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第9話 まさかの監禁ルートへ




 目を覚ますとそこはヴァインハルト家の寝室だった。

 二度目のタイムリープを経て未来が変わったか期待していたが、どうもうまくいかないらしい。

 

 とりあえずどれくらい未来が改変されたのか、状況を確認しようとベッドから起き上がる。

 しかしその時、私の腰に何者かの腕が巻き付いているのに気付いた。

 

「ん?あ、あれ?」

 

 おまけに自分の身体を見れば何故か素っ裸で硬直する。


 え?な、何これ?どういうこと?


 怖くなってそそくさとシーツに包まる。

 そしてシーツがずれたことによって、私の腰を抱いていた人間の姿も露になった。

 

 そこにいたのは天才魔術師クロード・ヴァインハルト(大人)で、彼も何故か素っ裸だった。

 

「え、な、な、何で…………」

 

 あまりの状況に頭がついていかない。


 こ、怖い。何で裸なの?

 何でクロードも裸なの!?


 すると横になって目を閉じていたクロードが身動ぎし、むくりと起き上がる。

 そして硬直する私に気付き、うっとりとした表情で口を開いた。

 

「おはよう、ソフィー♡」


 怖すぎる。


 到底クロードから発せられないだろう甘い声音に鳥肌が立つ。誰なんだ、この人。


 するとその時、ふと右足首に違和感を感じた。おそるおそる見れば足枷で拘束されており、そこから伸びる長い鎖は寝室の壁に続いている。

 

「……………………」

「まだ寝惚けているのかい?だったらもう少し寝ようか」

「…………………い、いえ、あの、起きます。服も着させてください」

 

 あまりの恐怖に言葉が出てこない。未来の自分は一体何をして、どうなってしまったんだろう。


 黒髪の美男が愛おしそうにこちらを見ている。

 タイムリープから目が覚めたばかりだというのに、再び意識を失いそうだった。



 

 ・

 ・

 ・



 

 状況を把握するに、どうやら私は監禁されているらしい。

 

 クロード・ヴァインハルトの手によって。

 

「───ええと、話を整理すると、ヴァインハルト君は中等部を卒業後、高等部修了試験を受けて進学しなかったと。それから私の生家に婚約の打診をして、私も高等部に進学せずヴァインハルト家に嫁いだ、という感じかしら?」

「そうだけど自分のことなのに随分他人事みたいに言うね」

「で、結婚してからヴァインハルト家から一歩も外へ出ることを許されていないと。さ、最悪だ………」

「監禁している本人を前によく言えるね」

 

 現在、ヴァインハルト家の食堂でクロードと一緒に朝食をとっている。

 あの足枷はクロードが家を留守にしている間と寝ている間に付けられるものだそうで、今は普通に外してもらっていた。

 

 そしてクロードが私にめろめろとした甘い視線を送る。

 

「でも懐かしいね。いつもは『クロード様』と仰々しく呼ぶのに『ヴァインハルト君』なんて。まるで中等部の頃に戻ったみたいだ」

「ご、ごめんなさい。クロード様」

「本当は呼び捨てで呼んでほしいんだけどね。やっぱり怒っているのかい?こうやって無理矢理娶って外に出さないから、当て付けみたいに余所余所しい態度を取るんだろう」

 

 いや、多分普通にクロードが怖いだけだからじゃないですかね………。


「だけど仕方がないよね。ソフィーがいつまでもドミニクのことを好いているのが悪いんだから」

「あの、別にもうドミニク先輩のことは好きでも何でもなくてですね………」

「今更信じられないな。外に出してほしいから、そう言っているだけだろう?」

 

 面倒くさいな、この男。


 学生時代にレベッカと回し読みしたちょっと大人な少女小説みたいな状況だが、自分の身に降り掛かるのは勘弁してほしい。

 それにまさかクロードが惚れた女を監禁するような男だとは思わなかった。少女小説では『自分のことが大好きなヤンデレヒーロー』だが、実際はただのサイコパスである。

 

「自分で言うのも恥ずかしいけど、貴方は私のことが本当に好きなのね………」

「ああ。中等部に入学して早々、君に一目惚れをしたんだ。あの時からずっとソフィーのことを愛しているよ」

「中等部に入学してからずっとなのか」


 まさか中等部1年の頃から好きだったとは。

 しかもあの美少年がこの私に一目惚れしてくるなんて想定外である。


 しかしここで一度整理しよう。

 クロードに好きな人がいると言えば監禁ルートに進む。

 ということは、だ。

 中等部を卒業するまでに私はクロードに「好きな人がいる」という言葉を撤回し、もっと別のアプローチで彼の恋愛対象外にならなければならない。

 もしまたタイムリープができて、行き先が中等部の頃であればそうするしかないだろう。


(二回タイムリープしたんだから、三回目もあるって思った方が良いよね。きっと)

