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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第16話 拒絶する天空魔領


 エルヴィスたちは空飛ぶ馬車に乗っていた。

 正確には馬車ではない。

 力強く翼を羽ばたいて彼らを牽いているのは、二頭のワイバーンだからだ。


【巣立ちの透翼】によって馬車の重量を消し、ワイバーンに引っ張らせて空を走る――

 これがダイムクルドの主たる交通手段『飛竜車』である。


 闇商人の男から情報を得たエルヴィスたちは、惑島(プラネット)行きの乗り合い飛竜車に乗って、第16衛島(サテライト)を出たところだった。


「うひょー! たかーっ!!」


「騒ぐなバーグソン……!」


 空の旅はさほど長くはない。

 ワイバーンはさすがの馬力とスピードで、ものの10分ほどでエルヴィスたち含む十数人の乗客を、惑島(プラネット)に送り届けた。


「ありがとうございました」


「……ああ」


 無口な御者にお礼を告げて、地面に降り立つ。

 他の乗客と共に、飛竜車の発着場を歩いていく。


「あれ? どうしたの、ルビー?」


「いや……」


 不意にルビーが立ち止まり、いま降りてきたばかりの飛竜車を振り返っていた。


「なあ。あの御者の声、ちょっと高くなかったか?」


「そう? ああいう声の男の人もいるんじゃないの」


「まあ、そうか……」


 再び歩き始め、発着場を出る。

 すると、ダイムクルド・プラネットの姿が、視界いっぱいに広がった。


「ここが……」


 エルヴィスは、その光景を目にして息を呑んだ。

 ここがダイムクルド。

 ジャックが生まれた土地……。


 しかし、その様子は、実際に彼が幼少期を過ごした頃とはまるっきり変わってしまっているだろう。


 空には飛竜車が縦横無尽に飛び交っている。

 機能的に配された田畑には、休耕地の一つも窺えず、極限まで効率性を高めているのが感じられた。

 何より、かつてのダイムクルドは農耕地が大半の田舎だと聞いていたが、今のここには巨大な屋敷がいくつも軒を連ねている。


「屋敷……というか、塔みたいだ……」


「土地がねーからなー。家を増やそうと思ったら、上に積み重ねるしかなかったんじゃねーの?」


 中心の高原に聳える魔王城。

 その周囲、城下町に当たる場所には、高さ10メートルを超える異形の建築物が、所狭しとひしめいていた。


 まるで剣山。

 訪れる者すべてを追い返す、拒絶の街だ。


「……あのようにむやみやたらに高くしては、すぐに崩れてしまいそうなものだがな……」


「浮いてるから地震は起こらねーにしても、ちょっと島の制御が狂って揺れでもしたら、一発でおしまいだよな。どーなってんだ?」


「その辺りも、ジャックの『知識の泉』とかいうのの恩恵なのかしら……」


 ダイムクルドの住民から話を聞くたびに、その単語が現れた。

 知識の泉。

 曰く、魔王であるジャックには、世界のどこにも存在しない知識を得る手段があるのだと言う。

 神のご加護だと信じる者もいれば、そういう精霊術があるのだと分析する者もいたが、詳細はわからなかった。


「やっぱり、この国はどこか異常だ……。具体的にどこだとは言えないけれど、普通じゃないって気がする。違和感と言うのかな……異物感って言ったほうが正しいかもしれない」


「異物感ね……。ふわふわした話だけど、あたしも同意するぜ。なんつーかさ、ギャンブルでイカサマされてるときみたいな? そういう感じがすんだよな」


「……おい、バーグソン、貴様。ギャンブルなどやっているのか?」


「あ、やべっ」


「騎士団の傘下で働く者として恥ずかしくはないのか!」


「あーやだやだ。説教っぽい男って」


 ……果たして、この異物感は何に起因するものなのだろう。

 きっとジャックには、エルヴィスたちには知らない何かがあるのだ。

 7年前、あの扉の向こう側で起こったことばかりではなく――

 何年も同じ教室で過ごす間、おくびにも出すことがなかった、想像もつかないような秘密が……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「今夜、魔王城にアタックしてみよう」


