第22話 最後のタイムリープ《17歳》②
イザベラ様が持ってきたシャンパンに毒が入っていないのは明らかだった。
この時の私はあまりにも感情が昂っていたのもある。
それに聖女エミリアが何らかの術や薬をこっそり入れた様子もなかったため、それをぐっと飲み干してみせた。
そしてクロードが顔を真っ青にさせているを気にせず、私は聖女エミリアに杖を向ける。
“ 良いですか?魔術とは他者を圧倒する強い力なのです。それをきちんと理解した上で反省なさい ”
脳裏にトレメイン先生の言葉が過る。
聖女エミリアではなく、彼女の髪飾りに標準を当てた。
今日は白薔薇の髪飾りが頭部の高い位置に付けられているためちょうど良い。
「《ウィンドショット》!!」
昔からコントロールや魔力の出力は得意だ。
突風が聖女エミリアの髪を崩し、頭部に付けられていた白薔薇の髪飾りが外れる。
そしてそれはふわりと私の手元に落ちた。
「か、返しなさい!!!」
聖女エミリアが絶叫する。
白薔薇のもぎ、内側に密集する花びらを破く。
すると中から真っ赤な魔石が現れた
「───私はここに、聖女エミリアが《魅了の魔石》を所持している事実を告発いたします。この魔石によって対象となった異性たちは、本人の意思とは無関係に、違法な魔術的呪縛を受け、操られていたのです」
「何を適当な………!」
「直ちに魔石の鑑定をお願いいたします!」
そして呆気にとられる教師陣に渡そうとすれば、彼らはハッと我に戻った後、慌てて魔石を受け取る。
最初からこうすれば良かったのだ。
衆人環視の中、聖女エミリアが魅了の魔石を所持していると言えば事実がどうであれ調査をしなければならない。
魅了の魔石がどこにあるかまで言わなければ名誉の損害として揉み消される。
けれどこうして実物を突き付ければ、あとは調べるしかない。
リリエットはその生まれから告発できなかった。
クロードは聖女エミリアによって返り討ちに遭った。
しかし私の生家は神殿と密接に結びついていない。
聖女エミリアの企みも最初から分かっている。
すると聖女エミリアが髪を振り上げながら叫んだ。
「それを返しなさい!その髪飾りは神殿から賜った大事なものよ!軽々しく触って良いものじゃないんだから!」
「こちらが魔石でないのなら、私はいくらでも沙汰を受けます」
そう返せば聖女エミリアは言葉を詰まらせ、後ろに控えるウィリアム殿下に声を上げた。
「~~~ッ!!ウィリアム様!どう思います!?いきなり魔術で攻撃されて、私の一番大切な髪飾りを奪われたんです!!どんな理由があったとしても許されるべきではありませんよね!?」
「あ、ああ。可哀そうなエミリア。急に魔術を放たれて怖かっただろう。いくらエミリアの持つ髪飾りに、魅了の魔石のような宝玉があるからといって…………いきなり奪うなど………」
しかしその瞬間、ウィリアム殿下の声が少しずつ途切れて行く。
視線が定まっておらず、どこか困惑している様子で立ち尽くす。
どうしたのかと怪訝に思っていると、生徒達の合間を縫って一人の女教師が現れた。
トレメイン先生だった。
「シモンズ。貴女は今何の抵抗もしていない生徒に対して魔術を使用しました。その責任はとるつもりで?」
「はい。どのような罰も受けるつもりです」
「…………そうですか。ではシモンズの沙汰は後程決めるとして、今は聖女エミリアから発見された魅了の魔石と思わしき宝玉について対処いたしましょう」
いつの間にかトレメイン先生の手には透明なボックスが収められており、中には魅了の魔石が入っている。
そのボックスに見覚えがあった。
それは過去にうちの生家で販売した、魔石封じの匣。
ヒース先輩やトレメイン先生が今後の魔石研究のために改良したいと言った魔道具。
「先程研究室から《転移》して持ってきました。シモンズ家から頂戴した、魔石の効果を遮断する魔導具です」
それが形を変え、こうして魅了の魔石の力を防いでくれたことに安堵する。
トレメイン先生なら魅了の魔石を然るべき機関に渡し、調査してくれるだろう。
むしろ今はウィリアム殿下達が心配だった。
魔石の効果が弱まり、正気に戻りつつあるのだ。
精神的消耗が激しく、ウィリアム殿下を筆頭にドミニク先輩もルシウス先輩も顔色が真っ青だった。
「…………俺達は一体今まで何を、何故聖女エミリアなんかにここまで心酔していたんだ。俺は、何故イザベラでなく、聖女エミリアを…………」
