第27話 あなたが生きている未来
その日の夕方、クロードはヴァインハルト家の屋敷に帰ってきた。
何故か大層申し訳なさそうな顔をしていて出迎えた私に対し、しどろもどろ「ただいま」と言ってくる。それに「おかえりなさい」と返せば一瞬嬉しそうに頬を緩めたものの、すぐに眉間に皺を寄せた。
「お、俺はソフィーにそう言ってもらえる資格はない………」
一体何なんだ、この人は。
もしかして披露宴会場で私に対して色々言ってしまったことに申し訳なさを感じているのだろうか。
確かにいくら嫌いな相手とはいえ、それを聞かれてしまっては大層気まずいだろう。
(ここは気にしてないよって言うべきかな?でも『クロードが何をしたって、こっちは痛くも痒くもないんだから』って思われちゃうかな?)
そんなことをぼんやりと考えていると、クロードが私を伺いながら尋ねてくる。
「───今から予定は空いているか?」
「今から?」
「ああ、見せたいものがある」
見せたいもの?それにおそるおそる頷けば、クロードはほっと安堵した様子で息を吐いた。
そして侍従長のトマスを呼ぶと、私のコートを持ってくるように命じる。トマスにコートを着せてもらいながらクロードが説明した。
「今から外に出る。春先だが日も落ちて寒いだろう」
そう言って彼は私に手を差し出す。
どこか緊張した面持ちのクロードに私もおずおずと手を添える。
「《転移》」
一瞬身体が浮遊する。
そうして気付いた時には、ある屋敷の前に佇んでいた。
淡い灰色の石壁にその後ろに生い茂る黒い森。
───ヴァインハルト家の別邸だ。
ここで私は、クロードを死なせた。
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「───大丈夫か?」
「え?ええ」
別の時間軸で、クロードは聖女エミリアから私を守るために死んだ。そのことを嫌でも思い出してしまい、気持ちがどうも落ち着かない。先頭を歩くクロードに罪悪感が募る。
そしてクロードは屋敷の中には入らずに、そのまま裏庭の方へ歩いて行った。
どこへ行くんだろう。そう思っていれば、辿り着いたのはガラス張りの温室だった。
ここに何かあるのだろうか。
するとクロードが温室の扉を開けて中に入るよう促してくる。
ふと見れば温室の中にある植物達が蛍のような淡い、青白い光を放っているのに気付いた。
「これって………」
「ああ、結晶病の治療薬として栽培している薬草だよ。ここにあるのは中等部の研究室から引き取った苗で、今はここで育てている」
一面に広がる幻想的な光景に何だか懐かしくなる。
確か一番最初のタイムスリープでこの光景を見たのだ。
夢だと思っていたものだから、随分と好き勝手してしまった。
するとその時、クロードが私に向き直る。
「……………君に謝罪させてほしい。結婚式の日に愚かにも俺は君を酷く罵った。君のことを、善人の皮を被った悪女だと決して思っていない」
そんなクロードを私はじっと見つめる。
「勿論簡単に許されようとは思っていない。ただ、君に謝罪がしたくて………」
「恨んでないの?」
「え?」
呆けた様子で目を丸くさせるクロードに私は再度尋ねる。
「16歳の頃、私は貴方にとても酷いことを言って振ったわ。恨まれてもしょうがないと思えるくらい、最低な言葉をぶつけた。なのに、どうして?私のことは嫌いなんじゃないの?」
クロードに告白されて、私はタイムリープをする前よりももっと酷い言葉を言い放ったのだ。
貴方のことがずっと嫌いだった。
傲慢で、偉そうで、なよなよしていて、魔術がなければ空っぽだと罵った。
だからクロードが私を恨み、一生苦しめるために結婚したと言われても「まあ、仕方がない」と納得できた。
けれどどうして謝ってくれるんだろう。
そんな思いで尋ねてみれば、クロードは弱ったように口を開く。
「…………しょうがないだろう。あんなことを言われても、まだソフィーのことが好きなんだ」
「…………嘘でしょう?」
「嘘なものか。というか、君のせいだろう。ただでさえ一目惚れして好きになった上に、君が中等部の頃から俺の脳に焼き付くほどの存在を刻み付けてきたのが悪い」
「え、ええ………」
クロードのその投げやりな言葉に戸惑ってしまう。
「君は、俺が君の言葉でどれだけ救われてきたか知らないんだ。初めて中等部の個人研究室に来てくれた時、言っただろう」
そして彼は流れるように続けた。
「『将来貴方はたくさんの人を助けるすごい魔術師になるんだと。たくさんの新しい魔素を発見して、宮廷魔術師になって、魔術ギルドに所属してSランク任務を多数成功させる───すごい魔術師になる』と。自信を失くしていた俺がその言葉でどれほど救われたか」
そして「そうならなければならないというプレッシャーにもなったがな」とクロードが苦笑する。
「まだあるぞ。結晶病の治療薬の治験で、地権者である男の娘から手紙をもらった時、言ってくれただろう。大丈夫だと。俺を勇気付けるだけでなく、責任を二等分しようとしてくれた君の気持ちは察していたよ」
クロードがどこか遠くを見つめながら話す。
何だか夢を見ているようだった。
自分にとって都合の良い夢を見ているようで、怖くなる。
だって別の時間軸で、この石作りの屋敷でクロードと思いが結ばれた後すぐにそれは壊れてしまったから。聖女エミリアの攻撃から私を守るために、クロードは死んでしまったから。
「……………クロードは、本当に私のことが好きなの?」
「ああ、愛している」
間入れずはっきりと答えるクロードに思案する。
(───怖い)
もしまたあの時みたいにクロードを失うことがあれば、私はどうなるんだろう。
あの時だけじゃない。
