第20話 最悪な未来
何度目かになるタイムリープから目を覚ます。
いつものヴァインハルト家の寝室の天井ではなく、視界には私の生家であるシモンズ家の自室の天井が広がっていた。
未来が改変したのだ。あそこまで酷いことを言えば、流石のクロードも私なんかと結婚したくないだろう。
そう自嘲しながら、ゆっくりと起き上がる。
そして着替えに入ろうとしたその時、部屋の外からメイド達の話し声が聞こえてきた。
「───それにしてもお嬢様、いつもより起きるのが遅いわね」
「そりゃあ、昨日聖女奉祝祭があったんだもの。お嬢様も城で気を張り詰めていたんでしょう」
「でもびっくりよねえ。まさか聖女エミリア様が複数の夫を持つことになるなんて」
その言葉に身体が硬直する。
一体何が起きているのか分からず、私は勢いよく自室の扉を開いた。するとメイド達は驚いたように目を丸くする。
「お嬢様!起きていたのですね!」
「え、ええ。それよりも聞きたいことがあるわ。昨日聖女奉祝祭があったの?聖女エミリアが、まだ聖女として存在しているの?」
するとメイド達は不思議そうに顔をし、あっさりと頷いた。じゃあ───
「───クロード・ヴァインハルトはどうなったの?」
そう尋ねれば、メイド達は「クロード・ヴァインハルト?」と首を傾げる。
しかしメイドの内一人があっと声を上げた。
「クロード・ヴァインハルトって、あの大罪人の?確か、在学中に聖女エミリア様を襲撃したという魔術師のことでしょうか?」
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過去から今日まで、私はこつこつと日記を書き続けていたらしい。
お気に入りの詩集の横に3冊の日記が仕舞われていて、それを確認したところ、クロードは数年前に罪人として処刑されたようだった。
高等部2年の冬。学園主催の舞踏会の夜にクロードは聖女エミリアの眠る寮部屋に忍び込み、彼女に襲い掛かろうとしたそうだ。
けれど襲撃は失敗。偶然その場にいたウィリアム殿下達により、魔術を無効化する拘束具で捕らえられたクロードは数年後処刑されたらしい。
そしてヴァインハルト家及びクロードを唆したとされる魔術ギルドは解体し、今はもう存在しないと記されていた。
それから私は、クロードとは違う───同じ魔道具事業を営む家に嫁ぐことが決まっていたのだ。
あまりのことに茫然とする。
立っていられない。
自分が起こした悲劇に頭がどうにかなりそうだった。
───クロードの遺体は囚人用の共同墓地に埋葬されたらしい。
そして《クロード・ヴァインハルト》と書かれた墓石を前に私は立ち尽くす。
(また死なせてしまった)
私がクロードに聖女エミリアの呪具を早く探せと詰め寄ったから、こんなことになってしまったのかもしれない。
罪悪感で胸が押しつぶされそうで、吐きそうになる。
するとその時、共同墓地に一人の老父が現れた。
私のすぐそばまでやって来た男に怪訝に思う。
けれど男を一瞥した瞬間、彼がヴァインハルト家に仕えていた侍従長のトマスであることに気付いた。
「貴方は…………」
「お待ちしておりました。ソフィー・シモンズ様」
恭しく頭を垂れるトマスに戸惑う。
すると彼は懐から一通の便箋を取り出した。
「クロード・ヴァインハルト様からソフィー様への遺書でございます。こうして貴女がここへ訪れた時、遺書を渡すよう生前命じられました」
差し出された遺書を半ば信じられないような気持ちで受け取る。
「あの、これ………」
「貴方がここへ来るのをずっと待ち続け、墓守として余生を過ごしておりました。しかしこれでようやく役目が果たせそうです」
頭が追いつかない。
遺書って何?クロードは私に何を言いたいの?
