第1話 聖女の逆ハーレム要員
学生時代、一学年上に《聖女》と呼ばれる女子生徒がいた。
エミリア・ローズ。
元平民出の男爵令嬢で、女神様の神託を授かる力を持つことから、第一王子を始め様々な男子に注目される───天使みたいに愛らしい顔立ちをした美少女だ。
もちろん女の子達はそんな聖女エミリアを面白く思っていなくて、彼女を崇拝する男子グループを白けた目で見ていた。
そしてそんな男子グループの一人に、私は学生時代に告白されてしまったのだ。
クロード・ヴァインハルト。
聖女エミリアの後輩で、私の同級生。
話したことも数回しかなくて、中等部の頃から《天才魔術少年》と呼ばれる───線の細い美少年だ。
「ソフィー・シモンズ、いきなりこんなことを言われて困ると思うが、ずっと君のことが好きだった。もし良ければ、僕の恋人になってくれないか?」
人気のない王立学園の校舎裏にて。
真直ぐにそう言ってくれるクロード・ヴァインハルトに当時の私は正直言って困ってしまった。
だって話したこともほんの数回しかないし、私を好きになる理由が分からない。聖女様みたいに可愛くないし、これといった目立つ顔も才能もないのだ。ただクロードが冗談でこんなことを言ってくるような悪質なタイプでないことは理解している。
「あの、ごめんなさい。恋人とか私にはまだ早いと思うので………」
「君が僕の存在に慣れるまでいくらでも待つ。それでも駄目か?」
「ヴァインハルト君のことは正直よく知らないし………」
「これから少しずつ知っていってほしい。絶対に後悔させないから」
「でも、その………」
「もしかして婚約者がいるのか?調べたところ君にそういった存在はいないと認識していたが」
意外にもぐいぐいと来るクロードに困ってしまう。
正直言って悪い気はしない。
悪い気はしないのだが、彼と交際した場合、必ず聖女エミリアに目を付けられてしまうだろう。
なんせクロードは聖女エミリアのお気に入りの後輩なのだ。そんな可愛い後輩がどこの馬の骨とも分からないモブに取られたら面白くないはず。
実際第一王子を巡って彼の婚約者の令嬢とバチバチにバトっているのを見かけたこともあった。
そんなバトルに私が勝てるのかと言われたら、間違いなく負ける。コテンパンにやられて聖女エミリアが卒業するまで目を付けられるに違いない。
女の子と見紛う程の美しい少年を前に贅沢にも「どうしようかな」と困る。
するとその時、校舎裏を一望できる2階の窓からふと視線を感じた。
顔を上げてみると、そこには聖女エミリアが凄まじい形相で私を見下ろしている。
───こ、怖………。
「? どうしたんだ?」
「い、いえ、あの………」
その瞬間、当時16歳だった私は嫌でも理解した。
ここでクロード・ヴァインハルトをきっちり振らないと、残りの私の学生生活は終わる、と。
「え、ええと、ヴァインハルト君」
「何だい?」
私を安心させるように薄く微笑んでくれる美少年。
誰に対しても懐かない猫みたいな態度の彼の、貴重な笑みに申し訳なくなりがら、私は震える口で言い放った。
「は、はっきり言うとね、全然タイプじゃなくて」
「………………参考までにどんな男性が好みなんだ?」
「………………わ、私が好きなのは、もっと背が高くて、筋肉があって、みんなを引っ張るタイプなの。騎士団長の御子息様みたいな方が良いなあって。
あ、あと研究室にこもって魔術ばっかりやってる人って、正直ちょっと陰険そうで苦手で。魔術ができるのはすごいと思うけど、人生それしかやってこなかった感じがするし………人としての魅力が足りない、かな?
