表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/41

秋の気配

ジュベータがぐずぐず考えているだけの話ですが、割り込みです

「最近、テペシの旦那はお元気ですだか」

河口亭の主人のジュベータへの質問は妙だ。いったい何を聞かれているのだろう。私がテペシさんと何かあると思われているなら、誤解です。

「あ、あの、私は、」

お内儀が主人をたしなめる。

「あんた、いくらなんでもそんな藪から棒の聞き方あるもんかね。お嬢さん、ごめんなせーね。実はここしばらくトマ様がお見えにならないもんで、お嬢さんならなにかご存じねーかと思いまして。いえ、あんな人でも、もしかしたらご病気とかあるかもしれねーですし」


「あ…」

テペシさんは河口亭にも来てなかったのか。

「あの、私は、その、テペシさんとそれほど親しくはございませんので、夏の初めにお店に来たとき、あの、お仕事を紹介いただくことになった前の日ですね、ご一緒して、あれ以来は存じません」

丸二月以上だ。


「あら」

お内儀は表情を曇らせた。

「その後すぐ一度お見えになったべ、お嬢さんに仕事をお世話した話したら、良かった良かったって」

「ご、ご病気って」

ジュベータがおずおずと問いかけるとお内儀は笑って見せた。

「いえいえ、そりゃ冗談ですだ」

「あの、王城の友達が先月テペシさんの隊の方々とお食事したそうで、その時はきっとお元気だったと、思います」

ジュベータはリーリアの手紙の文句を心の中で吟味した。『コルム様やテペシ様たちと誘い合わせて出かけました。』くらいしか書いてなかったし、大きなご病気のはずはない。


ジュベータが思いをめぐらせていると、お内儀がとりなすように言った。

「きっとお忙しいんでしょう。ほら、じきに国王誕生日の催しはあるし」

「そういえば、去年も今頃、ひと月位ご無沙汰だっただ」

主人も口添えする。


しかしジュベータはかえって胸が震えて、うつむいた。去年はひと月。今年との違いは、ジュベータが河口亭と目と鼻の先で働いていること、だったらどうしよう。テペシさんが河口亭に来なくなったのは、ジュベータが近くで就職したのを知ってからだという。

「宮仕えの人はお休みが難しいで、こういう時もございますべ。今度見えたら、お嬢さんにいただいたお土産をおすそ分けしますだ」

それは、実を言えばジュベータがちょっぴり期待していた展開だったのだが、不安に押しつぶされたジュベータにとっては、むしろ心苦しい申し出となった。


 数日後、秋の最初の日に、青馬亭に女主人と赤子が帰還した。河口亭の主人は約束通り立派な鱸を朝早くヨアキムに届けてくれて、主人が料理して女主人に食べさせ、さらに賄いもちょっとした祝宴になって、従業員には心づけが配られた。


「嫁さんは戻ったけど、まだあまり仕事はできないから、約束通りあと一月、よろしく頼んだよ」

お祝い気分のなかで、主人はジュベータに言葉をかけた。

「はい、かしこまりました」


 ジュベータの答えに勢いがなかったことに、主人夫婦は気づかなかったようだ。そろそろ次の仕事口を探し始めなくてはいけない。青馬亭の主人夫婦に相談してもいいだろう。だが、もう河口亭の人は頼ってはいけないかもしれない。もしジュベータが避けられているのなら。


 夜なべ仕事に、夏の間、手を付ける気になれなかった厚手の縫物を再開した。針を動かしながら、ジュベータの考えはぐるぐるめぐるばかりで先へ進まなかった。ジュベータが避けられているとして、理由はなんだろう。最後に会った時のテペシさんはいつもの通り不愛想でも紳士的だった。突然、感情的に、ジュベータを嫌いになったりする人ではないと思う。どちらかといえば、これ以上親しくなるべきではないと判断して距離を置くことにした、というほうが、あの人らしい。


 ジュベータでさえ気づかなかったテペシさんへの思いが、知らぬ間に伝わっていて、テペシさんを遠ざける結果になったのだとしたら、どうしようもなく恥ずかしい。それよりもテペシさんがリーリアと親しくなるために、ジュベータと距離を置くことにした、というほうが耐えられるだろうか。そのほうが誠実だけど、なんで悲しくなるのだろう。ジュベータは針を止めて瞼を拭った。


 エステル大叔母様からの新しい手紙は、叱責になっっていた。

「このような言い方はしたくありませんでしたが、私の身内が、王城ならともかく、町で働いて暮らしているということは、世間体がよろしくありません。妻の親戚に貧しい暮らしをさせていると陰口をたたかれるのは男爵なのですよ。少しはそういう事情も考えなさい」


 手紙を読み終えて、ジュベータは頭を垂れた。大叔母様に反論する材料がない。ジュベータの面倒を見て負担をかけさえるわけにはいかないと思っていたけれど、それ以上にジュベータが一人で働くこと自体が大叔母様の迷惑になるのだ。先日までは王都を離れたくない理由があったけど、もうそれも忘れた方がいい。ジュベータがいなくなれば、テペシさんはまた河口亭に来られるだろう。


「いますぐ勤め先を離れては迷惑がかかりますので、月末まではお許しください。そのあとでトーラスに参ります。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

ジュベータは大叔母様へ返事を出した。




 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