第17話 ようやく誤解は解ける
何の弁明もできず、私はそのまま城の地下牢に閉じ込められてしまった。
もしかしたら聖女への反逆罪により処刑されてしまうかもしれない。そう思う傍ら、頭の中で真実がゆっくりと浮かび上がっていく。
聖女エミリアは呪具を使用し、ウィリアム殿下やルシウス大臣、そしてドミニク副団長に魅了をかけていた。
呪いへの耐性のあったクロードには効かなかったものの、聖女エミリアに呪具使用の疑いをかけていたクロードの目を誤魔化しながら今日という日を迎えたらしい。
(ジェーン様の予想は当たっていたんだ)
ということは殿下の元婚約者であるイザベラ様も、聖女エミリアによって陥れられた可能性が高い。
そうなると女神様からの神託だって本当かどうか怪しい。あの狡猾な聖女ならば偽りの神託を言っていてもおかしくない。
でもこんなこと、誰が信じてくれるだろうか。
問答無用で檻に入れられてしまったのだ。
女神様からの神託を受けた聖女の地位は高い。
そしてウィリアム殿下を筆頭に、政治・社交界への影響の大きい男性達を夫として迎えるのだ。もしかしたら彼女が女王としてこの国に君臨するかもしれない。
そう考えると聖女エミリアに表立って逆らおうとする貴族はいないだろう。
(レベッカとジェーン様が心配だわ。聖女エミリアに歯向かって酷い目に遭わなければ良いけど………)
特にレベッカが心配だ。
国一番の魔術師にも問答無用で攻撃魔法を繰り出すレベッカのことだから、もしかすると聖女にも同じように突撃してしまうかもしれない。
どうかここから穏便に出られたら良いのだが………。
そう思った瞬間、地下牢の入り口からドカンと何かが爆発する音が聞こえてきた。
地下牢が揺れて情けなくも床に崩れ落ちてしまう。
(え、な、何事?)
地下牢の入り口には砂煙が充満し、こほこほと咳き込む。
そしてしばらくしてその真っ白な砂煙から現れたのは、クロード・ヴァインハルトだった。
私の姿を一瞥し、ほっと息を吐いたのも束の間。
彼は自身の杖をかざし、地下牢の鍵を解除する。
「───逃げるぞ」
そしてクロードは呆然とする私を横抱きにし、彼の転移魔法によって地下牢から姿を消した。
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転移先は見覚えのない研究室だった。
分厚い本が壁一面に並べられて、部屋のそこかしこに大鍋やビーカー、乾燥した薬草等が置かれている。
「ここは…………?」
「魔術ギルドにある俺の研究室だ」
そしてクロードは書壇の中からいくつかの書類を取り出し、懐に仕舞う。
それが終わると彼は再び私の手を取って「行くぞ」と言った。
「行くってどこへ?」
「この国から出るんだ。聖女の言いなりとなり、無実のお前を捕えるこの国なんてもうどうでも良いだろう」
うんざりだと言わんばかりの表情でそう吐き捨てるクロードに目を丸くする。
そして彼は心底軽蔑した顔でぼやいた。
「聖女エミリアに言われたんだ。私の夫になるのならソフィーを解放する、と。アイツの夫になるのも御免だし、君くらい一人で助けられる」
馬鹿にしているのかと憤るクロードに私は戸惑う。
これ以上聖女の言いなりになるくらいなら、この国を出るのは分かる。
でも私達は貴族だ。私はもう嫁に出た身であるため良いとして、ヴァインハルト家は良いのか。
「あの、ヴァインハルト家は………」
「すでにトマスには伝えている。万が一のことがあれば分家の嫡男に家督を譲れと」
あ、そうなんですね……と口を紡ぐ。
何だか私がああだこうだ言ったとして、クロードは全て先回りして問題を解決していそうだ。
するとクロードは私に向かって口を開く。
「《転移》は登録されている地点にしか移動できない。今夜は辺境の別邸で身を潜め、明朝隣国に向けて出立するぞ」
てきぱきと命じられ、言われるがまま頷く。
どうしてここまでしてくれるんだろう。
私のことを恨んでいて、もう少しも好きではないはずなのに。
けれど今の状況で呑気に聞けるわけもない。
私は再び彼の手を取った。
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転移した先は、灯り一つ付いていない石造りの屋敷だった。
いつの間には日は暮れており、ごうごうと風で騒めく周囲の木々が黒く染まっている。
そのヴァインハルト家の別邸にて。
蝋燭の火しか灯っていない薄暗い部屋で、私はクロードから事のあらましを聞いていた。
「───レベッカがクロードに?」
「ああ、会場に残ったソフィーを探していたらハミルトンが教えてくれたんだ。ソフィーが使用人に連れられて行ってしまったと」
そして探している間に私は聖女襲撃という冤罪で捕えられており、聖女エミリアから交渉を受けたそうだ。
ソフィーを解放してほしくば、4人目の夫となり、金輪際逆らうことは許さない、と。
それに切れたクロードはそのまま私を地下牢から救い出し、今に至るというわけだった。
「…………助けてくれて、ありがとう。あのままだったらら殺されていたかもしれないから」
「いや、そもそも俺が聖女エミリアの呪具を早く見つけていればこんなことにはならなかった。結局アイツの呪具は分からなかったんだ。