わ、悪いけど、貴方がどれだけ努力しても、私の理想には一生届かないと思う。だから、ええと、私の恋愛対象じゃなくて、ヴァインハルト君のこと全然そんな目で見れないの」
我ながら本当に最低だと思う。
クロードの存在を全否定するどころか、あまつさえ彼が行なってきた魔術の研鑽を完全に馬鹿にしている。
けれどこれでクロードも諦めてくれるだろう。
そんな気持ちで彼を伺えば、クロードは先程とは打って変わって酷く冷めた目で私を見つめていた。
「…………へえ、そう。君の気持ちはよく分かったよ」
「は、はい。ま、誠に申し訳ございません………」
「それが君の本心なんだろう?謝ることないよ」
優しい言葉を投げかけてくれるが、彼の瞳は冷え冷えとしている。
そして彼は踵を返し、私の前から去っていった。
それからクロードとは一度も会話ことなく互いに卒業し、私は彼と完全に疎遠になった。
───はずであったのだ。
◇
まさか16歳の頃にこっ酷く振った相手と結婚するなんて思いもしなかった。
アレンスティア王国王都に建てられた荘厳な教会にて。
自分の目の前にいる結婚相手の青年を改めて見つめる。
王家専属宮廷魔術師クロード・ヴァインハルト。
魔術師にしては体格が良く、身長も少し遅めの成長期が来たのか私よりもはるかに背が高い。
可愛らしい美少年フェイスは精悍な顔立ちの美男子となり「変わったなあ」としみじみと思った。
学園に通っていた頃はあんなにひょろっとしていたのに。
(いや、普通に気まずいな)
大きくなったなあと現実逃避をしてみたけれど、やっぱり気まずい。
なんせ相手は学生時代、人格否定までしてこっ酷く振った男なのだから。
「───では、新婦ソフィー・シモンズ。汝は生涯にかけて新郎クロード・ヴァインハルトと共にすることを誓いますか?」
教会の司祭の言葉に私はおそるおそる「はい」と頷く。
「それでは、誓いのキスを」
そしてクロードによって頭にかけられていたベールが外された。
彼も一度振られた女に随分と気まずい思いをしているのではないだろうかと思ったが、そんなことはない。
冷や汗をかき目線を彷徨わせる私に対して、すんとした表情で見下ろすだけだった。
(何を考えているんだろう………)
そう思いながらも立ち尽くしていると、おもむろにクロードが私の頬に手をかける。
そして身を屈め口付けをした瞬間、結婚式に招待した来賓達の歓声がわあっと上がったのを、私は何とも言えない気持ちで聞くのだった。
・
・
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「ねえ、ソフィー。アンタの夫が他の女とよろしくやってるけど良いの?」
「いや、まあ、そんなよろしくとまでは………」
筒がなく挙式は終わり、現在ヴァインハルト家の屋敷で披露宴兼ガーデンパーティーが行なわれている。
そこで学生時代からの友人、レベッカが中庭の隅の方で談笑する(推定)夫と聖女エミリアの姿に深く溜め息を吐いた。
聖女エミリア・ローズ。
男爵令嬢だった彼女は学園卒業後名のある公爵家に養子入りし、今や第一王子ウィリアム殿下の婚約者イザベラ令嬢を押しのけて婚約者の地位にまで上り詰めた。
聖女兼未来の王妃。
そのため学生時代から侍らせていた男子達を今も騎士のように従えて、その一員である天才魔術師クロードとも深く交流しているらしい。
現にクロードは招待客への挨拶を終えると、そそくさと聖女エミリアのもとへ行ってしまった。
花嫁である私を置いて。
そしてそんなクロードにレベッカは分かりやすく顔を顰める。
「学生時代、アンタのことが好きだったみたいじゃない。なのに振られたからって聖女エミリアに擦り寄るだなんて、随分と女の尻を追いかけるのが好きなのね」
「向こうは私のことなんてもう好きではないのよ。それにこの結婚は政略的なものだし仕方がないわ」
私の実家であるシモンズ子爵家は魔道具の事業に手を付けていたが、数年前にそれが失敗し没落。
けれどそこにシモンズ家の技術に目をつけたヴァインハルト家が資金提供し、両家の結び付きを強固にするため、年頃の私とクロードが結婚する運びになったのだ。
(…………むしろクロードは私のことを嫌っているんじゃないかしら)
聖女エミリアと歓談するクロードに複雑な気持ちになるものの、政治的な意図のある結婚のため嫉妬だの何だの言ってられない。
「でもあのクロードがねえ。あんなにひ弱でなよなよしていたのに、アンタに振られてから随分変わっちゃったみたいね」
「え、ええ」
「高等部在学中に新種の魔素を多数発見。学園を卒業後、宮廷魔術師として働く傍ら、魔術ギルドに登録してSランク任務をいくつも成功。
その功績が認められて最年少で国家栄誉賞を受賞するとか………おまけに一年前に伝説のドラゴンを単騎で討伐して、伝説的な魔術師になるなんてねえ」
「後半意味が分からないわ………」
レベッカがシャンパンをぐいっと飲み干しながら彼の功績を語る。
学園在学中から天才魔術少年として注目されていたが、今や何だかよく分からない功績を残しつつあるクロードに若干ついていけていない。
「それにしてもアンタの振り方、相当酷かったんだっけ?」 「…………………う、うん」
「学生時代にこっ酷く振られた女と結婚か………。お互い気持ち切り替えて上手くやってくしかないわね」
レベッカの明け透けな物言いに苦笑するものの、それが彼女の美徳であることは知っている。
クロードが許してくれるか分からないが、とにかく今後うまくやっていくためには彼に謝罪しなければならないだろう。
前髪が触れそうなくらい顔を寄せて話すクロードと聖女エミリア。
聖女エミリアはウィリアム殿下の婚約者であるのに、何だか彼らがとてもお似合いのように思えてしまった。
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