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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第24話 蝉の声が聞こえない - Part5


 世界が燃えている。

 世界が揺れている。


 ラケルが迸らせるマグマが森を焼き。

 ジャックが放つ砲弾が地面を抉った。


 無数の銃は、すでにマグマに飲み込まれていた。

 代わりにジャックが動員したのは、魔王城に備え付けられた大砲だ。

 城壁をも打ち崩す威力を、たった一人の少女に放つ、放つ、放つ。

 少女は空を舞い、地を駆け、それらをかわし、いなし、防いだ。


 返す手で迸るマグマは、いかな魔王とて防ぎ得ない。

 逃げ、避け、それが叶わないときは武器を犠牲にした。

 大砲は次々に補充されるが、湧き出すマグマも無限だった。


 サミジーナは火の来ない水辺に避難し、茫洋とその戦いを眺めていた。

 すべてを見届けることは、当然ながらできない。

 サミジーナの目に映るのは、二人の戦いで燃え尽きつつある森だけだ。


 でも……なぜだろう。

 彼らの声が聞こえてくる気がする。

 喉から飛び出した声ではなく。

 魂から響く、心からの声が。


『もうやめろ! もうやめろ! もうやめろ!

 俺はこんなの望んじゃいない! こんなことしたって誰も喜ばない!』


『知ってる。でも、弟子が嫌がるからってやめたら、師匠の意味がないでしょ?』


『知ったことかッ!! 俺はお前だって喪いたくないんだ、本当は!! そのためだったら、俺はお前の弟子じゃなくたっていいッ!!』


『優しいね、ジャック。でもわたしは、あなたの師匠でいたい。これからもずっと。何があっても』


『ダメだ!! 俺に優しくするな……!! 気のある素振りを見せるな……!! 愛情を感じさせるな……っ!!

 疑ってしまう。疑ってしまう。疑ってしまう!

 女は「アイツ」だ。誰も彼も「アイツ」だ。「アイツ」は俺に近しい女に紛れ込む。今も俺を陥れようと手ぐすねを引いている!

 知っている。俺は知ってるんだ! 俺なんかに惚れるような奴は、頭のおかしい「アイツ」くらいしかいないんだ!

 だから、だからやめろ。イヤだ。もうイヤだ。誰も好きになるな。俺のことは放っておけ! どうして、どうして、どうして……!! ちくしょう、女ってやつはどうしてッ!!!!』


 ジャックの魂の声が精細を欠いていく。

 言葉よりも感情に埋め尽くされる。


『終わりにするんだ。終わりにするんだよ、こんな世界は!

 何が転生だ。何が生まれ変わりだ。こんな世界、俺を苦しめるためだけの地獄じゃないかッ!!!

 うんざりだ。たくさんだ。俺はもう付き合わないッ!!

 神も「アイツ」も臍を噛むがいい。こんな世界は俺の手で終わりにしてやる……!! 吠え面が目に浮かぶようだ!

 は、は、は、は、は、は、は!!』


 笑い声にもなっていない笑い声。

 空っぽで、空虚で、虚無な、何も残らなかった少年の叫び。


『終わらせよう終わらせよう終わらせよう!!

 求めるのはそれだけだ。

 このふざけた人生に、このふざけた世界に、一刻も早く幕を引こう!!

 そのためならああああああああああッ!!!!』


(陛下っ……!!)