私はタイムリープに失敗して、一度クロードが処刑されてしまう未来に改変させてしまったことがある。
それに披露宴の会場で赤髪の青年にクロードは言っていたじゃないか。
” もし告白されたら、手酷く振ってやる ”
もしかしたらこれは私への復讐の一環なんじゃないかと思い込んでしまう。
でもそこでふと気付いてしまった。
たとえこれが彼の復讐だとしても。クロードがいつか死んでしまう未来に怯えたとしても、私が彼を愛していることには変わりない。
クロードに裏切られても良いと思える程、私は彼のことが好きなのだから。
「…………クロード」
「何だ?」
「私も貴方を愛している。貴方が死ぬ未来に耐えられなくて、何度も時間をやり直すくらい貴方を好いています」
ようやく言えた。
中等部3年生の頃にタイムリープした時、私は彼へ恋文を書いた。その時に感じた、クロードへの溢れる思いが再び私の中で蘇る。
そして不意に今までのタイムリープの記憶が農地を駆け巡った。
一回目のタイムリープで、クロードの研修室で青く光る薬草を見せてくれた。
二回目のタイムリープで、治験患者のお子さんから頂いた手紙を読ませてもらった。
三回目のタイムリープで、一緒になってイザベラ様のシグレットリングを探した。
四回目のタイムリープで、クロードに恋文を出した。
五回目のタイムリープで、彼の告白を手酷く振った。
最後のタイムリープで、聖女エミリアの正体を暴き、彼女の攻撃から守ってくれた。
それらが走馬灯のように過ぎていく。
ふとクロードを伺えば、気のせいでなければ愛おしそうに私を見つめていた。
彼が本当に私のことを愛しているのか、まだ分からない。
でもそれでも構わない。
彼が生きている未来なら、もう何だって良いのだから。
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「……………最後に聞いておきたいことがあるんだが」
温室を出てヴァインハルト家の本堤に戻ろうとしたその時、クロードが怪訝そうな顔で私に聞いてくる。
「16歳の頃、ソフィーに告白をした時、君は俺を振っただろう?」
「あの時は本当に申し訳ありませんでした………」
「いや、そうじゃなくて、あの時君はどうして泣きそうな顔をしていたのか気になっていたんだ。それにどうして聖女エミリアが呪具を使っていると知っていたんだ?」
クロードの言葉にぴしりと固まってしまう。
この問いについて聖女エミリアの正体を暴いた舞踏会後、様々な人達(教師やら警察やら)から聞かれたと日記に書いてあった。
その時は「化粧室で聖女エミリアが髪飾りをいじっており、たまたま魔石が入っているのを見てしまった」とリリエットの証言を拝借して誤魔化していたのだ。
けれど16歳の秋にタイムリープした時、私はそんなことも知らずクロードにとりあえず呪具はあるぞと伝えるだけ。
魅了の魔石が髪飾りの中にあることを知っていたなら最初からそう言えよという話になるので、そういった誤魔化しはできない。
「ええと、ほら。やっぱりウィリアム殿下達の様子が明らかにおかしかったし、いつも聖女エミリアと一緒にいるから絶対に何かあるって思っていたの」
「なるほど。じゃあ、どうして俺がその調査をしていると知っていたんだ?」
「そ、それは………最初はクロードも聖女エミリアのことが好きなのかなって思ってたけど、よく見たら違うみたいだし『じゃあどうして一緒にいるんだろう』って考えた時に、もしかしたら聖女エミリアの調査をしているのかなって」
しどろもどろそう返せば、クロードは言いたいことを無理矢理飲み込んだような顔をして何とか頷いてくれた。
そして彼は続ける。
「俺が最も聞きたかったのは、君があの時泣きそうな顔をしていた理由の方なんだ。………………これは俺にとって都合の良い憶測でしかないが、もしかしてソフィーは色恋に浮かれる俺に発破をかけるつもりでわざとあんな酷い振り方をしたんじゃないか?」
それにぎくりと肩を震わす。
その通りである。あの時はクロード自身も本当に聖女エミリアが呪具を使っているか判断できない様子であったし、それも含めて教えたというのもある。
けれど今更「はい、そうです」と言って何になるんだろう。
(でもだからといって、それを否定したらクロードのことが本気で嫌いだったということになるしな………)
そう思い直し、私は観念して大人しく頷いた。
「ごめんなさい。本当にあのやり方は良くなかったと今でも反省しています。クロードが聖女エミリアの魔石を見つけてくれるよう、あんなこと言って………」
クロードの目が見開くのが分かった。
そして続けて言う。
「嘘だとはいえ嫌いだなんて言うべきではなかったし、クロードを頼りっきりにしてしまって本当に卑怯だったと思う」
罪悪感で死にそうになりながら深々と謝罪する。
しかしクロードは気を悪くした様子もなく、何故か嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そ、そうか!そうだったのか!良かった!本当に良かった!」
「本当にごめんなさい。許せないとは思うけど………」
「いや、違うんだ。その、君が本心からあの言葉を言っていなかったのが分かって安心した。それだけでもう、良いんだ」
どこか満足気に目を細めるクロードにぽかんとする。
するとクロードはそんな私に対して安堵の笑みを浮かべながら答えた。
「君に嫌われていないという事実だけで、それだけで俺は生きていけるんだ」
どこか満たされた様子で話すクロードに私も自然と笑みが浮かぶ。
長かったけれど、ようやく彼との思いが一つになったような気がした。
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