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これからも

お昼前に、リーリアとジュベータは、運河まで下りてきて、橋のたもとでミカエラと婚約者を待っていた。リーリアが巧みにジュベータを連れまわした甲斐あって、ジュベータの髪はそれらしく巻かれていて、髪飾りも付き、目の下ににじんでいた昨日の疲れは巧みに塗りつぶされている。二人の手提げの中には化粧品だの石鹸だの、それぞれが欲しくなって買ってしまった品がずっしりと入っている。途中まではジュベータがどうしても買いたがった駄菓子の大きな包みもあって、リーリアは

「そんなもの子供みたいに持ち歩くつもりかしら」

と懸念していたのだが、それは青馬亭の子供たちに渡すものだったので、安心した。


あいかわらず、時々雨粒がぱらっと落ちてくる。二人は肩掛けを頭からかぶってしのいだ。

「去年よりずっと人が少ないですね」

とジュベータが言う。

「これくらいの雨で保ってくれればいいけど」

リーリアはなんども曇り空を見上げる。そこへ背の高い男性が、マントを着た腕を小柄な女性の上に掲げて、雨から守りながらやってきた。ミカエラと婚約者だった。


ミカエラは、リーリアが流行りだといっていたように髪を結って、光沢のある灰色のドレスも大人びた装いだ。でも両手にお菓子を持って、けらけら笑っているので、あいかわらずのミカエラだった。婚約者の方は、丁寧に

「お招きありがとうございます」

と挨拶してくれた。青い瞳が印象的な人だ。


ジュベータは一同を河口亭まで案内した。やっぱり昨年より空いている。お内儀さんが、いつもの大部屋ではなく、別室に通してくれる。先にコルムさんが来ていた。

「やあ、ジュベータ、久しぶりだね。リーリアとミカエラ、こんにちわ。それに初めまして、ミカエラの婚約者の方」

「どうも、ニコラエと申します」

二人の男性は握手を交わす。

「トマももうじき来るからね、まあ座ろうか」


小部屋の奥からリーリアとミカエラ、ニコラエさんが並んで座り、卓を挟んでリーリアの向かいにジュベータが座る。コルムさんはジュベータの隣を一人分空けて端っこに腰を下ろした。

「みんなエールでいい?女性陣も?じゃあ、お姐さん、エールをお願いします」

ミカエラは別祭日が終われば、婚約者と北へ旅立ち、向こうで挙式するので、きっと支度で忙しいのだろうけど、気楽に話している。午前中は移動動物園を見にいったけど、ニコラエさんが狩猟者の眼になって怖かったとか。エールが届き、鯰のフライが来たと思ったら、ぎりぎりにテペシさんが姿を現した。テペシさんは、いつものようにジュベータをじろっと見た。でもそれが嬉しい。

「トマ、ちょうど揚げたてだよ。さあ座って座って」

コルムさんが席を立って、テペシさんを通してくれた。


「すまん、待たせた」

「よかった。鯰食べるのに間に合いました」

まずはミカエラとニコラエさんの結婚を祝して、皆でマグを掲げた。人数が多いので鯰は大皿だった。ああ、一年ぶり。


「これ、あの鯰ですか、沼におる?」

「そうそう、北の方では召し上がらないんですか」

「いや、初めてです。うまいもんですね」

リーリアが見る限り、アルブレヒト・コルムはニコラエさんをうまく会話に引き込んでいるけど、婚約者のいるミカエラとジュベータに対してはちょっと遠慮気味だ。そしてリーリアに対しても、同じくらいの距離を保っている。


「テペシさん、今日はあの果物はないんですか」

ジュベータが尋ねると、

「待ってくれ」

と言って、テペシさんはポケットを次々探る。その途中で掌に載るくらいの可愛らしい包みがでてきた。テペシさんは一瞬逡巡したが

「これはジュベータに」

と差し出した。

「あ、はい。ありがとうございます」

「わー、いいないいな、ジュベータさん開けてくださいよ」

ミカエラが騒ぐ。テペシさんは、黄金色の小さい果実を絞って揚げ物にかける。レモンに似た匂いが立ち込めるなかで、ジュベータが包みを解くと、小箱の中にイヤリングが入っていた。白く輝く雫型の宝石が下がるデザインだ。

「素敵。ムーンストーンね」

リーリアがつぶやいた。レヒトとニコラエさんが拍手する。ジュベータは目をうるませて

「テペシさん、これいただいていいんですか。綺麗な物」

と尋ねた。

「おう、その髪にちょうど似合う」

「トマも言うようになったね」

レヒトとリーリアの目が合う。二人の間に、苦笑いが行き交う。リーリアは気が楽になった。多分レヒトとリーリアの心はそう離れているわけではないのだろう。


鯰を食べ終えて、ジュベータはテペシさんと出かけるところがあるので、と断って、河口亭を後にした。王城から離れる方向、南へ向かう。幸い、乗合馬車を拾うことができた。いつもは30分くらいで着くところが、小一時間かかった。かつて森があったという公園のところで馬車を下りて、そこからは歩いて坂道を上る。古い寺院の墓地にジュベータの両親の墓があった。季節が早くて、供えるような花もない。蝋燭を灯してジュベータとテペシさんは祈りをささげた。来るときはジュベータが先に立って案内してきたけれど、帰り道には自然とジュベータはテペシさんと腕を組んでいた。寒い日だったけれど、テペシさんのそばは暖かかった。




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