 サミジーナは強く想っていた。

 ほとんどは意味のわからない感情の奔流。

 それでも彼女は、流れ込んでくる彼の魂に、強く想いを送っていた。


 ああ、けれどきっと届かない。

 今ならわかる。

 その想いこそ、彼が一番望まないもの。

 きっとこれを表に出せば、自分も彼に拒まれてしまう。


 恐ろしかった。

 恐ろしかったけれど、想うのはやめられなかった。

 それは勇気じゃない。

 勢いのついた馬車は、先が崖だったとしても止まることはないのだ。


 気付けば、サミジーナは走り出していた。

 炎と煙が立ちこめる森の中を、脇目も降らずに突っ切っていた。

 声が聞こえる方向へ。

 悲しい叫びをまき散らす魂の場所へ。


 せき込みながら走り続けた末、森が開けた。

 そこは断崖だった。

 島の端まで来たのだ。

 森が元から端まで広がっていたのか、それとも二人の戦いでここから先の地面が崩れてしまったのか、サミジーナにはわからなかった。


 ただ、断崖の手前で、二人が対峙している。


 ラケルの周囲に、マグマが覗く穴が開いた。

 しかし。

 それが溢れる前に、ジャックが操る大砲が動く。

 その太い砲身で、直接【絶跡の虚欠】を塞いだのだ。


 マグマが放たれることはなかった。

 空間に開いた穴は、一つ残らず塞がれた。


 しかし、ジャックにはまだ武器が残っている。

 右手に携えた、黄昏色の剣が。


「……なあ、ラケル」


 ジャックは静かに語りかけた。

 魂で聞いた激情は、どこにも浮かんではいなかった。


「この森を、お前は懐かしいと感じるのかもしれないけど……俺はさ、ずっと違和感があったんだよ」


「違和感……?」


「だってそうだろ?

 聞こえないんだ、ここは」


 燃え盛る森に、空虚な声が響く。


「―――どんなに暑い夏でも、蝉の声が―――」


 ラケルは――

 怪訝そうに、目を瞬いた。


「……『セミ』って……なに……?」


 ジャックは笑う。

 もしかすると、サミジーナが見た初めての笑顔だったかもしれない。

 しかしそれは――

 ――胸が詰まるほどに、寂しいものだった。


「お前が『アイツ』だとしたら、大した演技力だよ」


 ジャックは『たそがれの剣』を手に、ラケルに一歩近付いた。


「ジャック……! あなたが何と戦っているのか、わたしにはわからない! でも、それでも―――!!」


 後退したラケルの足が、崖際に到達した。

 もはや逃げ場はなく。

 ジャックの接近は止まらない。


「ジャック……! ジャック! ジャック! お願い、聞いて、わたしの話を……!! 話して、あなたの話を!!

 わたしを……お願いだから、わたしのことを信じ―――」


 ジャックは剣を振り上げる。






「今まで、本当にありがとう。

 ―――さよなら、師匠」






 躊躇なく振り下ろされた赤い刃は、ラケルの身体を袈裟掛けに斬り裂いた。

 鮮血が舞い、ジャックの頬がべったりと濡れる。


 伸ばした手は、ジャックの顔には届かなかった。

 ふらりと。

 傾いた身体は、もはや重力に逆らえない。


 ふらついた足が、崖の外を踏んだ。

 力の抜けた身体が、重力の手に掴まれる。




 実際には、一瞬の出来事だった。


 ラケルは、鮮血を空中に散らしながら―――


 ―――崖の下へと、その姿を消した。




 たった一人。

 残された少年の顔を、サミジーナの位置から見ることは叶わない。


 ただ、背中があった。

 魔王という肩書きには、まるで似つかわしくない――

 ――小さな小さな、背中が。


「……あっ」


 鼻先に、冷たいものが当たる。

 いつの間にか、空は黒ずんだ雲に覆われていた。


 程なく降り注いだ大量の雨が、撒き散らされたマグマを冷やし、燃え上がった森を洗ってゆく。

 耳を満たすのは、暴力的な雨音ばかりで―――


 ―――何の声も、聞こえはしなかった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 立ちはだかった第四の巨獣《キメラ・リメア》を退けたエルヴィスたちは、ついに治療室へと辿り着いた。

 アーロンの姿は、気付いたときには見当たらなかった。


 薄暗い地下室には、ゼリーのように粘質な液体で満たされた棺が、いくつも横並びになっている。

 その一つにガウェインを横たえると、絶え絶えだった呼吸が、徐々に落ち着いていく。


「ガウェイン! おい、ガウェイン!」


 ルビーが棺の側から呼びかけると、ガウェインの厚い瞼がピクリと反応を示した。


「あっ……!? 大丈夫なのか!? おい! おいってば!」


「ルビー! 今は休ませてあげないと……!」


「あ、ああ……そ、そうだな……」


 アゼレアに制止され、ルビーは深呼吸をした。

 ともあれ、快復の兆しは見えた……。

 エルヴィスはようやく、詰めていた息を吐く。


「これで一安心……と、言いたいところだけど……。気を抜くにはまだ早い。ここは敵地のド真ん中なんだ。ガウェインくんの快復を待つ間、ぼくたちがここを死守しなきゃいけない……」