 

「この生活に不満かい?」

 

 するとその時クロードが面白くなさそうに尋ねた。


「君の夫は建国以来の大魔術師なんだよ」

「自分で言うんだ………」

「治らないと言われていた結晶病の薬を開発し、ありとあらゆる魔素を新たに発見した。また王宮と魔術師ギルドで様々な高難易度任務をこなす───この国で一番の魔術師だ」

「はあ」

「何が不満なんだい?外見だってドミニクに寄せて鍛えたつもりだが」


 ……………不満か。

 おそらくだが、この時間軸のシモンズ家はクロードの手によって没落しかけていない。

 あれは私が16歳の頃にクロードの告白をこっ酷く振ったから起こったことで、15歳の頃に結婚した私達には起こり得ないからだ。


 この結婚もきっと私を一生苦しめるためのものではない。

 でも………


「あの、レベッカは?」

「レベッカ?ああ、中等部時代の君の友人か。彼女は君をこの屋敷から出せってうるさいから、人払いの術を掛けて近寄らせないようにしているよ。流石にシモンズ家の御両親には会わせているが」


 レベッカに会えない。

 中等部の頃からの友人で、困ったことがあると親身になって助けてくれて、結婚式で私が泣いた時に本気でクロードに怒ってくれた大切な人。

 この未来では監禁されている私を不憫に思って、何度もクロードに物申してくれたのだろう。

 

 相手は建国以来の大魔術師だというのに。もしかしたら怒りを買って、何らかの魔術をかけられるかもしれないのに。

 

 親友にもう二度と会えないかと思うと、私はこの未来を生きていくことはできなかった。



 

 ・

 ・

 ・



 

 それから私達は夜まで一緒に過ごした。

 聖女奉祝祭の準備で忙しくないのかと聞けば、長期で家を空けるのは無理だと言って強引に担当から外れたらしい。

 

 そしてずっと気になっていた───結晶病の薬で治験に協力をしてくれた患者はどうなったかと聞くと、治療は成功し今は市井で家族とともに暮らしているそうだ。


 日はすでにとっぷりと暮れて、クロードとベッドに横になる。

 そういうことをしなければならないのかと不安になったが私が疲れているのを察してくれたのか、もう休もうと言ってくれた。

 

「…………今日はいつもよりたくさん話してくれたな」


 クロードがぽつりとつぶやく。

 

「ここ最近はずっとぼんやりとしていて、話しかけても反応すらしてくれなかっただろう。だから嬉しかった。また学生の頃みたいに話せて」

 

 横になりながら、クロードが懐かしそうに目を細める。


 監禁されて外に出ない生活がずっと続いていたのだ。

 だから話すだけでこんなにも体力が持っていかれるのかと気付く。


 疲労によって眠気に襲われながらも、私はこのことはきちんと伝えなければと口を開いた。


「クロード、本当にごめんなさい」

 

 それにクロードが怪訝そうに眉を寄せる。

 そんな彼に私が続けた。

 

「13歳の頃に私がドミニク先輩のことが好きだと言ったでしょう?信じてもらえないかもしれないけど、あれは本当は嘘なの」

「……………どうしてそんな嘘を?」

「それは…………」

 

 何て言ったら良いのか分からず、尻すぼみになってしまう。

 意識がぼんやりとする中、それでもこれだけは言わなくてはと続ける。

 

「クロードがこうやって私を囲うのは、多分私が変な嘘を付いたからだよね。あんな嘘を付かなかったら、きっとクロードは歪まないでいれたんだと思う」

「ソフィー?」

「クロードの気持ちを無視して、自分が得するように動いたから、こんな風になったんだよね。…………本当にごめんなさい」


 するとクロードは自嘲した笑みを浮かべた。

 

「信じられないな。ドミニクは男から見てもいい男だ。それに13歳の頃の俺なんてただの魔術オタクだったろう」

「でもあの頃、クロードのこと良いなって思っていたんだよ」


 そう言えば彼はきょとんとする。

 13歳のクロードがそのまま大人になったら結婚したいなと確かに思っていたのだ。

 

「多分()はもう消えて、明日から元の私に戻るけど………その時にきちんと話してほしい。どの口がって思うけど、明日の私をほんの少しで良いから信じてほしい」


 この未来がこの先どうなるか分からない。

 ここまで歪んでしまった先に何があるのか。

 

 それでももし、クロードが私の愚かさを許し私の話に耳を傾けてくれるのなら、少しは違う未来になるんじゃないのかと思ってしまう。

 こっちの時間軸の私にも丸投げをしてしまって申し訳ないが、是非とも頑張ってほしい。

 

 だってクロードが本当は良い人だということは、もうすでに知っているはずだから。

 

「ソフィー」


 そして私は重い瞼に耐え切れず、そのまま意識を手放した。





 


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