ジュベータはがんばる
また予約投稿を誤りましたので、差し替えいたします。
青馬亭に来た王立郵便は、帽子を取って汗を拭うと、数通の手紙をヨアキムの娘に渡した。
「ゆうびーん、きましたー」
と唱えながらヨアキムの娘は階段を上がってくる。
「旦那さんと旦那さんと、タデウシ様はお客さんね。あ、エルジュベート様、はい」
ちょうど廊下を磨いていたジュベータは、ヨアキムの娘から商用のあっさりした封筒を受け取った。差出人はリネン商組合、サボーだ。手早く中身を見て、首を傾げた。帳場に主人がいないので、主人夫婦の部屋をノックする。女主人が床に就いたままなので、最近の青葉亭の事務はこちらで行われることが多い。ちょうど主人夫婦も郵便を検分しているところだったようだ。女主人は大きなお腹をして、肩で息をしていた。主人が書類で扇いで風を送る。
「あの、おそれいりますが、明日の昼間、外出させていただいても構いませんか?夕方には戻りますので」
ジュベータはサボーからの簡単な手紙を見せた。父の積み立てしていた金を支払うので明日11時に何某銀行までご足労いただきたいという内容だった。
「遅くならんようなら、構わんが」
「急に勝手を申しまして、申し訳ありません。次のお休みはその代りに働くようにいたします」
「そのことなんだけど、ジュベータさん、相談したいことがあるの」
女主人が身を起こした。
「私のお産までまだひと月ほどあるんだけど、動けるうちにお産婆さんの家に移らせてもらおうと思うの。お客さんのいる、ここでお産というわけにはいかないのよ」
「あ、ええ、そうですね」
「そんなに遠くじゃないから、ダニエルと母は、お産婆さんの家とここを行ったり来たりすることになりそう」
女主人は苦笑いする。主人が心配そうに女主人の肩に手を触れた。
「すまないけど、母が手を取られるので、みんなお休みを少し減らしてもらうことになるわ。もちろんお給金は上乗せします」
「はい、あのかしこまりました」
「ダニエルが聞き分けよくしてくれたら、世話がないんだが」
主人がぼやいた。
「ダニエルはよく我慢してます。まだ五つなのに」
ジュベータがとっさに言い返す。
「ジュベータさんは、ダニエルによくしてくれるから、助かるわ。じゃあよろしくね」
言いながら、女主人はまた横になり、その額の汗を主人が拭った。病気の奥さんが心配なのはわかるけど、もうちょっとダニエルのこともかまってあげればいいのに。ジュベータは主人が残念だった。
翌日、ジュベータは、古い外出着を着てで何某銀行へ出かけた。真夏に出かけるにはやはり生地が厚すぎたかもしれない。約束の時間前に銀行に付いて懸命に汗を押さえていると、涼し気にリネンを着こなしたサボーが現れた。
「お待たせして申し訳ありません」
と手を差し出す。
「いえ、あの、さっききたばかりで」
慌ててハンカチを持ち替えて、その指に触れる。サボーは
「お嬢さん、まず先にこちらへ」
と銀行の隣の飲食店へジュベータを誘った。井戸で冷やしたお茶と、小さな甘い菓子が出る。ジュベータが一息入れる間に、卓上に書類が並べられ、サボーが説明を始めた。
「お父上の積み建てられた総額は18年で金貨4枚と銀貨5枚に上っております」
ジュベータが宿・食事付きで働いて月に金貨1枚に及ばない稼ぎだから、ありがたい金額である。
「こちらをお嬢さんがリネン商組合から品物の形で受け取ったが、すぐに私が買い取ったという体にいたします。実物は私が組合の倉庫から出して引き取りますので、こちらの受取証と、私との売買契約書に署名をお願いします」
サボーが長い指で契約書の書名欄を示す。ジュベータは渡された携帯用のペンを手に、躊躇った。
「あの、これでは、サボーさんにご損をかけるのでは」
「いえ、実際は額面以上の品物をいただくことになりますので、むしろ私がお嬢さんに損をさせておるのですよ。そのかわり早急確実にお支払いさせていただくということで、ご容赦いただきたいのです」
「わ、私は損だなんて、あの、物をどうすることもできませんし現金にしていただけるのですごく助かります」
ジュベータは急いで書名した。
サボーは契約書を仕舞うと、ジュベータがお茶を飲む様子を見ていたが、
「お嬢さんは今、青馬亭にお勤めなのですね。正直、お嬢さんのような方が町なかで働いておられるとは、驚きました」
と言い出した。
「あ、はい、父がなくなりまして、事業も破たんして、あ、そのときサボーさんもご苦労なさったのでは」
「いいえ、私はお父上がなくななられた時にはお店を離れておりましたので。商学校を出て、3年間だけお父上の下で修業させていただいて、実家に戻る約束になっておったのです」
「え、あ、ご実家もリネン商、ですよね」
「今は自分が跡を継ぎまして、なんとかよちよち一人歩き始めたところです」
「そうですか、ご自分で店を。えっとお若いのに、すごいです、と、ご立派です」
サボーは咳払いした。
「エルジュベートさん、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」




