第8話 二度目のタイムリープ《13歳》②
結晶病の薬が完成し、現在治験に回している。まだその段階だというのに世紀の薬を開発したとして、クロードは世間から注目された。
そしてそのせいで、一番喜びを分かち合いたかった想い人───ソフィーの存在が遠ざかっていくのが分かる。
クロードの隣の席ということで、自分をアクセサリーの一部として周囲に自慢しようとする傲慢な女子生徒に目を付けられ、席を追いやられてしまったのだ。
ソフィーと話そうにも、その女子生徒や彼女の取り巻きが休み時間になると押し寄せてくる。
思うようにいかない。
学園に顔を出しても邪魔をされ、ソフィーが少しずつ自分から離れていくのを感じていた。
◇
クロードの個人研究室に着き、勢いのままノックする。
しかし返事はなく、もしかして帰ってしまったのではないだろうかと思った。
(どうしよう。タイムリープできる時間は1日もないのに)
ここに来る前に念のため図書室へ行ってみたが、いなかったのだ。研究室にいないというなら諦めるしかない。
けれど、しつこいようで申し訳ないがもう一度ノックしてみる。
するとその時、中から声がした。
「───うるさいな!何度も何度もしつこいぞ!ここに来るなと言っただろう!」
クロードだ。
しかしはっきりとそう言われてしまい「やってしまった」と後悔する。
彼は世紀の薬を開発して目下忙しい身。そんなクロードが来客の対応なんてできるわけないと、私は慌てて謝罪した。
「あの、同じクラスのシモンズです。クロード………じゃなくて、ヴァインハルト君に用事があって来たんだけど、お邪魔してしまったのならごめんなさい…………」
すると研究室の中からガシャンという音が聞こえてくる。
何かにぶつかったようだ。
中から慌ただしい様子が窺えて「あ、本当に忙しいんだな」と察する。
けれど次の瞬間、研究室の扉が勢いよく開いた。
「ソ、ソフィー………?」
「いきなり来てしまって本当にごめんなさい。忙しいようなら全然構わなくて………」
「いや、そんなことはない。入ってくれ」
「え?でも」
「すまない。まさか君が来てくれるとは思わなくて。僕も君と話をしたい」
そう言ってクロードは体を除けて、研究室に入るよう促してくれる。
それに私は申し訳なく思いながらも、お言葉に甘えることにした。
・
・
・
将来クロードと結婚しないためにはどうすれば良いか。
きっと分岐点は16歳の頃の彼からの告白だろう。
あそこで私がこっ酷く振ってしまったからクロードは歪んでしまい、私を苦しめるために結婚しようと誓ったんだと思う。
そしてそれを阻止するためには、クロードから告白されないようにするのが良い。
要は私のことを諦めてもらえれば良いのだ。
(我ながらすごく贅沢な悩みだな………)
「どうしたんだい?」
「ううん、何でもないよ」
研究室にある椅子に座らせてもらい、クロードからティーカップを受け取る。
中には飴色の紅茶が注がれていて、香りから私の好きな月露茶であることに気付いた。
「月露茶だ。茶葉が珍しくて全然手に入らないんだよね」
「ソフィーが好きだというのを調べて取り寄せていたんだ。いつかまた君をここに呼べたら良いなと思って………」
気恥しそうに話すクロードに一体いつ調べたんだろうと微妙な気持ちになる。
だって中々手に入らない茶葉なのだ。
希少価値が高い故おいそれ好きとは言えず、親にだって話していない。
するとクロードが対面の椅子に座り、申し訳なさそうに口を開いた。
「さっきはすまない。ここ最近クラスのリリエット・ミュラー達が研究室まで追いかけてくるようになったんだ。だからまた彼らだと思って怒鳴ってしまった」
「ううん、私の方こそいきなり来たから申し訳ないなって。研究室に押しかけてきたのは私も同じだから」
そう返せば「そんなことない」と首を振ってくれる。
本当に良い子だ。
将来私の家を没落させかけた男とはとても思えない。
「それに僕のせいで君はソフィーに目を付けられただろう?そのせいで席も追いやられて………あ!あと決して誤解してほしくないんだが、別にミュラーとは仲良くないし、あっちも僕のことを自慢できるアクセサリーとしか見ていない!」
「は、はい」
「そもそも僕は………!じゃなくて誤解していないなら、それで良いんだ」
顔が青くなったり赤くなったりして忙しそうだ。
するとクロードはハッと思い出したように席を立ちあがった。引き戸の棚から一通の便箋を取り出し、私に見せる。
「これは?」
「君がここに来てくれたら見せようと思っていたんだが………結晶病の治験に協力してくれる患者のご家族から頂いた手紙だよ」
そして読むように促され、そんな大事なものを私が見ても良いのだろうかと戸惑う。
「その手紙をくれたご家族からは許可を貰っているよ。………今回の薬の開発を手助けしてくれた人にも見せて良いか、すでに聞いている」
「それなら………」
正直彼を手助けした覚えはないのだが(あっても上級生を吹き飛ばしたくらいだ)それでも良いのならと便箋を開く。
拙い文字で書かれた、5歳くらいの女の子からの手紙だった。
「…………その子が3歳の頃、父親が結晶病を患ったそうでね。病気の進行が早く、両脚の血液が魔石となって切除するしかないと言われていたんだ」
そしてクロードがぽつりぽつりと続ける。
「でも治験に選ばれて薬を投与するようになってから、劇的に回復した。両脚の魔石は分解され、血液に戻り───そのおかげで回復魔法での治療を行えるようになったんだ」
ふと彼の顔を見れば誇らしげで、どこか不安そうであった。
