もう小細工は、するなってことさ」


 勇者エルヴィスが覚悟を決めた声で言ったとき、複数の島から成るダイムクルドすべてが、強く揺れた。





◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……期限だ」


 魔王ジャック・リーバーは、大指令室に集まった臣下たちに、断ち切るように告げた。


「浄化の太陽が臨界点を迎える。現時点で進行中の搬送が終了し次第、移民受け入れを終了とする」


 それは、終焉を意味した。

 世界の。

 人類の。


 そして――

 彼らが望んだ世界の、開闢でもある。


「方舟計画、最終フェーズに移行」


 終焉と滅亡の代表者、ジャック・リーバーは、厳然と宣告した。


「ダイムクルド、浮上せよ」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 地上。

 今となっては不意の噴火で危険地帯となっている霊峰コンヨルドの周囲には、いまだダイムクルドへの移民を望む男たちが溢れ返っていた。

 故郷で迷いに迷い、断腸の思いで家族や恋人に別れを告げて、浮遊船に乗ってきた者たちだ。

 だが、それゆえに、遅きに失した。


 彼らの目の前で、ダイムクルドがゆっくりと地上を離れ始める。


「お……おいぃいいっ!?」

「まだ俺たちがいるぞっ!?」

「待てぇ!! 待てぇえぇええええぇぇ!!!」


 沸き上がった悲嘆の叫びは、天へと昇っていくダイムクルドには届かない。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ダイムクルドの浮上を確認したエルヴィスたちは、すぐに理解した。

 浄化の太陽がもたらす惨禍から逃れるべく、ついに動き出したのだと。


 人類の滅亡が迫っている。

 すべての終わりが近づいている。


 やるべきことは、ただひとつだ。


 世界の存亡を背負った勇者として。

 恩師の希望を受け継いだ生徒として。


 そして――


 ――ある少年の暴走を止める、親友として。


「行こう」


 地上に別れを告げた偽りの楽園で。

 4人の勇者たちは、立ち塞がる巨獣と彼方の城を見据えた。


「―――あの日の扉を、開くために」




[浄化の太陽炸裂まで、残り約6時間]

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