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転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?  作者: 紙城境介
因果の魔王期:あの日の扉を開くために

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第3話 残骸たち


 異常は、誰の目にも明らかに現れた。

 天空魔領ダイムクルドの一片、比較的小さな浮島の一つが、首都ブレイディアに向かって移動を始めたのだ。

 比較的小さい、とは言っても、人の身に比すれば巨大の範疇。

 象を10頭は容易に潰し得る、それは巨大な岩塊だった。


 もしかして、アレをどこかに落とす気か。

 警戒して身構えたエルヴィスだったが、次の瞬間、その予想は真っ向から裏切られた。


 ―――ゴゴ―――

 ―――ゴゴゴ―――

 ―――ゴゴゴゴゴ―――


 風が唸るその音は、先ほどのジャックとの長距離戦で、早くも聞き飽きていた。

 ベコリ、と大地が剥がれる(・・・・)

 まるでかさぶたでも取れたかのようだった。

 地面の一部が、強い風に吸い上げられたのだ。


 ゆっくりとブレイディアに移動してくる、巨大な岩塊。

 それを中心とした、半径50メートルほどの空間。

 その中に―――


 地面が。

 木々が。

 人間が。 


 ―――ありとあらゆる物質が、吸い込まれてはふわふわと浮遊する。


 エルヴィスの背筋に、鋭い怖気が走った。

 7年前、魔王当人と共に研究に励み、その現象の原理を深く知悉している彼は、即座に理解したのだ。


「なんて……なんてことを……!! ジャック君……君は、この街を地図から消すつもりか!?」


 驚愕と悲しみを滲ませた詰問は、彼方の旧友には届かない。

 ただ、現実だけが。

 圧倒的な破壊だけが、じわじわと街に迫っていた。


「え……エルヴィス様っ! あれは……あれは一体なんなのですか!?」


 王女ヘルミーナの質問に、エルヴィスは表情を歪ませて答える。


「……爆弾だよ、あれは。この世で最も凶悪な爆弾だ」


 大盾の騎士ガウェインが、眉間にしわを寄せた。


太陽破風(モーメント・バースト)の応用ですか、殿下」


「うん。あの岩塊を中心とした無質量空間は、周囲の物質を無際限に吸い込んでいく。吸い込まれた時点では何の破壊力もないし、死ぬことはないよ。

 でも、無質量状態が――【巣立ちの透翼】が解除された瞬間、あの中は信じられないほどの超重圧空間になって、内部の物体は例外なく圧潰する。

 そして同時に、吸い込まれたすべての物質が周囲に解放されるんだ。

 そう――爆発するように」


 そうなれば、この街がどうなるか。

 それはすでに、エルヴィスが告げた通りだ。


 後に残るのは、更地のみ。


「しかし殿下……! ヤツの【巣立ちの透翼】は、その手で触れたものにしか作用しないはずでは―――」


「『精霊励起システム』だよ、デカブツ」


 ガウェインの隣に、いつの間にか小柄な少女が立っていた。

 彼女に気付くや、ガウェインは表情だけで驚きを表し、すぐに厳しい顔つきに戻る。


「ルビー・バーグソン……! 貴様、どこに行っていたのだ!」


「いやー、さっき王子様が竜騎兵を落としただろ? こりゃチャンスだなと思って、ちょちょいと情報収集をなー」


 悪びれずに笑いながら、少女は空になった小瓶を見せびらかした。

 ガウェインの胸程度までしかない矮躯の少女は、肌着の上に簡素な革鎧を着けただけの格好で、お腹も大胆に露わにしている。

 粗雑とすら言ってもいいその身なりは、磨き上げられた鎧で巨体を覆ったガウェインとは、ちょうど好対照であった。

 だが、彼女の一番の特徴は、頭の上に生えた耳とお尻から伸びた尻尾だ。

 彼女――ルビー・バーグソンは、人間と猫の特徴を兼ね備えた種族・ケットシーなのである。


 ルビーはショートパンツからはみ出させた尻尾を波打たせつつ、滑らかに言葉を連ねた。


「『精霊励起システム』―――やっぱり間違いねーみてーだ。それのためだぜ、ジャックの奴がルーストを集めてやがるのは。

 簡単に言っちまえば、精霊術の自動化装置だ。ルーストから精霊の本体を引き離して、術師の意思と関係なしに力を使わせちまうのさ。

 まあ、そりゃそーだわな―――そんな装置でもなけりゃあ、ダイムクルドをずっと浮かせとくなんてできやしねー。術師であるジャックがちょっと居眠りでもしたら、その途端に真っ逆さまだぜ」


「せ……精霊術の自動化装置……!? そんなものが……!?」


 ヘルミーナが驚愕を露わにする一方で、エルヴィスは神妙な顔で頷いた。


「……出所は、やっぱり学院かい?」


「そーだろーな……。あの殺傷無効化結界を維持してたシステムをパクりやがったんだ。学院跡の地下に賊が入った形跡があったのとも符合する」


「だとしたら、あれはその応用なのか……」


 そう呟いて、エルヴィスはゆっくりと街に迫る『無質量爆弾(ヴォイド・ボム)』――岩塊を中心とした球状の吸引領域を見やる。


「精霊術を自動化することの副作用なのかな。術を使用する主体が人間でなくなるのなら、力の媒体だって再定義しなきゃならない。もしそれを『ダイムクルド全体』にできるのなら―――」