 サテライトからの渡航者用なのか、建ち並ぶ高層建築の一つに宿屋があった。

 そこに男女に分かれて二つ部屋を取ったエルヴィスたちは、今後の方針を話し合う場を持った。

 そして開口一番、エルヴィスがそう言ったのだ。


「いきなりかよ」


 懸念を示したのはルビーだった。


「せめてもうちょっと調べてからにしねーか? 敵の本拠地だぞ」


「性急なのは承知の上さ。でも滞在が長引けば長引くほど、ジャック君がぼくたちに気付く可能性が高まる」


「言いてーことはわかるが……」


「私は賛成」


 賛意を示したのはアゼレアだ。


「あの『浄化の太陽』だって、いつ炸裂したものかわかったものじゃない……。それに、今は移民の受け入れに注意が行っているはずよ。もしかしたら、今が最後のチャンスかもしれない」


「しかし……」


 ガウェインは険しい顔で難色を示した。


「もしここでしくじれば、そのチャンスも水泡に帰してしまう。オレとしては、万全の態勢を整えるべきと思うのだが……」


「賛成2反対2か。……分かれたね」


「バーグソンと同じ意見というのは業腹ですが」


「謙遜しなくていいんだぜー? 光栄に思えよ、このあたしと同じ意見を出せたことをよ」


「やかましい」


 エルヴィスは微笑んで、言葉を連ねた。


「万全の態勢を整えたい、というのは、ぼくも同じ気持ちだ。何せ、ぼくらが失敗すれば後はない。新しく勇者を選出する時間的な余裕は、きっと残されていないだろう」


 他の3人の表情が引き締まる。

 自分たちがしくじれば、世界に未来はない。

 想像すら難しいその事実を、一端ではあれ思い出したのだろう……。


「でも……『万全の態勢』ってなんだろう?」


 エルヴィスが問うと、3人とも難しい顔になった。

 しばらく待つが、答えは返ってこない。


「……そうだよね。みんなわからないと思う。

 ぼくもわからないし、きっと世界の誰にもわからない。

 ジャックくん本人を除いては、だけどね」


 エルヴィスは窓から、異形としか言いようのない高層建築の街並みを見やった。


「これまでダイムクルドを見てきてわかった。ジャックくんは、彼が率いる魔王軍は、ぼくらの知識なんかじゃとても計りきれない存在なんだってことを。

 魔王城の構造を調べて、警備ルートを把握して、万全を期してみたところで、ぼくらの思う『万全』が彼らに通用するのか、わかったものじゃないんだ。

 むしろ、足下を掬われる可能性すらある……。だったら、ノープランとは言わないけれど、臨機応変に対応できるように構えておくべきだと思うんだ」


「……だから今夜行くって?」


「うん」


 エルヴィスはルビーに頷きかける。


「今のところ、ぼくらの存在には気付かれてない――と、ぼくらは思っているけれど、それだって、()()()()()()でバレていて、()()()()()()から泳がされているだけかもしれない」


「そんなこと言い出したら――!」


「そう、キリがない。

 だから今夜行く。

 考えてもキリがないことに費やすような時間は、ぼくらにはない」


 断ち切るように言い切ってから、エルヴィスは仲間たちを安心させるように笑った。


「焦ってるわけじゃないよ。無理をするつもりもないさ。威力偵察みたいなものだと思えばいい。できる限り頑張ってみて、無理そうだったら引き返す――行けそうだったら最後まで行く。ただそれだけのことなんだから」


「あたしに言わせりゃ、それを『無策』って言うんだがな……」


 ルビーは溜め息をついた。


「わあーったよ。あたしも賛成に回る。これで賛成3だ」


 そして、ルビーはガウェインに目を向ける。


「あとはお前だけだぜ。どーする?」


「……オレは……」




 そのとき、エルヴィスの背後にある窓ガラスが割れた。


 数瞬遅れて、弾けるような音が高層建築街に響きわたった。


 それは――本来、この世界には存在しなかった音。


『銃声』だった―――




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




(そう。そのホテルの704号室。見える? 兄さん?)


