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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第11話 いつか、聞くべき人に


 ――毎晩、夢を見る。


 真っ白な地面と、満天の星空の間。

 そこで二人っきり、この世の誰よりも大切な女の子と語らっている。


 俺が言うことに、彼女はきゃらきゃらと笑って。

 彼女の言うことに、俺もまた微笑んだ。


 なんてことのない時間。

 なんてことのない空間。


 それを、不意に。

 黒い声が引き裂く。


『――兄さん』


 黙れ。

 失せろ。


『――楽しいですね、兄さん』


 違う。

 違う違う。


『――違いません。彼女はわたしです』


 違う違う違う!

 消えろ……!

 消えろ、消えろ……!!


 気づけば、俺はその声の源を、思いっきり手で絞めている。

 これで、ようやく……。

 胸の中は、安堵でいっぱいで。

 自分が絞めているモノの顔なんて、見えちゃいなかった。


『…………じ、』


 あ。


『ぃ…………』


 ああああああああ。


『…………く、――――――』


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!



 ―――こうして、今日も目を覚ます。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ノックをしても返事がなかったので、いけないと思いつつも勝手に入ってしまった。


「陛下……?」


 サミジーナは天蓋付きのベッドに向かって、ひっそりと話しかける。

 返事は寝息だけだった。


 なぜだか足音を殺しながら、サミジーナはベッドに近付いた。

 カーテンから朝日が射し込んでいる。

 とはいえ、昨夜から空に輝く『浄化の太陽』によって、朝と夜に区別はなくなってしまったが。


「陛下……? まだお休みですか……?」


 尋ねるまでもなかった。

 ジャックはベッドの上で、規則的な寝息を立てている。

 珍しいことだ。

 いつもこの時間には起きているのに……。


 ジャックの寝顔は、普段とは別人のようだった。

 眉間に皺がなく、表情は安らかだ。

 もしかしたら、これが本来の彼の顔なのかもしれない。


 サミジーナは初めて見るジャックの寝顔を見て、くすっと笑みを漏らした。


(……かわいい)


 思ってから、ふと首を傾げる。


(……『かわいい』?)


『かわいい』とは、小さな動物や女性、子供などに対して、魅力を覚えたときに抱く感想のひとつだったはず。

 それがどうして、大人の男であるジャックを見て出てきたのだろう。


(……どきどきする)


 ジャックの寝顔を見ていると、動悸が速まってくる。

 もっと見ていたいと、欲望が首をもたげる。

 できれば、いつも、こういう顔をしていてくれたら―――


「…………ぅ…………」


 不意にジャックが呻いて、サミジーナはビクッと肩を跳ねさせた。


(お……起きたのかな……?)


 恐る恐る顔を覗き込むと、表情が苦しげに歪んでいた。

 眉間に深いしわが寄り、打ち上げられた魚のように苦しげに喘ぐ……。


「あっ、あっ……!」


 サミジーナは焦った。

 もしかして、何かの病気なのだろうか。

 人を呼んだほうがいいのだろうか。

 そうして迷っている間に、ジャックはうっすらと目を開けた。


 ぼうっとした黒い目が、サミジーナに向けられる。


「…………フィ、ル…………?」


「――――っ!!!」


 胸がきゅうっと締めつけられた。

 彼が夢の中で誰と会っていたのか。

 どうしてあんなにも安らかな寝顔だったのか。

 わかってしまったのだ。


(……ああ、この人は……)


 好きな人には、あんな顔を向けるのか。

 あんなにも、優しい……。


 サミジーナはふるふると頭を振った。

 物思いに耽っている場合ではない。

 具合を確かめなければ。


「陛下……大丈夫ですか? 具合が悪いようでしたら、人を――」


 ぼうっとしていたジャックの目の、焦点が合った。

 瞬間。


「――――!!!」


 素早く彼の手が伸びて、サミジーナの首に絡まった。


「…………っ!?!?」


 サミジーナはわけもわからないまま、ベッドに押さえつけられる。

 首がぎゅうっと絞まった。


「……かッ…………!!」


(……くる、し……)