「ダイムクルドやそれに取り込まれた土地のすべてを、ジャックの奴の手足も同然にできちまうわけだ」


 ジャック・リーバーは手や足に触れた物質の重さを消し去ることができる。

 ゆえに、ダイムクルド全体を手足とすることで、ダイムクルドを構成する岩塊が触れた物質にも、精霊術の効力が及ぶようになったのだ。


「つまり」


 エルヴィスの表情に力が宿る。


「無質量空間の中心にあるあの岩塊―――あれをどうにかすれば」


「爆弾を消し去れるのですか!?」


 勢い込んだヘルミーナに、頷きを返したのはルビーだった。


「理屈の上ではそーゆーことになる。でも、問題は方法だぜ、王子様」


「わかってるさ。ぼくの気圧攻撃はあの無質量空間に無効化されて、中心の岩塊まで辿り着かない。ガウェイン君が中に突っ込んだところで同じことだ。この世のほとんどの生物は、質量という概念を奪われたら、途端に何かを傷付けることが難しくなってしまうんだ。例外は―――」


「―――もおっ!! どうして誰も足並みを揃えようとしないのっ!?」


 大声で文句を垂れながら部屋に飛び込んできたのは、赤い髪の少女だった。

 腰をベルトで絞った法衣(ローブ)は、目の覚めるような赤さ。

 サイズの大きなそれですら、息を切らして上下する胸の扇情的なラインを隠すことはできない。

 そして汗の浮いた顔には、すっきりと通った鼻梁、形のいい唇、長い睫毛に大きな瞳――どれも一級品のパーツが、絵画めいてバランス良く配置されている。

 神が丹精込めて仕上げたようなそれらには、しかし、あどけなさもまた絶妙に入り混じっていた。


 可憐にして凄烈。

 例えるなら、炎でできた薔薇のような美少女だった。


 アゼレア・オースティン――

 エルヴィスの最後の仲間にして、炎神天照流師範代。

 現在、ラエス王国で3人といないAAA(トリプルエー)ランク精霊術師である。


 アゼレアは手入れの行き届いた眉を吊り上げて、エルヴィスたちにずんずんと詰め寄った。


「あなたたちね! 緊急事態だから、多少は理解もするけど! 少しくらいはコミュニケーションというものを取ってから動いてくれるかしら! 報・連・相! もう子供じゃないんだから、そのくらいできるわよねっ!? ったく! どうして私がこんなこと―――」


「アゼレアさん、アゼレアさん」


「何よ!?」


「悪いけど、緊急事態はまだ終わってないんだ」


 エルヴィスがおずおずと街に迫る『無質量爆弾』を指差すと、アゼレアは唖然と口を開けた。


「なっ……何よあれ―――っ!?」


 あの爆弾が出現したとき、彼女はこの城の階段を駆け上っていたところだったのだろう。

 バルコニーの手すりに身を乗り出すと、目を細めて『無質量爆弾』を見やった。


「……あれって……もしかして……」


「ジャック君の仕業だよ」


 アゼレアの整った美貌が、かすかに歪む。

 きつめに唇を引き結び、切なげに。


「アゼレアさん、きみの力が必要だ」


 その表情の変化にはあえて気付かない振りをして、エルヴィスは言った。


「あれを止めるためには中心にある岩塊を壊す必要がある。でも、ぼくたちじゃその周囲の無質量空間に邪魔されて手が出せないんだ。質量に依らず岩塊を攻撃できるのは、きみの炎しかない」


「……………………。わかったわ」


 アゼレアはしばらく沈黙したのち、表情を戻して答える。

 そして。

 顔を上げ、視線を上げ。

 彼方の空に浮かぶ、魔王の居城を睨み上げた。


「私、あいつに……あの男に、言いたいことがたっくさんあるの。聞きたいことだって数え切れない」


 それは、全員が同じだった。

 エルヴィスも。

 ガウェインも。

 ルビーも。

 級友ジャック・リーバーに、言いたいことと聞きたいこととが、数え切れないくらいたくさんある。


「でもまず、その前に!

 ……かかせてやるわ、吠え面を。

 引きずり降ろしてやるわ、その偉そうな玉座から!

 何が『魔王』よ、ぜんっぜん似合わないっ!!

 あんたなんか……私たちにとっては、あんたなんかっ……!!」


 声が震え、萎みそうになり――

 しかし彼女は、空に向かって高らかに宣言する。


「―――ただの、クラスメイトなんだからっ――――!!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 魔王が、世界を見下ろしている。

 自ら起こしている破壊と、程なく訪れる終焉とを、感情の窺えない瞳で見下ろしている。


 遥か王城のバルコニーに、懐かしい級友たちが揃っていることは、きっと彼にも知れていた。

 …………いいや。

 揃っている(・・・・・)なんてことは有り得ないのだ。

 エルヴィスたち4人が顔を並べたところで、その中に彼の求めるものはないのだから。


 ……いくら、残骸を掻き集めても。

 一番重要なもの(・・・・・・・)が欠けているのでは、直ったとは言えないのだ……。


「陛下……終わったのですか?」


 呼びかけたのは、魔王の第一側室、サミジーナ。

 当時の彼女(・・・・・)と1歳しか違わない、10歳の少女。

 眼下の世界から視線を切って、ジャックはその幼い顔を一瞥した。


「……ああ」


 魔王はマントを翻し、世界に背を向けた。


「終わったよ」


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