第12話 悪役令嬢の死と聖女の疑惑
はっと目を覚まし、弾かれるように起き上がる。
辺りを見渡せばヴァインハルト家の寝室で、隣には誰もおらず、私の右腕には足枷が付いていない。
ということは………
(監禁ルートは回避できた!?)
けれど今自分がどんな状況であるかは分からない。
私はそれを調べるため、慌てて着替える。
そして寝室を出れば、扉のすぐ横に侍従長のトマスが待機していた。
「奥様、おはようございます。今日は明日の聖女奉祝祭に向けて衣装合わせと諸々の確認がございます。そして午後からは来客の予定が入っておりますので、何卒よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
何だか久しぶりに見かけるトマスに、私は緊張しながらも答えるのだった。
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聖女奉祝祭。
聖女が現れた代にのみ行われる祝祭で、神殿で聖女が女神様から神託を受け取った後、その有難いお言葉を国民に告げる催しだ。
聖女エミリアが城のバルコニーから告げる神託を貴族階級の者はバルコニーの奥にある会場で聞かなければならない。
そしてそれが終わった後、聖女エミリアを讃える祝賀会が開かれるため、私達貴族はきちんとした格好で行かなければならないのだ。
「───こちらはクロード様がこの日のために用意されたドレスです。もしお気に召しませんでしたら、他のものも御座います」
ヴァインハルト家のメイドの人達に手伝われながら着替えたドレスは、襟の詰まった品の良い濃紺のドレスだった。
聖女奉祝祭では真っ白なドレスに着飾る聖女が映えるよう、暗い色のドレスを着なくてはならない。
男性がタキシード(騎士階級は軍服)に対し、女性は華美でないドレスが望まれる。
一応生家から持ってきた奉祝祭用のドレスもあるが、せっかくクロードが用意してくれたのなら有り難く着ていこう。
「クロード様は当日聖女エミリア様の護衛につくため、奥様はお一人で参加されることになります」
トマスをじっと見つめる。
三度目のタイムリープを経て、今回どのように未来が改変されたのだろう。トマスは私達の事情を知っていたりしないだろうか。
「あの、トマス」
「はい。何でしょう」
「こんなこと言われても困ると思いますが、クロードと私の関係って、何というか………良好、でしょうか?」
しどろもどろそう聞けばトマスはきょとんとする。
うん、そうだよね!
こんなこと言われても困るだけだよね!
しかしトマスはしばらく思案した後、口を開いた。
「それははっきりと申し上げた方がよろしいでしょうか?」
「え、ええ!限りなくはっきりと言ってほしいです!」
「悪いですね」
悪いのか!
するとトマスは淡々と続ける。
「私はクロード様が生まれる前からこのヴァインハルト家に仕えており、クロード様のことなら何でも知っていると自負しております」
「は、はい」
「なのでクロード様が高等部2年生の時に奥様に想いを告げられた際、断られたことも存じでおります。クロード様曰く『やっぱり異性として見れない。私の好みはもっと男らしい人だ』と仰られたと」
そうなのか………!
正直私の好みは男らしい人でもないけれど、おそらく聖女エミリアの目が怖くてそう言ったのだろう。
ということは、だ。
現時点で私とクロードの関係が悪いとなると、未来は何も変わっていない可能性が高い。
彼は相変わらず私を一生苦しめるために結婚したということが伺える。
「ところで奥様、午後から来客の予定が入っております。奥様のご学友であるレベッカ・ハミルトン様と付き添いの方がお一人いらっしゃいます」
レベッカは分かるけど、そのレベッカの付き添いって誰だろう。
首を傾げながらもトマスの言葉に頷いた。
───屋敷にやって来たのはレベッカと喪服姿の女性だった。
私やレベッカと同じくらいの年齢で、どこかで見覚えがある。
ヴァインハルト家の客間にて、レベッカが彼女を紹介した。
「いきなりごめんなさい。今日は少しソフィーに聞きたいことがあって………まずこちらの方はオルコット伯爵家のジェーン様。王立学園で私達の一つ上の先輩よ」
「初めまして、ソフィー様。ジェーン・オルコットと申します。今日は後輩のレベッカに無理を言って、貴女との面会を希望しました」
その名前を聞いてハッと思い出す。
私は交流がなかったものの、ジェーン様はレベッカと同じ委員会に所属していた。時折先輩のジェーン様と話しているのを見かけたことがある。
そんな彼女が私に何の用だろう。
それにその喪服はどうしたのか。
誰か亡くなってしまったのかと思っていれば、ジェーン様が口を開く。
「………………つい先日、《囚人の搭》でイザベラ・モンフォール様がお亡くなりました」
その言葉に一瞬固まってしまう。
私の脳裏に池の中からシグレットリングを発見し、涙を溜めながら礼を言うイザベラ様の姿が過ぎった。
「私達が高等部3年の頃、舞踏会にてイザベラ様が聖女エミリアに日常的に危害を加えていたことが判明し、断罪されました。その罪によりイザベラ様は生涯に渡り、誰もいない塔で幽閉されることとなりました」
それは私やレベッカが高等部2年の頃に起こったことだ。
上の代の先輩達がホールの真ん中で行う断罪劇を、少し怖くなりながら見ていた。
そしてジェーン様が続ける。
「その塔で病を患ったイザベラ様は、先日病死されたのです。…………尊き聖女を陥れようとした罪により葬儀は行われず、共同墓地に埋められましたが───私は彼女の死に納得しておりません」
「…………納得していない、とは?」
「おかしいと思いませんか?聖女エミリアが高等部に編入した途端、これまでイザベラ様と仲の良かったウィリアム殿下やその周囲の御友人方が一斉に聖女エミリアに惹かれたんですよ。…………まるで何らかの呪具や術によって、操られたかのように」
彼女の言葉に固まってしまう。
確かに聖女エミリアについて疑問に思うことは多々ある。
けれど《聖女》に対してそれは不敬であり、彼女は国から守られる存在。
イザベラ様の前例もあり、皆あえて口に出すことはなかった。
するとレベッカが複雑そうな顔をしながら口を開く。
「ごめん、ソフィー。何もソフィーを困らせようと思って、ここに来たわけではないの。ただ………」
そしてジェーン様が静かに続けた。
「…………先日ソフィー様が結婚されたのは宮廷魔術師のクロード・ヴァインハルト様です。聖女エミリアとの親交もあるあの御方から、何か聞いてはいないでしょうか?」
それに対して私は首を横に振ることしかできない。
力になれなくて大変申し訳ないけれど、ジェーン様は「大丈夫だ」と言って頷いた。
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その日の晩、次もまたタイムリープがある予感がしていた。
けれどその先で何をしようか悩む。クロードに告白されないよう立ち回る、と言っても具体的に良い方法は浮かばなかった。
(クロードの告白を断らなかったらどうなるんだろう)
聖女エミリアの目が怖いのは事実。
そんな恐ろしいことをしたら何が待ち受けているのか分からない。
そしてその時ふと昼間のことを思い出した。
ジェーン様の言っていた、聖女エミリアが術や呪具を使ってウィリアム殿下を魅了しているというのは本当なのだろうか。
(でも、神殿に仕えている聖女がそんな女神様を裏切るような真似するのかな)
女神様の神託を受け取れる聖女が貞淑さを捨て、神様に逆らうような所業をするだろうか。
分からない。
段々と微睡んでいく。
そうして私は、ふっと意識を手放した。
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