 空気が胸に入ってこない。

 血が止まる。

 顔が冷たくなっていく気がする。


 ジャックは血走った目で、サミジーナの顔を見下ろしていた。

 先ほどの安らかな寝顔とは似ても似つかない、恐ろしい顔。


 それでも――

 なぜか、怖いとは思わなかった。


「…………へ、い……か…………」


 このままジャックに殺されるなら、別にそれでも構わない。

 ただ、苦しそうな顔は、彼に見せたくなかった。

 彼に見せる最後の顔は、できるだけ綺麗なものであってほしかった。


 だからサミジーナは、頑張って微笑を作る。

 それから……。

 力を振り絞り、腕を持ち上げ……。

 ……ジャックの頬に、そっと触れた。


「…………!?」


 同時――

 ジャックの目に、正気が戻る。


 首を絞める力が緩まり、空気を取り込めるようになった。


「……がほっ! ごほっ、ごほっ!!」


 サミジーナは何度もせき込む。

 薄れかけていた意識も明瞭になった。


 サミジーナが滲んだ涙を拭う間、ジャックは自分の両手を見つめていた。

 と、思うと。


「―――あ゛あ゛あ゛ッ!!!」


 荒々しい叫び声と共に、その両手をベッドに激しく叩きつける。

 一度だけではない。

 何度も、何度も。

 自分を傷つけるように。

 自分を罰するように。


 瞬間、今までの人生で一番、胸が詰まって。

 気付けば、自分でも思いも寄らない行動を起こしていた。


 ジャックの身体に、自分から抱きついたのだ。


 彼にかけるべき言葉を、サミジーナは知らなかった。

 胸にある気持ちの名を、サミジーナは知らなかった。

 だから、華奢で幼い腕で、しかし精一杯、彼を抱き締める。

 それしか、伝える方法が、わからなかった……。


 サミジーナがどれだけ力を込めようと、所詮は幼い子供のそれに過ぎない。

 それでもジャックは、自傷行為をやめた。

 代わりに――

 震える腕を、ゆっくりとサミジーナの背中に回し。


 優しく。

 優しく。


 抱き締める。


「……ごめん……」


 サミジーナの耳元で、そっと囁く声があった。


「…………ごめんな…………」


 これは、自分に向けられた言葉ではない。

 いつかどこかで誰かに言えなかった言葉を、今ここで自分に、代わりに告げているだけでしかない。


 どうしてだか、涙がこぼれた。

 こんな形じゃ、ダメだ。

 自分相手じゃ、ダメだ。

 そんな思いが、どこからともなく溢れてきて、それが涙になったのだ。


(……いつか……いつか……)


 心の中で、サミジーナは強く思う。


(……いつか、絶対……本来の人に……)




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 それからしばらくして身を離すと、ジャックは何事もなかったかのように身支度を整えて、後宮を出ていった。


「あぁら、第一側室サマ。陛下の寝室から朝帰りだなんて、羨ましいことですわね!」


 廊下に出るとデイナに会ったが、相手にする気分ではなかったので、すれ違いざまに一言言うだけに留める。


「……たかが10歳の子供に『嫉妬』ですか? 陛下に抱かれたいデイナ様」


「~~~~~~っ!!!」


 昨夜のことを思い出してか、デイナの顔がカーッと真っ赤に染まったのを確認してから、すたすたと立ち去った。

 うん。

 これが皮肉というものか。

 なかなか気分がいい。


 デイナの声が聞こえなくなったところで、メイドのシトリーに会った。


「今日はなんだか悲しそうだね、サミジーナ」


「……悲しい? わたしが?」


「うん。八つ当たりなんて珍しいじゃない」


 さっきのデイナとのやり取りをどこかから見ていたのか。


「悲しい……のかな? その割には、気力が充実してるような……」


「悲しみがバネになることだってあるよ」


「バネ?」


「びょ~んと跳ねるやつ」


「びょ~ん……」


「そのうちわかるようになるよ、いろんなものを見ていけば。あたしはね、サミジーナ。あなたに世界を見てほしいんだよ。あたしの代わりにね」


「シトリー……」


 彼女はサミジーナと同じく悪霊術師ギルドに育てられた子供。

 ギルド以外の世界を知らなかった。

 今だって、特例で後宮のメイドにしてもらっている関係上、この屋敷の外には出られない。

 彼女に比べれば、サミジーナはずっと自由だ……。


「世界を見て。人生を知って。

 ……幸せになろうよ、サミジーナ」


 サミジーナは窓の外を眺める。

 健やかな青い空には、太陽が二つ浮かんでいた。



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― 新着の感想 ―
本当にもう…お労しすぎるって…
まじ悲しすぎて泣きそう
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