第2話 復讐で結婚しようとするんじゃない
披露宴会場であるヴァインハルト伯爵家にて。
その広い庭をきょろきょろとしながら歩く。クロードを探しに彷徨っていたら見事に迷ってしまった。
披露宴会場には聖女エミリアが残っていたため彼女に居場所を聞こうかとも思ったが、それはそれで何だか気まずい。
しかしこうなるのなら、素直にクロードの行先を聞いておけば良かったと後悔した。
(まずはきちんと謝らないとね)
夫婦になるのならば仲良くやっていきたいとは思う。その前段階として、改めて過去のことについて謝罪しなければならない。
(それにしても広すぎるわ)
流石王家専属宮廷魔術師。ヴァインハルト家の屋敷自体も大きいが、付随する庭もこれまた広大であった。
少し離れた位置には小川が流れているし、数え切れない程並べられた植木によってまるで迷路のようになっている。
するとその時、どこからか男性の声が聞こえてきた。
この歳で迷子になっているのは非常に恥ずかしいが、背に腹はかえられない。道を尋ねようと声のする方へ向かえば、そこで聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。
「───でもよ、クロード。お前本当に良かったのか?ソフィー嬢と結婚なんかして」
それにぴたりと体が硬直する。
ん?クロード?
植木の茂みに体を隠し会話のする方向を窺えば、そこにはクロードと、結婚式に参列していた同い年くらいの青年がいた。
燃えるような赤髪の青年の姿に見覚えがないため、おそらく王宮か魔術ギルドで知り合った人なのだろう。
彼らの会話を無断で聞くのは憚られるものの、何だか気になって足を止めてしまう。
「ギルドで散々愚痴を吐いてたじゃねえか。好きだった女が魔術師嫌いの差別主義者だったって」
「ああ、淑女らしからぬデリカシーの無さは目に余ったよ」
「へえ」
「俺を振った時、彼女は何て言ったと思う?『騎士団長の御子息みたいなのが好み』だと。どうやら自分の顔を鏡で見たことがないらしいな」
クロードの嘲笑がぐさりと胸に突き刺さる。
彼の言い分はご尤もであるが、それはそれとして自分の悪口をずっと聞き続けるのは居た堪れない。
謝罪するのはまた今度にして、トラブルになる前にここから去ろう。
しかしその瞬間、彼らの口から出た会話に私はまたしても硬直してしまった。
「だったら何で結婚したんだよ?ソフィー嬢と結婚するために、わざとシモンズ家の事業を衰退させたんだろ?競合他社に資金を渡して」
「……………恨んでいるからこそだ。このままアイツに安穏とした日々を過ごさせやしない。一生苦しめるために結婚しただけだ」
「だから結婚したって?歪んでるなあ」
(………………………え?)
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
(クロードはわざとシモンズ家を没落させようとしたの?私と結婚して、嫌がらせをするために?)
彼らの話す内容がもし事実ならば、それはあまりにも酷すぎる。
魔道具の事業が立ち行かなくなって、従業員達を解雇させないよう家の資産を切り詰め、どうすればこの状況を乗り越えて行けるか皆苦しんできたのだ。
そんな折にヴァインハルト家から資金提供があり、父や母、従業員の皆は涙を流しながら喜んでいたのに。
それが全部最初から仕組まれていたことで。私に対して嫌がらせをするためだけに行われたものだったと思うと、言葉が出てこなかった。
もちろん過去の私が犯したことは失礼だったし、それ以外にも何か彼に仕出かしてしまったかもしれない。
でも………
「あ、ソフィー!こんな所にいたのね!式の主役が会場にいなくてどうすんのよ」
するとその時、どこからか現れた友人のレベッカの声が辺りに響き渡る。
それと同時にクロード達の肩もびくりと震えた。
「ってあら?クロードもいるじゃない」
レベッカが茂みからひょいと顔を出してクロード達に声をかける。枝と枝の隙間から、彼らの顔がさっと青くなるのが見えた。
「もしかしてそこにソフィー嬢がいるのかい………?」
赤髪の青年がレベッカにおそるおそる尋ねる。
それに彼女は何を当たり前なことをと言わんばかりに頷くものだから、私も観念して姿を現すことに決めた。
そして植木の茂みからレベッカと同じように身体を出せば、引き攣った顔をする赤髪の青年と石のように固まって動かないクロードがいた。
「その、ソフィー嬢………君はいつからそこに?」
何故か硬直するクロードに代わって赤髪の青年が聞いてくる。
それに「ソフィー嬢と結婚なんかして良かったのかというところから……」と正直に言えば、彼は焦った様子で口を開いた。
「いや!違うんだ!クロードはかなりの天邪鬼で君を恨んでいると言っても、それは好き余っての話であって………!」
「…………結婚の話を進めるために私の生家を没落させようとしたのに?」
「おい、クロード!それに関してはお前から弁明しろ!どうせソフィー嬢を手に入れたくて、なりふり構ってられなかったんだろ!?」
赤髪の彼が焦ったようにクロードを揺すっている。
けれどクロードはまるで石像のように固まっているだけであった。
ここで一発ぶん殴ってやりたい気持ちもある。
しかし今、彼を問い詰めるのは得策ではないだろう。
なんせ披露宴はまだ終わっていないのだ。何も知らない招待客に迷惑をかけるわけにいかない。
今はそう。落ち着いて会場に戻れば良い。
そしてその後に改めてクロードを問い詰めるべきだ。
赤髪の青年がはらはらとした様子で私を見つめる。
レベッカが怪訝そうな顔をする。
そして当の本人であるクロードは固まったまま立ち尽くしている。
そんな彼に何とかして場を誤魔化さねばと口を開いた…………が。
「───最低です。いくら私のことが嫌いでも、ここまでのことをする方だとは思いませんでした」
しかし口から出てきたのは、罵倒の一言で。おまけにそれを吐き捨てた途端、あまりの悲しさに涙がこぼれ落ちてしまった。
やっぱり頭で色々考えてみたものの、クロードのやったことが酷過ぎて感情が追いつかない。涙がこぼれた瞬間、誤魔化していた気持ちがぶわりと湧き上がり悲しくて仕方がなくなる。
私の過去の心無い発言で彼を傷付けてしまったことは確かだ。
けれどここほどまでの仕返しを受ける程なのだろうかと思ってしまう。
それに自分とクロードのトラブルのせいで、家族や従業員達を巻き込み苦しめさせたことに、ただひたすら申し訳なかった。
成人をとっくに過ぎている自分が子供みたいに泣くのは恥ずかしい。
でももう悲しくて悔しくて涙が止まらない。
「ヴァインハルトとそこの赤毛、アンタ達ソフィーに何をしたのよ」
レベッカが前に出て苛立ったように言い放つ。
それに赤髪の青年はますます顔を青ざめさせ、クロードは泣いている私を茫然と凝視していた。
頼むからもう見ないでほしい。
───雲一つない晴れやかな結婚式の場で、どうしてこんなことになってしまったのか。
私は情けない気持ちになりながらも項垂れたのだった。
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