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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第17話 ジェミニの魔弾


 窓ガラスが割れ、銃声が響きわたる、その寸前。


「……オレは……」


 最終的な意見を言おうとしたガウェインが顔を上げ――

 眩しげに眼を細めた(・・・・・・・・・)


 直後。

 顔色を変える。


「殿下!!」


 何か考えがある、という速さではなかった。

 彼は本能的な動きでエルヴィスを突き飛ばしていた。


 窓ガラスが割れたのは、それとほぼ同時のこと。


 遙か300メートル彼方より飛来した銃弾は、窓ガラスを割り砕いたのち、ガウェインの鎧に当たり―――


 それを貫いた。


「ぐうッ……!?」


 エルヴィスの頭を狙った弾丸を、彼よりも20センチほど背の高いガウェインが受けたなら、果たしてどこに当たるのか。

 答えは、胸である。


 鎧の下から、赤い液体が溢れ出した。

 ガウェインの巨体から見る見るうちに力が失われ、彼は床に膝をついた。


 ルビーが叫ぶ。


「ガウェイン!!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




的中(ヒット)――でも別の奴!)


(どうやって気付いた……!?)


(どうでもいい! それより第二射! 仕留めて!)


 胸に当たれば大抵致命傷だが、狙って当てたわけではない以上安心はできない。

 こうなったらエルヴィスでなくてもいい。

 ジャックの邪魔をする奴は、誰であっても始末する……!


 ベニーは第二射を放った。

 銃弾は300メートルの距離を越えて、膝をついて動きを止めたガウェインの頭部に吸い込まれていった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 グァインッ!!

 そんな硬質な音と共に、ガウェインの頭が殴られたように仰け反った。

 彼はそのまま、力なく床にくずおれる。


「ガウェインっ!!」


 駆け寄ろうとしたルビーを、エルヴィスが腕を掴んで止めた。


「ダメだ!! 窓の外から狙われてる!!」


「で、でもッ……!!」


「落ち着いてルビー! ガウェインさんの頭を見て!」


 言われるままに倒れたガウェインの頭を見ると、ルビーはハッとした表情になった。


「頭からは血が出てない! ()()()()()()()()!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(弾かれたっ!? どんな頭蓋骨――いえ!)


(あいつは竜人族だ! 金属の鱗を持ってる!)


 それがガウェインという青年の才能なのだ。

 生まれつき金属の鱗を持ち、そしてそれを自由に操る精霊術を宿して生まれた。

 さらには、それを十全に育てられる環境にも恵まれたのだ。


 まさに天の恵みを受けたとしか言いようのない勝ち組(エリート)

 勝利の道を何不自由なく歩いてきた人間。

 すなわち、ベニーとビニーの嫌いな人種だった。


(落ち着いて。……仕留めきれなかったのはむしろ僥倖よ)


(撒き餌だね。わかってる)


 ガウェインが生きていれば、エルヴィスたちは助けようとする。

 そのために、ベニーの射界に入ってくる。

 そこを狙う。


 だから、第三射は命を狙うものではない。

 狙うのはガウェインだが、仕留めるのはガウェインではない。


 それを見ている、他の3人の心である。


(右に修正。……図体がデカくて助かるわ)


 ビニーは無慈悲に指示する。


(右足を狙って。第三射)


(第三射)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ドオウンンッ――――!!

 そんな銃声と共に、力なく投げ出されたガウェインの右足が激しく跳ねた。


「え?」


 エルヴィス、アゼレア、ルビーの間に、混乱が漂う。

 ガウェインの鍛え抜かれた足に易々と穿たれた風穴と、そこから流れ出した血をしばらく見つめて、ようやく理解が追いついた。


「ふざッ……ふざけッ……!!」


 ルビーは顔を真っ赤にして、しかし、言葉が出てこない。


「嬲り殺しに……するつもりかッ……!! あたしたちが、助けに入るまで……!! あたしたちの、目の前でッ……!!!」


 堪えきれず、ルビーは一歩踏み出した。


「あたしが精霊術で姿を隠して助けるッ!!」


「ダメよルビー! いくら姿を隠しても、ガウェインさんを動かした瞬間に居場所がバレちゃう!!」


「だったら完全遮断状態で突っ込めば……!!」


「解除しないとガウェインくんを運べないだろう!! 頭を冷やすんだ!!」


「くそッ!!」


 言いはしたが、できはすまい、とエルヴィスは思った。

 エルヴィス自身、頭が爆発寸前だ。

 そのための第三射。

 そのための挑発なのだから。

 敵が射貫いたのは、物理的にはガウェインの足だが、本質的にはエルヴィスたちの思考力なのである。


(この際、仕方がない……!!)