「ち、違うのよ!私もあれが魅了の魔石だとは知らなかったの!それに薔薇の髪飾りなんていくつもあって、今日はたまたま新しい髪飾りを付けていただけなの!」
学園の教師陣や衛兵達がゆっくりと聖女エミリアからウィリアム殿下達を引き離す。
喚き散らす聖女エミリアの傍を周囲が囲み、信じられないような目で見つめた。
殿下達の正気に戻りかけているその態度に、皆理解し始めたのだ。
聖女エミリアは魅了の魔石を使っていたのか、と。
「───あ、リリエット!リリエットからも何か言ってちょうだい!私は無実だって!この髪飾りも今日たまたま付けていただけだって!」
するとその時、聖女エミリアは遠くで様子を伺っていたリリエットに話しかける。
リリエットの顔が一瞬強張るが、彼女は何故か私の方を見つめた。
そして意を決した様子で口を開く。
「違います。それは聖女エミリアがいつも付けている髪飾りです。私も、その髪飾りの中に魅了の魔石が隠されているのを見かけたことがあります」
「は、はあああ!?何嘘ついてんのよ!アンタどうせ私からドミニクを奪えないからって嫉妬してそんなこと言ってるんでしょ!それにアンタの家がどうなっても良いの!?神殿が知ったらどうなることか!!」
「───どうしてそこに神殿が出てくるんだよ。まさか聖女エミリア単独の犯行じゃなくて、神殿も絡んでいるのか?」
するとそれを聞いた周囲の内、トレメイン先生の傍でボックス越しに魔石を見ていたヒース先輩が呆れた様子で言う。
そして彼は淡々と続けた。
「トレメイン先生、やっぱりこれは魅了の魔石ですよ。魅了の魔石は元々乳白色をしていますが、魅了する対象の血液を注入して赤く染まります。抽入痕が3つあることと、鉱石と血が混ざりあって濁っているのを見るに確定ですね」
「それは魔石鑑定士としての一意見と?」
「ええ」
ヒース先輩の言葉にトレメイン先生が「参考にしましょう」と頷く。
そして周囲の疑惑の目が一層聖女エミリアに降りかかる。
その視線に聖女エミリアは狼狽える。
髪を振り乱し、脂汗を額に滲ませ、息を荒くする。
聖女エミリアが、私を睨みつける。
「ど、どいつもこいつも好き勝手言って………!!そもそも全部アンタのせいよ!アンタが何の事情も知らないくせに出しゃばてくるから───!!!」
次の瞬間、聖女エミリアがどこからともなく杖を取り出した。
あっと気付いた時には、彼女の杖から強い光が放たれる。
「《聖なる一撃》!!」
周囲から悲鳴が上がる。
鋭い閃光が私に向かって放たれる。
しかし私の目の前に黒い影が立ちふさがった。
「《結界》!!」
見ればそれはクロードだった。
クロードの結界が閃光を弾き、それが聖女エミリアに反射する。聖女エミリアは跳ね返された強い光によって目が潰れ、ひしゃげた声を上げながら地面に転がった。
「───衛兵よ!聖女エミリアを捕えなさい!!」
イザベラ様の鋭い声が響き渡る。
そして瞬く間に聖女エミリアは捕えられた。
「は、放しなさいよ!!私にこんなことをして良いと思ってるの!?私は聖女よ!?ウィリアム!ルシウス!ドミニク!助けて!!あああああああああああ!!!!」
そんな聖女エミリアに会場の人間が青褪める。
聖女とは思えぬ醜い絶叫に教師や衛兵達が動き回る。
そしてそれを背にクロードが私に声をかけた。
「………………怪我は?」
「あ、うん。えっと………」
ない、と答えようとする。
しかしこのタイミングで眠気に襲われてしまった。
かくんと膝が崩れると、クロードが慌てて私の身体を支えた。
魅了の魔石を回収し、聖女エミリアが衛兵に捕えられるのを見たら、どっと疲れが出たのだ。
元々大勢の前で何かするような性質でもなく、クロードの死を回避するためにずっと気を張り詰めていた。
「ソフィー、大丈夫か!?」
「う、うん………大丈夫だけど………クロードは………?」
「俺か?」
強制的な意識の遮断に抗えない。
けれどクロードは大丈夫なのか。
もうこれで誰も死なないのか。
未来でクロードがちゃんと生きているのか。
微睡む意識の中で、そんな思いが口からぽろぽろと零れ落ちる。
「俺は大丈夫だ」
そんな彼の言葉にほっと安堵する。
そしてクロードが私の名を何度も呼ぶのを耳にしながら、私の意識は暗転した。
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