(ああ、見えるよ。カーテンは開いてる)


 エルヴィスたちが泊まった宿屋(ホテル)から300メートルほど離れた位置にある高層建築(ビル)の屋上。

 そこに、一人の青年と一人の少女がいた。


 彼の名はベニー。

 彼女の名はビニー。


 ベニーは魔王ジャックの補佐を勤める青年であり、ビニーは魔王軍の諜報員を勤める少女だ。

 本来ならば、ベニーは魔王城のデスクで書類と格闘していなければならない立場だし、ビニーは地上で諜報活動に勤しんでいなければならない。


 そうしていないのは、それらより遙かに優先すべき仕事が発生したからに他ならない。

 双子の妹であるビニーによって、見逃せない情報がもたらされたのだ。


 勇者エルヴィス一行がダイムクルドに上陸した。


 それを知るなり、ベニーは書類を放り出して、とあるもの(・・・・・)だけを手に魔王城を飛び出した。

 ビニーも任務を放り出し、ジャックの許可もなくダイムクルドへ上陸した。

 そしてさらにビニーは、飛竜車の御者に扮して、ベニーがいるこのプラネットまで勇者たちを引き入れたのだった。


(ボク)は今、お前と一緒に生まれてきたことを、そしてこの精霊術を持って生まれられたことを、何よりも感謝しているよ、ビニー。

 おかげでこの手で、陛下にとって最大の障害を、取り除くことができるんだからね)


(妹に惚れないでよね、兄さん。(ワタシ)の心は、もうとっくに陛下に捧げられているんだから)


(……それ、(ボク)の心も道連れなんだけどな)


 彼らは一言も声を出してはいない。

 その会話は、精神を直接共有することによって可能となっていた。

 彼らの精霊〈ナベリウス〉の精霊術【三矢の文殊】である。


(本当によしてほしいよ。お前に引っ張られて(ボク)まで陛下のことを冷静に見られなくなったらどうするのさ)


(我慢して。(ワタシ)がダイムクルドへの立ち入りを許されなくても、兄さんを通じれば陛下のお姿を拝見できるんだから)


(せめて夜な夜なおかしな妄想をするのはやめてくれよ)


(兄さんがいかがわしい妄想をするのをやめてくれるなら考えるわ)


 二人は生まれたときから、精神を共有して生きてきた。

 そのため、子供の頃は、どちらが自分でどちらが相手なのかの区別すらありはしなかった。


 成長と性徴を経て、二人の精神は徐々に分化していった。

 しかし、こうして思考が筒抜けなのは変わらない。

 だから今更、恥も何もありはしなかった。

 ありはしないが、譲れない一線もまた存在する。


(やめてくれないならこうしてやるぞ)


(えっ? ちょっ、ちょっと! 妄想で実の妹に何をさせてるのっ!)


 意識の中ではなく、現実世界でげしげし蹴られて、ベニーはようやく妹への妄想攻撃をやめた。


(お前は普段離れてるから平気かもしれないけど、(ボク)は四六時中一緒なんだ。死活問題なんだよ)


(わかったわよ……。でも、(ワタシ)が陛下に欲情したところでしなかったところで、同じことなんじゃない?)


(ああ、そうか)


(冷静なんかじゃないわ、(ワタシ)たちの陛下を見る目は。あのときからずっと)


(あのときからずっと)