「そのお礼の手紙だよ。またお父さんと一緒に歩けるって、お母さんが泣かなくなったっていう女の子の手紙だ。
でもまだ治験は終わっていない。もし何らかの後遺症が残ったら、薬によって命を落とすことになったらと思うと怖くて仕方がないんだ」
クロードが視線を下げて、弱った様子で話し終える。
───前回のタイムリープを経て、結晶病の治療が確立した未来で私なりに色々と調べたのだ。
薬による後遺症もアレルギー反応もなく、患者は順当に治療を受けられていると。
それは治験に協力してくれた患者達もそうで、薬によって回復した第一人者は市井に暮らす───妻と幼い娘のいる男性だった。
私の中で点と点が繋がったような気がした。
「すまない。こんな話をしたいわけじゃなくて、ただお礼の手紙を頂いたから嬉しかったっていう………」
「だ、大丈夫だよ」
クロードがきょとんとする。
手紙を机に置いて、そんな彼の両手を思うままに握りしめた。
「その、こんなこと言われたって何を根拠にって思われるかもしれない。無責任だって思われても仕方がないと思う。でも、大丈夫だから。その薬で、患者さんは歩けるようになるよ」
もし未来で、何らかの要因で患者の男性が助からなかった場合。私は本当に無責任でクロードに対してあまりにも酷いことを言っているだろう。
けれど私が前回のタイムリープで未来を変え、そのせいで結晶病を治す薬が開発されたのなら、その過程で得る責任をクロード一人に抱え込ませるわけにはいかない。
彼に比べれば私の抱えるプレッシャーなんて些細なものだろうけど、少なくともそれくらいのことはするべきだ。
「…………ありがとう」
クロードが薄く微笑む。
それに私は首を振り、無遠慮に彼の両手を握っているのを思い出して慌てて手を離した。
「ご、ごめんね!痛かったよね?」
「そんなことない。ありがとう、ソフィー」
そう言ってこちらを傷付けないように配慮してくれる彼に「本当にいい子だなあ」と改めて思う。
…………何というか、この13歳のクロードがそのまま大人になったら喜んで結婚したいくらいだ。
(でも将来私がいらないことを言って、クロードが復讐しようとしてくるんだもんなあ)
クロードが私に告白する16歳の頃にタイムリープできれば良いのだが、それができるかは不確定だ。
そのため今できることをこの時間軸でやるしかない。
「そういえば、僕に何の用だい?何かあってここまで来てくれたんだろう?」
彼の問いに現実に引き戻される。
そうなのだ。
ここで彼に何と言えば、16歳の時に告白してこなくなるだろう。
しかしその時、ふと閃いた。
「ええと、実はヴァインハルト君に相談があって………」
「相談?何でも言って。僕にできることなら何でもするよ」
すごく親身になってくれるな………。
そう思いながらも、私ははっきりと言い放った。
「わ、私、好きな人がいるんだよね!男の子目線で相談に乗ってもらいたくて」
クロードがいつ私のことを好きになってくれるかは分からない。
とはいえ13歳の今、私のことが好きだなんてことは無いだろう。こんなちんちくりんだし。
だから今後クロードに対して私は『好きな人のいるクラスメイト』として見られれば良い。
そうすればクロードも間違っても私をそういう対象で見ないと思うし、気を使って告白してこないだろう。
けれど何故かクロードが固まってしまった。
よく見れば全ての感情を削ぎ落したような表情をしている。
「ヴァインハルト君?」
「……………誰だ?」
「へ?」
「君が好いているという野郎………じゃなくて男のことだよ」
今野郎って言った?
けれど聞き間違いかもしれないと思い直し、居もしない好きな人の顔を脳裏に浮かべる。
そこでふと思い付いたのは、一学年上にいる騎士団長の御子息ドミニク先輩だ。
リリエットが追っかけをしているくらい人気だし、何だったらウィリアム殿下に次いでファンクラブもある。
ドミニク先輩のことを好きな女の子なんてたくさんいるだろうし、彼には婚約者もいないから迷惑もかけないはず。
よし、彼にしよう。
「ドミニク先輩だよ」
「へえ、ああいう筋肉質な男が好きなのか…………」
声変わりしていないはずのクロードの声が低い。
そしてクロードは無表情ながらも、淡々と答えてくれた。
「…………異性である僕としては、君はとても魅力的だと思うよ。ただライバルが多いと思うから立ち回りには気を付けた方が良いんじゃないかな」
「あ、ありがとう」
割と具体的なアドバイスをいただき、素直に礼を言う。
というか、よく考えれば今の私って好きな男の子がいるのに異性のいる研究室に着いていく(しかも手も握る)頭空っぽな女なんじゃないだろうか。
このままではいけないと思い、私は早々にここから立ち去ることを決めた。
「あの、ヴァインハルト君。色々話を聞いてくれてありがとう。お茶もすごく美味しかったし、手紙のことも教えてくれて嬉しかったよ」
「ああ………」
「それじゃあ、もう行くね。お邪魔しました」
そう言ってそそくさと立ち上がり、研究室を後にする。
うんうん、これで良いんじゃないかな。
あとは未来に戻るだけだ。
そう思っていると、途端に眠気が襲ってくる。
(あ、未来に戻る)
私は慌てて空き教室の席に座り、机に伏せた。
これで地面に倒れることはないだろう。
未来はどんな風に改変されたのかな。
そう思いながら、私は目を閉じた。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