 エルヴィスは決心した。

 これをやると、何もかもが立ち行かなくなるかもしれない。

 だが、目の前のガウェインを見捨てることはできなかった。


『王眼』を全開にする。

 そうすれば、天に眼が現れ、エルヴィスがいることがバレてしまうが、代わりに敵を見つけ出し、無力化することができるかもしれない。


「よし……!!」


 エルヴィスは『王眼』を全開にしようとした。

 寸前。




「いけません殿下ッ!」




 胸と足から血を流し、倒れているガウェインが、鋭い声を放ったのだ。

 普段の彼なら大音声だっただろうそれは、しかし今は、少し強いだけの声に留まった。

 だが、それでも充分に、エルヴィスの行動を止めることができた。


「……………………」


 ガウェインは絶え絶えに息をしながら、エルヴィスたちに向かって笑みを浮かべた。

 任せてくれ、と。

 そう語りかけるように。


「ガウェインくん……?」


 エルヴィスが不思議に思った直後。

 穴の空いたガウェインの鎧が、突如として溶け落ちる。

 そして。

 ガウェインは、震わせた手を持ち上げ―――


 ―――胸に空いた傷口に、自ら指を捩じり込んだ。


「うっぐぅおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(何を……?)


 双眼鏡を覗くビニーの思考は、戸惑いに満ちていた。

 精神共有によって彼女の視覚を有しているベニーも、その光景を見て戸惑っていた。


 ガウェインが、急に、自らの傷口に指を突っ込んだのだ。


 仲間が自分を見捨てられるよう、自殺しようとしているのか。

 いや、それなら舌でも噛めばいいはずだ。

 わざわざあんな、自分を痛めつけるような……。


 その戸惑いと、得体の知れないものを見たときの警戒とが、二人の第四射を遅らせた。

 そうしてできた時間で――

 ガウェインは、胸から指を引き抜いた。


 双眼鏡を覗くビニーが、その指に摘まれているものを視認する。


(あっ……まずいっ!!)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 胸から引き抜かれ、血に塗れたガウェインの手が、高く高く掲げられた。

 その指には、小さな塊が摘まれている。


 それは――

 弾丸。


 鎧を貫いた弾丸は、しかし、鍛え上げられた筋肉を貫くことまではできず、そのまま体内に残っていたのだ。


「……運が……悪かった、な……」


 誰にともなく、ガウェインは呟く。

 その口元には、凄絶なまでの笑みがあった。


「気付いた、のが……オレだったの、が……貴様たち、の……」


 衝撃でひしゃげた弾丸は、もはや何の用も為さない。

 普通ならば。


 弾丸の材質は、果たして何だったか。

 それを手にしているのは、果たして誰だったか。


 極めて単純な三段論法だった。


 ガウェインは――

 ――金属を操る精霊術(・・・・・・・・)【不撓の柱石】を使うガウェインは。


 指に摘んだ小さな金属塊(・・・)に命じる。


「疾く戻れ―――元の場所へ」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 とても見えるような速度ではなかった。


(ベニー! 離れっ……!)


 ビニーの思念すらも間に合わない。



 ベニーが頬に当てて固定していたスナイパーライフルが、内側から弾け散った。



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!?!?!?!?」


 弾道を逆になぞるように超高速で飛来した弾丸が、スナイパーライフルを内部から破壊したのだ。

 飛び散った金属片が、ベニーの顔に襲いかかる。

 そのいくつかは、人体のうち最も柔らかい部分――眼球にも突き刺さっていた。


「うああっ……!? いたッ、ぃぃいぃいいっ……!!」


(うあっ……!?)


 のたうち回るベニーの横で、傷一つついていないはずのビニーもうずくまる。

 精神共有。

 直接繋がった精神に、ベニーの『痛い』という感情が流れ込んできたのだ。


「うああっ……」

「あ、あ、あ、あ……!!」

「うあぁぁぁああああぁあ」

「あああああああ!!!」

「ぁああぁああ「ああぁぁぁあああぁあああ「あああ「ああああああああああ「ああああああああああ「あああああああああああ「!!!」


 ビニーに流れ込んだ痛みが、今度はベニーに共有される。

 ベニーに共有された痛みが、今度はビニーに――

 感覚のハウリング。

 二人の間で痛みがループして、無限に増幅されているのだ。


(だ……ダメ……(ワタシ)のほうが、押さえ込まないと……!!)