 あのとき。

 ベニーとビニーは、悪霊術師ギルドに飼われていた精霊術奴隷だった。

 ちょうど、今はジャックの第一側室であるサミジーナが置かれていた境遇と同じだ。


 彼女と二人が異なったのは、二人は当時すでに実用化(・・・)されていたことだ。

 二人はまとめて、とある盗賊の女頭領に貸し出されることになった。


 そこは本当にひどい仕事場だった。

 誘拐されてきた子供たちに紛れ、泣き叫ぶ彼らを落ち着かせなきゃいけない。

 そして彼らを次々と、悪趣味な人体破壊ショーに送り出さなきゃいけない。


 とりわけ最悪なのが、二人の主な運用方法が、女頭領の自己顕示欲を満たすことだったことだ。

 女頭領の力量を大きく見せるためだけに、二人は『奇術』とやらの真似事を強制された。


 別に、痛いことをされたわけじゃない。

 別に、苦しいことをさせられたわけじゃない。


 それでも最悪だった。

 こんなくだらないことのために、自分たちは育てられてきたのか。

 そう思えてならないことが、最悪だった。


 絶望ではない。

 失望である。


 すべての自由を剥奪されて、すべての自分を否定されて、精霊術の強化だけを望まれ、その末に、こんなくだらないことに使用される。

 そんな人生に対して、どうしようもなく失望したのだ。


 そんなときだ。

 誘拐されてきた子供たちの中に、彼と彼女がいた。


 彼と彼女は、これまでの子供の誰もがやろうとさえしなかったことを成し遂げてみせた。


 檻から脱出し。

 他の子供を全員逃がし。

 盗賊の女頭領をその手で殺害してみせた。


 その姿が、二人にどんなに輝いて見えたか。

 人生に何の選択肢も与えられなかった二人にとって、自らの力で運命を切り開いてみせた彼らは、希望そのものだった。


 あの人たちみたいになりたい。

 あの人たちみたいに、自分の力で道を切り開きたい。


 盗賊の崩壊後、悪霊術師ギルドに戻った二人は血の滲むような努力をして、ギルドの正規メンバーになった。

 そして――


 7年前のあの日に、彼と彼女に再会したのだ。


 ベニーとビニーは、成長した自分たちの姿を彼らに見てほしくて仕方がなかった。

 けれど、彼は――ジャックは。

 二人の憧れを、『間違いだ』と断じた。

 彼らに憧れて生まれた今の自分たちを、何もかも否定した。


 そして、今度は絶望した。

 失望ではなく。

 絶望した。


 そこから、二人の人生はリスタートしたのである。


(すべては陛下の――ジャックさんのために)

(すべては陛下の――ジャックさんのために)


 もう一人はもういない。

 かつての憧れは半分になった。



 それでも、ジャック・リーバーは歩むのをやめなかった。


 たとえそれが、絶望の歩みだったとしても。


 その絶望こそが、二人には何より眩しく映っていた。



 ビルの屋上でうつ伏せになったベニーは、片目でスコープを覗く。

 彼の手にあるのは、黒く輝く長い鉄の筒。

 ただの銃ではない。

 城の『科学者』たちが、何丁かだけ試作した最新式だ。

 ジャックの『知識の泉』によれば、この銃はこう呼ばれている。




 ――――スナイパーライフル、と。




 魔王軍で正規採用されている銃より、何段階も先の文明力を持つそれで、ベニーはエルヴィスたちがいる部屋の窓を狙い定めた。


(ビル風が強い。修正して)


(了解)


 二人の能力を最大に引き出す武器として、特別にジャックから与えられたスナイパーライフルに、ベニーは補佐の仕事の合間を縫って習熟していた。

 ビニーの指示を聞き、狙いを調整していく。


 ビニーの役割は観測手(スポッター)

 スコープを覗くことで視野が狭くなってしまうベニーの代わりに、状況把握を担当する役目だ。

 精霊術によって精神や感覚をダイレクトに共有できるため、彼女の目はそのまま、ベニーの第三第四の目となるのである。


(射界に対象見えず。現状を維持)


(了解)


 その部屋に勇者一行がいるのはわかっている。

 狙うは勇者エルヴィス。

 ヤツさえ倒せば、もはやジャックに敵はいない。


 二人は待った。

 寒風吹きすさぶビルの屋上で、微動だにせず待った。


 やがて、時は来る。


(――対象発見)


 窓にエルヴィスが姿を現した。

 こちらには気付いていない。


(やっぱり……『科学者』たちの読み通り。このスナイパーライフルは『王眼』の死角に入ってる)


(世界そのものを見通すという『王眼』。ゆえに、世界に存在するはずのない武器は、捉えるのが難しい……。『科学者』たちは、情報距離がどうたらって言っていたけど)


 だが、気取られないという保証はない。

 二人はつぶさにエルヴィスの様子を観察する。


(……大丈夫。対象が窓から視線を外したら狙撃する)


(了解)


 じりじりと、万全の好機を待つ。

 ほんの数十秒後。

 エルヴィスが窓に背を向けた。


 ビニーの思念が言う。


(狙撃)


 ベニーは引き金を絞った。

 銃声が弾けた。

 ビニーが双眼鏡を覗く。

 そして思念で告げた。


(……的中(ヒット)


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