第25話 王妃の茶会
結婚式は無事に終わり、私はヴァインハルト家の屋敷に出迎えられた。
けれどその日の夜、クロードは「仕事がある」と言って帰ってこなかったのだ。
そりゃそうだよね。いくらクロードでも陰口を直接聞かれたら気まずいにも程があるよね。
デジャヴを感じながらも用意された寝室で一人、一晩過ごす。
タイムリープはしなかった。
もう今後、タイムリープはできないのだろう。
そして翌朝、ぱっちりと目を覚まし、いそいそと着替えを済ませれば寝室の戸がノックされた。
「───奥様、おはようございます。ヴァインハルト家侍従長のトマスと申します。本日はイザベラ王妃から茶会への招待を受けておりますので、準備が整い次第出発いたしましょう」
ロマンスグレーの髪をきっちりと整えた紳士、侍従長のトマスがいた。
彼の言う通り今日はイザベラ様から茶会への招待を受けているらしく、それに参上しなければならない。
日記によるとあの断罪騒動で正式に彼女と、彼女の生家であるモンフォール侯爵家から礼を言われたらしい。
そしてその後表立った関わりはないものの、季節の節目等にカードを送り合ったりしているそうだ。
イザベラ様は次期王妃として常に忙しい。そういったこともあって、こうしてイザベラ様と個人的にお会いするのは初めてだったりするようだ。
その時ふとトマスを見つめ、思案する。
ずっと彼に対して気になっていたことがあったのだ。
「……………あの、トマス」
「はい。何でございましょう」
「突拍子もない話だけど……………貴方、私がタイムリープをしていたことに気付いていた?」
「はい?」
しかしトマスの不思議そうな顔に私は慌てて首を振る。
「あ、いえ!ごめんなさい!何でもないわ!朝食を頂いた後、急いで準備しましょう!」
クロードか処刑されてしまった未来でトマスは墓守をして私をずっと待っていた。
私宛ての手紙なら、クロードの墓地に私が来るのを待たずともシモンズ家の屋敷に直接来れば良い。
けれどそれをしなかったということは………。
タイムリープしてきた私に手紙を渡さないと意味がないと、分かっていたのではないだろうか。
(いや、考え過ぎよね!)
そう思い直し首を振る。
けれどそんな私を見つめながら、トマスが薄く笑っていたのを知る由もなかった。
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アレンスティア王国の王城にて。
長い回廊を抜けると、陽光に満ちたテラスが現れる。白亜の柱の間には象牙色の天幕が張られ、その下にある丸テーブルの椅子に私は着席していた。
目の前にはイザベラ様がおり、産後であるものの顔色は良い。季節は春めいているため日差しが温かく、冷える心配もないだろう。
そしてイザベラ様の後ろにはジェーン様もいた。
どうやらこの時間軸は侍女として仕えているらしい。
「この度はご結婚おめでとうございます。本当なら式に顔を出すつもりでしたが、産後ということで陛下やお医者様から止められてしまいましたので…………」
「身に余るお言葉を賜り、誠にありがとうございます。陛下がご快復の途上におられるこの時に、どうか私どものことはお気遣いなく」
そう返せばイザベラ様がくすりと笑う。
学園在学時のイザベラ様しか見たことがなかったが、あの時の麗しさが一つも衰えることなく美しく成長した彼女が眩しい。
するとイザベラ様は、ふと懐かしそうに目を細めた。
「……………貴女には、改めて礼を言いたかったの」
「礼?」
「ええ。だって2回も助けられたんだから」
そしてイザベラ様がゆっくりと話し出す。
「中等部の頃、舞踏会へ付けて行こうとしたシグレットリングを池に落としてしまった時、クロード・ヴァインハルトと共に必死になって探してくれたわよね。空から雪が降る程寒い日だったというのに、何の抵抗もなく真冬の池の中へ入ってくれた」
今思えば一令嬢としてめちゃくちゃな暴挙であるが、イザベラ様が懐かしそうに目を細めて言ってくれるものだから良しとしよう。