 傷を負っていないビニーのほうが痛みを遮断すれば、ハウリングは止まる。

 彼女は別のことを考え、痛みから意識を逸らした。


(陛下、陛下、陛下、ジャックさん、ジャックさん、ジャックさん……!!!)


 絶望しきって眠りに落ち、次に目を覚ましたとき、ビニーもベニーもどこか晴れやかな気持ちだった。

 憑き物が落ちたかのような。

 自分を縛る鎖がなくなったかのような気分だった。


 そんな気持ちで、再び会ったジャックは。

 二人よりも圧倒的に深い絶望の中にあった。


 7年前のあの事件から、ジャックが爵位を継ぐまでの短い間。

 いったい、彼がどんな状態であったのか、二人は知っていた。


 慰めることも、励ますこともできず、二人はただ寄り添っていることしかできなかった。

 もう一人の、ジャックの理解者と共に――


 再びジャックが動き出したのは、絶望を乗り越えたからではない。

 その絶望をこそ糧としたからだ。

 気高くも悲しいその姿に、ベニーとビニーはすぐに魅了された。


 彼の望む世界を実現することに、二人は欠片たりとも迷わなかった。

 しかし、もう一人(・・・・)ははっきりと否定した。

 ジャックが絶望したままに突き進もうとすることを、彼女(・・)は認めなかったのだ。


 彼女はジャックのすることを何度も止めようとして、しかし止められず――

 結局、彼のもとを離れた。


 あの人は、今頃、どこで何をしているのか……。

 それは、魔王軍の情報網を掌握する二人ですらわからない。


(……落ち着いてきた……)


 相変わらずベニーのほうから痛みが流れ込んでくるが、ビニーはそれを封殺する。


「ベニー! 落ち着いて、ベニー……! 早くここを離れないと――!!」




「―――見つけたっ……!!」




 空に人影が躍った。

 それは、さっきまで双眼鏡越しに覗いていた姿。

 勇者エルヴィスだった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 300メートル離れた高層建築の屋上に、その姿を見つけた。


「―――見つけたっ……!!」


 エルヴィスはすぐに気付く。

 その二人には見覚えがあった。

 あれから7年、さすがに容姿が変わっているが……間違いない。


(あのときの!)


 学院の地下での戦い。

 突如として現れてアーロン・ブルーイットを操り、モンスターを凶悪に変貌させた双子だ。

 まさに、あのとき、エルヴィスたちがジャックとフィルについていけなかった、その原因……!!


(捕まえる!)


 悪霊術師ギルドは、ジャックによってダイムクルドに吸収された。

 この二人も、おそらくは魔王軍――それもジャックに近いところにいる。

 貴重な情報源だった。


 エルヴィスは上空から二人のもとへ飛び降りながら、右手に小規模な蜃気楼の剣を生み出す。

 叩ききるわけではない。

 高圧の空気で包み込んで、一時的に意識を刈り取るのだ。


 エルヴィスは蜃気楼の剣を振り下ろした。

 ボウンッ! と高層建築の屋上で空気が爆発した。

 しかし――


「あっ……!?」


 まるですり抜けたような感覚だった。

 振り下ろされた蜃気楼の剣と入れ替わるようにして、二人の身体が、ふわりと空中に浮き上がっていた。


 屋上に着地したエルヴィスは、重さをなくしたように浮いている二人を見上げる。

 あの浮き方は。

 まさか――


「…………へ、陛下…………?」


 二人のうち少女のほうが、恐れをなしたように声を震わせた。


「あ、あ、あ…………お、お許しを…………! お許しを、陛下ああっ……!! わ、(ワタシ)たちは……た、ただ、陛下の御為にっ……!!」


 魔王城の方角を見て何事か弁明する少女だったが、声は返ってはこなかった。

 代わりに、二人の身体が宙を滑るように移動し始める。


「ぁ……ぁあぁあああっ……ぁぁあぁあああああああああああああぁぁぁぁぁ――――!!」


 痛烈な悲鳴が、魔王城の方角へと消えていった……。



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