そして茫然とする私にトマスが淡々と続ける。
「…………人は皆、取り返しのつかぬ後悔を何度も抱えて生きるものです。けれど、貴女はまだ諦めないでしょう?」
一体何の話をしているのだろうか。
けれどその言葉を言った後、トマスは踵を返し、私の前から消えてしまった。
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帰路へ着き、人払いをした自室でクロードからの遺書を開く。
学生時代、あんな酷いことを言ったのだ。
きっと私に対する憎しみを書き連ねているだろう。
しかし、これを読まないだなんて無責任なことはできない。
そして罪悪感と途方もない後悔に苛まれながらも読み進める。
***
ソフィー・シモンズへ
この手紙を読んでいることには、私は処刑されているだろう。
しかし無事に届いたということは看守に見つかることなくトマスが役目を果たしたということに違いない。
大罪人の私から手紙を渡されて困惑していると思うが、まず一つこれだけは言いたい。
君に振られてからというもの私の人生はめちゃくちゃだ。
生きていたら責任を取れと言いたい。
***
そんな彼の手紙に申し訳なさが募る。
本当にその通りだった。
私はただクロードに酷いことを言って、彼の人生をめちゃくちゃにしただけだったから。
***
それからこうやって君に手紙を出したのは理由がある。
高等部1年の秋、告白した私に対して、君は『聖女エミリアは呪具を使っている』と言っていたね?
君が何故そのことを知っていたかは置いておく。
だが、あの後聖女エミリアを徹底的に調査した結果とある情報を手に入れた。
聖女エミリアの白薔薇の髪飾りに赤い宝玉が隠されている、と。
証言元は同じクラスのリリエット・ミュラーだった。
彼女によれば、聖女エミリアが化粧室で白薔薇の花弁を整えているのを偶然見かけたそうだ。
***
その内容に思わず息が止まる。
***
あの舞踏会の夜のことを、君には伝えておきたい。
イザベラ様が断罪された後、祝勝会をしようと言われ聖女エミリアの部屋に招かれた。
だが、最初から俺を嵌めるつもりだったんだろう。
部屋にはすでに魔封じの術式が刻まれていて、あらかじめ控えていたウィリアム殿下達に捕えられてしまった。
そしてエミリアは俺から血を取り、それを自身の白薔薇の髪飾りに隠れる───赤い宝玉《魅了の魔石》に注入した。
魅了の魔石は、対象となる異性の血を注ぐことで効力を持つ。おそらく殿下達もそれによって《魅了》がかかっているのだが、俺は元々呪術耐性があったおかげで影響を受けることはなかった。
しかしそれが原因だったのか。
俺は危険な存在と見なされ、まともな裁きを受けることなく処刑対象とされた。
魔術ギルド宛に魅了の魔石の旨を書いた手紙も預けたが、それがギルドまで無事届けられたか分からない。
けれどもし届いていないようであるなら、君の口から、この遺書をもって聖女エミリアの正体をギルドに伝えてほしい。
ヴァインハルト家の侍従長であるトマスだと身内過ぎて疑われるだろうから。
***
魔術ギルドはもうすでに解体されてしまっている。
彼の想いが届くことがなく、すでに何もかも終わってしまっている事実に虚無感が襲う。
そして最後に、こう締めくくられていた。
***
こうやって長々と手紙をしたためたけれど、本当のことを言うと、君の心にいつまでも私という存在を刻み付けたいがために過ぎない。
今際の際で思うのは、中等部の頃の記憶だから。
今思い返せば、あの頃が一番幸せだったろう。
君は私のことを嫌いだと言っていたけれど、やっぱり最後に思うのは君だった。
ありがとう、ソフィー・シモンズ。
あの一瞬の眩い日々を、共に過ごせたことを感謝している。
君の記憶に僕が永遠に刻まれますように。
***
手紙を読み終え、私は棚から白い錠剤───睡眠剤の入った小瓶を取り出す。
それを一粒口に含み、私はベッドに横になった。
きっと次で最後だろう。
そんな予感がする。
けれどもう、私のやることは決まっていた。
聖女エミリアの呪具───いや、魅了の魔石の場所は分かったから。
(私は今までクロードに頼り過ぎていた。だから今度は、私が聖女エミリアの正体を暴く)
クロードを決して死なせないために。
そして段々と意識が微睡み、私は再び過去に戻った。
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