「……そうね。快復にどの程度かかるかわからないけど、半日くらいなら籠城も不可能じゃないと思うわ」


「何の準備もできてねーのが気掛かりだけどな。問題はその後だよ。ガウェインが快復したらどうする?」


「せっかくここまで来たんだ。ジャックくんのところまで行ってしまうしか選択肢はない。出直せば警備もキツくなっているだろうし、それに……」


「…………先生の、ことね」


 エルヴィスは頷いた。


「あの外套の男が、ラケル先生なんだとしたら――放ってはおけないよ。あの人にも、聞きたいことが山ほど――――」


 それが流れ込んできたのは、その瞬間だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ―――ごめんなさい。


 許して、不甲斐ない大人(わたし)を。


 結局わたしは、子供(あなた)たちを頼るしかなかった。


 でも……。


 7年前とは、違う。


 そうでしょ?


 わたしは信じる。


 わたしがいなくても、あなたたちは立派な大人になったんだって。


 だから。


 お願い。


 魔王を、止めて。


 ジャックを、助けて。


 もう、可能性は、あなたたちにしかない―――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 エルヴィスたちは一斉に、頭を押さえてふらついた。


「今のは……っ!」


 不意に頭に流れ込んできた思念。

 いいや……。

 今のは、メッセージだ。


「……先、生……」


 エルヴィスは。

 アゼレアは。

 ルビーは。

 気付くと、涙を零していた。


 メッセージを受け取ったと同時……。

 直感的に、理解したのだ。


 なぜ、彼女が自分たちに後を託したのか。

 ジャックに挑んだ彼女が、どうなったのか……。


「ジャック、くん……っ!!」


 エルヴィスの声には、確かな怒りがこもっていた。


「そこまで、して……!! そこまでして、きみはっ―――!!」


 そして。

 治療室が突如として光に満ち、エルヴィスたちを包み込んだ。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ジャックが魔王城に戻ってきたとき、アーロンからもたらされた報告は以下のようなものだった。


「単刀直入に言やあ、取り逃がした。

 兵士どもが直接治療室に乗り込んだときにゃあ、もうそこには()()()()()()()()


「治療室が?」


「そうだ。部屋そのものが綺麗さっぱり消失してやがった。

 ……不甲斐ねえ話だが、どうやらオレの迷宮を一部乗っ取りやがったらしい。

『科学者』連中に分析させたが、ダンジョンクリア時の転移機能を応用して、連中を部屋ごとどこぞに飛ばしたんじゃねえかってよ。

 理屈としちゃあ、模倣した【試練の迷宮】の出力でも一応可能だそうだ」


「……では、エルヴィスたちは?」


「目下捜索中。領空の端が怪しいが、見つかりゃあしねえだろうな。

 連中を飛ばしたのは【試練の迷宮】だ。だったら、もう1種類使える」


「……【一重の贋界】か」


「方法はいくらでもある。……いずれにせよ、尻尾を掴ませてはくれねえだろう。連中は、少なくとも傷が癒えるまでは姿を現さねえ」


 ラケルの置き土産だ。

 まさかあれほどの距離からエルヴィスたちを逃がす手段を持っているとは、さしものジャックも予想できなかった。


 しかし。

 魔王は迷わない。


 彼は臣下たちに命じる。


「予定に変更はない。移民の受け入れを迅速に進めろ。コンヨルドの火山活動についても監視を怠るな。できる限りの移民をダイムクルドに回収する」


「わかってるさ。

 ……せっかくの人類最後の楽園なんだ。賑やかなほうが嬉しいじゃねえか」


 この地は方舟。

 止めることのできない、止めるつもりのない終末から、少しでも多くの命を拾い上げるためのもの。


 ひどい自作自演だと、人々は笑うだろう。

 ひどい自己矛盾だと、自分たちも苦笑する。


 世界の終わりを願い、人類の滅びを望みながら―――


 ―――それでもやっぱり、人には死んでほしくないなんて。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 そして、夜が明けた。


 世界最後の日が始まる。




[浄化の太陽炸裂まで、残り約10時間]


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