「それから高等部の最後の年、あの時も舞踏会の日だったわね。毒入りのシャンパンだと騒ぎ立てるエミリア・ローズのグラスを奪い取って、飲み干したのにはびっくりしたわ」
「も、申し訳ありません。その、カッとなってしまって………」
「いいの。すごく、嬉しかったから」
イザベラ様が後ろに控えるジェーン様と微笑み合う。
「高等部にいた頃、私の味方は彼女しかいなかったわ。ジェーンには大変救われたけど、いつもたった一人で私を守ってくれて本当に申し訳なかった。…………そんな時、貴女がいきなり現れて、聖女エミリアの正体を暴いてくれたわよね」
そしてイザベラ様は突然椅子から立ち上がる。
それにぎょっとし私も慌てて席を立てば、イザベラ様とジェーン様が深々と頭を垂れた。
「───ソフィー・シモンズ。いえ、ソフィー・ヴァインハルト。貴女には、言葉では尽くせぬ程の恩があります。一人の人間として、私は幾度も救われました。この感謝は決して忘れません」
そんな彼女達に戸惑い、頭を上げるよう口を開こうとする。
しかしイザベラ様の目尻にうっすらと涙が溜まっているのに気付いた時、本当に感謝してくれているのだと理解してしまった。
そんな彼女達に私もカーテシーをする。
「恐れ多いお言葉でございます。私はただ、目の前の方を見捨てなかっただけです。その結果が今に繋がっているのなら、それ以上の望みはございません」
私が行なったことは正直言って全部自分のためだ。
真冬の池に入ってシグレットリングを探したのも放っておけなかっただけ。聖女エミリアの正体を暴いたのも、クロードに死んでほしくなくて自分のために行った。だから礼なんていらない。
けれどイザベラ様がそう礼を言ってくれるのならば、きちんと言葉で返さなければ。
するとイザベラ様とジェーン様が顔を上げる。
彼女達と目が合い、何だかとても心地よい気分になって、お互いくすくすと笑い合った。
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「───とはいえ、何の礼もしないわけにはいきません。そういえばジェーンから聞きましたよ?昨日の結婚式で夫となるクロード・ヴァインハルトからとんでもない暴言を吐かれたとか」
お茶会が穏やかな空気で終わろうとしていたところ、イザベラ様がにっこりと笑みを浮かべながら言い放つ。
ふとジェーン様を見れば、彼女も同じようににっこりと微笑み「レベッカから聞きました」と答えた。
そういえばレベッカとジェーン様、仲が良かったんだっけ………。
そしてイザベラ様が朗らかに、けれどどこか圧のある物言いで続ける。
「ええと、何でしたっけ?『あの善人面した腹黒女が今後社交界で化けの皮が剥がれるのを最前席で見てやる』?生涯の伴侶に向けてよくもまあ、そんなことが言えますよね?」
「いえ、元はと言えば私がクロードの告白を手酷く振ったのが原因でして………」
「そんなこと関係ありません!私の恩人たる貴女に対して、どれほど無礼な振舞いをしたことか。たとえ相手がどのような者でも許しません!」
イザベラ様がぴしゃりと言い切る。
それから彼女は流れるようにある提案をした。
「ソフィー、貴女が良ければこの婚姻を最初から無かったことにできますよ。結婚式を挙げてしまった手前気まずいでしょうが、それなりの理由をお付けして貴女───ひいてはシモンズ家の体面を守ることも誓いましょう」
「で、ですが女神様の御前で、すでに婚姻を誓ったので…………」
「いいえ、無効にできますよ。最初からこの婚姻に問題があった場合、女神様の御前で行った契約はそもそも成立していなかったという見方もできます」
何だ、その裏解釈は…………!
反則的な結婚解消方法に思わず呆気に取られてしまう。
いや、でも、流石に………
「ウィリアム陛下が何と仰るか───」
「陛下からはすでに許可を頂いております」
だから大丈夫、と言わんばかりのイザベラ様に内心苦笑する。
けれど私は、自分から離れるつもりはない。
イザベラ様の提案は有難いものの、きちんと断った。
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