トマ・テペシの主人2
「お前の話は端折りすぎなんでないか」
トマ・テペシの若い主人は額を押さえながら、ゆっくりと尋ねた。
「お前が話をつけるというのは、相手の娘の親だよな?」
「親は死んだそうで、兄弟もねえはずです」
「で、誰と何を話しつけるって?」
「はい、エルジュベートに、俺と、その、一緒になるかと」
「ちょっと待て」
主人はグラスの蒸留酒を一口あおった。たん、と机に下ろす。
「娘本人と約束があるのでねえのか?」
「その話をつけに行きてえです」
「いや、まずなんでそんな遠くの娘と付き合ったりした」
「付き合ってはおりませんが、知り合ったのは、あれが王城に勤めてたおりで」
「いっちいち、驚かすなあ、お前。付き合ってねえと?」
トマはうなずいた。
「だもんで手紙を書いたり、直接訪ねるのもおかしいので、用事をこしらえてトーラスに行くしかねえと思い詰めまして」
「あー、どうするべか」
主人は頭を抱えた。トマは唇を曲げて目をそらす。
「娘と約束もねくて、いきなり領主殿に使いだしていいのか、それにお前、付き合いもしねえ相手にいきなり結婚話されたら、普通の娘は怖がるぞ」
「まずは会わねば、話も進められねえのです。堅いところの娘に会うにはこう、正式な話で行かねば。へで、会いてえ」
最後の言葉は、思わず口から零れ落ちたようで、途中で途切れた。
「それで断られたらおしまいでないか」
主人は畳みかけるが、トマは強情に言い張った。
「このまま会わくてもおしまいです。後で、あの時出向いたらこう、できたかもしれね、と残る一生考え続けるのは、ちょっと」
つかみどころのない、厄介な話であったが、日頃、背筋を伸ばしているトマを見慣れているので、うつむく様が必要以上に哀れに思えたに違いない。
「トマあんよ、まずこりゃ一回勝負じゃ無理だ。策を考えるから、明日どこかで貴族年鑑を借りてこい、伝手を探してやる」
主人はそう告げた。
「ありがとうございます。俺も若様を脅かすような真似をして申し訳ごぜえません」
片膝をついて頭を下げたトマに
「いや、お前も最初から腹を割って話せよ」
「若様みていに花も実もある話でないから」
「馬鹿」
思わず赤くなった顔をこすると、トマにグラスを渡して、退がらせる。その後で
「トマに会いたくなくって娘が王都を離れたんだったら、まずいなあ」
と問題を思いつく主人であった。
それから数日間、トマの主人は、王城のエルジュベータの記録と貴族年鑑を照らしあわせて、件の娘が男爵夫人の縁者にあたることを確認した。一方で王都にある実家の屋敷へ使いを出し、トーラスの男爵家との仲を問い合わせる。男爵の子息の一人が、主人の兄と同年代で、交流があることを突きとめ、ちょっと安堵した。肝心の娘が王都を離れた理由だが、口の重いトマを問い詰め、ここ数か月交流がなかったことを白状させた。
「娘がお前を避けているわけではなさそうだな」
トマは安堵のような、不本意のような表情をしているが、主人としてはかなりの安心要素である。
故郷にいる父や兄に相談するには遠すぎるし、そこまでする大ごとでもないため、王都の屋敷の執事の意見を容れて、
<男爵夫人の遠縁にあたられるエルジュベート・ノシク嬢に対して、当家の家中より縁談の要望があるが、差し支えないだろうか>
という、当初想定から一歩引き下がった手紙と、他家への使いによく贈っている魚介の干物類を持っていかせる手配をした。トマは早朝から出てゆき、翌日の午後に戻ってきた。天気も良かったが、気合を入れすぎて馬を酷使したのではないだろうか。
「早かったなあ」
「返事はこちらです」
書状のほかに、返礼品としてなにか籠をもらっていた。まずはトマが知りたがっている、男爵家の返事を確認する。
「こちら側、婿がねの詳細を知らせてほしいと書いてあるぞ。前向きでないか」
トマがとたんに安堵の表情を見せるのが面白い。
「男爵夫人の遠縁とはいえ、本人は商人の娘ですでに両親もなき身の上であることをお含みいただきたく、なるほどな。無論、男爵殿にはおめもじしなかったんだろう」
「はい、取次いただいただけです」
平民と家臣の縁談ならそんなものだろう。気軽に次の使者を立てればよさそうだ。
「屋敷内に泊めてもらったろう。娘には会ったのか」
「いや、それは」
思った通り、出向いたからと言って、広い屋敷の中の狙う相手に簡単に会えるはずがない。
「まあ次は会えるんでないか。せいぜいめかして行くがいいぞ」
すこしからかうと、トマは意気消沈したようすだった。
「テペシ、俺は縁談とか経験がないからな、ここから先は、屋敷の方の執事の指示に従え。トーラスに行く必要があれば、俺が命令を出してやる。お前の実家にも報告しろよ。」
貰って来た籠の中身は栗と林檎で、いかにも山国らしい。そのままトマにとらせて、さがらせた。ここからどんな手続きを経れば、トマが無事に娘の手をとれるのか、見当もつかないし、正直考えたくもない。結婚などという回り道を通らずに、好きなら思い切り抱きしめればよかろうに、というのが若い主人の感想だった。




