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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第14話 タイマー・スタート


「奏上します。移民の受け入れは予定通りに進行しております。期日までに1万人の移民が完了する予定です」


 魔王城・会議室。

 最上座に座する魔王ジャックは、報告を受けて低い声を漏らした。


「……やはり、1万か」


「畏れながら、それが限界です、陛下。我が国の土地面積や食糧自給率、現時点での『浄化の太陽』炸裂予定日などから考えまして、1万人が受け入れ可能な上限かと」


 報告する官吏は、魔王を畏怖してはいるが、必要以上に遠慮してはいない。

 主に自らの知恵を貸し与えることが、己の使命だと理解しているからだ。

 それは何より、魔王本人の要請でもあった。

 彼は天空に君臨する絶対者ではありつつも、決して万能ではないことを認める度量も持ち合わせていた。


 その最たる象徴が。

 彼らである。


「フフフフ……陛下、陛下? 畏れながら……フフフフフフフ」


 気味の悪い笑みを漏らし続ける男が、魔王に近い席に座っている。

 その身には純白の衣を纏っており、それがゆえに、他の官吏たちからは『もやしジジイ』などとあだ名されていた。


「フフフ……陛下。陛下の『知識の泉』より汲み上げられたる一つ、『工業化』を推進すれば、今まさにダブつきつつある労働力――おっと失敬、移民たちを有用に扱うことができますぞ。フフフ……どうですかな、ここは一つ……いい加減、『蒸気機関』の開発に予算を―――」


「却下する」


「ナォ――――っ!!」


 ジャックがにべもなく切って捨てると、白衣の男は奇声を発した。


「なぜです!! 理論はすでに完成しているのですぞ!! あとは! あとは予算さえぇええぇぇ……!!!」


「言ったはずだ。大地から離れたこのダイムクルドで産業革命を起こせば、あっという間に資源が枯渇する、と。

『知識の泉』による『文明加速』の目的は、ダイムクルドの民が最期(・・)まで安寧かつ豊かに暮らすことができるようにすることだ。

 あったはずの未来を食いつぶし、人生を工場の歯車にすることが、安寧かつ豊かだと言えるのか、『科学者』」


「フフフフ……!! できた理論は実践してみたくなるのが科学者というものでしてな、魔王陛下……!!」


 白衣の男は、単に『科学者』と呼ばれていた。

 指輪教を否定し、精霊の加護を基礎に置いた世界観を否定し、大陸の片隅に引きこもっていた一派。

 彼らは『自然科学』なる概念を信奉するがゆえ、個を主張することなく、その全員がただ『科学者』と名乗っていた。


 まだダイムクルドがラエス王国の伯爵領であった頃、ジャックが自身の『知識の泉』を有効活用するために抱き込んだ異端の賢者たちだ。

 揃いも揃って変人奇人であったが、その頭脳は確かなものだった。


「それよりも、『科学者』、貴様は『浄化の太陽』の観測に集中しろ。

 あと何日で炸裂する?」


「フフフフフ……! 正確な炸裂日時もわからぬまま実行に移す剛胆な陛下が、我々は好きですぞ……! それも〈ベリト〉を捕獲できなかったがゆえですがな!」


「……………………」


「おおっと! 目が怖い! ではご報告しましょうぞ。ええっと……奏上? しますッ!」


『科学者』はなぜか席を蹴って立ち上がり、バァサッ! と白衣を翻した。


「『浄化の太陽』生成から今日で4日! 今朝の観測結果から算出された炸裂予定日はァ―――」


 勿体ぶって、『科学者』は自分に視線が集まっているのを確認する。


「―――フフ」


 そして、急にテンションを落として笑った。




「ずばり、明日の日没ですな」




 会議室に集った者たちが一斉にざわめく。


「あ……明日だと!?」

「バカな!」

「事前の試算では生成から1週間はあるという話だったではないか!」


「試算は試算じゃーい!! わし、知らんもーん!! 媒体に使ったオリハルコンが思ったより早く融解してるのが悪いんだもーん!!」


「ガキか!!」

「このもやしジジイ!!」


「陛下に言え、陛下に! 〈ベリト〉を使って媒体崩壊のタイミングをコントロールできれば、こんなことにはならんかったんじゃあ!!」


 なおも官僚や将軍たちは『科学者』の男を罵ったが、


「静まれ」


 魔王のその一言で、しんと静まり返った。


「無駄な時間を使っている暇はない。『浄化の太陽』の炸裂が明日の日没だとして、移民の受け入れはいつまで行える?」


「……奏上します。明日の昼が限界と心得ます。

 炸裂に応じてまき散らされる熱波から逃れるため、最低でも高度を2万は取らなければなりません。

 気圧調整の時間なども考慮しまして、プラネットおよびサテライトすべてがその高度まで上がるには、4時間は必要なものと……」


「その場合の受け入れ可能移民数は?」


「……約6000人です」


「8000人にしろ」


 即時に返った命令に、臣下は無言で頭を下げた。


「各自、すぐに仕事に取りかかれ。世界が終わるまで休みはない」


 一斉に返事が返り、臣下たちと『科学者』は会議室を退出した。


 最後にジャックが廊下に出る。

 と、そこに、一人待っていた男がいた。


「よお。忙しそうだな、魔王サマ」


「…………アーロンか」


 ジャックは壁に背中を預けたダンジョンマスター、アーロン・ブルーイットを一瞥した。


「何の用だ」


「別に。ただ、衝動的にな……。あんたが一番、オレを罰してくれそうだからよ」


「………………」


 無言になったジャックに、アーロンは皮肉げな笑みを見せた。


「責めねえのかい。『どうしてお前だけ生きてるんだ』ってよ」


「……生きてはいない」


「そう、生きてはいねえ。本当のオレはとっくに死んでる。今ここにいるのは、アーロン・ブルーイットのフリをした死体に過ぎねえ。……あの悪霊王が作った、な」


 悪霊王ビフロンス。

 その精霊術。

【死止の蝋燭】。

 生きた人間とまったく見分けがつかない死体、哲学的ゾンビを製造する力。


「なあ、陛下よ。悪霊王ってのは、結局、誰だったんだ?」


「……………………」


「わかってるさ。答える気はねえんだろう?」


ありもしない感傷(・・・・・・・・)に、応えてやる義理はない」


 へっ、とアーロンは唇を曲げた。


「いいねえ。それだよ。おかげでもう少し、残像をやっていられそうだ」


 ひらひらと手を振って、アーロンは去っていった。

 その背中を、ジャックは無言で見送る。


「…………残像」


 彼の背中が消えた頃。

 他の誰にも聞こえない音量で、ジャックは呟いた。


「……ただの残像でも、輝いて見えることはあるんだよ」




[浄化の太陽炸裂まで、残り約32時間]


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― 新着の感想 ―
惑星という単語が存在しないのならこの世界は平面で太陽と月しか星は存在しないと考えた方が自然だけど、自然科学もそれはそれとして成立しているんだね
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