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ささやかなときめき

予約投稿を誤りましたので内容を差し替えております

若手のリネン商のサボーは、人差し指でこめかみを支えながら、ジュベータがお茶を飲む様子をみていたが、控えめに話しかけた。

「エルジュベートさん、私には多少余裕がありますので、失礼ですが、その、お困りでしたら、頼っていただいたら、それなりのお世話も出来ます」

最後の方は早口になった。


ジュベータは

「あ、あの、それは、あまりに厚かましいお話で」

と、答えた。繊細な菓子は、うまくフォークを立てないと壊れてしまいそうだ。

「いえ、決してあなたを軽く見て申し上げたわけではありません。しかしながら、ご婦人が一人で生計を立てるというのは大変なことで、財産のある者が援助する事は、自然、とまでは言い過ぎかもしれませんが、世間もある程度認めるところといえるでしょう。エルジュベートさんがご自分の将来を長い目でお考えになれば、悪い話ではないとご判断いただけるかと存じます」

「いえ、でも、そういうわけには」

「もちろん今すぐお返事をということではございませんが、こういうことはご縁のものですので」

サボーは言葉を切って、窓の外に目を向けると、額ににじんだ汗をパリッと折り目の付いたハンカチで押さえた。


「あの、サボーさん、折角ですが、私は、そんなに不自由でもございませんので、ご心配無用です。仕事も見つかりましたし、今日のお金もあります。ですから、本当に、大丈夫だと思います」

答えて、ジュベータは菓子を口に運んだ。サボーが答えないので、口元を押さえながら、目を上げた。サボーの言葉の含みに気づくことなく、素直に答えて菓子を食べているジュベータの様子をみて、サボーは苦笑いを浮かべた。


「あなたは、昔から変わっておられませんね。変なことを言い出しまして、申し訳ありません。忘れてください」

「いえいえ、そんな、ご親切にありがとうございました」

ジュベータは頭を下げた。


 サボーはジュベータのために銀行にお金を預けてくれると、自分の馬車で帰っていった。ジュベータは来た時同様に歩いて青馬亭へ戻る。


 サボーさんは、昔ジュベータの父の店に勤めていた縁で、とても親身になってくれた。父は口うるさい上司だったろうから、きっとサボーさんも苦労させられただろうにと、申し訳なく思う。向こうも同じように思っているのかもしれない。頼っていいとまで申し出てくれたが、ジュベータにはサボーさんが家に住み込んでいたころの印象が全然残っていなくて、ほとんど他人同然だ。それだけの縁の人に気軽に頼るわけにもいかない。

 

 そんなことを考えながら中央の通りを歩いていると、ふと、特徴的な看板が目についた。ここで曲がるといつかテペシさんと王宮へ向かった裏道になるはずだ。考えないようにしていた人のことが、急に思い出される。無骨で、誰にでも優しい人。黒い服の袖をまくって背中を丸めて煙草を吸う様子。訛った口調で、ぽつぽつと話して、急に笑顔を見せる。今ここにあの人が歩いているといいのにと、ありえないことを考えて暗い裏道を見ている自分に気づいて、ジュベータは胸が苦しくなった。


 ずっと、考えない、考えないって呪文のように唱えてた間、私はあの人に会いたかったのだ。他の人と話している様子を考えたくないほど、あの人が好きになっていたのだ。


 ジュベータはあたりを見回して牛肉の串焼きを売っている店を探した。ナッツの飴がけでもいい。あの人に会えないなら、せめてあの人の勧めてくれた食べ物が欲しい。あいにくと別祭日のようにいろんな店はでていなかった。あきらめて、何気ない風に歩き始める。


 一度意識してしまうと、もう「考えない」で押さえることはきなかった。歩きながら、ジュベータはあてのない策をこねくりまわす。もし本気でテペシさんに会いたいたければ、河口亭に行けばいい。青馬亭から10分も歩けばいいのだし、テペシさんはよく来るという話だった。ただ、あの人が来るのはきっと夜で、夜はジュベータは青馬亭の仕事がある。おまけにこれからは女主人のお産のために、休みが減らされることになるし、休みがもらえても女が夜に一人でお酒を出す店に行くのは、やはり気がひける。もし、出かけたとして、もし、出会えたとして、それからどうしたらいいのだろう。挨拶する?テペシさんはきっと答えてくれるけれど、「おう」という一言だけだ。話しかける?テペシさんは「夜に娘っ子が出歩くもんじゃない」てか言って、青馬亭まで送ってくれるかもしれない。ほんの10分ばかりだけど。ジュベータの顔が熱くなって、歩きながら両手で隠した。できもしないことを想像して嬉しがって、馬鹿みたい。



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