つまどい
「あ、し、すみません、失礼を」
ジュベータは赤くなってテペシさんから身を離した。
「大丈夫か」
「はい、すみませんでした」
本当はテペシさんが肩を抱いてくれたおかげで膝ががくがくしているし、耳までどきどきする。涙はとまった。
「腰かけろ」
と言われるが、テペシさんが立っているので座りにくい。年嵩の侍女が、テペシさんにと小さい椅子を室内から運んでくれた。さっきのを見られていたかと思うと、ものすごく恥ずかしい。ジュベータは腰を下ろして、両方の頬を手で押さえた。テペシさんも腰かけたので、冷静に、普通に、話さなくては。
「あの、あの、どうしてトーラスに来られたんですか」
テペシさんが答えるまで少し間があった。
「あー、驚かねえで聞いてほしいんだが」
テペシさんが膝の上で煙管を両手で握るのが見えた。
「その、ジュベータに会いたくて、来た」
「え」
聞き違いかと思ってジュベータが顔を上げると、テペシさんはジュベータの顔を睨んでいた。
「構わねえか」
「そ、そそれは、ううう嬉しい」
ジュベータの胸に暖かいものがあふれて、最後まで声にならなかった。
「私も、テペシさんに会えたらいいなあって、ずっと、思って」
「おう」
テペシさんが照れた顔をするのを初めて見た気がする。
「へで、ちっと急だけども、結婚の約束でもないと会えないと思って、まず男爵夫人様にお願いに来た」
「そ、それはまた、その」
ジュベータは驚いたが、否定的なことを言ってしまわないように懸命に言葉を探した。
「あのえっと、勿体ないお話です、ありがたいし、でもちょっと、びっくりというか、まだ実感がわかなくて」
「俺もそうだ。でもまずは顔見て話したくて、そのためにな」
テペシさんは片手をぎゅっと握ったり開いたりしながら
「それに、ジュベータが他の男と結婚する可能性はつぶしておきたい」
「そ、それは多分心配ないです、いや多分じゃなくて絶対絶対」
テペシさんは笑った。
会話の途切れと見たのか、少し離れていた年嵩の侍女が、
「ジュベータ、そろそろ大奥様のご夕食の時間ですよ」
と声をかけてきた。テペシさんが立ち上がり
「ではこれで」
と片手を差し出した。ジュベータは指先に触れて、テペシさんを見上げたまま
「失礼いたします」
とお辞儀をした。テペシさんはジュベータをじろじろ見て、
「おう」
と小声で答え、振り返って自分で椅子を片付けてくれた。
トマの夕食は、前回泊まった時は部屋に運ばれたが、今夜は執事から、御同席いただけないですかと招待があった。トマに異存はない。食べ方・飲み方で値踏みされることは覚悟の上だった。使用人の食卓の上席に案内される。執事から、かなり年配の侍女を
「大奥様付きの方」
と紹介されて、三人で食事を共にすることになった。
ジュベータやトマ自身についての話題は注意深く避けてもらえていたようだが、自分の親のような年配の二人を相手にトーラスの気候や、特産物などについて、あたりさわりのない会話を交わしながらの食事は、肩が凝った。まあ、猪はうまかったし、なんとか、和やかに済ませたと思う。どこかにジュベータも食べているのかと、さりげなく周囲を見まわしたが、わからなかった。
トマが客室に戻ったときには、煙草を吸う気もしないほどくたびれていたので、煙管を清めて寝てしまうことにした。習慣になっているので、煙管を見つめて手を動かしながらもまるで別のことを考えることができる。今日は、ジュベータと話せてよかった。
「ほぼ半年振りだで」
独り言がでたほどだ。自分の口から直接に縁談について伝えることもできた。ジュベータは驚いていたが、やはり急な話すぎただろうか。煙管の中で、何かひっかかるような手ごたえがあった。トマは一度手を止めて生えぎわのあたりを掻くと、もう一度、入念に煙管の内側を探る。
ジュベータは会いたかったと言ってくれたし、縁談が嫌とは言わなかった。それから、他の男と結婚することは「絶対絶対」ないとも言ったが、何かこう、物足りないような、もどかしいような気がする。
もっとジュベータと話したかった。会わない間のことや、これからのこと。あの娘の妙な思い込みを一緒に笑って、涙を流すようならちゃんと胸を貸してやりたい。できれば自分たちのそんな様子は、誰にも見せたくない。もし二人きりになれたら、というあたりで、トマはまた手を止めて、荷物の中から蒸留酒を詰めた小瓶を取り出した。煙管の内部で固まっている汚れを微量の酒で溶かす。
一つには、ジュベータの態度が、普通というか、今までどおりなのが、もどかしいのかもしれない。トマの胸には、いつか勝手に描いた、男に寄り添うジュベータという苦い絵が残っていて、今日のジュベータがそんな感じでなかったことが何となく、くやしいような、物足りないような、だ。ジュベータをうっとり?させられないのは、トマの何だ、手管?が足りないせいなのだろうか?アルブレヒトならきっと、
「女の子にはもっと甘い言葉をかけなきゃ」
と言うだろう。トマはため息をつくと、煙管を片付けて寝た。