この先アイツが聖女として君臨する国にいるんなら、こうしてソフィーと一緒に国を出た方が良い」
けれどそうなるとウィリアム殿下達はずっと魅了にかけられたままだ。
すると私の不安に察したのか、クロードが安心させるかのように話す。
「心配いらない。隣国に着いたら国の一大事と協力を仰ぐつもりだ。今回聖女エミリアは女神の神託を明らかに偽っている。流石にそれを以てして動かないわけにはいかないだろう。
これまで神殿によって聖女エミリアの調査は散々邪魔されてきたが、隣国の聖教会本部に命令されれば従わざる得ない」
それを聞いてほっと安堵する。
するとクロードが私の手にそっと触れた。
「……………ずっと君に謝りたかったんだ。結婚式の日、君に対して俺は最低な言葉を言った。許さなくても良いから、謝罪させてほしい」
ふと顔を上げれば、蝋燭の火によってオレンジ色に照らされるクロードがいた。
真っ黒な彼の瞳に呆ける私が写っている。
「ただこれだけは誤解しないでほしい。その君の生家を没落させかけてしまったのは、俺も想定外で………」
「想定外?」
「……………ソフィーと結婚したくて、元々君を娶るつもりだった家に取引をしたんだ。ソフィーとの結婚を白紙にしたら、その分金銭は支払うと」
そんな彼の言葉に目を丸くする。
確かに魔道具事業で競合している他家からの政略結婚の話はあった。
しかしそれはいつの間にか白紙となっていて。
気付いたらその家は新しい工場を建てたりなんかして、事業を拡大させていたのだ。
そうか。そんな裏があったのかとようやく納得する。
しかしクロードはしばらくして「いや」と首を横に振った。
「本当にすまない。どんなに言い訳しても、やっぱり許されないだろう。離縁………は、できそうにないが何でも言うことを聞く。どんな願いでも叶えてみせる」
「……………クロードは、今も私のことが好きなの?16歳の頃、あんな風に貴方を振ったのに」
「ああ。君のことが好きでたまらなくて恨んだくらいだ」
真剣な顔をして頷くクロードに思わず吹き出してしまう。
だって私も彼と同じ気持ちなのだ。
「………………私も好きよ。中等部の頃から、ずっと」
そう告げれば、クロードの瞳が揺らめく。
しかし彼はハッとした様子で言い放った。
「…………ん?じゃあ何で高等部の頃に告白したら断ったんだ!?君に告白しようと思って、色々と魔術の探究で成果を上げていたんだぞ!」
「あれは聖女エミリアが怖くて………。それに貴方だって私の手紙、捨てたじゃない。中等部の3年生の時、貴方の机に恋文を入れたのよ。私の名前だって書いたのに」
「手紙!?俺は知らないんだが………そもそもソフィーの手紙を捨てるわけないじゃないか!」
本気で知らない様子のクロードに「どういうことだろう」と首を傾げる。
しかしその時、思い出す。
日記には手紙を机に入れた翌日、聖女エミリアからの呼び出しがあったと書かれていた。
もしかしたら聖女エミリアが私の手紙を読んで、それが気に入らなくて私に釘を刺したのではないだろうか。
(…………まあ、もう良いか。クロードの気持ちもようやく分かったし)
何だか報われたような気持ちになって、彼の肩に頭を寄せる。
するとクロードはぽつりとこぼした。
「高等部に在学中、聖女エミリアが殿下達に対して何らかの術や呪具を使用していないか、ギルドから調査依頼が来たんだ」
それに顔を上げる。
「喧しく煩わしい女であるが、まさか呪具を使用しているとは信じられなかった。聖女エミリアの監視に手を抜いたことは無いが、今思えばもっと形振り構わずやっていればと後悔している」
「…………でも、散々神殿に邪魔されたって」
「ああ、それに殿下達のガードも固かったしな。だがそんなの言い訳にしかならない。…………おそらく聖女エミリアの最初の被害者であろうイザベラ様も犠牲になってしまった」
そしてクロードは自嘲するように苦笑した。
「それに結局君を巻き込んだ。こんなことになるのなら学園にいた頃、もっと………いや、何でもない」
その時、ふと聖女エミリアの言葉を思い出す。
“ でもありがと。クロードがアンタに執着していたおかげで、呪具は見つかんなかったんだから。あの子が私を朝から晩まで一時も離れず監視していたら流石にばれていたと思うわ ”
“ アンタがクロードの目を良い感じに集めてくれたおかげで、聖女奉祝祭までばれずに済んだってこと ”
もし聖女エミリアの言った言葉が事実なのならば、私がクロードと関わったのも良くなかったと言える。
クロードも先程言っていた。
私に告白するために、色々行ったと。
「どうした?」
「いえ、あの…………」
「今日はもう寝よう。眠れないのなら睡眠剤がある」
そしてクロードが懐から小瓶に入った水薬を渡してくる。
するとその時、屋敷の外から雷鳴の如き轟音が鳴り響いた。
驚いて慌てて立ち上がり、窓の外を見る。
そこにはどこからか現れたのか。
宮廷魔術師を何十人も引き連れた聖女エミリアが佇んでいた。
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